お悩みごとが、多いから A Lot To Be Upset About
by Cassandra Claire (Translation by Nessa F.)
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その日の夕方、ドラコは魔法薬学も夕食もすっぽかして、監督生用のバスルームでブロンザーをこすり落とした。バスタブいっぱいに溜まったオレンジ色のお湯を何度も入れ替え、スクラブ入りの石鹸を六個も消費した末に、ゆったりとした足取りでスリザリン寮の談話室に向かった。身につけているのは、腰まわりを覆うタオルと、本来のつややかなミルク色に戻った自前の肌だけだ。
残念ながら、ゆったりとした気分は、暴力的に打ち砕かれた。談話室のドアを開けると、部屋中に白い物体がふわふわとただよっていたのだ。その物体がなんであるのかを悟るまでには、しばらくかかった。これは……羽毛?
「なんなんだ」
ドラコは驚愕して周囲を見回した。
「フクロウ小屋がここで爆発したみたいじゃないか。何事だ?」
「誰かが忍び込んできて、包丁でソファのクッションを全部ズタズタに切り裂いたのよ」
枠組みだけになったアームチェアの肘掛けに腰を下ろしたブレーズ・ザビニが言った。ブレーズの黒い巻き毛に、白い羽毛のかたまりが引っかかっている。
「合言葉を部外者にもらしたゴイルとクラッブは、みんなに吊るし上げを食らってるわ」
「どうして、合言葉をもらしたのがクラッブとゴイルだって分かったんだ?」
「そんなことする馬鹿、ほかにいる?」
ブレーズは哲学的な面持ちで肩をすくめた。〔※4〕
「なるほど」
ドラコは言った。鼻先に羽毛がふわりと留まったので、苛立たしげに払う。
「ところで、誰かぼくを訪ねて来なかったか?」
「ここに来たのはジニー・ウィーズリーだけ」
ドラコは急に元気になった。
「え、ほんとか? ジニーがここに?」
「そう」
ブレーズは考え込みながら言った。
「今度の週末、ホグズミードでデートしようって誘われたの。もう、まいったわぁ。アタシのことなんか、あのコは名前も知らないんじゃないかと思ってたのに」
ドラコは頭に血が上るのを感じた。
「でも、きみは女の子じゃないか!」
ブレーズは傷ついた表情になった。
「違うわ!」
ドラコは相手をしげしげと見た。近くで見ると、ブレーズはたしかに女の子ではないと、認めざるを得なかった。たとえ顎ヒゲがなかったとしても、立派な口ヒゲがあるのでは、間違えようがない。
「まあ――」
ドラコは言った。
「名前はすごく女の子っぽいよな」
「それってつまり」
ブレーズは唾を飛ばしながら言った。
「六年間も同級生をやってきて、あなた今まで、アタシが男か女か知らなかったってこと?」
「考えたこともなかったんだ」
ドラコは横柄な態度で言うと、タオルの結び目を乱暴に引っ張った。
「とにかく、ぼくはもう寝る。きみとジニー・ウィーズリーが、ホグズミードで惨めなひとときを過ごすように祈ってやるよ、腐れレズビアン野郎」
この矛盾に満ちた捨てゼリフとともに、ドラコはぷいっと談話室を出て自室に向かった。その背中を、ブレーズは度肝を抜かれた顔で凝視していた。
***
速やかに修復の呪文を唱えたにもかかわらず、鏡はもはや、前と同じには機能していないように思われた。質問に答えるときの声音が、はっきりと恨みがましかった。
「さて、鏡」
ドラコは、新しいグレイのフランネルのズボンを穿いた自分のうしろ姿をうっとりと眺めるために、振り返った。
「ぼくの格好をどう思う?」
「信じられないほどの麗しさ」
鏡は陰気な声で言った。
「あなたはいつだって麗しい」
鏡の無関心な声に、ドラコは傷ついた。
「ああ、でもぼくは、目立つだろうか? ほかの者たちとは違って見えるだろうか? 彼女の取り巻きたちと比べて、目を引くだろうか?」
鏡は、重苦しいため息をついた。
「どなたの気を引きたいっておっしゃいましたっけ?」
「ジニー・ウィーズリー」
「ふうむ」
と、鏡は言った。
「廊下から聞こえてきた噂では、そのお嬢さんはちょっとばかり節操がないとのことですが」
「分かってるよ」
ドラコは泣きそうな声で叫んだ。
「ぼく以外のみんなに対しては、節操がないんだ! ぼくが何をしたっていうんだよ? 彼女の安っぽい不品行な心を射止めるには、どうすればいい?」
鏡は、ふたたびため息をついた。
「もうヘアブラシを投げつけたりしないって約束します?」
ドラコは背後に回した手で人差し指と中指を交差させた。〔※5〕
「約束する」
「レザーパンツを穿いてごらんなさい」
鏡はつぶやくように言った。
「レザーパンツの嫌いな女の子なんていません」
「レザーパンツなんて馬鹿なもの、持ってない」
ドラコは嫌悪感もあらわに言った。
「ミリセントから皮のオーバーズボンを借りて変身の術をかけたらどうです」
鏡は嬉々として提案した。
「ミリセントはそんなものを持ってるのか?」
「ええ。それに拘束マスクも」
ドラコは唖然として言葉につまった。
「まさかそんな趣味があったとは」〔※6〕
***
オーバーズボンにかけた変身の術は、どうもちょっと上手くいかなかったような気がしてならなかった。でも、もう遅い。ズボンは、ひどく小さくなってしまっていた。息をするのも苦しい。座るなんて問題外。ドラコは、このレザーパンツがまったく気に入らなかったのだが、うしろ姿が素敵だと言って、鏡があまりにも熱烈に褒め称えるので、なんだか、これを穿かないなんて道徳に反する行為だと思えてきてしまったのだった。
すべての主要な血管がレザーパンツに圧迫されているため、ドラコはホグズミードまでの道のりを、非常にちょこちょことした足取りで進まねばならなかった。おかげで、 "三本の箒" にたどりついたときには、ほかの生徒たちはみんなもう、そこにいた。店の中は騒音と笑い声と、ジョッキがぶつかり合う音に満ちていた。ドラコはふらふらになりながら周囲を見回し、じっとり湿った髪の毛が目に入ったのを払いのけた。レザーパンツのせいで、汗びっしょりだったのだ。
ざっと店内を見渡しても、ジニーとその連れの姿は、影も形もなかった。しかし代わりに、バー・カウンターの向こう側から忍び足で近づいてくるハリーの姿が目に入った。ハリーはコソコソした態度で、ズボンのジッパーを上げているところだった。
「何じろじろ見てんだよ、マルフォイ?」
彼は詰問した。
「ジニーを探してるんだ」
ドラコはあえぎながら言った。レザーパンツのせいで息がしにくい。
「この辺にいなかったか?」
「奥の部屋でテリー・ブートといちゃついてたよ」
ハリーは怒鳴った。
「ちくちょう、めちゃくちゃむかついた」
「へえ?」
ドラコは首をかしげた。
「なぜ?」
「とにかく、むかついたんだよ。それだけだ」
「そうだ」
ふと思い出して、ドラコは言った。
「スリザリン談話室のソファのクッションを全部、肉切り包丁で切り裂いたのは、きみか?」
ハリーは、さらにコソコソした表情になった。
「可能性は、なくもない」
「そうか、まあ」
ドラコは言った。
「ちょっと訊いてみただけなんだ」
肩で押しのけるようにしてハリーの横を通り過ぎると、ドラコは足を引きずりながら店の奥に向かい、陰に隠れた涼しいアルコーブを見つけて一息つこうとした。壁にもたれて、苦しさを緩和するためにジッパーを下げようかと考える。しかし、ベルトに手を伸ばそうとした瞬間、すぐそばの暗がりから、よく知っている声がかけられた。
「こんにちは、ドラコ」
ジニーだ。
ハッと振り向くと、窓際にジニーが座っていた。焦げ茶色の大きな目が、ドラコの顔をしっかりと見つめている。赤毛を左右で三つ編みにして黄色いリボンを結んだ彼女は、理不尽なくらい可愛く見えた。
「こんな奥まったところで何してるの?」
色っぽくリボンの先を口にくわえながら、ジニーは尋ねた。
「ぼくのほうこそ訊きたい」
ドラコは言った。
「ブレーズはどうした? いや、それを言うならテリー・ブートは?」
ジニーは肩をすくめた。
「さあ、知らないわ。どうしてそんなこと訊くの?」
「理由なんかないさ」
ドラコは唸った。
「理由なんかあるもんか」
ハリーみたいな喋り方になってしまったと気付いて、ドラコは気を取り直した。
「バタービールでも奢ろうか?」
ジニーは輝くような笑顔になった。
「嬉しいわ」
しかし、ドラコが前に足を踏み出すか踏み出さないかのうちに、耳をつんざくような悲鳴が、煙の充満した空間を切り裂いた。マダム・ロスメルタの声だ。
「バタービールが!」
彼女は金切り声で叫んだ。
「バタービールが汚染されてるわ! みんな、今すぐジョッキを置いて!」
マダムはその立派な腰に手をやった。
「誰かが、バタービールの大樽におしっこしたの!」
グッと息を詰める音やゲーゲー言う声が、"三本の箒" 内のそこかしこで聞こえ始めた。生徒たちが、口に含んでいたバタービールをジョッキに吐き出している。そんななかでクラッブは、誰かに取りあげられる前にと慌てて自分のジョッキの中身をガブ飲みしていた。外に飛び出していって雪の上に吐いている生徒もいた。ハリーだけが、手の爪を服の襟にこすりつけて磨きながら、平然と沈黙していた。
「バタービールの中に小便するやつがいるなんて、信じられないな」
ドラコは店内の混乱状態を観察しながら言った。
「ああ、それたぶん、ハリーよ」
ジニーの言葉にびっくり仰天したドラコは、思わずその場にすとんと座り込んだ。これは間違いだった。ビリッという大きな音が、喧騒をものともせず響き渡った。
ジニーは唇を噛んで、前にかかんだ。
「あなたのズボン、うしろのところが全部、裂けちゃってる」
親切そうなささやき声で言う。
「知ってた?」
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