お悩みごとが、多いから A Lot To Be Upset About
by Cassandra Claire (Translation by Nessa F.)
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ドラコは寝室の姿見の前に立って、シルクのシャツの前の部分を手のひらで上下に撫でつけた。じっと考え込みながら、鏡に映る自分の姿を見つめる。ドラコは時折、母からのプレゼントであるこの鏡は、ドラコの容姿に関して偏見を持っているのではないかとうたぐることがあった。
「やあ、鏡」
ドラコは猫なで声で言った。
「ぼくの容姿について、どう思う?」
「信じられないほどの麗しさ」
鏡は調子よく喋り出した。
「男であろうと女であろうと、はたまた物言う肖像画であろうと、この城の住人は例外なく、あなたの比類なき足の甲からチョコレート・ソースを舐め取る栄誉にあずかれるだけで、ひざまずいてマーリン〔※1〕に感謝することでしょう」
よし、もしかしたら、別に偏見なんて持っていないのかも。
「ぼくの髪はどうかな?」
ドラコは問いかけた。
「あなたの天使のようなかんばせと月光のような瞳を際立たせる輝かしい黄金の後光」
ドラコは疑わしげに横目で鏡を見やった。
「顎が尖っていると思わないか?」
「まったくそんなことありませんとも。端整なお顔立ちですよ」
「青白すぎないか?」
ドラコはぐっと歯を食いしばった。
「本当のことを言ってくれ。ぼくは大丈夫だから」
「そうですねえ」
鏡は遠まわしに言った。
「もしかしたら、どちらかと言えば、ちょっと生っちろいと、言えなくもな――」
「この大嘘つきのブリキ板!」
怒声をあげたドラコは、近くのナイト・テーブルからべっこう細工のヘアブラシを引っつかんで、鏡に投げつけた。
粉々になった鏡は、謝罪しているようにも聞こえる、ゴボゴボという音を出した。ドラコはしばらくのあいだ、その場に立ったまま苛立たしげに爪先を床にトントン打ち付けていたが、やがて大股で部屋を突っ切ると自分のスペースとクラッブやゴイルのスペースを仕切っている薄手の花柄カーテンを片側に寄せた。
「ゴイル」
吠えるように言う。
「ブロンザー〔※2〕を貸りるぞ?」
***
本気で見栄えがする肌色だと納得できるまでには、午前中いっぱいかかって一壜丸ごとのブロンザーを使わねばならなかった。
そのため、ドラコは呪文学実習の授業に遅刻した。教室の戸口から駆け込んだとき、もう少しでフリットウィックにぶち当たってしまうところだった。
ほかの生徒たち全員がドラコの姿をまじまじと見つめ、教室の中に驚愕のざわめきが広がっていった。ドラコは唖然としているみんなを平然と見つめ返した。褐色になった肌を最大限にアピールするため、ボタンダウンのシャツの両袖をまくり上げ、襟元をゆるめてある。ゆっくりと、ドラコは上腕の筋肉を浮き上がらせて見せた。
フリットウィックは、目を白黒させた。
「とにかく、座りなさい、ミスター・マルフォイ」
ドラコは教室の奥に歩いて行きながら、ジニーに目をやった。教室内で、ドラコのほうを見ていないのは、彼女だけだった――ネビル・ロングボトムと手を絡めるのに忙しくて。ネビルはといえば、献身的な態度でジニーの耳を舐めている。ピーナツ・バターでベタベタの骨を与えられたコッカー・スパニエルみたいだ。
イライラしてきて、ドラコはジニーの机の真ん前まで行くと、大きな音をたてて咳払いをした。ジニーは顔をあげると、目を見開いた。
「ドラコ」
ささやくように言う。
「あなた、オレンジ色だわ」
ドラコはムカッとした。
「オレンジ色じゃない。小麦色なんだ」
「黄疸かもしれないわね」
ジニーは励ますような声音で言った。
「黄疸の症状が出ると、肌がオレンジ色になるのよ」
「正確には、黄疸っていうのは肌が黄色くなるんだ」
舐めるのを中断したネビルが指摘した。
「医務室に行ったほうがいいよ、マルフォイ。何の病気か調べてもらわないと。命にかかわるものだといいな」
最後のひとことは、思慮深げに付け加えられたものだ。
ドラコはそれを無視して、無言のままジニーを見つめた。自分では突き刺すような視線のつもりだったが、残念ながら彼女はまったくなんとも感じていないように見えた。彼女の顔からなんらかの感情がうかがえるとすれば、それは哀れみだけ。しかしドラコは目的を遂げるためなら、哀れみだって利用するにやぶさかではなかった。ドラコが(自業自得とは言え)悲劇的な状況に置かれている今なら、彼女の心も和らいでいるのではないだろうか。
「なあ、ウィーズリー。今週末、ホグズミード……」
教室のドアがものすごい音とともに開き、ハリー・ポッターが転がり込むように入ってきた。目はギョロリと見開かれ、ローブには蛍光イエローのペンキのようなものがべったりと付着している。彼はフリットウィックを睨みつけた。
「ああそうさぼくは遅刻したさそれが何か?」
彼は絶叫した。
「このぼくを裁けるやつがここに一人でもいるか?」
「ポッターは今日も虫の居所が悪いんだな」
ドラコは力なくつぶやいた。
「そりゃあ、彼には悩まなくちゃいけないことが、たくさんあるからさ」
ネビルが憤然と応じた。
「黙れよ、ロングボトム」
ドラコは言った。
不運なことに、ドラコの声は大きすぎて、ハリーの注意を引き付けてしまった。ハリーは憤怒の表情でドラコを凝視した。
「いったいどうして、マルフォイはオレンジ色なんだ?」
彼は特に誰にというわけでもなく問いかけ、しんと静まり返った教室内を見渡した。
「そうかよ、もういいよ。誰もぼくには、なんにも話してくれないんだ」
「ミスター・マルフォイ」
フリットウィックが金切り声を出した。
「ハリーを悩ませたことと、オレンジ色で授業に出席したことにより、スリザリンから十点減点。さあ着席しなさい」
***
真っ先に呪文学教室の外に出たドラコは、したがって、廊下の壁いっぱいに「闇の帝王なんかクソ食らえ」と蛍光イエローのペンキのスプレーで殴り書きしてあるのを真っ先に発見することとなった。目の前に出現したこの光景はあまりにもショッキングで、ジニーがディーン・トーマス、シェーマス・フィネガンの両名に付き従われて廊下を歩み去っていくのを見とがめる余裕もなかったほどだった。二人の少年たちは、どちらがジニーの教科書を運んでやるかで争っているようすだった。
「廊下がなんかいつもと違うね」
ロンが、魔法薬学教室へとハーマイオニーに急き立てられながら、意見を述べた。
「きっとピーブズのしわざよ」
ハーマイオニーは明るく返答した。
「早くダンブルドア先生が病室から出ていらして、なんとかしてくれないかしら。ここ最近のピーブズは、やりたい放題にいたずらして回ってるもの。あの "爆発ピカピカ玉" をレモン・キャンディとお間違いになるなんて、校長先生、本当にお気の毒だったわね……」
最後に教室から出てきたのは、ハリーだった。彼は敵意に満ちた視線をドラコに投げかけて叫んだ。
「なんで仮病なんか使ってるんだよ、このくそったれ」
「きみ、身体の正面にべったり黄色いペンキがついてるぞ」
ドラコは言った。
「だからどうした?」
ハリーは突っかかってきた。
「いったい何をほのめかそうってんだ、マルフォイ?」
「いや、忘れてくれ」
ドラコは、これ以上この話題を続ける気にはなれなかった。
「そうだ、ジニーへの伝言を頼まれてくれないか?」
「おまえの頼み事なんて、死んで身体が腐ってきたって聞いてやるもんか」
「ああ、そりゃすごいな」
ドラコは言った。
「とにかく、今週末のことで話があるとジニーに伝えてくれ。夕食のあと、地下牢に立ち寄ってほしいと。合言葉は『吸血虫』だ」
一瞬、ハリーは興味を引かれた顔になった。
「それ、ウムラウト付くのか?」〔※3〕
「もう言うべきことは全部言った、ポッター」
ドラコはそっけなく言いながら、自分を抑えた。
「ジニーには、会いたくなったらいつでも来てかまわないと言っておいてくれ」
「そんなの天地がひっくり返ったってあり得ないよ、マルフォイ」
ドラコは彼に背を向け、あしらうように肩越しに手を振った。
「ああ、なんとでも言うがいいさ、ピヨピヨ頭」
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