2004/9/5
This story was originally written in English by Cassandra Claire who has kindly given me permission to translate it into Japanese. 「ハリー・ポッター」シリーズ原作の著作権は J. K. Rowling さんに、原作翻訳文(静山社)の著作権は松岡佑子さんにあります。このファンフィクションの翻訳文は、作者である Cassandra Claire さんの許可をいただいて掲載しています。オリジナルの英文の権利は Cassandra Claire さんに帰属します。訳文に関する文責は Nessa にあります。訳語や表記・表現の一部を、原作和訳版からお借りしています。

お悩みごとが、多いから
A Lot To Be Upset About

by Cassandra Claire
(Translation by Nessa F.)

原文登録先:Astronomy Tower (2003/10/13 付)〔初出:2003/07/15〕
ジャンル:Humor
カップリング:ドラコ×ジニー
レーティング:PG-13
メモ:カップリングはドラジニ(+その他もろもろ?)ですが、もともとは原作5巻の「怒鳴りまくりハリー」にインスピレーションを受けて書かれた作品です。

(page 1/6)


 ドラコ・マルフォイ少年は、苦い苦い思いに捕われていた。


 六年生の学年が始まった当初には、こんな苦い思いはなかった。かなり順風満帆な日々だった。父もアズカバンから出てきたし――たしかに最近の父は、ほんのちょっとの刺激でもばったり気絶したり、ドラコのことをしょっちゅう「チャールズ」と呼び間違えたりするが、アズカバン帰りにしてはマシなほうだと思う。今年も監督生になったし、相変わらずクィディッチでは毎回ハリー・ポッターに敗北を喫しているとはいえ、金色のラインが入った新しいクィディッチ用ユニフォームを着た自分が、以前にも増してカッコいいと思えば、心の痛みも和らいだ。パンジー・パーキンソンとは、一時期つきあい、そのあと振って、それからまたよりを戻し、今度は彼女のほうから別れを切り出された。このことでは、ほかのスリザリン生たちに、たっぷりとゴシップのネタを提供することになり、プレイボーイとしてのドラコの評判が高まった。


 なのに今のドラコは、苦い思いに捕われていた。何もかも、ジニー・ウィーズリーのせいだ。


 いや、ここ最近、彼女のことを考えると頭に浮かぶ呼び方でいけば、「ジニー "目障り" ウィーズリー」と言うべきか。これまでは、彼女のことなんか気にも留めていなかった。少なくとも、この学期が始まるまでは。ポッターの周囲をうろちょろしている、ぼんやりとした赤毛のかたまりくらいにしか思っていなかった。兄たちと比べればチビなのと、ちょっと丸みのある身体つきかもしれない(それだって別にわざわざ見ようとしたわけじゃない)のを除けば、あの一族はみんな似たようなものだ――と。ところが今学期に入った途端、彼女の姿が、どこに行っても目につくようになった。それも毎回、違う男と一緒だ。


 気付いたのはドラコだけではなかった。ほかのみんなも、ジニー・ウィーズリーがどうやら、ホグワーツの全男子生徒とデートするという目標に向かって走り始めたらしいと気付いていた。まずはグリフィンドール生とレイブンクロー生。ディーン・トーマスからシェーマス・フィネガン、それからテリー・ブートへと、ものすごいスピードで彼女の相手は入れ替わった。その後、ランクを下げてハップルパフ生。おかげでそれぞれの寮のあいだに果てしない諍いが生じ、ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーとアーニー・マクミランが図書館の机の上でドラマティックな決闘を繰り広げる騒ぎとなった。ドラコは、その顛末を面白おかしく見守っていた。いずれ近いうちに、彼女はぼくのところにもやって来るだろう。ぴしゃりとはねつけてやったら、きっと楽しいぞ。


 ところが、彼女は来なかった。


 別に彼女は、スリザリン生を避けているわけではなかった。ドラコが突っ立って見ているすぐそばで、彼女はマルコム・バドックやセオドール・ノットをデートに誘っていた。ドラコが唇を噛んで思案にくれている同じ廊下で、デックス・フリントと寄り添っていた。ドラコがインク壜をもてあそんでいるのには目もくれず、上級呪文学の教室でアラステア・ヒッグスと抱き合っていた。彼女とミリセント・ブルストロード(厳密には男子生徒ではないが、遠目からはそう見えなくもない)の仲が噂され始めるに至って、ドラコは平静ではいられなくなった。


 彼女の振る舞いが気になるわけじゃない、もちろん。ただ、馬鹿にされているような、拒絶されているような、存在を無視されているような気分になるのが問題だ。


 なんだかんだ言っても、ドラコはホグワーツで一番の美形なのだ。一番、魅力的だし、ベスト・ドレッサーでもある。なのに彼女は、まるで病原菌ででもあるかのようにドラコを避けて通り、そのくせあの寄り目で体臭のきついデズモンド・ミジェンにはすり寄っていくのだ。こんなひどい話ってあるか。屈辱的だ。


 ドラコは、はらわたが煮え繰り返るような気持ちで、ぶつくさと独りごちた。グレゴリー・ゴイルのさらに脳味噌の足りない弟、ジェフリーの腕に寄りかかってクスクス笑いながら、しゃなりしゃなりと歩いて行くジニーとすれ違いざま、思わず手に持ったインク壜を握りしめる。インク壜はガシャンと割れて、おろしたてのスエードのジャケットが台無しになった。もう頭にきた。手をこまねいてはいられない。


 ドラコは、第三者の手を借りることにした。


 これまでなら、ハリー・ポッターの姿は行く先々で目につくような気がしていた。歩く邪魔なんだよ、あのくだらない傷痕や馬鹿げた眼鏡を見つめたがる取り巻きたちのせいで、廊下が渋滞するじゃないか。


 ところが、内密に話をしようと探しているときにかぎって、ハリー・ポッターはどこにも見当たらないのだ。


 しばらくして、なんとかハーマイオニー・グレンジャーを見つけることができた。大広間のテーブルに着いて『怒りを制御するための呪文』という題の巨大な本に読みふけっている。ハリーの居場所を尋ねると、ハーマイオニーはむっつりとした疑惑の表情でドラコの顔を探るように見た。
「あなたが彼に、いったいどんな用事があるっていうの」


「男の問題だ」
 ドラコは言った。
「いや、つまり」
 慌てて付け加える。
「ほかの男との問題というんじゃなくて、ほら、男同士にしか分からないような問題という意味だ」


「どうでもいいわ」
 ハーマイオニーはそっけなく手を振った。
「あなた個人のことだもの、マルフォイ。さっき見たときには、ハリーは湖のほうへ向かってたわ。ついでに言っておくと――ちょっと虫の居所が悪そうだったわ」


「へえ? 何か理由が?」


 ハーマイオニーは軽蔑のまなざしを向けてきた。
「そりゃ、彼には悩まなくちゃいけないことが、たくさんあるからよ、決まってるじゃない?」
 つんけんと言う。


「そうだろうさ」
 ドラコはつぶやくと、湖をめざした。



***



 ハリーはクィディッチ競技場へ続く小道にいた。片手にマッチの箱を持って、大股に歩いている。もう片方の手では、ボコンとへこんだスチール製の缶をロープの端に結びつけて引きずっていた。


「ガ、ソ、リ……」
 ドラコは缶の側面に書いてある文字を読み取って、困惑した。
「それ、魔法界の言い方だと、いったいなんて意味だ?」


「おまえには関係ないよ、マルフォイ」
 ハリーは声を張り上げて怒鳴り返してきた。ハーマイオニーの言ったとおり、たしかに機嫌が悪そうだ。黒髪がありとあらゆる方向にピンピンと跳ね、緑色の目がギラギラ燃えている。
「大体、なんの用だよ?」


「ジニー・ウィーズリーのことで相談があったんだ」
 ドラコは言った。
「どうして、まだぼくを誘いに来ないのか、知りたいんだ」


「知るかよ、そんなの」
 缶が石に引っかかったので、ハリーは凶暴な手つきでロープを引いた。
「ぼくだって、誘われてない」


「本当か?」
 これを聞いたドラコは、一方的な満足感が込み上げてきたのを隠そうとしたが、無理だった。
「彼女は、真っ先にきみを誘いに行ったんだろうと思っていた」


「絵はがき一枚、送って来ないさ」
 ハリーは刺々しい声で言った。
「言っとくけど、この件ではものすごくむかついてるんだ」
 彼はロープをぐいっと引っ張って、引っかかっていた缶をはずした。缶が砂利道にぶつかって跳ね返ってきたので、ドラコはそれがむこうずねに当たらないよう飛びのいた。
「ほんとにもう、腹が立って――


「そうだな、ところでジニーは」
 ドラコは口を挟んだ。
「ぼくのことを何か言っていなかったか? ぼくの話が出たことは……?」


「最近は、誰もぼくに話しかけて来ないんだ」
 ハリーは絶叫した。


「そりゃいったいなんでだろうな」
 ドラコはつぶやいた。
「なあ聞けよ、のっぺり顔の愚痴愚痴イモリ男。今は、きみの話じゃなくてぼくの話をしてるんだ。学校中の男子とデートしまくっている女の子が、このぼくを無視しているなんて、あり得ないと思わないか? ぼくは学校一の美形、というか、はっきり言って近隣諸国を含めた中でだって、一番の美形に違いないのに」


「ずいぶん、うぬぼれが強いんだな、マルフォイ? ちくしょう、反吐が出そうだ」


「きみがむかつかずにいられる対象って、あるのか?」
 ドラコは、頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出した。


 束の間、ハリーは黙って考え込んでいた。
「ヘドウィグには、腹が立たないよ」

 やがて彼は、普通の声で言った。
「彼女は聞き上手なんだ」


 ドラコは目をぱちくりさせた。
「きみ、おかしくなってるぞ、ポッター」
 ハリーに向かって、こんな機嫌を取るような声音で話しかけたのは初めてだった。


 ハリーは怒りのあまり頬を真っ赤に染めた。
「誰もおまえの意見なんか訊いてないよ、マルフォイ。もうおまえの顔を見るのはうんざりだ。きっとジニーもそうなんだ。ジニーがおまえを誘わないのも当然だ。さあ、もうあっちへ行けよ。ぐずぐずしてたら湖に蹴り込んでやる」


 ドラコは、こいつをドロドロの水たまりの中に突っ込んでやったらどうだろうかと思案した。しかしハリーは脅しつけるようにマッチ箱を振っている。髪の毛が焦げるのは嫌だ。そこでドラコは、ハリーに向かって無作法なジェスチャーをするに留めて城への道を戻って行った。道のりを半分ほど進んだところで、小さくボンッという音がしたので振り返ると、クィディッチ用具倉庫が炎に包まれ、元気に燃え上がっていた。不思議なこともあるものだ。そう考えると、ドラコはそのまま城に向かった。