2004/5/28

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 31 章 素晴らしい言葉

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 ハーマイオニーはハッとして飛び起き、転がるようにしてベッドから下りた。昨晩、積み重ねてベッドの足側に寄せてあった本が、床に散らばった。その音を聞いて、ハーマイオニーはぴたりと静止した。寝過ごしたわけじゃなかった。試験に遅刻したわけでもない。ここは自宅だ。ホグワーツの期末試験は、もう二週間ほども前に終わってしまっている。


 悔しさのあまりうめき声をあげて、ハーマイオニーはベッドの上にふたたび倒れ込んだ。両親によってホグワーツから連れ戻されて以来、毎朝のようにこんな目覚め方をしている。もう、大広間での朝食に間に合うように早起きしたり、必死の思いで最後にあと数分だけ勉強をしようと図書館に急いだりしなくていいのだということが、どうしても実感できずにいた。


 今でも、夏休みに入って家にいる状態に、馴染みきっていなかった。すでに学校は正式に終業していたが、期末試験やOWLを受けるために学校にいなければという感覚が抜けなかった。


 学校を去るのは嫌だったが、迎えに来た両親は、すでに決意を固めていた。彼らはロンドンからホグスミードまで汽車でやって来て、そこからダンブルドアに連れて来られたのだった。


 グレンジャー夫妻が足早に病室へと入ってきたとき、ハーマイオニーは母親の断固とした表情を一目見て、話し合いの余地はないことを悟った。母は、厄介事に巻き込まれた娘を非難するようにキッと見たが、次の瞬間、どっと涙を流した。こんなにも感情的になって取り乱した母の姿を見たのは、初めてだった。ハーマイオニーの両親は二人とも、ロンドン郊外で平穏な落ち着いた毎日を送る人々だったのだ。どちらにとっても、ハーマイオニーが魔女だと判明したことが、これまでの人生で最も刺激の強かった出来事だった。そしてその事実を、彼らは両手を広げて受け入れてきた。グレンジャー夫妻は二人とも、感情を爆発させるタイプの人間ではないはずだった。しかしこのとき、ハーマイオニーの母親は、狂乱状態になって一人娘を抱きしめ、震えの顕著な声で、問いかけていた――まったく、何を考えていたの、あなたは?


 ベッドルームのドアの向こうで、かすかな物音がしたので、ハーマイオニーはもう一度、起き上がった。クルックシャンクスが、ドアを押し開けて室内に入ってきた。口にはしっかりと、分厚いベーコンの切れ端をくわえている。彼は身軽にベッドの上へとジャンプして、ハーマイオニーの枕にベーコンを落とし、つんつんと房状になって逆立ったオレンジ色の毛皮を前足で押さえつけた。それから、食事に注意を戻した。


「もう朝ご飯を食べてるの、クルックシャンクス?」
 ハーマイオニーは猫なで声で言うと、その毛皮をくしゃくしゃと掻き回した。ブルーの枕カバーにベーコンの油による染みができていることなど、気にしていない。


 猫はなんの反応も返さず、ハーマイオニーはふたたびベッドから滑り降りて、頭からセーターをかぶった。ハーマイオニーに言わせてもらえるならば、父の好みに合わせるとこの家の中は夏でもちょっと寒すぎる。彼女は考え込みながら、階下に降りていった。


 ホグワーツを発ったときは、ハリーやロンとゆっくり話す暇もなかった。両親は、即座にハーマイオニーを連れて帰りたがったのだ。友人たちは、ハーマイオニーたちが出て行くところを、玄関ホールの前でなんとかつかまえたのだった。ドラコには、両親が到着するほんの少し前に彼が病室を出て行って以来、一度も会っていなかった。別に、彼がハーマイオニーの両親に挨拶することを期待していたわけじゃない。父が適正な歯科用の外科器具について説明するのに耳を傾けて礼儀正しくうなずいているドラコなんて、かなり想像しにくい。それでも、ドラコがハーマイオニーの手を一度だけぎゅっと握って白いリネンのカーテンの向こうに姿を消したとき、とても心細い気持ちになったのだった。彼は、ハーマイオニーに手を触れることを恐れているようにさえ見えた。手を触れると、壊れてしまうのではないかと思ってでもいるように。ハーマイオニーは、立ち去っていくドラコの腕をつかんでベッドの上に引き戻し、自分がまったく壊れ物とはほど遠いのだということを彼に証明して見せようかと思った。しかしあと数瞬で、その大胆な行為が実行に移されるという瀬戸際になって、ハーマイオニーのなかで礼儀作法の感覚が頭をもたげた。それでドラコは、あれやこれやを途方もなく中途半端に感じさせたまま、立ち去っていったのだった。


 ハーマイオニーは階段の一番下まで来ると、右側にある広い客間の前を通り過ぎて、キッチンに向かった。すでに、朝食の香りが廊下にただよい出て、ハーマイオニーを歓迎している。当然というべきか、グレンジャー家の内部は、一家の娘と同じくらい、整然と効率よく切り盛りされていた。朝食は、毎朝きっかり七時。ただし、夫妻が連れ立って朝の散歩に出かける土曜日だけは、十時まで延期される。ハーマイオニーの記憶にあるかぎり、ずっとそうだった。ホグワーツでは、自分の勉強のスケジュールやハリーとロンの意向で食事の時間が変動していたので、半年ぶりの自宅で取る、時間の決まった食事は新鮮だった。


「おはよう」
 戸口に顔を出すと、両親が声をそろえて言った。


「おはよう、ママ、パパ」
 ハーマイオニーも挨拶を返した。


 グレンジャー夫妻は、キッチンのテーブルに着いて、新聞を読んでいた。ずっと前に、夫妻は相手が新聞を読み終わるのを辛抱強く待つよりも、それぞれ自分専用の朝刊を取ったほうが、結婚生活はずっと幸せなものになると判断していた。そのため、テーブルの両端からは、まったく同じ見出しが二つ、ハーマイオニーを出迎えていた。ハーマイオニーは自分の皿に卵と何枚かのベーコンを取ったが、あまりお腹が空いているかんじがしなかった。


 ハリーやロンとは、家に戻ってきたあと、すでに連絡が取れていた。実のところ、帰宅する前から、すでに手紙のほうが先に到着して待ち受けていたのだ。そこまで弱ってはいないと主張したにもかかわらず父に抱え上げられて二階の自分の部屋にたどり着いたとき、そこにはそわそわと待機している小さなピッグがいたのだった。興奮したフクロウが携えてきた友人たちからの手紙は、たった数行のものだったが、それでも心が暖まった。ハリーとロンは、試験についてはどんな嫌なことでも全部細かく教えると約束し、さらに付け加えて、ハーマイオニーの色分けされたノートがなければ、勉強もいつものようにはいかないだろうと書いていた。この彼らの手紙は、ハーマイオニーの顔に微笑みを生じさせた。それは、その後の数週間にわたって送られてきたほかの手紙についても、同じだった。


 しかし、ドラコからはなんの便りもなかった。


 ただし、そう、ドラコの近況は知っていた。ハーマイオニーは今でも毎朝、日刊予言者新聞を取っていたが、こちらに戻ってきて以来、何日もにわたって毎日のようにルシウス・マルフォイの死に関する記事が第一面を飾っていたのだ。母は、ハーマイオニーがそれを読むことを嫌がった。あの男の話は、もう充分ではないかと声をあげていた。それでも、ハーマイオニーは読むと言って聞かなかった。


 ダンブルドア校長は約束を守った。ハーマイオニーの名前もドラコの名前も、新聞では言及されていなかった。初めのうち、彼の死因は不明とされていた。記事には、ルシウスが仕事上の会談のためにホグスミードで幾人かの友人と集まっていたと書かれていた。デスイーターという言葉を出すことは、タブーであるらしかった。やがて、当局は彼の死を、稀に起こる杖の誤作動によって引き起こされた事故であると発表した。ルシウス・マルフォイの杖から誤作動の証拠が発見されたのだとしたら、それは彼が死んだあとになってから捏造されたものなのではないか、とハーマイオニーは推測していた。


 葬儀は、ハーマイオニーが学校を離れてから数日後に行なわれた。ルシウスは、マルフォイ家の敷地のはずれにある、先祖代々の亡骸を納める霊廟に入れられた。日刊予言者新聞では、この葬儀を過去十年間で最も参列者の多かったものの一つだと報じていた。これより大きな葬儀が行なわれたのは、皆に愛された社交界の花形で『週間魔女』の創刊者でもあるベティ・ベッチェルが亡くなったときだけだと言うことだった。ハーマイオニーは、自分でも認めたくないくらいの長い時間を、葬儀の翌日に掲載されていた、厳粛な表情で着席して参列者たちを迎えるドラコとその母親を撮った魔法写真を見つめることに費やした。しかしドラコは、ただ一度たりとも、その陰鬱な務めを中断してこちらを見上げてくることはなかった。


 コーネリウス・ファッジその人が追悼を述べたセンセーショナルな葬儀が終わってしまうと、読者はルシウスの死に対する関心を失い始めた。日刊予言者新聞は、彼の生涯とその不運な最期に関する記事を、段々とうしろのページに押しやっていった。ニページ目、三ページ目、それから四ページ目。そしてある朝、ハーマイオニーが新聞を開くと、彼についての言及はまったくなくなっていた。


 皿の上の卵を、フォークでつつき回して、黄色い山を作ってみる。こんなこと考えたって、どうしようもない。あれもこれも考えるだけ無駄。もっと生産的な時間を過ごすべきだ。一週間後に迫った、OWLの追試のために勉強をしなくては。ハーマイオニー・グレンジャーは、くよくよするような人間じゃない。