2004/5/28

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 30 章 He Mele No Lilo

(page 2/3)

 ドラコは苛立たしげに、皿の上の食べ物をつつき回した。フォークの先が陶器の底にあたってきしむような音を立てた。その場にいる生徒たちの大半が、ドラコに注目しているようだ。何が起こったのかを本当に知っている者が誰もいないらしいことは、なんの慰めにもならなかった。ほかの生徒たちも、校長も、ポッターやウィーズリーも、何が起こったのかを知りはしない。ドラコ自身でさえ、一昨晩の出来事をどう捉えていいのか、判断しかねていた。


 クラッブとゴイルがいつものように両脇の席にやってきたので、半分食べ終わった朝食から目を上げる。二人は何かを言いかけたが、思いとどまったようだった。実際、何を言えるというのだろう? ドラコの父が亡くなったことくらいはもう知っているだろうが、ドラコがポッターやウィーズリーの側についていたという話に関しては、大半の生徒たちが、とうてい信じられないと噂していた。


 ドラコはテーブルを見渡して、ほかのスリザリン生たちのようすを観察した。がさつな他寮の者たちとは違って、スリザリン生の多くは厳粛な沈黙を守っている。向かい側の席を見てみると、案の定、パンジーは来ていなかった。


 グリフィンドールのテーブルは、ウィーズリーとポッターがいなくても、ふだんと同じくらい騒々しい。あの二人の姿は、昨日の朝、病棟で別れて以来見かけていなかった。ドラコが予想したように、彼らがあのあと透明マントを使ってふたたび忍び込んできたのかどうかは、知るよしもなかった。熟睡薬のせいで、その日は夜までずっと完全に意識不明だったのだ。


 そして、前の日に神童たちが強引に退去させれられたのとまったく同じようにして、翌朝目を覚ましたドラコは病室を追い立てられたのだった。そのあいだも、ハーマイオニーは何も知らず眠り続けていた。


 いきなりドラコは立ち上がった。なんとか会話の糸口をつかんであれこれ詮索しようと画策していたクラッブとゴイルがギョッとしている。スリザリンのテーブルを、大股で後にした。確固とした足取りで、冷静な皮肉っぽい表情を浮かべたまま、大広間を出て行った。しかし背後でドアが閉まるなり、ぴたりと立ち止まった。


 階段の一つのふもとに、ポッター、ウィーズリー、それからウィーズリーの妹がいたのだ。言い争いをしているようだ。特に、ウィーズリー兄妹が。見ていると、ポッターは段々と、この口論に関心を失ってきているらしかった。白熱した言い合いがさらに激しくなってくると、ウィーズリーは妹の肩につかみかかった。突然、少女は兄の肩越しにドラコの存在に目を留めた。眺めていても仕方ないと判断して、ドラコは彼らに背を向けて地下牢に下りていこうとした。しかし、年下の少女が兄の肩を殴りつけて、自分を押さえ込んでいた兄の手から強引に逃れるのを見て、足を止めた。


「マルフォイ」
 少女は呼びかけると、駆け寄ってきた。ドラコの前まで来ると、値踏みするように彼の全身に目を走らせる。


「何か用だったのか?」
 ほとんど愛想がいいと言ってもいいくらいの態度で、ドラコは尋ねた。この少女には、特に悪感情は持っていない。気に食わないのはやはりグリフィンドール生でウィーズリーだと言うことくらいだ。


 少女は唇を噛んで、兄とポッターのほうを振り返った。彼らは二人とも、非常に警戒した表情を浮かべていた。
「彼女、意識が戻ったの」
 ようやく、少女は言葉を詰まらせながら言った。
「わ……わたし、あなたには知らせるべきだと思ったの」


 ドラコは黙ったまま、感謝を込めてうなずいた。一瞬だけ時間を割いて、ポッターとウィーズリーを睨みつける。心の中で、あの二人もけっこう捨てたもんじゃないかもしれないという少し前の判断を取り下げた。それから、病棟に向かった。




「でもわたし、お腹が空いてないんです、マダム・ポンフリー」


「馬鹿言わないで! わたしがこの病棟の責任者であるかぎりは、誰にも飢え死にはさせませんよ!」


 ドラコは開きっぱなしのドアのすぐ外に立っていた。ハーマイオニーの声を聞くと、信じられないくらいの嬉しさが込み上げてきた。たとえ、今は不機嫌な声であっても。


「飢え死になんかしません! さっきロンがトーストを持ってきてくれたし」
 ハーマイオニーは、いつもの偉そうな口調を復活させようとしていたが、まだそこまでは体力が回復していないようだった。


「トースト? それじゃ栄養が足りませんよ! ほら、このお粥をお食べなさい、いい子だから」


 ドラコは、自分も朝方、病室を追い出される前に強制的に食べさせられたどろどろした物体を思い出して、顔を歪めた。なんとなくわくわくしながら、室内に足を踏み入れる。


「いやいや、グレンジャー、それはそんなには不味くはなかったぞ。色と舌触りと味さえ我慢すれば、けっこう美味い」


 マダム・ポンフリーは憤慨した声をもらして、つかつかと事務室に入っていった。ハーマイオニーは、ベッドの中から、ただじっとドラコを見上げてきた。ドラコには今ひとつ読み取れない表情を、その瞳に浮かべて。


「ドラコ」
 彼女は、静かに言った。


 いきなり、非常に落ち着かない気持ちになって、ドラコは戸口に立ち尽くした。
「目が覚めたんだな」
 馬鹿みたいに言う。


 ハーマイオニーは目を伏せた。
「ええ」
 言わずもがなの返答だった。


「よかったな。みんな心配していた」
 一秒、一秒と、ドラコはますます自分が馬鹿になっていくような気がしていた。


 ハーマイオニーは少し微笑んで、ベッドの横のテーブルに目を移した。そのとき初めてドラコは気付いたのだが、テーブルの上はお見舞いの品々や積み上げられた本であふれ返っていた。
「ええ、どうやらそうみたいね」


「またもやグリフィンドール塔の襲撃か」
 ドラコはテーブルに歩み寄りながらつぶやいたが、そこに辛辣さはなかった。
「おいおい、あいつらは、占い学コーナーを半分、根こそぎにしてきたのか?」
 見下すように書物のうちの一冊を手に取り、題名を読み上げる。
「『カードを見れば分かる? 恋愛のもつれに悩む魔女のためのガイド』」
 それから、さらにいっそうの嫌悪感を込めて、もう一冊。
「『恋愛手相術』――きみ、まさか本気でこんなもの読まないよな?」
 ドラコの声には、信じられないという思いがにじみ出ていた。


「読むわけないじゃない。ラベンダーとパーバティが持ってきたんだと思うわ。さっきわたしが起きたって聞いて、ロンとハリーと一緒にここに来てたの」
 ハーマイオニーは弱々しく微笑むと、ふたたび枕に背をもたせかけた。


 ドラコは、彼女を見た。つくづくと見た。そして、罪悪感が込み上げてきた。結局のところ、彼女がここにいるのは、ドラコのせいなのだ。彼女のきれいな顔が黒々とした痣で損なわれているのも、白く滑らかな肌が木綿の布でぐるぐる巻きにされているのも。こんなにも顔色の悪い彼女を見るのは、初めてだった。ドラコの頭の中のハーマイオニーは、いつも暖かい茶色のイメージだったのに。こんな幽霊みたいに青ざめているんじゃなくて。


「どうかした?」
 ハーマイオニーは、心配そうに問いかけた。


 ドラコは、少しギクリとした。いったいいつから、こんなに簡単に感情の動きを読まれてしまうようになったんだろう?
「いや、どうしてマダム・ポンフリーにその痣を消してもらわなかったのか不思議に思っただけだ」


「あら」
 彼女は赤くなった。ドラコは、彼女の頬にいくぶん色が差したのを見て、嬉しくなった。
「わたしはただ……そうね、魔法で見えなくするなんて、馬鹿馬鹿しいと思ったのよ。実質的には同じなんだもの。少なくともこのほうが、どうなってるのかはっきり分かるでしょ。そんな考え方、おかしいと思う?」


「おかしくないよ」
 ドラコは真面目に答えた。またしても、ベッドの中の少女に感嘆していた。


 そのままじっと見つめ続けていると、彼女は恥ずかしそうに顔をそらした。それから、何事かを思い出したようだった。下唇を噛むのは、頭に何かが浮かんだときの彼女の癖だ。


「あなたのお父さん」
 彼女は口を開いたが、心もとなさげに言葉を切った。
「亡くなったのよね?」


 ドラコはうなずいた。改めて、父への憎しみがこれまで以上につのってきた。ホグスミードでのことを、彼女はこれからずっと忘れられずに苦しむのではないだろうか? ドラコといると、常に恐怖がよみがえってくるのではないだろうか? ドラコを見ると、ルシウスを思い出すのではないだろうか? しかし、ハーマイオニーが次に口に出した言葉は、ドラコを完全に驚愕させた。


「ごめんなさい」
 ハーマイオニーは震える声で言った。その目から一滴の涙がこぼれて頬をつたった。


「ごめん?」
 ドラコは急いで彼女の横に移動すると、動揺をあらわにして彼女を見下ろした。
「どうして?」

 ハーマイオニーは鼻をすすった。
「だって、あなたのお父さんが亡くなったから」


 ドラコは、声をたてて笑い出しそうになった。実際、押し殺した忍び笑いをもらしてしまった。しかしそのおかげでハーマイオニーは泣きやんだ。
「ハーマイオニー、彼はきみを殺そうとしたんだ。自業自得だ」
 彼女の頬に手をやって、こちらに向かせた。
「分かるか? ぼくは、彼が死んだことを残念には思っていない」
 そう言いながら、身をかがめて、彼女の額をそっと唇でかすめる。触れ合った瞬間、彼女がすすり泣くような声をもらしたので、慌てて身を引いた。
「痛かったか?」


「いいえ」


 このとき初めて、彼女の目が前と同じだということに、ドラコは気付いたのだった。すっかり見慣れてしまった、いつもと同じ、淡い茶色の目。表面的にはこんなになっていても、内側は変わらないでいてくれたことが嬉しくて、ドラコは彼女を抱き上げて抱きしめてくるくる回りたい気持ちになった。しかしドラコのなかのマルフォイ的な側面が、それは不適切なふるまいであり、そのうえ彼女はまだそれを受け入れられるほど元気にはなっていないと保証していた。そこで、ハーマイオニーと一緒にベッドにいるような体勢になっているところを、マダム・ポンフリーに見つかって激怒されるのを回避すべく、ドラコはうしろを向いてベッドの横に椅子を引っ張ってくると、そこに腰を下ろした。数分のあいだ、二人は何も喋らなかった。ドラコはただ座ったまま、彼女を見つめていた。


「ドラコ」
 突然、ハーマイオニーが言った。
「あなたが、彼を殺したの?」


「違うと思う」
 ドラコは本心で答えた。

「じゃあ、オリアリーの呪文のせい?」
 興味にかられて、彼女は問いかけた。


「まさしく、これからその話をするつもりじゃった」
 戸口から、声がかかった。