2004/5/28

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 30 章 He Mele No Lilo

(page 1/3)

 ひどいひとときだった。ドラコはポッター、ウィーズリーと一緒に病棟で立ち尽くしていた。彼らの怪我は、ハーマイオニーの状態に比べれば、大したことはなかった。カーテンの向こう側では、何度も緊迫した空気が流れ、心配そうなひそひそ声が発せられていた。その後、少年たちをさらに怯えさせたのは、ダンブルドアが、これまでホグワーツでは見かけたことのない人物を伴って入ってきたことだった。聖マンゴ病院からの専門医だ。


 ドラコは吐きそうになった――というか、それまでにもすでに感じていた吐き気が、さらに増したような気がした。ポッターがそれに気付いたらしく、ドラコに顔を向けた。


「ハーマイオニーは、大丈夫だよ」
 ポッターは、静かに言った。


 ウィーズリーがうなずいて同意を示した。ドラコは、不思議と慰められた。誰にも打ち明けるつもりはないことだが、そのときドラコは、こいつらよりずっとたちの悪い魔法使いが地球上にはたくさんいる、という判断をくだしたのだった。好意を抱くことはなくとも、ポッターとウィーズリーは思ったほど悪いやつらじゃない。ハーマイオニーの言うことも捨てたもんじゃない。彼女の友人たちは、間抜けコンビかもしれないが、デスイーターの二人連れを相手に独力で立ち向かえる者なんて滅多にいない。


 校長がようやくカーテンを開けて静かに姿を現した頃には、室内の緊迫感は、肌で感じられそうなくらい高まってきていた。その瞬間、校長の青い目には、いつものキラキラした光がなく、ドラコは耳をふさぎたくなった。彼女がもうこの世にいないと知らされるくらいなら、このまま永遠に病棟に留まって、自分と彼女を隔てるカーテンの外側でずっと待ち続けているほうがマシだ。


「もう大丈夫じゃ」


 ドラコの頭の中にうずまいていたこれらの思いは、このダンブルドアのひとことで、すべて停止した。そのとき初めて、気付いた。ウィーズリーの顔が今まで見たことがないほど真っ青なこと、そしてポッターの両手は関節が白く浮き上がるほど固く握り合わせられ、その手のひらがうっすらと緋色に染まっていることに。それは近くでよく見れば、血であるのかもしれなかった。


「分かっておるかとは思うが、かなり危ない状態じゃった」
 校長は説明を続けた。
「磔の呪文のせいではない。この呪いが身体に及ぼす影響は、何日も続くことがあるのは事実じゃが。しかしマダム・ポンフリーの言葉を借りるならば、最も深刻な事態を引き起こしたのは、頭蓋骨への損傷じゃった」


 カーテンがもう一度開いて、聖マンゴ病院からやってきた魔法使いが出てきた。彼はダンブルドア教授にむかって会釈した。
「アルバス、ほかに用がなければ、わたしはもう戻るよ。指示はマダム・ポンフリーに出してある。今後十二時間、三十分ごとに脳保護の魔法をかけなおしていくんだ。そのあいだは包帯は必要ない」


「心から感謝するよ、タイラー。ベッタと娘さんたちによろしく伝えておくれ」
 校長は医師の手を握って、微笑んだ。


 マダム・ポンフリーが再度ハーマイオニーのベッド周りのカーテンを開け、そのままにして出てきたので、少年たちはホグスミードで少女を校長に引き渡して以来、初めて彼女の姿を目にすることができた。恐ろしく顔色が悪い。その蒼白な顔の周囲を黒っぽい髪が縁取っている。先ほどまで肌を汚していた血の痕跡はなかった。今はもう制服のローブは着ておらず、白い病室用のガウンに着替えさせられている。そのせいで余計に、はかなげだった。しかし安堵で胸がいっぱいになったドラコの目には、彼女の姿はかつてないほどにきれいに見えた。


 専門医を見送ると、校長は少年たちに向き直った。
「ポッピー、ミスター・ポッター、ウィーズリー、マルフォイのほうにも、手当てが必要かと思うんじゃが」


「もちろんですとも、校長先生」
 マダム・ポンフリーはそう言うと、まずはロンのところに行った。彼の腕が折れていることは見た目にも明らかで、一番顕著な怪我だったのだ。


「それから、ミスター・マルフォイ、きみは」
 ダンブルドアはドラコの腕を取って、ハーマイオニーのベッドの近くにある別のベッドに導いた。
「少し休んだほうがよいと思う」


 ドラコは眠りたくないと思いながらベッドに寄りかかった。しかし柔らかい寝具の感触には、抵抗しがたいものがあった。


「何もかもがひととおり落ち着いたならば」
 校長は静かに言った。
「きみとミス・グレンジャーからは、非常に興味深い話が聞けるものと思っておるよ。説明を必要とする事柄は数多いが、そのための時間はあとでたっぷり取れるじゃろう」
 ダンブルドア教授は病室の奥に目を向けた。そこには、閉じたドアがあった。


 そのドアの向こうにあるものを、ドラコは知っていた。あの部屋の中に、何があるのか。あの半巨人がルシウスの屍を運び込んでくるところを、ドラコはずっと見ていたのだ。しかしそのときはハーマイオニーのことが心配で、あまり深くは考えられなかった。そして病室のベッドに横たわっている今、ドラコは自分が、まだもう少しだけ考えずにいたいと感じていることに気付いた。少なくとも、夜が明けるまでは。太陽が昇って空が明るくなり、父親の生気を失った目の中の冷たい空虚さが、今ほどには恐ろしくなくなるまでは。




 明るく晴れやかな朝だった。同じ部屋にいるグリフィンドール生たちよりも早くに目を覚ますことができて、ドラコは嬉しかった。素早くハーマイオニーのほうに視線を向ける。しかし彼女は身じろぎもしていなかった。今も目は固く閉じられ、横向きに寝そべった身体は折り曲げられている。早朝の光のもとで見ると、青白い頬に浅黒い痣ができているのが分かった。このルシウスの所業に、白熱した怒りの感情が湧いてきた。そして、もし間に合うように駆けつけられていなかったらどうなっていたかということに思いが及んで、今頃になって緊張で気が昂ぶって心臓がどきどきしてきた。


「彼女、まだ目が覚めてないのかな?」


 不意をつかれて、ドラコはさっと振り返り、隣のベッドで眠そうに頭を掻きながら上半身を起こしているポッターを睨みつけた。


「実を言えばな、ポッター。とっくに目を覚ましてた。彼女は今、図書館に走っていって昨日の夜できなかった宿題を片付けて、またちょっと一眠りしようとついさっき戻ってきたところなんだ」
 ドラコは不機嫌な声で言った。


「なんの話?」
 別の声が聞こえた。さらに向こう側のベッドで、ウィーズリーが毛布を押しのけていた。


「マルフォイが今、自分にコメディアンの才能があるかどうか試してたんだよ」
 ポッターが言った。


「あんまり観客の受けはよくなかったみたいだよな?」
 ポッターのうんざりとした顔を見ながら、ウィーズリーは尋ねた。


 マダム・ポンフリーの事務室のドアが開いた。校医は少年たちの前を通り過ぎてハーマイオニーのベッドの横に行った。ハーマイオニーの頭の下のほうに杖を向けて、呪文を唱える。それから、少年たちのほうにやってきて診察をした。


「そうね、三人とも、かなりよくなったと言っていいと思うわ」
 ロンの修復された腕を確認しながら、彼女はやさしく言った。
「あなたがた二人は、今から急げば大広間に行って朝食を取ることもできますよ」


 ウィーズリーは飛び上がるようにベッドを出た。しかしその後、足を止めてハーマイオニーのほうを見た。
「ぼくたち、彼女が起きるまでここで待ってたら駄目ですか?」


 ポッターも、ベッドから這い出して病室用ガウンの上から制服のローブを羽織りつつ、うなずいて同意を示した。


「なんですって、午後になってもずっと、あなたがたをここに置いておけというの?」
 校医はポッターとウィーズリーが着替えをできるよう、少年たちのベッドを取り囲むカーテンを閉じた。


「でも、どうしてこいつは残っててかまわないんですか?」
 ウィーズリーはカーテンを脇に押しやると、まだベッドの中で座っているドラコのほうを指差して文句を言った。


「彼は著しく体力を消耗しているし、あの地下牢の部屋じゃまともに身体を休められるとは思えないからですよ。あそこじゃ湿気と隙間風がひどすぎる。まったくよくないわ」

 校医は強引に二人を戸口に押しやった。


 ドラコのほうは、自分の具合の悪さに校医が言及するのを聞いて、痛々しい表情を作り、大きくあくびをして見せた。しかしマダム・ポンフリーが背を向けるなり、追い払われていく少年たちに向かって、何食わぬ顔でウィンクをしてやった。


 ポッターが口を開いて、何か陰険なことを言いかけたようだったが、そのとき校医が彼の肩をつかんだ。かなりきつく爪が食い込んだのだろう、ポッターは顔色を変えて前かがみになり、無言で部屋を出て行った。ウィーズリーもそのあとに続いた。


 ドラコは勝ち誇った満面の笑顔になって、ゆったりとベッドの上でくつろいだ。しかし去り行くグリフィンドール生たちの背後でずっしりとしたドアが閉まると、マダム・ポンフリーは地獄も凍りつくようなまなざしでドラコのほうを見た。


「あんまり図に乗るんじゃありませんよ、ミスター・マルフォイ」
 厳しい声で言うと、夢も見ず熟睡するための水薬を手に近づいてくる。


「ぼくはそんなもの飲まなくても……」
 顎をぐっとつかまれて、ドラコは反論を試みた。


 マダム・ポンフリーはふんと鼻を鳴らすと、ひんやりとした液体をドラコの口にむりやり流し込んだ。
「さあ」
 やさしくはあるが、どこか幼児をなだめるような声で言う。
「これで気分がよくなったでしょう?」


 ドラコは、校医の微笑む顔を睨みつけた。明らかに、彼女はドラコの家柄になど、なんの敬意も払っていない。しかしそのことにムッとしている暇もあまりなかった。水薬はすでに効き目を発揮し始めており、ドラコはまたしても、睡眠を求める自分の身体と格闘する羽目になった。敗北の唸り声とともにドラコが身体をふたたび横たえると、校医はいそいそと離れていった。ドラコは今一度、ハーマイオニーに視線を投げかけた。








※この章のタイトル "He Mele No Lilo" について作者さんのコメントを
以下にそのまま訳出しておきます。次の第 31 章の発表時に出されたものです。

「数名の方から、前回の章タイトル『He Mele No Lilo(リロの歌)』に
関する問い合わせがありました。これは実を言えば
『リロ・アンド・スティッチ』(ディスニー映画)のサウンド・トラックの中の
一曲の題名です。ちょうどこの章のタイトルを思いつけずにいるときに、
この曲を winamp で聴いていたので――もうお分かりですね。」

(翻訳者コメント……そんなやり方でタイトル付けられたら訳せません(笑))