2004/5/21

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 29 章 ルシウスのもてなし

(page 3/3)

「目を覚ましてくれ」
 切羽詰った声が耳の中で響いて、ハーマイオニーはなんとか意識を浮上させた。


 まだ、ドラコの腕の中にいた。まだ、あの古めかしい部屋の中だ。まだ、生きている。ドラコは安堵のあまり激しく息を吐いた。彼ががくがくと震えていることにハーマイオニーは気付いたが、それが恐れによるものなのか、それともあの呪文を唱えたことによるものなのかは、分からなかった。抱きかかえられたまま、身体をよじる。もうとっくにそんな力は使い果たしてしまったと思っていたのだけれど。その視線の先、部屋の反対側に、ルシウス・マルフォイの身体が横たわっていた。両の目は開かれたまま何も見つめておらず、ただ上方のどこかに向けられている。彼の杖は、その指先から数インチ離れたところに転がっていた。そして、これほどまでに痛めつけられた状態では通常、考えられないほどの直観力で、ハーマイオニーは、彼が死んでいることを悟った。


 ドラコがハーマイオニーの頬に手を添えて、ふたたび彼女の注意を引き戻した。灰色の瞳から、怯えと懸念があふれ出していた。彼の顔には、まったく血の気がなかった。今まで見たなかで一番、青白い。マンティコアによってあれだけの血液を奪われたときでさえ、これほどではなかった。


「ごめん、ハーマイオニー」
 彼の声は、とてもかすれて聞こえた。
「ぼくが悪かったんだ。分かっているべきだった。パンジーの言葉なんか……」


「言わないで……」
 ハーマイオニーはやさしくささやいた。
「言わないで……」
 もう一度、言う。彼を慰めるために必要な言葉を、脳の中から生じさせることができずにいた。


 ドラコは彼女を引き寄せて口づけた。押し付けられた唇の感触が、ひどく柔らかく感じられた。自分からもキスをするだけの力はなかった。ただぼんやりと、彼がここにいて、また自分にキスしているという事実だけを享受していた。彼の吐いた息が、頬の上に暖かく、しっかりと感じられて、ハーマイオニーは嬉しさに微笑みたくなった。彼は唇を離すと頭を垂れて、安心させてほしいとでも言うように、彼女の胸元にもたれかかってきた。彼の身体がさらに激しく震え始めて、ハーマイオニーは彼が泣いているのではないことを願った。わたしのスリザリンの、こんなにも痛々しい姿を見ていると、心が壊れてしまいそう。


 部屋の外の大騒ぎが、いつのまにか収まっていた。ドアが開いて、中に入ってくる慌ただしい足音がした。


「ハーマイオニー? マルフォイ?」
 それは、よく知っている、大好きな人たちの声だった。


「ハーマイオニー!」
 ハリーがドラコの傍らに駆けつけてきた。すぐうしろにロンもいた。


 ハリーはこめかみのところにできた切り傷から血を流しており、ロンは注意深く自分の腕を押さえていたが、二人とも大丈夫そうだった。ハーマイオニーは彼らに挨拶をして、来てくれてありがとうと言いたかったが、室内がまたしてもぼんやりとしか見えなくなってきていた。頭がものすごくクラクラしていていたし、ものすごく疲れて、何もかもが遠く感じられた。


「彼女、大丈夫か?」
 ロンがおずおずと尋ねた。


「怪我をしてる。ホグワーツに連れ帰らないと」
 返答したドラコの声が、震えていた。


「ぼくが運ぶよ」
 ハリーが性急に言った。


「触るな、ポッター!」
 ドラコはきっぱりとささやいた。


「どうじゃな、ミスター・ポッター、ウィーズリー、マルフォイ。わしがこの手でミス・グレンジャーを病棟に連れて行こうかと思うのじゃが」


 三人の少年たちは、驚いて顔を上げた。ロンとハリーは、稲妻のごとき反射神経で振り返り、杖を構えた。しかし意識の朦朧とした状態にあっても、ハーマイオニーはそれが校長の声だったことを認識していた。


 ハリーとロンは、ゆっくりと杖を下ろした。ここにいるのが校長その人だという確証を抱きかねて。その奇跡的な登場を信じかねて。しかしドラコは、ハーマイオニーとほぼ同時に、これが本物のアルバス・ダンブルドアであることを見てとったようだった。ドラコは深々と、降参したようなため息をついた。それから、ハーマイオニーを安心させるように抱きかかえていたドラコの腕の力が緩んでいって、ハーマイオニーはそれが嫌で声を上げようとしたが、ひとことも発することはできなかった。意識が、いっそう遠くのほうへ流され始めていた。そして、この夜これを最後にまたしてもまぶたが下りていくのを感じながら、ハーマイオニーは心の片隅で、果たして自分は、もう一度目を覚ますことができるのだろうかと思った。