2004/5/21

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 29 章 ルシウスのもてなし

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 覚醒したとき、とっさに頭に浮かんだのは、ただ一つのことだった。何かが、ものすごくおかしい。ハーマイオニーは小さくうめき声を上げた。後頭部から切り裂かれるような痛みが湧き起こったのだ。そのとき、くつくつと忍び笑いをする低い声が耳に届いた。


「ようやく目を覚ましてくださってホッとしましたよ、ミス・グレンジャー。うっかり殺してしまったかと思った」
 愉快でたまらないというような、滑らかな声が、とても近いところから聞こえた。


 ハッと目を開いて、驚くほどの勢いで噴出するアドレナリンを感じながら立ち上がると、よろよろとうしろに下がる。しかしパニックに駆られて振り絞った力は、いきなり動いたことで頭部に生じた、白熱にさらされたような苦痛にかき消された。ハーマイオニーは背後の壁にぶつかり、耐え難い痛みにすすり泣きをもらしながら、ずるずると床に崩れ折れた。


 ふたたび、忍び笑いが聞こえた。
「あまり無理をしないほうがいい。相当ひどい怪我をしておられる。必要以上に苦しむことはありませんからな、お嬢さん」


 もう一度目を開いたハーマイオニーは、初めて自分の周囲をじっくりと見渡した。かなり狭い部屋だ。想像していたような地下牢や独房ではなく、古風な内装の居間といったかんじだ。それほど遠くないところに暖炉があり、暖かい火が燃えている。木の床は、色あせた敷物でほぼ覆われていた。四方の壁紙はボロボロになっていたが、かつては黄色い花柄だったのかもしれない。一番遠い壁にドアがあった。唯一の出口だ。窓には板が打ち付けてあるから。窓が塞がれたのは、ごく最近のことらしい。板を留めている釘が、わりと新しいものでまだピカピカと光っている。ドアの近くに、ツリー型の外套掛けがあった。突き出した何本もの枝のうちの一つに、間違えようもないハーマイオニー自身のマントが掛かっている。ヒステリーを起こしてクスクスと笑い出したいという強い衝動が起こったが、ハーマイオニーはなんとか堪えた。


 部屋の中にいる自分以外の人間は、ルシウス・マルフォイだけだった。座り心地のよさそうな、背もたれの高い椅子に腰掛けている。その右側に小さなテーブルがあって、クリスタル・ガラスでできた切込細工のデキャンターが載っているのが見えた。中には、深い黄金色の液体が入っている。その横に、ハーマイオニーの杖が置かれていた。ルシウスは、楽しげな表情でハーマイオニーを見つめていた。手にはゆったりと、デキャンターと揃いのグラスを持っている。年たけたほうのマルフォイは、ブランデーグラスをほんのわずかだけ回転させており、入っている琥珀色の液体が中で揺れるさまを見つめていると引き込まれて意識を手放しそうだった。


「飲み物が欲しいというわけではなさそうですな?」
 ハーマイオニーの視線を追ったルシウスは、ほとんど親切そうにも聞こえる口調で尋ねた。


 彼の喋り方は、まるでハーマイオニーが、単なるマナーのなっていない招待客に過ぎないかのようだった。ハーマイオニーはぞくっとした。このような優しげな態度はかえって、かつてないほどの恐ろしさを感じさせた。


「わが息子は、目が高い。それは認めよう」
 ルシウスはグラスに口をつけながら、ハーマイオニーの全身に視線を走らせた。
「決して美女とは言わぬが、心惹かれる者もいるだろうことは理解できる」


 引き続き品定めをするような視線を感じながら、ハーマイオニーは身震いをして、彼から目をそらした。


「わたしとしては、いかなる者であろうと穢れた血との交流を持つことにはまったく賛同できずにいるが、われわれの中にも、そのような凡庸さを好む傾向を持つ者はいる。賛同はしないまでも、もしも息子がただ単に、グリフィンドールの者たちを懲らしめる手段としてあなたに目を留めたのであれば、わたしとて恥とは思わなかっただろう」
 ルシウスはグラスをテーブルに置くと、ローブから自分の杖を取り出した。
「しかし、わたしもあなたも、ドラコの場合はそうではなかったことを、承知している」


 ハーマイオニーはさらに強く、壁に身体を押し付けた。絶望のなか、このまま壁のひび割れの中に入り込んで消えてしまえたらと考えていた。ルシウスが無造作に、グラスを持っていたときと同じように手の中で杖を回すさまを見つめる。いくらでも時間はある、といった態度だ。


「然り、ドラコの場合は、そうではなかった」
 もう一度そう言ったルシウスの顔に浮かんでいた微笑みが、翳った。
「残念ながら、わが息子はかなりあなたにのぼせ上がっているようだ。幸い、今すぐこの状態を終わらせたなら、名誉が傷つくことはないだろう。わたしと、わが主人との面目をつぶした埋め合わせをするにはしばらくかかるであろうが、やがては彼ももとの道に戻ってくるだろうことをわたしは確信している」


 ハーマイオニーは蒼白な顔でルシウスを睨みつけた。
「わたしと親しくなるずっと前から、彼はあなたの主人とはなんの関わりも持ちたくなかったのよ」
 ささやき声で吐き捨てた。


 今では、ルシウスの顔からは笑みが完全に失せていた。かつてはドラコとそっくりだと思っていた灰色の目が、怒りのせいで黒に近い色になっている。彼はゆっくりと杖を掲げた。


「クルーシオ」
 彼はささやいた。


 こんなのは生まれて初めてだった。苦痛以外、何も感じられない。身体の隅々が、自分の存在そのものが、耐えがたい痛みにさらされている。悲鳴を堪えているという自覚もないまま、ハーマイオニーは唇を噛みしめた。身体が揺れると苦しみが増し、頭が背後の壁にぶつかり跳ね返った。この衝撃で目の前に星が飛び、ハーマイオニーは前かがみになって地面に倒れ込み、幸運にも意識を失った。