2004/5/14

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 28 章 協力は必須

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 薄闇に包まれた戸外へと続く玄関扉にたどり着いたちょうどそのとき、背後から怒鳴り声がした。ドラコはそれを意に介さず、ドアを引き開けて夕暮れの校庭へ飛び出そうとした。しかし、肩にずっしりと手を置かれると、立ち止まらざるを得なかった。戸口から後方に引き戻されて、床に転がされたのだ。フィルチが陰鬱な目で睨みつけてきており、さらにマクゴナガル教授が二人のほうに向かって走ってくるところだった。


「ミスター・マルフォイ、いったいどこへ行くつもりですか?」
 マクゴナガルの声は尖っていた。


「先生、ハーマイオニー・グレンジャーがホグスミードに」


「馬鹿なことを」
 厳格な女教師は、ドラコの言葉をさえぎった。
「ハーマイオニー・グレンジャーは模範的な生徒なのですよ。今頃はきっと寮の部屋で勉強をしているでしょう」


「違うんです、先生の知らないことが! 彼女はあそこに行っていて、あぶな……」
 危ない目にあっている、と言おうとしていたのだが、突然、声が出なくなっていることに気付いた。


 マクゴナガル教授は掲げていた杖を下ろすと、ドラコを睨んだ。
「これ以上はひとことも喋らせませんよ、ミスター・マルフォイ! あなたはこの学校に来て以来ずっと、ハーマイオニー・グレンジャーとその友人たちに迷惑をかけてばかり」


 ドラコは愕然として教授の顔を見た。もう一度、声を出そうとしたが、まるで舌に大きな錘を付けられたようなかんじだった。とっさにドアに向かって突進したが、それを見越していたフィルチが再度、ドラコを捕まえて床に突き倒した。


「ミスター・マルフォイ」
 マクゴナガルはため息をついた。
「魔法は数分で解けますから、このまま寮にお戻りなさい。さあ、早く!」


 ドラコは忌々しげに先生を睨みつけてから、地下牢に続く階段へと向かった。しかし、部屋に戻る気はなかった。どうにかして、ホグスミードに行く方法を見つけなければ。


 階段を下りながらも、考え込んでいた。何かあるはずだ。考えろ。突然、足が止まった。
「ポッター」
 声に出してささやくと、回れ右をして階段を駆け上がる。マクゴナガル教授はまだ大広間の前でフィルチと立ち話をしていたが、ドラコがさらに上の階へと向かうのを目に留めると、声をあげた。


「ミスター・マルフォイ! 今度はいったい、どこへ行く気ですか?」


 ドラコはしかし、走りやめなかった。そのまま何階も上に進み、長い回廊に出る。これまで一度ならずハーマイオニーがすり抜けて行くのを見たことがある、肖像画のところにたどり着くと、ようやく足を止めた。


「入れてくれ!」
 ドラコは肖像画に向かって命令した。


「合言葉を!」
 絵の中の女性は嬉々として叫んだ。ドラコがそれを知らないと、初めから分かっているかのようだ。


「合言葉は知らない。でも入る必要があるんだ! 入れてくれ!」
 ドラコは肖像画に向かって怒鳴った。


 ピンクのドレスを着た婦人は、顔をしかめた。
「合言葉なしで入れるわけにはいかないのよ」


「合言葉なんか知るかよ!」
 ドラコは肖像画にこぶしを打ちつけた。
「入れてくれ!」


 背後で、ハッと息を呑む音がした。振り向くと、肖像画に続く短い廊下の端にネビル・ロングボトムが立っていた。蒼白になって、震える足で後ずさりをしている。


 ドラコは飛び出していって、逃げようとするロングボトムを捕まえた。
「開けろ!」
 と、命令する。


「い……嫌だ……」
 ロングボトムは、背中に回された腕をドラコにねじり上げられると、べそをかいた。


「ぐずぐずしている暇はないんだ、ロングボトム。この糞ったれドアを開けろ!」
 ドラコは吠えるように言った。頭の中に浮かんでくる、ホグスミードにいるハーマイオニー、ルシウスと一緒にいるハーマイオニーの姿を打ち消そうと必死だった。


「バタースコッチ・ボタン」
 さらにうしろのほうへと腕をねじられたロングボトムが叫んだ。


 肖像画がばたんと揺れて、グリフィンドール談話室が目の前に現れた。これまで、自分がこの場所に入ることがあろうとは想像してみたことすらなかったが、ドラコはほんの一瞬たりとも、躊躇して室内を見渡したりはしなかった。そのまま足を踏み入れ、円形の部屋の中央に進む。周囲の生徒たちが驚いてはじかれたように立ち上がり、口々に発せられる怒りに満ちた叫び声が、どんどん激しくなっていった。


「ポッターはどこだ?」
 ドラコは鋭くささやいた。どういうわけだか、彼の低い声は、周囲の喧騒を押さえ込むように響きわたった。
「ハリー・ポッターはどこだ?」
 誰も返事をしなかったので、ドラコは怒鳴った。


「神経を疑うよ、マルフォイ」


 ドラコは素早く振り向いて上を見上げた。中央の部屋を見下ろすアーチ型の天井をした通路に、ポッターとウィーズリーが立っていた。


「おまえ、どうやってホグスミードに行ったんだ?」
 ドラコは早口に問いかけながら、彼らのほうに歩いていった。


「こんなふうに堂々と入ってきていいと思ってるのか?」
 ポッターが唸るように言った。


「聞けよ、ポッター。時間がないんだ。三年生のとき、どうやってホグスミードに行ったのかを教えろ!」
 ドラコは叫んだ。談話室の中は恐ろしいほどの静けさに包まれていたので、そんな必要はなかったのだが。


 ポッターは面食らった表情になった。
「なんの話だよ?」


「ポッター、おまえがどうやってホグスミードに忍び込んだのかを教えないと、殴り殺すぞ!」


 ポッターは赤毛の友人のほうをちらりと見てから、ふたたびドラコを見下ろした。さっぱり事態が把握できていないのだ。


「ポッター!」
 ドラコは怒鳴った。
「時間がないんだ。彼女が危ないんだ」


 これを聞いたポッターとウィーズリーは、二人とも青くなった。彼らは通路の端に姿を消したかと思うと、すぐにドラコの正面にある階段のふもとに出てきた。駆け寄ってくるなり、ドラコの肩を引っつかんで乱暴に肖像画の穴をくぐり抜ける。肖像画が背後で閉じて、ほかのグリフィンドール生たちの興味津々な視線がさえぎられると、ポッターはドラコをぐいっと壁に押し付けた。


「彼女って、誰のことだ?」
 ポッターの声は静かだった。


 ドラコはポッターを睨み返した。こいつには何も打ち明けたくない。


「ハーマイオニーはどこだ?」
 ウィーズリーが冷たい声で尋ねた。


「ホグスミードだ。パンジーとぼくの父が共謀して、彼女をはめたんだ」
 事情を説明をしなければならないとドラコは気付いたのだった。彼女のためだ。


「ああ、なるほどね」
 ウィーズリーは、いくぶんホッとした声になった。ドラコの言うようなことはあり得ないと思っているのか。
「あんなつまんないスリザリンの馬鹿女が、ハーマイオニーを騙すなんてできるもんか。それに、もしできたって、ハーマイオニーがこっそり学校を抜け出したりするはず……」
 ウィーズリーの声が弱々しく途切れた。彼はポッターのほうを見た。二人は意味ありげな視線を交わした。


「校則破りはスリザリン寮生の得意技だと思っていたんだが」
 ドラコはつぶやいた。


「このろくでなしと一緒にここにいてくれ。すぐに戻る」
 ポッターがウィーズリーに言った。


「おい!」
 ドラコは尖った声で言った。
「せめて、もうちょっと違う呼び方はできないのか」


「そうだな、ごめん。ロン、この腐れ男と一緒にここにいてくれ。すぐに戻る」


 ドラコは二人を睨みつけた。ポッターはロンとドラコをその場に残して、ふたたび肖像画の穴から中に入っていった。ドラコは苛々と辺りを歩き回り始めた。ポッターが姿を消していたのは、ほんのわずかなあいだだけだった。すぐに肖像画の向こうから飛び出してきた。手に、羊皮紙を握り締めていた。


「こいつの言うとおりだ。ハーマイオニーは校内のどこにもいない」
 ポッターはロンに強い視線を向けてから、先を続けた。
「でも、彼女は、その……」
 ポッターはもう一度、友人に意味ありげな目を向けた。
「分かるだろ、例のあれを、持っては行かなかったみたいなんだ」


「ああもう、うっとうしいぞ、ポッター! 透明マントのことは知ってる」
 ポッターとウィーズリーは、びっくりしてドラコを見た。
「ぼくが聞きたいのは、おまえがどうやってホグスミードに忍び込んだかだ」


「ぼくたちが言うわけないだろ!」
 ウィーズリーが噛みつくように言った。


「彼女を助けないといけないんだ」
 ドラコは、冷静さを保とうと努力しながら応じた。


「心配するな」
 ポッターが冷淡に言った。
「ぼくらが助けに行くから」


 ドラコは荒んだ笑い声をあげた。
「どこへ行けばいいのかも分からないくせに」


「はん、彼女を助けるのに、おまえを頼ったりなんかするもんか」
 ポッターは頑なに言った。


「そりゃ悪かったな、ポッター。おまえがそんなに人助けが得意だとは思わなかった。しかし妙だな、セドリック・ディゴリーがその意見に賛同するとは思えない」
 これは反則技だった。ドラコでさえも、そのことは認めざるを得なかった。


 ポッターの顔色は、さまざまな濃さの灰色を経て、凄まじい蒼白に落ち着いた。ドラコは、彼のこぶしが自分に向かってくるのを認識さえできなかった。気が付くと顎にまともにパンチを決められていた。ドラコはうしろによろめいてどさりと倒れた。口の中に金属を思わせる血の味が広がった。ポッターは、自らの取った行動にいくぶん呆然としているようだった。


「よし、これで――
 急速に腫れ上がりつつある頬をさすりながら、ドラコは言った。
「いがみ合いはひととおり済ませたから、そろそろ行くか?」