2004/5/14

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 28 章 協力は必須

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 石でできた低い天井は、一時間ほどにわたってつくづくと見上げているうちに、すっかりどうでもよくなった。ドラコは唸った。こんなことは、馬鹿げている。分かっていた。マルフォイたる者、どこぞの恋わずらいの仔犬みたいにくよくよしたりなんか、するものじゃない。マルフォイ家の者は、欲しいものがあればそれを手に入れるだけだ。文句はなしだ。しかし、真っ当なマルフォイ家の一員ならば目前の問題にどう対処すべきかということを承知していてさえも、ベッドから見上げていた延々と連なる御影石の板から目をそらすには、努力が必要だった。


 やるべきなのは、彼女を見つけて、謝罪をして、ルシウスが母の機嫌を取るときに使うような、ちょっとした美辞麗句をでっちあげること。守るつもりもない約束をいくつか口にしたっていい。でも、もし自分がその約束を、守るつもりになってしまったら? もちろん、そこが今回の問題に関する、一番の難点だった。ドラコは、パンジーにキスされてしまったことを、本気で悪かったと感じてしまっているのだ。即座に彼女を押しのけなかったことで、罪悪感を抱いているのだ。最後に何かについて罪悪感が湧いたのなんて、いつのことだっただろうか。


 残された道は、とにかく彼女を探すことだ。ハーマイオニーを探して、自分がすまないと思っていることを分かってもらう。彼女に嫌われると自分は惨めな気持ちになるんだと伝える。会えないでいるとつらいと訴える。でも、たとえ本心だったとしても、ハーマイオニーの前でこんな甘ったるいたわごとを言うくらいなら、ポッターにおまえのクィディッチの技術が羨ましいと言ったほうがマシだ。そう、残された対処の方法としては、パンジーのほうから迫ってきたんだと主張すること。そして、ハーマイオニーも言ったとおり、自分にはハーマイオニーに対して後ろめたく思う筋合いはないんだと言う。それから、二人で取り組んでいる課題のことを話題に出すといいだろう。数占いについて喋っているときのハーマイオニーは、いつも機嫌がいい。それから、ドラコが充分に魅力を発揮できれば、キスだってさせてもらえるかもしれない。これで計画は立った。よし。まだ八時にもなっていない。図書館に行けばまだ会えるかもしれない。


 ドラコはベッドから起き上がると、悠々とした足取りで廊下を進み、談話室へ向かった。急く必要はなかった。二人の部屋にいるハーマイオニーの姿が、ありありと思い浮かぶ。座って作業をしながら、きっと心の片隅では彼を待っているのだ。そこまで考えたドラコは、自己満足の笑みを浮かべ、少しだけ足を速めた。いつだって、期待に応えるのはいいものだ。




 部屋への扉は、心持ち開いていた。彼女が中にいると分かって、ドラコは得意満面の笑顔でドアを押し開けた。しかし、そこにいたのはハーマイオニーではなかった。


「パンジー?」


 スリザリンの少女はくるりと振り向いた。その顔には、後ろめたそうな表情があった。彼女は持っていた何かをローブの奥に素早く隠し、積み重ねた本につまずきそうになりながら、うしろに下がった。


「ドラコ……」
 そわそわとした視線を、彼の背後のドアにちらちらと投げかけつつ、パンジーはつぶやいた。


「ここで何をしている? ハーマイオニーはどうした?」
 ドラコの声はしっかりしていたが、危険な響きを帯びていた。パンジーの目に浮かぶ反抗的な光が、気に食わなかった。彼女の表情には、どこか勝ち誇ったようなところがあった。


「散歩にでも行ったんじゃない?」
 パンジーの声にも揺らぎがなかった。しかしその裏に潜む不安を、ドラコは感じ取ることができた。


「さっきポケットに隠したのは、なんだ?」
 そう問いかけたのは、自分たちの研究の成果を、パンジーが盗みに来たのではないかと思ったからだった。


「別になんでもないわ」
 パンジーは返事をしながら、手をポケットに入れて、中身を握り締めた。


 ドラコは速やかに前に出ると、彼女の腕をつかんだ。パンジーはもがいたが、ドラコのほうが体格もよく力も強い。すぐにパンジーを机のところまで押しやって、彼女のポケットに手を入れようとした。


「この体勢、何かを思い出すわね、ドラコ?」
 その言葉の意味するところを強調するかのように、パンジーは身体を押し付け返してきた。


 しかしドラコは、手に羊皮紙の切れ端が触れると、それを引き出して彼女を押しのけた。
「黙れよ、パンジー」
 つぶやきながら、折りたたまれた紙を開いていく。


 パンジーはその場に立ったまま、ドラコが手紙を読んでいるようすをじっと見ていた。手紙は、明らかにルシウスが書いたものだった。しかし、意味が分からない。ホグスミードでルシウスに会う約束などした覚えはない。ドラコは混乱状態のまま、手紙を読み返した。パンジーのほうに顔を向けると、彼女は後ずさりをした。そして今回は、歩く邪魔になる場所に脈絡なく置き去りにされていた、教科書鞄につまずいた。少しのあいだ、ドラコはそのバッグを見ていた。頭の中でパズルのピースをつなぎ合わせて全体像を見て取るまでには、しばらくかかった。


 パンジーは、じりじりとドアに向かって移動し始めたが、ドラコはふたたび彼女をつかまえて、引き戻した。身体を壁に強く押し付けられて、パンジーは哀れっぽい声で痛みを訴えた。


「彼女はどこだ?」
 互いの顔のあいだの距離をわずか数インチのところまで詰めて、ドラコはささやいた。


「知らない」
 パンジーは気丈に言った。


「きみは、彼女を罠にはめたんだ。きみはこれまでずっと、ルシウスのスパイをやっていたんだな。ぼくの母が病気だというのも嘘だ。そうだな?」
 ドラコは、さらにパンジーを押さえつける手に力を加えた。パンジーの虚勢がしぼんでいった。


「ええ。あなたのお母様は、病気じゃない」
 ドラコにもう一度押さえつけられて、パンジーは小さく悲鳴を上げた。
「でもあなたのお父様は、ほかに方法がないとお思いになったの。あなたは、ご両親を完全に見限ってしまった、背を向けてしまったから。お父様も、必死になっておられたのよ」


「彼女は、どこだ?」
 身体中に恐れが広がっていくなか、ドラコは自分の忍耐力が限界に来ているのを自覚した。


「ホ……ホグスミード。ルシウスが、彼女と話をしたいと言ったの。あなたと別れるように説得するって」
 パンジーはぶるぶると震えた。


「この馬鹿女」
 ドラコはパンジーから手を放した。その手は、震え始めていた。
「ルシウスは、彼女を殺すつもりだ」


 ドラコはパンジーをそこに残したまま走り去った。パンジーのことを気にしている場合じゃない。頭にある思いは、ただ一つ。ルシウスより先に、ハーマイオニーを見つけなければ。急がねばならなかった。