2004/5/7

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 27 章 あやまち

(page 3/3)

 ハーマイオニーは苛々と、寮の部屋の中を歩き回っていた。石の床を横切り、ベッドの前を通り過ぎ、今度はまたもとの場所へ。ラベンダーとパーバティは二人してパーバティのベッドの上に座ってペディキュアを塗りながら、当惑と興味の入り混じった顔でそのようすを見ていた。


「ハーマイオニー」
 ラベンダーが声をかけた。
「どうかしたの?」


「魔法薬学の教科書を、図書館に忘れてきたの」
 ハーマイオニーは噛みつくように言った。
「信じられないわ。魔法薬学の本を図書館に忘れてくるなんて」
 歩きやめると、先ほど死に物狂いになって魔法薬学のテキストを探していたときに撒き散らしてしまった、大量の本のほうを睨む。


「じゃあ、さっさと図書館に行って取ってくればいいじゃない?」
 パーバティが、暖炉の光に爪先をかざそうと足を伸ばしながら言った。


 ハーマイオニーは、少女たち二人をねめつけた。


「いつから、図書館がそんなに嫌いになったの?」
 ラベンダーは、注意深くハーマイオニーを観察していた。
「ねえ、あなた、今日はずっと、なんかおかしいわよ」


 ハーマイオニーは、もう一度、歩き回り始めた。過剰な興味を示している、寮仲間たちの表情を無視しようと努めながら。そう、ハーマイオニーは今日、ずっと言動がおかしかった。でも、どうしろって言うの? だって変な気分なんだもの、自分がすっかり空っぽで、冷たくなってるみたいな。そしてこれはすべて、彼のせい。ドラコが大嫌いだ。


 苛立ちのあまりうめき声がもれた。これ以上、どうしようもない。ハーマイオニーは椅子にかけてあったマントを取ると、肩から羽織った。ラベンダーとパーバティが、猛然と出て行くハーマイオニーを、面白そうに見送っていた。何がなんでも、魔法薬学の教科書を取りに行くんだ。マルフォイなんか気にしない。


 図書館には、わずか数分でたどり着いた。ほとんどの生徒たちは、夕食を取りに大広間に向かっていたのだ。運がよければ、マルフォイも彼らと一緒に大広間に行っているだろう。ハーマイオニーはこの日、ずっと忙しく頭を働かせていた。宿題に取り組んだり、あと数週間でやってくる期末試験のために勉強をしたりして。


 ドラコのことを考えずにいられるよう、思いつくかぎりのことをしていた。ドラコは、ハーマイオニーを傷つけた。ハーマイオニーが、絶対にそんなことにはならないようにしようと決意していたことが、起こってしまったのだ。あのスリザリンのろくでなしと、親しくなる気なんか、全然なかった。なのにあいつはどうやったのか、いつのまにか心の中に入り込んできていた。自分が、さほど怒りを感じてさえいないことに気付いて、ハーマイオニーは愕然とした。数占い教室でハーマイオニーが言ったことは、真実だ。彼には、義理立てをする筋合いなんかない。ハーマイオニーが自分で、彼に近づいてしまった。彼を信頼して、彼に好意を持ってしまった。それは、彼の責任じゃない。しかしそれでもハーマイオニーは、これまで生きてきたなかで一番、惨めな気持ちだった。


 期待していたよりも、図書館の中には人が多かった。面識のあるレイブンクロー生が幾人かと、さらに何人かのハップルパフ生。ハーマイオニーが大きな部屋を横切っていくと、全員の視線が追いかけてきた。通り過ぎていくときに、ささやき声の一部が耳に入った。


「今朝の話、聞いた? あれがハーマイオニー・グレンジャーよ」
 これは左側からのささやき声。


「……スリザリン生と恋愛なんて、信じられる? 考えてもみなさいよ、グリフィンドール生とスリザリン生よ」
 右側からも声が聞こえた。


 ハーマイオニーは通路の途中で立ち止まると、振り返って一番近くで噂をしていた集団を睨みつけた。気まずい沈黙が下り、全員が即座にうつむいて自分の机の上に視線を戻した。ハーマイオニーはさらにもうしばらく、そこに立ったまま、誰かがまだ何か言うかと身構えていたが、生徒たちはみんな等しく、悔恨の表情を浮かべていた。


 図書館の奥から狭い螺旋階段を上って、二人の部屋へと向かう。不安で胃の中がひっくり返るような気がした。唇をぎゅっと噛んで、震え始めたのを止めなければならなかった。これは、自分が泣き出しそうになっているというしるしだ。


 部屋のドアには、鍵がかかっていなかった。ハーマイオニーは、がっかりした気持ちでノブを回し、ドラコの顔を見る覚悟を決めて中に入った。しかし、室内には誰もいなかった。ハーマイオニーは眉をひそめた。彼は、ドアを開けっ放しにするようなことはしないはずだ。


「ドラコ?」
 呼びかけたが、返事はなかった。


 さらに顔を曇らせて、ハーマイオニーは部屋の奥まで足を踏み入れた。彼のいい加減さに、不快感が込み上げてきた。まったく、ここの文献はものすごく貴重なものなのに。


 机の上に、場違いなかんじで魔法薬学の教科書が置いてあるのが目に留まった。まだかなり新しい装丁が、周囲の古書の中で目立っている。安堵のため息をついて、ハーマイオニーはそれを手に取り、バッグに押し込んだ。回れ右をして立ち去りかけていたとき、別のものが目を引いた。机の端に、一通の手紙がある。


 手に取って、震える指で開いた。ドラコから自分に宛てたものに違いないと思ったのだ。しかし、そうではなかった。



ドラコへ


おまえがようやく正気に戻ったことを喜ばしく思う。今晩八時ちょうどに、ホグスミードで待っている。おまえの母にも、おまえが家に戻って来ることを伝えた。この報せで、彼女の病状が快方に向かい始めたとわたしは信じている。しかし警告しておくが、二度とわたしを失望させてはくれるな。


父より



 ハーマイオニーは蒼白になって、手を震わせながら手紙を読み返した。


「ああ、駄目よ、ドラコ。駄目」
 うめき声で言う。


 あの馬鹿! 何を考えているんだろう? ハーマイオニーは腕時計を見た。もうすでに七時半だ。とっくに学校を出てしまったかもしれない。彼は、はめられたのだ。いったいどうして、こんなものに騙されてしまうんだろう。これは罠だ。明らかな、罠だ。


「どうしたらいいの?」
 ハーマイオニーは悩ましげな顔で、ささやくようにひとりごちた。


 手紙を持つ手に力が込められて、紙面に皺が寄る。そのとき、心が決まった。行かなければ。今すぐ。できるだけ急いで。彼を見つけて、止めるのだ。ハリーやロンを呼びに行く暇はない。透明マントを取りに行く暇もない。とにかく急がねばならなかった。


 ハーマイオニーは、部屋を走り出た。開け放したままのドアを、気に留めることもなく背後に残して。あまりに急いていたので、もう少しで階段の最後の何段かを踏み外すところだったが、なんとか鍛鉄製の手すりにつかまって落ちずにすんだ。数分前、ハーマイオニーの視線を避けていた同じ生徒たちが、今度は走り去っていく彼女を、怪訝な表情で見送っていた。


 暮れなずむ空はまだ少し明るく、ハーマイオニーが玄関扉を開けて飛び出したとき、校庭には数人の生徒たちが残っていた。しかし、芝生を突っ切っていく彼女の姿を見咎めるものはなかった。また、門を出て道路を進んで行くのも、誰にも気付かれていないようだった。




 村にたどり着くと、ハーマイオニーはいったん足を止めて呼吸を整えた。頭がガンガンしていたし、脇腹に刺すような痛みが感じられた。通りを見渡して、ちらりとでもドラコの姿が見えないかと探していく。しかし、彼はどこにも見当たらなかった。ハーマイオニーは小さくうめいた。待ち合わせの場所は、どこだろう? あの親子がバタービールを酌み交わしている図は、想像できない。


「よく考えて、ハーマイオニー」
 ハーマイオニーは、切羽詰る思いで自分のこめかみを揉んだ。


 そして、ひらめいた。あのハローウィーン・パーティの日。ドラコを見つけた裏路地。あの近辺に違いない。ハーマイオニーはふたたび走り始めた。


 もう少しであの、ずいぶんと前にドラコを見つけた路地に着くというところで、押し殺したような複数の声が聞こえた。影に隠れた戸口に身を潜めて、息を詰める。すぐ前を、フードをかぶった人影が二つ、低い声で喋りながら通り過ぎていった。彼らが充分に遠くまで行ってしまうと、ハーマイオニーは戸口からそっと出て、彼らとのあいだにたっぷりと距離を取っておくよう用心しつつ、あとをつけた。


 人影は、暗闇に包まれた袋小路へと入って行く。ハーマイオニーは別の路地に身を隠した。ものすごい既視感。前に見た夢を思い出した。死の呪いを発見するきっかけになった、あの夢。これは、夢の中でドラコが、ルシウスのなすがままに地面に横たわっていたときの、あの家だ。


「ほとんどオーラが感じられませんのよ、ですって、まったく」
 ハーマイオニーは小声でぶつぶつと言った。


 煉瓦でできた路地の壁に強く背中を押し付けたまま、ハーマイオニーは、角のところから顔を出して、ドラコの父親が選んだ会合の場所である廃屋のほうを覗き見た。薄闇のなかで目を凝らして、影の向こうにドラコの姿を探す。微風が吹いてマントがさわさわと揺れた。一瞬、ハーマイオニーは誰かに気付かれたかと思ったが、黒い人影たちは、気付いていないようすでお喋りを続けていた。ドラコは、どこにいるんだろう? もう指定の時刻を過ぎている。気を変えたのだろうか? そうでありますように、とハーマイオニーは祈った。これはあからさまに、罠だ。しかし、これまでドラコが、ハーマイオニーの言葉に耳を傾けてくれたことなど、あっただろうか? さらに身を乗り出して、家の外で待ち受ける二つの人影の顔を見ようとする。しかし、無理だった。日没とともに、辺りは暗闇に包まれてしまっていた。


 ハーマイオニーは腕時計を見てから、再度ポケットに手をやって、ちゃんと杖があることをたしかめた。細い木の棒に触れていると、心強かった。


 ごくりと唾を飲んで、落ち着かない気持ちでもう少し余計に路地から身を乗り出した。ほかの誰よりも先に、ドラコを発見できることを願って。もう、いつ現れてもおかしくない。


 彼を止めなければならない。彼を守らなければ。でもドラコはいまだ姿を見せず、ハーマイオニーは段々と勇気をくじかれつつあった。さらに何よりも脱力を誘うのは、家の前に立っている人影だ。とても低い声で話していたので、言葉は聞き取れなかったが、ハリーやロンと付き合いの長いハーマイオニーは、クィディッチについて語っている人間を見ればそうと分かるのだ。つい最近のファルコンズの試合結果がもっぱらの関心事であるらしいデスイーターの二人組を目の前にしていると、深刻な危険が差し迫っているという気があまりしない。ハーマイオニーは、間違っていたのだろうか? ドラコの母親は、本当に病気なのだろうか?


 もしかしたら、これが罠でナルシッサ・マルフォイは実際には健康そのもののはずだとドラコを説得しようと思ったのは、間違いだったかもしれない――という可能性を検討していたのは、ほんの短いあいだだった。突然、背後に人の気配がして、すべての疑いが消し飛んだのだ。


「ミス・グレンジャー。ふたたびお会いできたとはなんたる光栄。ああ、ただ残念ながら、お互いきちんと引き合わされたことが一度もなかった。しかしながら、互いを知る時間は、これからたっぷりありますからな?」
 表面的には絹を思わせる滑らかな声が、すぐうしろで響いた。あまりにも近いところから。ハーマイオニーは身体を震わせた。


 逃げようとするどころか、振り返る余裕さえなかった。圧倒的な一撃によって、深い闇の底へと引きずり込まれていくなか、最後に浮かんだ考えは、自分は正しかった、ということだった。これはたしかに、罠だった。ただし、狙われていたのはドラコではなかったのだ。