Their Room
(by aleximoon)
Translation by Nessa F.
第 27 章 あやまち
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ハーマイオニーは、固い面持ちで数占い教室の前を歩いた。ここ数日、ドラコとは顔を合わせないようにしてきた。ドラコに追いかけられるのが怖くてずっと塔を離れていない。今だって到底、ドラコの顔を見て平気でいられるとは思えない。食事をするために大広間に行くことすら、やめていた。ロンとハリーには体調が悪い時期なのだとだけ伝えておいた。彼らはそれ以上は追求して来なかった。ジニーはもちろん事情を知っていたが、何も言わなかった。ただ毎食後、ハーマイオニーのためにトーストを持ち帰ってきてくれた。ハーマイオニーはずっと、ドラコ・マルフォイやその同類たちに会わずにいられる自分の寮の談話室にこもっていた。しかしとうとう、顔を合わせざるを得ないときがやってきたのだ。
深く息を吸うと、ドアを開いた。少し立ち止まって、ベクトル教授に遅刻を詫びる。何人かの生徒たちが顔を上げて、ハーマイオニーが段を上がってマルフォイの隣の席に座るまでを視線で追いかけていた。
「さあ、全員揃ったわね。始めましょうか」
ベクトル先生が黒板に何かを書き始めた。
椅子に座ったとたん、ドラコがこちらを向いた。
「どこにいたんだよ?」
怒ったようにささやく。
ハーマイオニーは羊皮紙と深緑色の羽根ペンを取り出した。前方を見据えて、ドラコを無視した。しかしドラコは、諦めなかった。ハーマイオニーの腕をつかむと、ぐいっと引っ張って自分のほうに向かせた。
「きみがどうかしたんじゃないかと思った。怪我してるんじゃないかとか、病気なんじゃないかとか!」
怒りに満ちたささやき声は、最初は低かったが、徐々に大きくなって、近くに座っている生徒たちが振り返ってこちらを見るほどになった。
ハーマイオニーは彼の手から腕を引き離して、そっけなく言った。
「どうかしてたとしたら、それはあなたのせいよ!」
ドラコはショックと怒りの表情を浮かべた。
「なんだよ、それ?」
ハーマイオニーはふたたび、彼から顔をそらしていた。
「ハーマイオニー、なんなんだよ?」
うなるように言う。今では教室内の生徒たちのほぼ全員が、自分の羊皮紙をないがしろにして、二人のほうを見つめていた。
「パンジーに訊いてみれば?」
ハーマイオニーは悪意のこもった声で返事をした。
「どうかしましたか?」
うんざりとした声が、二人の言い争いに割って入った。
「ミス・グレンジャー? ミスター・マルフォイ?」
すべての生徒たちから注目を浴び、先生から警告まで受けているにもかかわらず、ハーマイオニーとドラコはまだしばらくのあいだ、火花を散らすようにして視線を合わせていた。それから身体を引いて、同時に頭を横に振った。
ハーマイオニーは、自分の顎が震え始めるのを感じたが、ここで涙を見せてドラコを満足させるのはまっぴらだった。彼のせいで傷ついているなんて、彼の勝ちだなんて、悟らせてたまるものか。授業はしんとしたなかで進められた。そしてベクトル先生が授業の終わりを宣言するやいなや、ハーマイオニーははじかれたように席を立った。
周囲の生徒たちを掻き分けるようにして進み、戸口を抜ける。廊下に出るなり、走り始めた。ドラコが追いかけてきていることは分かっていたので、さらに速度を上げた。肩越しに振り返って、逃げきれたかどうかたしかめようとしたとき、レイブンクローの七年生と衝突してしまった。ハーマイオニーは勢いよくうしろに転び、ぶつかった相手の少女(チョウの友人の一人だ)は、ムッとした表情でその横をすり抜けていった。
「ありがとう」
誰かが立ち上がるのに手を貸してくれたので、ハーマイオニーは小さな声で礼を述べた。
「床に尻餅ついてるところを放っておくのは、あまり紳士的とは言えないしな」
けだるい声で、返答があった。
素早く振り返ると、目の前にドラコの顔があった。彼はニヤリと笑った。いかにもマルフォイそのものな表情。
「触らないで」
ハーマイオニーはささやいた。
ドラコは返事をしなかった。ただハーマイオニーの腕をつかみ、引っ張って一緒に歩き始めた。ハーマイオニーは逃れようともがいたが、ドラコのほうがずっと力が強かった。
「グレンジャー」
彼は顔だけ振り返ると、冷静に言った。
「皆が見てるぞ」
事実、通路にいる大勢の人々が、足を止めて二人のほうに目を向けていた。
「わたし、あなたと一緒になんかどこへも行かないわ。この気取りやの馬鹿男!」
ハーマイオニーは必死になって腕を引き抜こうとした。
ドラコはきびすを返して、ハーマイオニーのほうに向きなおった。
「五年生の魔女らしく一緒に歩いてくるか、そのまま拗ねた子供みたいにふるまって、ぼくの肩の上に担ぎ上げられるか。どちらでも好きにしろ。でもどっちにしても、きみはぼくと話をするんだ」
彼はハーマイオニーの腕を放すと、待ち構えるように立ったままじっと見つめてきた。二人の周囲には生徒たちが集まってきており、皆でひそひそと語り合っていた。ハーマイオニーは赤くなり始めた。ドラコのほうは、校内で流れている噂をあれだけ気にしていたくせに、今は完全に平静で、悠々として見える。
「分かった」
ハーマイオニーはつっけんどんに言うと、ふたたび歩き始めた。どこか、人のいないところへ。
二人は、今は空いているはずの数占い教室へと戻って行った。通り過ぎていく二人を、生徒たちが遠巻きに見つめながらささやき合っていた。教室のドアが閉まると、ハーマイオニーはドラコのほうを向いて、彼の言葉を待ち受けた。絶対に取り乱したりするものか、苦痛を表に出したりするものか、と決意していた。
ドラコは、立ったままこちらを見ていた。灰色の目は暗く、読み取りにくかった。
「見たのか?」
ようやく、彼は口を開いた。
「いいえ」
喉にかたまりがつかえたような気がして、ハーマイオニーはごくりとそれを飲み込んだ。
「ジニーが見たの」
「ウィーズリーだったのか。なぜ気付かなかったんだろう」
彼はつぶやいた。
「ジニーのせいにする気? 馬鹿馬鹿しい」
ハーマイオニーは彼を睨みつけた。
「ぼくはパンジーにはキスしてない」
ドラコは、もごもごと言った。
「パンジーが、キスしてきたんだ」
「そこが、大きな違いってわけなのね。なるほどね」
ドラコはため息をつくと、片手を髪に差し入れて、うしろに撫でつけた。何をどう言っていいのか、分からないといった表情だった。
「ねえ」
ハーマイオニーが、沈黙を破った。
「どのみち、関係ないのよ。誰にだろうと、勝手にキスすればいいわ」
「いいのか?」
ドラコは驚いた声を出した。
「もちろん、そうよ。あなた、別にわたしに義理立てする筋合いがあるわけじゃないんだもの。別に、わたしたちのしてきたことに、何か意味があるってわけじゃないんだもの」
これを口に出したとき、涙が込み上げて視界が曇っていくのを感じた。この部屋を出て、彼の前から立ち去らなければ。しかしそれでも、ハーマイオニーは問い掛けずにはいられなかった。
「それとも、意味はあったの?」
ドラコの瞳に、狂おしいような光が走った。一瞬、そこに必死な表情がよぎったが、彼は無言のままだった。堪えきれなかった一滴の涙が頬をつたって、ハーマイオニーは目をぬぐった。なんだったにせよ、もう終わったのだ。これで、おしまい。ハーマイオニーはドラコのところまで行くと、爪先立ちになって、彼の頬にそっとキスをした。今にも消え入りそうな微笑を浮かべて見せる。さらに一滴、涙が流れ出たが、もうぬぐうこともしなかった。もう、どうでもよかった。ハーマイオニーはドラコの横を通り過ぎて、外の人いきれのなかに出て行った。彼をその場に残して。
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