2004/5/7

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 27 章 あやまち

(page 1/3)

「で、ちょうどそのときアンジェリーナがすごく気の利いたことを言ったもんだから、ケイティはジュースの入った水差しに手を伸ばしたまま、そっちに顔を向けたんだ」
 ロンはそこで言葉を切り、ようやく心を決めてチェス盤の上でポーンを動かしているハリーのほうを見た。


「ジョージにとっては、待ちに待ったチャンスだった」
 ハリーがロンの言葉を引き継いで言った。


「ジョージは水差しに魔法をかけて、巨大な黄金虫みたいに見えるようにした。ケイティは、自分のグラスにジュースを注ごうとした瞬間まで、気が付いてなかった」
 ロンはニヤニヤ顔になった。
「ふつう、ジュースの水差しが突然、丸々した馬鹿でかい黄金虫そっくりになってたら、どうする? ピクピク動く触覚やら何やら、全部付いてるんだよ?」
 ハリーのほうを見ながら言う。


「ケイティは投げ捨てたんだ」
 ハリーが間髪を容れず言った。
「まっすぐフレッドのほうへ。わざとじゃなかったとは思うけどね」


「黄金虫が当たったくらいで気絶するなんてって思うだろ」
 ロンは考え込みながらチェス盤の上をじっくりと眺めた。
「でも、ジョージの呪文は、見た目を黄金虫に変えただけだった」


 ハリーはナイトをロンに取られて顔をしかめ、それから言った。
「実際には、ジュースの入ったずっしり重い水差しのままだったんだ」


「おかげでわが親愛なる兄貴は、昼過ぎまで病室で過ごす羽目になった」


「それに、ケイティはジョージと口を利こうとしない」
 ハリーが付け加えた。


 ハーマイオニーは肩にかけた緋色のキルトを、しっかりと羽織りなおした。まだ、身体からポタポタと水滴がたれている。ハリーとロンの二人がハーマイオニーを引き止めて座らせ、彼女のいないあいだに起こった非常に面白い朝の珍事の話をぜひ聞くべきだと言ったのだった。
「フレッドは大丈夫なの?」
 少々心配になってきて、ハーマイオニーは尋ねた。


「ああ、心配ないって。石頭だから」
 ロンはハリーのキングを取った。


 ハリーは自分の負けを悟って戸惑った表情になったが、すぐにニッと笑ってロンを見た。
「それ、きっとウィーズリー家の特徴だね」


「なんのことを言ってるのか分からない」
 ロンは鼻を鳴らした。その不満そうな口調は、びっくりするほどハーマイオニーに似ていた。


 ハーマイオニーは座っていたソファの上から立ち上がると、濡れた服の袖を押し上げた。
「ねえ、そろそろ失礼するけどいいかしら。乾いた服に着替えに行きたいの」


「そもそも、どこへ行ってたの?」
 ハリーが尋ねた。


 次のゲームのためにチェスの駒を並べなおしていたロンが手を止め、改めて視線を上下に動かしてハーマイオニーの全身を眺めた。
「まるで大イカと一騎打ちをしてきたみたいな格好だね。きみが勝ったというほうに、クリスマスの残りの蛙チョコを全部賭けてもいいよ」


「わたし……わたし、ただちょっと、数占いの課題のことで」
 ハーマイオニーは、今まで使っていた赤いブランケットの表面に織り込まれた複雑な金色のライオン模様に非常な興味を引かれているようなそぶりをし始めた。


「ふーん」
 少年二人は、声を揃えて言った。


 ハーマイオニーが顔を上げると、ロンが声を出さず口の動きだけで「マルフォイ」と言い、ハリーがうなずいて同意を示すところが目に入った。


「ねえ、わたしたちの研究は、本当に大事なものなのよ」
 しかしハーマイオニーは、自分の頬が火照っていくのを感じた。さっきドラコと二人で過ごしたなかで、最後の一時間は課題研究とはまったくなんの関係もなかったのだ。


 まるでハーマイオニーの心を読んだかのようなタイミングで、ロンが喉の奥からゲーッという音を出した。
「うう、ハーマイオニー。ぼくたち別に聞きたくないから」


 ハーマイオニーは二人に向かって眉をひそめると、談話室を横切って女子寮への階段口に進んだ。そこで振り返った彼女は、ロンが不機嫌に睨みつけてきているだろうと予想していたが、友人たちはふたたびチェスのゲームに没頭していた。ハーマイオニーはそのようすを見て微笑んだ。二人とも、彼女が今まで誰と一緒だったかを承知していて、なおかつそのことで気を悪くしているふうではない。彼らは、このことを受け入れ始めている。もしかしたらただ、若いティーンエイジの女の子だからちょっとくらいおかしくなってても仕方がないんだと思われているだけなのかもしれない。でも、そう考えることで彼らにとって事態が受け止めやすくなるのなら、ハーマイオニーとしては、かまわなかった。




 ベッドに這い上がると、ハーマイオニーは分厚く暖かい掛け布団を顎まで引き上げた。洗いたての濡れた髪は、頭のてっぺんに結い上げてまとめてある。マグルの女の子がこんな髪型をしたら、あっという間にほどけてしまうだろう。ラベンダーとパーバティが、便利なわざをいくつか知っているということは、認めざるを得なかった。まだ昼食の時間にもなっていないが、ちょっと一眠りしたくてたまらなかった。塔の外では、かすかに雷鳴が聞こえていた。それを耳に留めてさらに布団の奥に身を沈める。ますます、ベッドで休んでいるほうがいい。


 呪文は、成功だった。ハーマイオニーは満面に笑みを浮かべた。自分たちは、やり遂げたのだ。死の呪いに――いや、少なくとも磔の呪文には――対抗する手段を発見したのだ。アバダ・ケダブラも食い止められるのかどうかは、実際に誰かがあの恐ろしい呪文に抵抗するときまでは、はっきりとは分からない。それに、ドラコの体験談によれば、オリアリーの呪文は効力を維持するのにものすごい体力を消耗するので、数分しか使えないだろうということだ。でも、何もないよりいい。断然、いい。そうだ、この呪文を基礎として、新しい呪文を作り出すことだって、可能になるかもしれない。もしかしたら、いつの日か本当に、反対呪文ができるかもしれない。


 そう、素晴らしい朝のひとときだった。まあ、ドラコに向かって磔の呪文を唱えたときは、とてもつらかった。そんな呪文を自分が使うなんて、たとえ意識の一番遠い片隅でだって、今まで夢にも思ったことがなかった。でも、何もかもうまく行った。ハーマイオニーはドラコに苦痛をもたらしはしなかった。とりあえず、実質的には。そして、呪文の効力がはっきり分かった。


 それから、呪文を試したあとのこと。木々の下、二人で雨宿りをしていたとき。ハーマイオニーはそっと吐息をもらした。これは認めてしまってもいいだろう――ドラコといると、今まで一度も経験したことのないような感情が湧き起こってくる。でもそれって、いいことなのだろうか? 今の二人のじゃれ合いが、それだけですまなくなってしまったら? もしもハーマイオニーの気持ちが、愛情の域にまで達してしまったら? そしてもしも、彼のほうはそんなつもりなかったら?


 ドアが、聞き取り難いほど小さな音でノックされた。ハーマイオニーが起き上がると、ジニー・ウィーズリーがドアの端から、おずおずと頭を出して、落ち着かなさげに覗き込んできた。


「今は、わたし一人よ、ジニー」
 ハーマイオニーはベッドの上から声をかけた。ジニーは、一週間前にラベンダーとパーバティの手からハーマイオニーを救出して以来、あの二人を避けていた。


 ジニーは部屋に入ってドアを閉めた。血の気の失せた、心配そうな顔だ。三つ編みの赤毛が乱れて、顔をつたった汗の跡が細く光っている。ここまで、走ってきたようだ。


「ジニー?」
 ハーマイオニーはベッドから這い出した。
「どうかしたの?」


「ハーマイオニー、わたし……」
 しかしジニーの声は弱々しく途切れた。彼女は、ハーマイオニーの顔を不安そうにじっと見た。


「どうしたの? 何があったの? みんな無事なの?」
 ジニーの沈黙にうろたえたハーマイオニーは、声高に言った。


「いいえ、誰かがどうにかなったってわけじゃないの。ただその、わたしさっき、ママに手紙を送ろうと思ってフクロウ舎に行ったんだけど」
 ジニーは、話を続けるべきかどうか考えているようすで、下唇を噛んだ。
「ああ、ハーマイオニー。わたしそこで、マルフォイがあのスリザリンの人にキスしているところを見たの」


「パンジー?」
 ハーマイオニーは呆然と訊いた。


 ジニーは憂鬱な顔でうなずいた。


「ほんとに?」
 ハーマイオニーはぼんやりと言った。突然、頭の中にドラコとパンジーがキスしているところの映像が浮かんだ。図書館で、スリザリン談話室で、外の校庭で。かつて自分がキスをされたすべての場所で、パンジーにキスしているドラコの姿が、目に見えるように浮かんできた。


 ジニーが、もう一度うなずいた。
「大丈夫?」
 そう訊きながら、一歩前に踏み出す。


 ハーマイオニーは頭を振って、すっきりさせようとした。
「だ……大丈夫よ、ジニー」
 ようやく返事をする。


 ウィーズリー家の末っ子の気がかりそうな表情を見れば、信用されていないことは明らかだった。


「大丈夫だってば、ジニー。ほんとに。マルフォイがあのパグ犬顔のボンクラ女にキスしたがったからって、どうして私が気にするのよ?」
 喉がふさがれていくような感覚があった。


「ハーマイオニー」
 ジニーはハーマイオニーの肩に手を置こうとしたが、ハーマイオニーはうしろに下がった。


「ねえ、ジニー。わたし、すごく疲れてるの。ちょっと横にならせてもらうわ」


「ハーマイオニー」
 ジニーは懇願するように言った。両目を心配そうに見開いている。


「ジニー」
 ハーマイオニーは、友人の手を取って自分の両手で包み込んだ。
「わたし、本当に大丈夫だから。所詮、マルフォイだもの」


 ジニーは顔を曇らせたが、ようやくうなずいた。
「分かった。じゃあ、一人にしておくわ」


 ハーマイオニーはジニーが外に出てドアを閉じるまで待ってから、ベッドに戻った。横になって身体を丸め、膝を顎の下に付ける。くすん、と静かに鼻を鳴らした。泣いてはいけないと、必死になって堪えていた。そもそも、はっきり言って、わたし、いったい何を期待していたんだろう?