2004/4/30

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 26 章 ハーマイオニー、呪いを習得

(page 1/3)

「で、いったいどうやって試してみるつもりなの?」


 ドラコは肩越しに振り返って、ローブに泥が跳ねないよう裾を持ち上げながら数歩遅れてついてくるハーマイオニーを見た。


 ハーマイオニーはドラコの顔を見上げた。
「だから、どうしてこんな、泥だらけの中に連れて来たの? そもそも、案はあるの?」


 昨晩は、例の呪文の翻訳を遅くまで進めていた。ハーマイオニーが彼女の大事なポッター、そしておそらくはその他の人々をも、迫り来る闇の魔法使いの脅威からどうにかして救えるかもしれないと希望を託している、あの呪文。解読して、練習して。繰り返し繰り返し、発音を模索して。目が痛くなってきて、暖炉の中で炎が次第に勢いを失ってゆき、とうとう灰がくすぶっているだけになるまで、二人は研究を続けた。にもかかわらずドラコは、翌朝の非常に早い時刻に玄関ホールで落ち合おうと、ハーマイオニーをなんとか説得したのだった。


 彼は今、ハーマイオニーの前を歩いて、城の庭を横切っている。気候はずいぶんと暖かくなってきていたが、それでも夜明けの空気はまだ少し冷たかった。空には、不吉なかんじの雲が低く垂れ込めている。午後には雨が降り出すだろう。


 二人とも、昨夜はあまり睡眠を取れていなかった。そのため、ドラコの見たところでは、ハーマイオニーはちょっとばかり虫の居所が悪いようだ。突然、彼女の足が止まった。ドラコはうしろを振り向いて、彼女が追いついてくるのを待った。ハーマイオニーは、目の前に立ちふさがる禁じられた森を見ていた。


「そんなに奥までは行かない」
 ドラコは簡潔に言った。


「ちょっと入るのだって気が進まないわ」
 ハーマイオニーは顔をしかめた。
「前回、わたしたちが禁じられた森に近づいたときのこと、忘れたの?」


 忘れるはずはなかった。あの半巨人の小屋で、二人して過ごしたひととき。今思えば、あんなに言い争いばかりして時間を無駄にするより、もっと違うことをしていればよかったんだ――と、ドラコは自戒した。密かに口元をゆるめる。


「心配するなよ。マンティコアはもう死んでるんだ。怖がることなんかない」
 ドラコは微笑みそうになったのを堪えて、きっぱりと言った。


「そのことだけじゃないの」
 ハーマイオニーの顔には血の気がなく、目には不安そうな光があった。
「このあいだ、ここを歩いてたとき、なんだか……なんだか、誰かに見られているような気がして」


「見られてる? ハーマイオニー、きみがそんなに自意識過剰だとは夢にも思わなかった」


「冗談言ってるんじゃないのよ、マルフォイ!」
 尖った声だった。彼女が、落ち着かなさげにローブの片方の袖を引っ張っり始めたことに、ドラコは気付いた。


「心配するなって。ぼくがいるだろ。どんなまずいことが起こるっていうんだよ」
 ドラコは、いかにもマルフォイ的な極上の笑顔を向けた。


 ハーマイオニーは、腕組みをして見つめ返してきた。その表情は、どんなまずいことが起こるかもしれないのかを、ドラコに向かって示唆していた。


「おいおい。今からでも輝けるグリフィンドール塔に駆け戻ってきみの大事なポッターのうしろに隠れるほうがいいって言うなら、好きにすればいい」


 ドラコは、ハーマイオニーを口車に乗せて同行させるのを諦めた。マルフォイ家の者は、他人に懇願して何かをしてもらうなんてことは、絶対にしないんだ。前方に向き直って、暗い森の中に入り込んでいく。しかし、それでもハーマイオニーが、押し殺した声で不機嫌に何かをつぶやきながら、うしろからついてくる音が聞こえて、嬉しくなった。


 このようにして、二人は長い時間、進んで行った。ドラコが先に立って、さらに森の奥へ、さらに城から遠くへと。今頃はもう太陽も昇っているはずだったが、明るい光線は木々の天蓋を貫くことができずにいた。あんなにも辛抱強く学校の上空で待機していた雨雲を、太陽が追い払うことができたかどうかも疑問だ、とドラコは思った。やがてようやく、暗い森の中を充分に歩いたとドラコは判断した。これで、やるべきことをやれる。


「この場所ならちょうどいいな」
 ドラコは淡々と言った。


「何にちょうどいいのよ? あなた、まだ呪文をどうやって試すつもりなのか、教えてくれてないわ」
 ハーマイオニーは、髪の毛から木の葉をつまみ取り始めた。ドラコは何度か低木の密集した茂みを突っ切ったので、いくらかの小さな木の葉が、ハーマイオニーの茶色い巻き毛の中で捕らわれの身となっていた。


 ドラコは彼女をじっと見てから、答えた。
「きみに磔の呪文を教えるのに、ちょうどいい」


 ハーマイオニーは凍りついた。しなやかな指の先が、朽葉色のもつれた髪の房に引っかかる。彼女は茶色い目を上げて、ドラコの灰色の目と視線を合わせた。なぜドラコがそんな呪文を使えるのか、あるいは誰に教わったのかなどと、尋ねることさえしない。一瞬たりとも、彼にその能力があることを疑ってはいないようだった。そのまま、何も聞かなかったような素振りで、さらに頭髪から木の葉を払い落とし始める。


「ハーマイオニー」


「嫌よ」
 彼女はにべもなく、ドラコの言葉をさえぎった。
「ほかにも方法はあるわ。どんな場合だって、方法は一つじゃないのよ」


「ほかに方法はない。あの呪文が磔の呪文に対抗できれば、アバダ・ケダブラへの対抗手段として使える可能性も高い。どちらも、同じ原理で作用する呪文だから」


「わたし、校長先生のところに行く」
 ハーマイオニーはきつい声で言って身をひるがえし、城のほうに向かおうとした。


「待てよ」
 ドラコはあっさりと追いつき、彼女の肩をつかんだ。
「なあ、ぼくたちはここまで自力でやってきた。この期に及んで、現代魔法界最大の発見になるかもしれないものを、偉そうな老いぼれ教授たちに引き渡せっていうのかよ!」


「話にならないわ」
 ハーマイオニーは上ずった声で鋭く言った。
「それに、違法よ!」


「唯一の方法だ」
 ドラコは頑なに言った。


「そう、そんなにそれがいい考えだと思うんなら」
 ハーマイオニーはいったん言葉を切ると唇を噛み、目をそらした。
「それが唯一の方法だって言うのなら、あなたが磔の呪文を唱えるべきよ」


 ドラコはハーマイオニーの肩から手を放して、うしろに下がった。そんなことは、思いつきさえもしていなかったのだ。


「駄目に決まってるだろ」
 ようやく、返事をする。口の中が、妙に乾いていた。


 ハーマイオニーは、ドラコに捕まえられていた場所に、立ったままだった。うつむいているので、顔は波打つ髪に隠れて見えない。
「そのほうがずっと合理的よ。あなたはすでに、磔の呪文を習得してる。きっと、少なくとも一度は、実際にやったことがあるんじゃないの」
 彼女の声は、とても遠いところから聞こえてくるようだった。


「駄目だと言ったら駄目だ。当初の計画どおりにやる」
 内心の動揺のわりには、しっかりとした声が出た。


「でもドラコ、そのほうがずっと簡単よ。あなたが……」


「駄目だって言っただろ!」
 ドラコは叫んだ。


 口には出せないことだけれど、ハーマイオニーに対して自分がそんな呪いをかけるなんて、考えただけでも胃がよじれるようだった。そして他人が彼女にそんなことをしたら――と想像するだけで、殺意が込み上げてくる。でも、ハーマイオニーには、そんなことは言えやしない。もしも例の呪文がうまく行かなかったら、彼女を苦しめた自分を、ドラコは決して許せないだろう。彼女には言えないことだけれど。


「きみがやったほうがいいんだ」
 しばらくして、ドラコは言った。
「そのほうが、もしオリアリーの呪文がうまく行かなくても、それほど大惨事にはならない。気を悪くしないでほしいんだが、グレンジャー、きみは闇の魔法には、あまり向いてない。せいぜい、ちょっとぼくに頭痛を起こさせる程度ですむだろう。そして、それは万が一、防御の呪文がうまく行かなかったとしての話だ」


 ハーマイオニーの顔色は真っ青だった。
「だって、やり方も知らないのよ!」
 ささやき声で言う。


「ああ、簡単だよ!」
 ドラコは、心持ち陽気な声を無理に作って応えた。
「ロングボトムだってやれる!」


 ぽつぽつとかすかな音を立てて、雨が降り始めた。ドラコとハーマイオニーは、各々の杖に手を伸ばした。


「ウンブラクルム」
 ほぼ同時に、呪文を唱える。それぞれの杖の先から一条の光が発せられ、二人の頭上に小さな雲がぽっかりと浮かんだ。ハーマイオニーの雲は青色だったが、ドラコの雲は、いかにも似つかわしい、濃い灰色だ。


「ただ杖をかまえて」
 ドラコは再び口を開いた。
「ぼくに向けて、呪文を言えばいいんだ。声の抑揚の付け方は、もう知っているはずだな。それだけだよ」


「そんなに単純なの?」
 ハーマイオニーは驚いて尋ねた。


「伊達に、拷問用の呪文として一番人気を誇っているわけじゃない」


「できないわ」


「でも必要なんだ」
 ドラコはきびすを返して、彼女から何歩か遠ざかった。
「ぼくのほうは、いつでも大丈夫だ」