Their Room
(by aleximoon)
Translation by Nessa F.
第 25 章 何があっても
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ハーマイオニーは、怒りを込めて、早足で室内を行ったり来たりしていた。ここに来てから、もう一時間も経っている。ドラコは、ハーマイオニーを待たせておくのが大好きなのだ。そして先ほどの、闇の魔法に対する防衛術の教室前廊下での思わせぶりな態度。あれからハーマイオニーは、かなりのあいだ、カッカとしっぱなしだった。スリザリンの尻軽女か何かみたいに扱われたなんて、信じられない。
机の上から本を取ると、ぐいっと開いた。ページが破れて、もう少しで半分に千切れてしまうところだった。
「もう、なんなのよ!」
不機嫌にぼやく。
カチっと音がして、ドアが開き始めた。ハーマイオニーは、ドアの向こうに現れたニヤニヤと笑う顔を、陰鬱な表情で見やった。そしてその皮肉っぽい顔が、今まで目にしたなかで最も腹立たしいものに思えたという以外には特に理由もなく、手にしていた本を、ドラコに向かって投げつけた。ドラコはこんな攻撃をまったく予想しておらず、かわすどころか、反応することすらできなかった。顔面でまともに本を受け止めてしまった。
「痛っ!」
叫び声をあげると、ドラコは負傷した鼻を両手で覆った。
「なんだよ、今のは?」
「今のは……今のは、さっきのあなたが、自分勝手で、我儘で、女ったらしな、ろくでなしだったことに対するおしおきよ!」
ハーマイオニーは机の上から、別の本を手に取った。
「それを下に置けよ! からかっただけじゃないか! そんなに怒り狂うなって。グリフィンドール塔には、冗談を言うやつもいないのか? それともきみたちはみんな、社会貢献のために気高い聖人ぶったおこないをするのが忙しくて、そんな暇もないのか?」
ドラコは、しきりに自分の鼻をさすっていた。
「あら、かわいいドラコ坊やのお鼻を、傷つけちゃったかしら?」
ハーマイオニーは、二冊目の本を下に置きながら、苛々と言い返した。
「傷つけたさ! 痣になるかもしれない」
「まあ、きっとスリザリンの地下牢で心を痛める子が、たくさんいるわね」
悪意を込めて、ハーマイオニーは返答した。
「ぼくもそう思う」
ドラコは大股に部屋を横切ると、窓ガラスに映る自分の顔を調べた。
「それで、何を見つけたの?」
憤った気持ちが発散できたので、ハーマイオニーはさっきよりずっと気分がよくなってきていた。
「なんで、きみに教えなくちゃいけないんだよ?」
ドラコは反抗的に訊き返して、ハーマイオニーの向かい側に着席した。
ハーマイオニーはムッとした表情で彼を睨み、本に手を伸ばした。
「分かった、分かったから。暴力反対」
ドラコは和平を求めて両手を上にあげた。
「それで、あなたは反対呪文を見つけたのね?」
「反対呪文はない。何度言ったら分かるんだよ。アバダ・ケダブラは、相手を殺す呪文だ。死んでしまったら、その後にできることは、あんまりない」
ドラコは髪に手を差し入れて、気まぐれな数本を、うしろに押しやった。
「それだけ? あなたが言いたかったのは、そんなことなの?」
ハーマイオニーは、怒りでふくれあがりそうになった。
「いいや。見つけたものがあるって言っただろ」
「あらそう? あなた、わたしを悩ませたいだけなんじゃないの?」
「うん、そうかもしれない。ほら、きみは本気で腹を立てると、誰かを殺そうとしてるみたいに、握りこぶしを作るだろ。ぼくは、それを見るとすごく楽しくなるんだ! そう、ちょうどそんなかんじだ」
ドラコは微笑むと、膝の上でしっかりと握られているハーマイオニーの両手を指差した。
「わたし今、ほんとに、ほんとに、あなたのことが嫌いだわ」
「分かった、もうゲームはやめだ。反対呪文はなかった。でも、別のものを見つけたんだ」
ドラコはバッグから本を出してしおりを挟んだページを開き、ハーマイオニーに手渡した。
「なあに、これ? パトローナス?」
文献を一瞥して、ハーマイオニーは尋ねた。
「きみ、パトローナスの出し方を知ってるのか?」
「ハリーが教えてくれたの。わたしと、ロンに」
「ポッターとウィーズリーが、パトローナスの呼び出し方を知ってるって?」
わずかに恐れ入ったような声で、ドラコは尋ねた。
「あのね、三年生の学年が終わったあと、わたしたち、ディメンターを追い払う方法を知っておくべきだと考えたの。ほら、これって、すごく役に立つ呪文でしょ。それでハリーが……」
ハーマイオニーが顔を上げると、ドラコが睨みつけてきていた。
「"生き残ってぼくをうんざりさせてる男の子" のことはもういいよ。今は、もっと大事な話があるんだ」
ドラコは立ち上がると、机の周りを歩いて、二人一緒に本を見ることができるよう、ハーマイオニーの側に来た。
「分かるか、これは反対呪文じゃない。どちらかと言えば、正のエネルギーで作られる盾のようなものだ。パトローナスに通じるところがあるのは、そのせいだ」
ハーマイオニーは示された箇所を見たが、話が見えないままだった。
「正のエネルギーが、どう役に立つの?」
「死の呪いの仕組みを知らないのか?」
ドラコは驚いた声で尋ねた。
「知らないわよ! 知るわけないでしょ。あなた、知ってるの?」
「当然。こら、そんな顔で見るなって。闇の魔法に関する知識では、ぼくのほうがきみよりずっと上だというのは、お互い納得済みだろ。基本的に、死の呪いは、憎しみの感情を相手に送り込むことで作用する。呪文を唱えると、それまでに感じてきた憎しみが収束されて、瞬間的に相手を一撃する」
ここでドラコは言葉を切ってハーマイオニーのほうを見た。彼女の顔色は、少し灰色っぽくなっていた。
「それだけのことなの? 憎しみ?」
そう尋ねると、ハーマイオニーは目を閉じた。頭が痛くなってきていた。
ドラコは本に視線を落とした。
「基本はな」
「じゃあ、彼がお母さんの愛って言ってたのは、このことだったのね」
ハーマイオニーは、そっとささやいた。目に涙が込み上げてきた。
「誰の母親?」
「ハリーのお母さん。彼から聞いたことだけど、ダンブルドア先生は、お母さんの愛が彼の命を救った、彼を守ったって言ってたんですって。ハリーのお母さんは、彼をかばって亡くなったの」
ハーマイオニーの声が震えた。彼女は顔の向きを変えると、ドラコの肩にうずめた。
ドラコは身を固くしたが、離れはしなかった。
しばらくすると、ハーマイオニーは身体を起こして、目元をぬぐった。
「ごめんなさい」
つぶやくように、彼女は言った。
「いいよ。女の子に泣かれるのには慣れてるから。もっとも、いつもはみんな、ぼくのために涙を流してるんだ。ぼくで涙を拭くんじゃなくて」
ハーマイオニーは涙目のまま、にっこり笑った。
「魅力があるのね」
「努力はしてる」
「じゃあ、これはパトローナスの呪文みたいにして使うの?」
ようやく泣きやむと、ハーマイオニーは尋ねた。
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。パトローナスと同じ感情を原動力にしてるけど、自分でそれを思い浮かべる必要はないんだ。そこが利点だな。でも、呪文の効力は、唱える者の幸福な感情の強さに比例する。だから、たとえばきみがロングボトムだったとしたら、まったく効き目なしってことになる。なんらかの効力を発揮させるには、強い感情を持っていないと駄目だ。ほら、憎しみなら、人はいつだって抱いているけど、幸福の感情を抱くことはそれよりずっと稀だろ」
「すごく悲観的」
「これは真理さ。憎しみと怒りは、幸福感よりずっと強烈だ。だからこの呪文で身を守れるのは、ほんのわずかな時間だけだ。でもうまく行けば、そのあいだに逃げることができる。それと、ぼくが思うに、オリアリーはこの呪文を磔の呪文に対して使うものとしても意図していたようだ」
「え? でも磔の呪文は、彼が作ったわけじゃないでしょ! 磔の呪文は、十三世紀にソーン・ファイルートが作ったんだってことは、みんな知ってるわ。彼女のスグリの木を隣人がわざと切り倒したのがきっかけよ」
ハーマイオニーはドラコの顔を見た。
「知ってるよ。でも、忘れちゃならないのは、オリアリーがおめでたい善意のかたまりだったってことだ。昨日の夜ぼくが読んだところによると、この呪文は実際には、磔の呪文を退ける反対呪文として考えられていたんだ。でも死の呪いを生み出してから、彼はそれをちょっと作り替えた」
ドラコは数ページ前のところを開くと、緑色の文字でメモをつけた段落を指し示した。
「これ、効き目あるのかしら?」
息を呑むようにして、ハーマイオニーは懸念を口に出した。
「なんとも言えない。結果についてはどこにも書いてないみたいなんだ。まだ最後まで翻訳できたわけじゃないんだが」
「でも、何もないよりいいわ」
ハーマイオニーは言った。
「何もないより、ずっといいわ。これですべてが変わっていくかもしれないのよ」
「やるべきことは、あと一つだ」
「ダンブルドア先生のところに行かなくちゃ」
ハーマイオニーは、ためらいもなく即座に言った。
「いいや。ぼくたちで試してみよう」
ドラコが、きっぱりと返答した。
「なんて言った?」
(第 26 章につづく)
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