2004/4/16

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 24 章 偶然の一致

(page 2/2)

 校内を歩き回っていて大広間の前を二回目に通り過ぎたとき、ドラコの名を呼ぶ声があった。振り返ると、ハーマイオニーがハップルパブの一年生と二年生からなる集団のあいだをすり抜けて足早に近づいてくるのが目に入った。ハップルパフ生たちは、ハーマイオニーとドラコを交互に見ながら、取り繕いもしない好奇心でいっぱいの表情を向けていた。


 ドラコは素早く手紙をふたたび仕舞った。なんとなく悪事を見つかったような気分だった。つい身構えるように応答する。
「なんの用だ、グレンジャー?」


 ハーマイオニーはドラコの物憂げな声に戸惑った顔をしたが、それでもドラコの前までやってきた。
「ご機嫌斜めね」
 たった数時間前の自分がどんなに不機嫌だったかを棚に上げたように、軽い調子で言った。


 ドラコはそれを無視して、まだ近くにいたハップルパフ生の小集団に顔を向けた。彼らは明らかに、みんなに広めて回れるような面白いゴシップを求めて探りを入れているのだ。
「何かぼくに頼み事でもあるのか?」
 低い、物騒な声で、ドラコは彼らに尋ねた。


 ハーマイオニーは呆れ顔になって、感心しないというふうに腕を組んだが、低学年の生徒たちはみな、ドラコの言葉の裏に込められた威嚇を額面どおりに受け止めたらしく、さっと蜘蛛の子を散らすように去っていった。ハーマイオニーとドラコは、廊下に二人きりになった。


「さっきも訊いたが」
 ドラコはもう一度、ハーマイオニーに向かって冷ややかに尋ねた。
「なんの用だよ?」


「まったくもう、ドラコったら。そんな態度やめなさいよ」
 ハーマイオニーはすまし顔で応じた。
「実を言うと、学校中を歩き回ってあなたのこと探してたの」


「へえ?」
 ドラコはすかさず言った。
「ぼくに本当にそんなに抗い難い魅力があったとは。正直、夢にも思わなかったよ」


 ほかの生徒たちがいなくなるなり、ドラコは歩き始めていた。ハーマイオニーは、ドラコの横に並ぶために早足になった。引き下がるつもりがないのは明らかだ。


「あなたが図書館で言ってたこと。あれが、考え始めるきっかけになったの」


「きみが? 考え始めた? まさか」
 ドラコが冷笑を浮かべると、ハーマイオニーは睨みつけてきた。


「あなた、寮に持ち帰って作業してる本のこと言ってたでしょ」
 ハーマイオニーは、ドラコのあからさまな不機嫌など意に介さず、執拗に話を続けた。

「救済手段がどうとかって、言ってたわよね?」


「ああ」
 廊下の一つから、角を曲がってほかにも数名の生徒たちが姿を現したので、ドラコは歩くペースを速めた。


「あのね、もし彼が、真剣だったら?」


「真剣って、何が?」
 ドラコは段々、ハーマイオニーに対して非常にうんざりしてきていた。しつこくうしろから追いかけてくる。人目だってあるのに。


 ついに苛立ちをつのらせたハーマイオニーは、ドラコのローブの袖をつかんで、後方に引っ張った。ドラコはよろめいて振り向き、彼女を睨んだ。


「彼は、あの呪文を作り出してしまったことで、罪悪感にかられていたのよ」
 ようやくドラコの注意を――いくぶん怒りの感情が伴ってはいたが――完全に自分に向けられたので、ハーマイオニーは早口に言った.
「もし彼が、ほんとに何か、対策を行なっていたとしたら?」


「何が言いたい?」


「はっきりとは分からないけど、たとえば反対呪文とか?」
 ここでハーマイオニーの声はものすごく小さくなったので、かろうじて聞き取れるか聞き取れないかくらいだった。


「反対呪文はない。みんな知っていることだ」
 ドラコは胸の前で腕を組んで、ハーマイオニーお得意の不賛成を表明するしぐさを真似た。


「でも、もし実はあったとしたら?」
 ハーマイオニーは息を殺してささやいた。
「もし、彼が自分のしたことに対して罪悪感でいっぱいになるあまり、あれに対するなんらかの防御、あれを抑止するなんらかの……」


「反対呪文はないんだ、グレンジャー。不可能だ。呪文そのものの力が強すぎる。それに、たとえ可能だったとしても、オリアリーのように年老いて衰弱していてはそんなものを作り出すのは無理だ」
 ドラコは口を挟んだ。


「数時間ほど前、彼がアバダ・ケダブラを作ったことを絶賛せんばかりだったときには、あなた、彼のことをそんなに衰弱してたと思っているふうには見えなかったわ」
 彼女はいきなり声高になった。


 通りすがりの生徒たち数人が、ハーマイオニーの口から悪名高い呪文が出るなり息を呑んで、身を守るように後ずさった。ドラコは憤然として彼女の腕をつかみ、引きずるようにして一緒に階段を下り、誰もいない回廊を抜け、薄暗いアルコーヴまで来ると彼女をそこに押し込んだ。


「わざわざ面倒を起こす気か?」
 彼の怒りに満ちた声は、低く抑えられていた。


「調べてみても、損はないと思わない? 彼にその能力があったことは、はっきりしてるでしょ」


「どこから手を着ければいいのかさえ、分からないんだぞ」
 ドラコはハーマイオニーを思いとどまらせようとして、ぶつぶつと言った。


「あら、どこから見ていけばいいかの見当はつけてあるの」
 すぐに答えが返ってきたので、ドラコは彼女に付け入る隙を与えてしまったと後悔する羽目になった。


 アルコーヴの壁にだらりともたれかかって、ひとけのない廊下を見渡す。
「で、どこから見ていくんだよ?」


「彼は何もかもきちんと整理して日付を残してあったでしょ。あの呪文が記されてあった日誌は、最後のほうだった。その後に書かれたものは、数冊しかないわ。だから、もしも反対呪文を作ったとしたら、その残りの数冊のうちのどれかにあるはず」
 ハーマイオニーはアルコーブ内の壁と反対側の壁のあいだを、行ったり来たりし始めた。
「あなたが今持ってる本から始めるのが、一番いいと思うの」


「途方もない話だ」
 ドラコは陰鬱な声で不満をこぼした。


 ハーマイオニーが振り返って、こちらを見た。今このときのドラコの望みと言えば、背を向けてここから立ち去ることだけだ。彼女と、彼女のとても正気とは思えない希望をこの廊下に置き去りにして。もうこれ以上、あの部屋に彼女と一緒に閉じ込められて、彼女がそばにいるといつも考えてしまうようなことを、考えていたくない。しかし彼女と目が合ってしまうと、ドラコはまたしても柔らかいシナモン色の瞳に捕らえられた。彼女の頼みを、自分が聞き入れてしまうだろうことを、ドラコは悟った。


「おねがい」
 ハーマイオニーは歩み寄ってきて、ドラコの肩に手を置いた。
「おねがい、手伝って、ドラコ」


 ドラコはため息をついた。必死になって懇願する彼女の目から、視線をそらすことはできなかった。
「本を取ってくる」




「こんなの意味ないよ。きみだって分かってるんだろ?」
 ドラコはバタンと本を閉じ、ハーマイオニーのほうを向いて睨みつけた。


「何か役に立つことが見つかれば、意味のあることになるわ」
 ハーマイオニーは涼しい顔で言った。


「そうだな。たとえば、当時から五百年ほどが経過したある日、ライバル同士の二人のホグワーツ生が、たまたま強大な悪の脅威から世界を救うための鍵に行き当たる、なんてことがあればな。ぼくは子供の頃からずっと、おとぎ話が苦手だったんだ」
 ドラコはやる気のない態度で伸びをして、ニヤリと笑った。突然、本当なら今のこの時間を、ハーマイオニーと二人でどんなふうに過ごしていたいのかということに考えが至ったのだ。


「あなたって、いつもこんなに楽観的なの? それともただ単に、お天気のせい?」
 ハーマイオニーがきつい視線を投げかけた。


 ドラコはふたたび本を開くと、さっき読みやめた箇所を探し出した。ハーマイオニーはもうしばらくドラコを睨んで、彼が本当に手伝う気があるのかどうかを確認しているふうだったが、やがて自分自身の文献に目を戻した。


 書物に目を通し始めてから、もうかなりの時間が経っていた。太陽はとうに沈んで、図書館が閉まる時間も近い。ハーマイオニーはまだ向かい側の席に座っていたが、その周囲に詰まれた本の山は、さっきより高くなっていた。ドラコはいつのまにか、彼女が本を読む姿を、じっと見つめ始めていた。彼女が何か興味深いことがあるたびに唇を噛んでいるようすが、ドラコにとっては面白かった。あるいは、顔の周りにまつわりつく濃い茶色の髪を、無意識に引っ張っているようす。彼女は片方の手のひらで顎を支えていたが、見ているうちにため息をついて、もう片方の手に交代した。そのまま観察していると、そのもう片方の手に顎が乗ったときに、彼女はわずかにたじろいだ。それから、使っていないほうの手の指を曲げたり伸ばしたりし始めた。この日の朝の出来事を思い出して、ドラコは自分が不思議とやさしい気持ちになっていくのを感じた。


 ハーマイオニーは、ちらりと顔を上げて、かすかに微笑みかけてきた。しかし、こんなふうに信頼しきった表情で見られると、ドラコは自分が、どんなに彼女に近づいてしまったかということに、思い至らずにはいられなかった。魔法薬学の授業のときのことを思い返す。自分がどんなに、ためらいもなく彼女を守ろうとしたか。どんなふうに、よりにもよって、あの忌々しいグリフィンドールのやつらと一緒になって、彼女を弁護しようとしたか。すでにもう噂を立てられて充分に嫌な思いをしているんじゃなかったのか。そこに、さらにわざわざ、燃料を投下してしまったのだ。いったい、なんのために? 見ていると息をするのを忘れそうになる、とある茶色い髪をした女の子のため? 自分が、そこまで色情に左右されるような人間になってしまったとは、信じられなかった。しかしそう考える一方で、それが色情であるとも思えなかった。


「どうかした?」
 ハーマイオニーの問いかけで、ドラコの思考は破られた。


 ドラコはあらためてハーマイオニーに注意を向けた。そして、なかば驚きとともに、自分が彼女を見ながら顔をしかめていたことに気付いた。


「ここに座ってるのが退屈で死にそうなんだよ」
 ドラコは喧嘩腰で言った。


「あらそう、そう思うんだったら、さっさと出て行けば?」
 彼女はドラコと同じくらい、腹を立てやすいのだ。


 ドラコはそれ以上は何も言わなかった。持ち物をまとめて、図書館を出て行く。猛烈に怒り狂いながらではない。それはハーマイオニーが気に入っているらしい退出の仕方だ。冷静に、のんびりと歩いて。あたかも、通りすがりの人々がみんなしっかりと彼に見惚れることができるように心を配る以外に、時間をつぶす方法がないのだとでも言うように。


 ゆっくりと、スリザリンの地下牢へ戻る道をたどっていく。自分でも、どうしてこんなふうに彼女に突っかかってしまったのか、分からなかった。これは喧嘩とさえ言えない。きっとただ単に、神経が昂ぶっているだけなのだろう、とドラコは考えた。母親のこと、ルシウスのこと、学校のこと、おまけに例の噂。マルフォイ家の者としての体面。そしてもちろん、彼女のこと。今もまだ図書館で、存在しない呪文を探しているハーマイオニー。どういうわけだか何世紀ものあいだ誰にも気付かれることなくきた、時代物の奇跡を見つけ出そうとしているのだ。


 寮の部屋には誰もいなかった。ドラコは暖炉の横に置かれた奥行きのある肘掛け椅子に、どさりと座り込んだ。ある日の夕方、談話室にあったのを借りてきたものだ。


 彼女は、あまりにも純真だ。時々、我慢がならないほどだった。何を見ても、ハーマイオニーはとにかく一番いいように考えようとする。浮世離れしているんだ。本気で、いつだって善なるものが邪悪なるものを打ち負かせると、いつだってポッターが勝つと、ヴォルデモートが自分のおこないの報いを受けるだろうと、信じている。しかし、ドラコはそこまで純真にはなれない。世界はどこかの無邪気な若い女の子の希望を中心に回っているわけではないのだということを、ドラコは知っている。ヴォルデモートは倒すにはあまりにも強力で、善なるものが勝利を収めることは稀だ。


 ドラコはバッグから本を取り出して、無造作に乱暴な手つきで開いた。彼女はあそこで夜更かしして、目が痛くなるまで調査を続けることだろう。知られているかぎりで最も強力な呪文の一つを作ったのが、どこぞの理想主義の愚か者だったからというだけの理由で。そう考えつつも、きしむような音を立てるページをパラパラとめくっていく。大体、彼女は何を期待しているんだ? その辺の古い本を適当に開いたら、目的のものが見つかるとでも? たとえ(ドラコは大いに疑わしいと思っているが)本当にそんな呪文があったとしても、それに偶然出くわすというのは、まったくありそうもない話だ。


 そして、ドラコは顔をうつむけた。自分が手に持っている本を見下ろした。ちょうど開いていたページに視線を落とした。それから、そのページを実際に読んだ。思わず、口がぽかんと開いた。ドラコはしばらくのあいだ、言葉もなくただ口をパクパクさせていた。


「嘘だろ」
 ようやく、つぶやき声が出た。
「どういう偶然だよ、これは?」