2004/4/16

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 24 章 偶然の一致

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 もう一度読んでみても、結果は同じだった。呪文はやはり、そこに書かれてあった。その呪文が導き出されるまでの研究の道筋でさえ、歴然と記録されていた。天才的な呪文作成者の論理的な思考の過程が、ハーマイオニーが発見した汚い小さな書物の古びたページの上に、誇らしげに披露されていた。ドラコにしてみれば、死の呪いを作り上げたのが誰であったか、あるいは誰でなかったかなどということは、別に大したことではなかった。いつかは誰かが、やったに違いないのだ。オリアリーがやらなければ、誰か別の人間が。そう、ドラコの心を乱していたのは、ハーマイオニーそっくりの年若い茶色の髪をした少女が、部屋の一番奥に座っている姿だった。こんなのは、ドラコが知っているハーマイオニーじゃない。その目には何も映さず、まるで長いあいだディメンターと共に過ごしてきた人間のように、ただ座り込んでいる。ハーマイオニーは、こんな空っぽの人間じゃないはずだ。


 三年生の頃、ドラコは一度だけ、アズカバンに行ったことがあった。学校を警備していたディメンターにドラコがどれほど怖気づいていたかということが、どういうわけだかルシウスの耳に入ってしまったのだ。ルシウスはいつも、恐怖心を克服するには(そもそも恐怖心を持つなどということが許されるならばだが)、その対象に向き合うのが一番だというのが信念だった。そこでその年のクリスマス休暇中、ドラコとルシウスは、ドラコの恐怖心を摘み取るために、魔法使いの牢獄を訪れたのだ。そこにいた囚人たちに対しては、なんの同情心も湧かなかった。どうして同情などするはずがある? みすみす捕まってしまうほどの能無しなら、ディメンターのもてなしを受けるのも当然の報いだろう。実際、思い返せばあれが、ルシウスのことを誇らしくてたまらないと思った、最後のひとときだった。投獄されることを免れたばかりか、今では社会で尊敬を集めるところまで上り詰めた人物。彼のトラブルを回避する能力は称賛に値すると思えたのだ。


「ハーマイオニー?」
 ドラコは声をかけた。


 少女は、身じろぎもしなかった。ドラコが声をかけたことにすら、気付いていない。ドラコは顔をしかめた。無視されるのは嫌いだ。


「おいおい、グレンジャー」
 物憂げに、ドラコは言った。
「世界の終わりじゃあるまいし。そりゃ、死の呪いを作ったのは、あのモウロク爺さんだったわけだ。大したもんさ! でもだからって、飼い猫が死んだと知らされたばっかりだ、みたいな顔をしなくても」


 ハーマイオニーがぴくりと動いた。ドラコはこれをよい兆候と解釈して、言葉を継いだ。
「別に、我らが老いぼれ隠者が、世紀の大悪党だったということにはならないだろ。まったく。ぼくが今、翻訳してる本では、延々延々、後悔がどうの救済手段がどうのって話が繰り返されるばっかりだ。ページをめくってもめくっても、そういった自己嫌悪が綴られてる。もしぼくがこんな強力な呪文を作り出せたんだったら、恥じたりしないんだがなあ。むしろ誇らしく感じると思う」


「ええ、あなたならそうでしょうね」


 ハーマイオニーが言葉を発したのは、ここ一時間近くのあいだで初めてだった。ドラコは、思わず顔に得意げなニヤニヤ笑いが浮かびそうになったのを抑え込まなければならなかった。ハーマイオニーは座ったまま身体の向きを変え、今はドラコのほうを睨みつけていた。


「あなたならきっと大喜びで、数え切れないほどの人たちを死に追いやった呪いの所有権を主張するんでしょうね」
 鋭い、切り付けるような声。ドラコは、うまくいったという気分がどんどん萎んでいくのを感じた。


「呪文そのものには罪はないんだ。それを行使する魔法使いが問題なんだ」
 ドラコは、負けず劣らずの辛辣さを込めて言い返した。


「ええ、そうでしょうとも。呪文そのものに罪はないわ。実際、死の呪いって呼ぶべきでさえないのかもしれないわよね? じゃあ、人畜無害なふわふわウサギの呪文って名前にでもする? パーティにぴったり、お友達もびっくり!」
 ハーマイオニーは立ち上がると、見せつけるように乱暴にバッグを肩にかけた。ドアに向かう途中で足を止め、肩越しにドラコのほうにきつい視線を向ける。
「ハリーも、ご両親の命を奪ったのは実はあの呪文そのものじゃなかったって分かって、きっとすごく慰められるでしょうね!」


 ドラコも立ち上がると、すごいスピードで部屋を横切った。ハーマイオニーに追い越される前にドアをぴしゃりと閉め、そのドアをしっかりと手で押さえる。二人の顔は、数インチしか離れていなかった。
「まず一つ」
 彼は怒りのこもった声でささやいた。
「完璧な、素晴らしい、お偉いポッターのことは、関係ない!」


 ハーマイオニーがたじろいだので、ドラコは声音を和らげた。
「それから、ほかにも手段はあったんだ。たとえアバダ・ケダブラが存在しなかったとしても、どうせヴォルデモートは別の呪文を使って同じことをしただろう。きみにも分かっているはずだ。違うか? オリアリーがあの呪文を発明しなかったら、トム・リドルがその辺にいくらでもいるごく普通のいいやつに育ったってわけじゃない」


「分かってる」
 ハーマイオニーは静かにささやいた。
「でも、だからって気分がよくなるわけじゃないの」
 そう言うと、白い手をドラコの肩に置き、そっと彼を脇に押しやって、部屋を出て行った。




 ドラコは、特に目的もなく、ぼんやりと考え事をしながら廊下をうろうろしていた。かすれた声をもらして、一人で笑う。
「まさかと思うよなあ」
 しんとした通路に向かって、つぶやいた。彼はまだ、今年に入って以来ほぼ休みなく解釈して翻訳して書き付け続けてきた著作物の作者が、あれほどまでによく知られた呪文の作者でもあったことを、大いに面白く思っていた。グレゴリウス爺さんが、ここまですごいやつだったとは。


 それが分かったときのハーマイオニーの取り乱しぶりは、見ていて楽しいものではかったが、反面、彼女はちょっと独善的すぎるようにも思えた。そしてドラコは、そのうち彼女も立ち直る違いないと楽観していた。


 特に何に向かってというわけでもなく、笑みが込み上げた。ハーマイオニーのそばを離れて、闇の魔術が絡むとあからさまに拒否反応を示す彼女の偏見に引きずられなくなってみると、これは全体としてはなかなか楽しい事実だった。いきなり、以前よりもオリアリーに興味が湧いてきた。


 背後から廊下を歩いてこちらにやってくる足音が聞こえたので、一瞬、ハーマイオニーがちょっとは落ち着いたのだろうかと思って、ドラコは振り返った。しかし、やってきたのはゴイルだった。ドラコは立ち止まって、彼が追いつくのを待った。ハーマイオニーではなくてゴイルだったからといって、ぼくはがっかりなどしていない、と自分に断固として言い聞かせながら。でも、こんな嘘は、つくたびに説得力を失っていく。そして最近は、ずいぶん頻繁に、こんな嘘をついているような気がする。


「ドラコ」
 いったん息を整えてから、ゴイルは言った。
「ドラコ、お父上から手紙が来てるよ。知らせたほうがいいってパンジーが言ってたから」


 ドラコは黙ってうなずくと、ゴイルが来た方向に向かって戻り始めた。ゴイルは明らかにすぐそこの階段を懸命に上ってきて疲れ果てているらしく、痛む脇腹を手で押さえていたが、ドラコは彼がついてくるのを待ちはしなかった。


 なるほど、ルシウスはドラコからの手紙に返信を書いたのか。書いてこないかもしれないと本気で思いはしていなかったが。しかしその一方で、まず母親の病気の報せを餌としてちらつかせておいてから、その後はまったく新しい情報を寄越さずにおくというのも、ルシウスならやりかねなかった。


 談話室は、いつものように、暗かった。暖炉では火が燃えさかっていたが、ほとんどの生徒たちが静かに自分たちだけで語り合いながら座っている部屋のそれぞれの隅は、大して明るくはなっていない。スリザリン寮の者たちがみな、悪事に手を染めているというわけでは決してない。しかし、彼らがこの寮に選ばれたのは、おのれの野心に対する熱意と、ほぼどのような状況下にあっても目的を果たす能力ゆえだ。他寮に対抗するときのスリザリン生の団結は見事なものだが、自分たちの談話室では、ほとんどの者が対立していた。ドラコはいつも、それを楽しんできた。人目を盗んだ視線の応酬、ささやき声で伝えられる内緒話。持つべきものは、いろいろなものを聞き取る鋭い耳と、適切な機会がやってくるまでは口をつぐんでいられる能力。これらのことについては、ドラコは高度な訓練を受けている。


 手紙は未開封のまま、ドラコのベッド横のテーブルに置かれていた。誰にもいじられていないということは分かっている。じっくり見てみるまでもなかった。ルシウスからの手紙を盗み見ようなどと思う者がいるはずがない。それ以外の誰かであれば――旧友、ほかの親戚、あるいは母親からの手紙でさえも、同じ寮の仲間たちの信用ならない好奇心の犠牲にならないとは言い切れないかもしれない。しかし、何があろうと、絶対に、ルシウスの手紙だけは、誰も手を触れない。



ドラコへ


おまえがとうとう分別を取り戻したと知って嬉しい。おまえの母は、おまえが学校を去ってまで顔を見に戻ってきてしまうだろうと言って、自分が健康を害している事実を伝えることすら渋っていた。彼女はいつも、おまえがわたしたちと同じくホグワーツで学業に励むことにこだわっていたものだ。しかしながらわたしは、おまえの恥ずべきふるまいについては、彼女には言えずにいる。実の息子、ただ一人の子供が、家族を捨ててどこぞのくだらぬ校長が掲げる愚かしい理想論に追従しようとしているなどという、つらい報せを、彼女が受け入れられるとは思えない。


しかしこの手紙の主旨は、おまえの至らなさを責め立てることではない。そうしたいのは山々だが。わたしは先日、聖マンゴ病院の医者たちと話をした。彼らの考えでは、おまえの母はティベリア・インフルエンザの非常に珍しい症例に当てはまるそうだ。海外に行っていた夏のあいだに感染したに違いない。魔法による治療法は、知られていない。ほとんどの場合、この病は軽いものに過ぎず、ひとりでに治ってしまうからだ。ところがおまえの母の場合は、非常に悪性で、元来の身体の弱さもあって回復は望み薄だ。


母親に会いに来いとは言わぬ。今の病状では、おまえが訪ねてくることで彼女に残された最後の力が消耗してしまうかもしれず、来させるわけにはいかない。最期のときが近づいていると分かった時点で、おまえを迎えにやる。


父より



 ドラコは再度、手紙を読み返した。眉間に皺を寄せて、怒りと苦悩のあいだで引き裂かれたような表情になっていた。ルシウスは、ドラコをもてあそんでいるのに違いない。ルシウスが、母のことについて嘘をつくとも思えなかったが、確信を持つこともできなかった。手紙をポケットに入れると、ドラコは部屋を出た。学校の中をぶらぶらしてみることにする。そうしているうちに、頭の中でふと何かがつながるかもしれない。薄暗い廊下で何度も何度も読み返しているうちに、手紙のなかから突然何かが浮き出してきて、ルシウスの言葉が嘘なのかどうかの見極めがはっきりとつくかもしれない。しかしこの一番新しい手紙を見るかぎりでは、特におかしなところはなかった。








※ティベリア・インフルエンザ (Tiberian influenza)
そんなのあるの?