2004/4/2

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 22 章 魔法薬学でのトラブル

(page 3/3)

 数時間後、とうとう太陽が昇って、山々の際がくっきりと見えるようになった頃になって目が覚めたのが、彼女の存在が感じられなくなったせいだと思ってしまったのは、我ながら馬鹿馬鹿しい考えではあった。きっとただ単に、体内時計がそろそろ起きないと魔法薬学の授業に遅刻してしまうと訴えかけてきたせいに違いなかった。それでもその朝、目を開いて部屋の中に自分しかいないと知った瞬間、ドラコは自分が目を覚ましたのは彼女がいなくなったせいだと感じずにはいられなかった。


 いきなり覚醒したとき、ドラコはそれを意外にさえ思わなかった。机の上を微風が吹いて巻物がさわさわと揺れている。たった今、彼女がドアを閉めたばかりだとでも言うように。しかし、徐々に明るくなっていく通路を覗いてみても、そこには誰もいなかった。


 早朝の日光が高窓から差し込んできた。ドラコは、自分がまだパジャマを着ていることを思い出した。今すぐ着替えにいけば、授業にはギリギリ間に合うだろう。スネイプ教授はたしかにスリザリン生を贔屓しているかもしれないが、遅刻には厳しかった。ドラコは、大急ぎで部屋を出て走っていった。立ち止まったのは、ドアに鍵をかけたときだけだ。誰かに見られたとしても、特別に夜更かしをしたのではなく、特別に早起きをしたのだと思ってもらえることを祈っていた。




 自分の席に着いたドラコは、地下牢教室の中を見渡した。ほぼ全員が揃っているが、ハーマイオニーの姿はない。ポッターとウィーズリーは二人とも、同じような驚愕の表情を浮かべていた。ハーマイオニーが遅刻するなんて、今までにないことだ。偶然、あるいはもしかしたら疑惑にかられたのか、ポッターがちらりとドラコのほうを見た。期待を裏切るのも忍びない。ドラコはグリフィンドールの少年に向かって、意味ありげな冷笑を浮かべてやった。


 明らかに慌てふためいた気配とともに、ドアがものすごい勢いで開いたので、みんなの目がそちらに引き寄せられた。ハーマイオニーが、ほとんどつんのめるようにして、教室に入ってきた。


「ああ、ミス・グレンジャー。本日も授業に参加するつもりになっていただけたとは、光栄なことですな」
 スネイプ教授が冷ややかに言った。


「スネイプ先生、申し訳ありません。わたし……」
 ハーマイオニーは説明をしようとした。


「つまらぬ言い訳など聞く気はない。グリフィンドール十点減点。さあ、着席しなさい。これ以上、貴重な授業時間を奪わんでいただきたい」
 スネイプの固い声を聞いて、ドラコは眉をひそめた。ハーマイオニーはとにかく謝ったじゃないか。


 ハーマイオニーは、非常にどぎまぎした顔で素早くうなずき、自分の席に向かった。ドラコの姿が目に入ると、彼女は足を止めた。そして大きく目を見開き、真っ赤になった。ドラコは、彼女に何かひとこと、言わなくてはという気持ちになった。実際には、とんでもないことだが。スネイプが苛々した面持ちで、彼女が着席するのを待っているのだから。


「どうかしたかね、ミス・グレンジャー? ミスター・マルフォイにそんなに興味を引かれているとは知らなかった」


 ハーマイオニーは息を呑んで、ドラコに背中を向け、自分の席に駆けて行った。


 気が付くとドラコは、敬愛していたはずの教授を睨みつけていた。いつもなら、スネイプ教授がグリフィンドール生を集中攻撃するのを見るのは楽しかったが、ハーマイオニーをここまで苛める必要はないんじゃないか。彼女の目の下に濃い隈ができていることからも、昨晩の彼女があまり眠れていないことは明らかなのに。昨晩のことに思考が及ぶと、ドラコは思わずあからさまにニヤリと笑った。そして椅子の背にもたれかかって、記憶をたどり始めた。


 ドラコの魔法薬は、なかなかいいかんじに、ぶくぶくと泡立っていた。これは驚くべきことだ。授業中のほとんどを、注意深く材料を計量するハーマイオニーの姿を見つめて過ごしていたのだから。彼女は、濃い茶色の髪をうしろでゆるくまとめて、一本の紐でシンプルに束ねていた。少々刺激的だ、とドラコには思えた。ふんわりと波打つ数本のおくれ毛がある以外は、華奢なうなじがあらわになっている。


 ドラコが見ていると、別のグリフィンドールの女生徒――たしかラベンダーだ――が、通路を進み始めた。彼女は、最近の流行でちょっと長めにしてあるローブの裾につまづいてよろめき、ハーマイオニーにぶつかった。ドカンと音がした。ハーマイオニーが一つまみだけ鍋に入れようとしていたハスの根の粉末が、ひとつかみ分も入ってしまったのだ。ラベンダーが、両手で顔を覆って泣き叫びながら倒れた。しかし、ドラコは彼女のことなど眼中になかった。その時点でもう、床に転がっている少女を押しのけて前に出ていた。ハーマイオニーは、溶解した自分の鍋を呆然と見つめていた。酸っぱい匂いのする緑色のどろどろした液体が、机の端からしたたり落ち続けている。まだほかの誰もがほとんど反応できずにいるうちに、ドラコは彼女のところにたどり着いた。即座に、彼女の両手にも同じ緑色の液体がべったりと付着していることに気付く。ローブの前の部分にも。しかし当人はそれに気付いていないらしく、顔を上げるともう一人の少女のほうに目をやった。


「ラベンダー?」
 ぼんやりと、ハーマイオニーはささやいた。


 スネイプ教授が、怒号とともに通路を突き進んで、二人の少女とドラコのいるところにやって来ようとしていた。ハスの根が引き起こした炎症を前にも見たことのあったドラコは、ハーマイオニーの両手にボロ切れを巻きつけた。彼女はドラコがいることにも気付いていないようすで、もう一人の少女を見つめていた。ドラコは手早くハーマイオニーのローブの留め金を外して脱がせた。ハーマイオニーにとって幸運なことに、彼女はいつもローブの下にマグルの洋服を着ることを好んでいた。同じ状況下で、衆人の目に下着姿を晒す羽目になってしまったかもしれない一部の魔女たちと違って、ハーマイオニーはシンプルなセーターと茶色いプリーツスカートを身に着けていた。ドラコはぶすぶすと燻っているローブを丸めて、すでに形を保っていない鍋の上に投げ落とした。


「ラベンダー、大丈夫?」
 ハーマイオニーの声は、ショックと痛みによって震えていた。


「何をやっておる、この馬鹿娘が!」
 スネイプ教授は、ラベンダーの両手を彼女の顔から引き剥がし、焼け付くような液体がわずか数滴しかかかっていないと確認すると、ハーマイオニーを怒鳴りつけた。


「ラベンダーは大丈夫なんですか? わざとじゃないんです。事故だったんです」


「事故だと? 事故が聞いて呆れる」
 スネイプ教授はラベンダーを引っ張って立ち上がらせた。


 ラベンダーは堪えきれずに泣きじゃくっており、スネイプ教授はハーマイオニーを睨みつけていた。


「スネイプ先生」
 ポッターがドラコの隣に来て、大声で言った。
「ハーマイオニーは悪くありません。ラベンダーがつまずいて、ハーマイオニーにぶつかったんです」


 ドラコも慌ててうなずいた。ポッターの言葉よりもドラコの意見のほうが、スネイプに信用される可能性はずっと高い。


「そんなことはどうでもよい。グレンジャーは、蓋もない鍋の真上でハスの根を計量するのがいかに愚かなことだったかを分かっているはずだ」
 スネイプの厳しい視線は、決してハーマイオニーからそらされることはなかった。
「出て行きなさい。ミス・ブラウンを医務室に連れて行くように。それから、魔法薬調合時における適正な安全基準について羊皮紙五フィート分のレポートを書き上げるまでは、この授業への参加を禁止する」


 ハーマイオニーは無言でうなずいて、肩を震わせながら、ぐるぐる巻きにされた腕をもう一人の少女の肩に回し、部屋から連れ出した。


 そして、生まれてこのかた初めて、ドラコは自分がグリフィンドール生たちと同調して怒りの声をあげていることに気付いた。対抗して、ではなく。ドラコの左右にはそれぞれポッターとウィーズリーが立っていたが、二人ともびっくりしてドラコのほうを見た。しかし喧騒の中、ほかにはこれに気を留めた者はいなかった。


「座りなさい!」
 ふだんは常に冷静なスネイプの声は、憤怒のあまりしゃがれていた。教室内は、徐々に静かになっていった。


「彼女のせいじゃなかったのに」
 ドラコは教授に向かって、噛み付くように言った。


「そうだよ」
 ウィーズリーが憤って吐き捨てるように言った。
「注意をしてなかったのは、ラベンダーのほうだ」


「ゴイルだって先週、同じようなことをやったじゃないか。スネイプがハーマイオニーを責め立てるのは、グリフィンドール生だからだ」
 ポッターがつぶやいた。


「そのとおりだ」
 ドラコも同意した。


 気まずい沈黙が流れた。三人の少年たちは、無言で見つめ合った。次の瞬間、ドラコはくるりと彼らに背を向けて、自分の席に戻った。そしてその後は、授業が終わるまでずっと、退屈そうな表情を顔に貼り付けて、内心の不安を隠していた。