2004/4/2

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 22 章 魔法薬学でのトラブル

(page 2/3)

「なんですって?」
 ハーマイオニーが訊き返した。その顔から、血の気が失せていく。


「おい、まさか、いたいけなきみたちグリフィンドール生は、そこまで箱入りだなんて言わないよな? 許されざる呪文だよ。磔の呪文、服従の呪文、それからアバ……」


 ハーマイオニーが口を挟んだ。
「もちろん、それは知ってるわよ! でも、どうしてここにその話が出てくるの?」

 ドラコは眉をひそめた。
「そりゃ、きっとこれらの呪文が、この文献が書かれたのと同じ頃に発明されたからだろ」


「そうなの? 知らなかった」
 ハーマイオニーの顔には、血の気が戻り始めていた。


「まあ、それほどよく知られている事実ではないからな。でもおそらく十五世紀初頭、ちょうど魔法省が占領されていたのと同時期に、とある数人の魔法使いからなる集団によって考案されたものなんじゃないかと思う」


 ハーマイオニーは驚愕の表情だった。
「なんでそんなことが分かるの?」


 ドラコは誇らしげに笑った。
「そうだな、ただ、闇の魔術に関する知識と、きみから借りたグレイソンの巻物を照らし合わせて考えてみただけだ。ぼくは時たま、非常に鋭いことを思いつくんだ」


「うしろ暗い邪悪なものに関するあなたの知識の豊富さには、わくわくするわ、ドラコ」
 ハーマイオニーは渋い顔で言った。
「じゃあ、あの呪文を考え出したのは、当時魔法省を乗っ取った魔法使いたちだったのね」


「いいや」
 ドラコは間髪を容れずに言った。
「違うんだ。ルシウスはいつも言っていた。われわれは、正しいおこないをしようとしていた幾人かの知られざるおめでたい者たちに、多大なる恩恵をこうむっている――と」


 ハーマイオニーは無言で座っていた。片方の手の指先で、無意識に色の濃い髪の毛の一房をいじくっている。
「まさか」
 彼女はいったん言葉を切って、それから、ささやくような声で続けた。
「あれを発明したのは、オリアリーだって言うの? そんなはずないわ。そうでしょ? あれは、邪悪な呪文よ」


「しかし、前に見た日誌では、彼はかなり自棄になったようなことを書いていた」
 ドラコは考え深げに言った。
「それに、彼には独自の呪文を作り出す能力があったことも、判明している」


「で……でも、邪悪な呪文だわ」
 ハーマイオニーはふたたび、ショックをありありと顔に出して、ささやいた。
「彼は、正義の側についていたのよ。そんなはずない。彼がそんなこと、したはずない!」


「邪悪な呪文だからと言って、役に立たないわけじゃない」
 ドラコは反射的に言った。


 ハーマイオニーはおののいた表情でドラコを見て、立ち上がった。
「あなたって、ひどい人だわ。ほんとに、ほんとにひどい。自覚してる?」


「でも、事実だ」
 ドラコはあっさりと応じた。見ていると、彼女は憤りに任せて小さな部屋の中を歩き回り始めた。
「何かが悪事を働くからと言って、それが世界の中で存在意義を持たないということにはならない」


「あの呪文は、とっても大勢の人たちを傷つけたのよ。分からないの? ハリーのご両親だって、あの呪文の一つで殺されたのよ! なんとも思わないの?」
 ハーマイオニーは、ドラコが反応する隙も与えず、言葉を続けた。
「もちろん、なんとも思わないのよね。あなたって、あのデスイーターたちと似たり寄ったりのひどい人だわ。あなたが自分でなんと言おうと。とにかく意地悪で、陰険で、邪悪で……」


「ぼくは邪悪じゃない! それにもちろん、デスイーターなんかじゃない!」
 ハーマイオニーが長広舌の途中で息継ぎをした瞬間を捕えて、ドラコは鋭くさえぎった。


「どうして、 そうならなかったの?」
 彼女はそっと尋ねた。その目にあった怒りは消え失せて、好奇心だけが残っていた。


「たぶん、きみがいたからだと思う」
 ドラコは静かに答えた。


「それ、意味不明だわ」
 ハーマイオニーは近づいてきて、ドラコの隣に座った。


「分かってる」
 ドラコはもごもごと言った。


 少しのあいだ、彼女は目を閉じていた。
「ドラコ、あなたが危険にさらされているのは、わたしがいるから?」


 彼女の問いかけのなかには、あまりにもたくさんの答えの出ない不安と、あまりにもたくさんの希望が垣間見えた。ドラコは突然、彼女の言葉から耐えがたいほどの重圧を感じて、思わず暴言を吐いた。
「そうさ、ぼくが危険にさらされているのは、きみのせいだ。なんだよ? ぼくが穢れた血とキスしていると知って、ぼくの父が喜ぶとでも思うか?」


 一瞬、沈黙が広がった。その一瞬のあいだに、ドラコは自分がいっそ生まれつき口が利けなかったらよかったのにと強く思った。そしてハーマイオニーが立ち上がった。ドラコのほうは見ず、ただ黙って自分の持ち物をまとめている。ドアの前で立ち止まると、ようやく彼女はドラコと目を合わせた。今このときばかりは、ドラコにも彼女の思いが、手に取るように分かった。彼女はもう、二度と戻って来ないつもりだ。


 はじかれたように、彼はハーマイオニーのあとを追った。ハーマイオニーはドアを押し開けて外に出た。通路を走って階段に向かったが、ドラコのほうが速かった。彼はハーマイオニーの腕をつかんで、うしろに引き戻した。彼女は抗ってもがき、ポケットにさっと手を伸ばした。あのポケットには杖が入っているのだと、ドラコは知っていた。彼女が杖を取り出すと、その手からドラコはむりやり、それをもぎ取った。彼女は憤怒に燃える目でドラコを睨んだ。


「悲鳴をあげるわよ」
 彼女は鋭くささやいた。


「きみはそんなことしない」
 ドラコはきっぱりと言った。実際の気持ちよりも自信ありげに聞こえることを願いながら。


 彼女を引きずるようにして部屋に連れ戻し、背後でドアを閉める。彼女はまだ、ドラコの手を逃れようともがき続けていたが、あまりうまくはいっていなかった。


「もう、やめないか? 時間を無駄にしているだけだ。もちろん、体力もだ」
 念のため、ドラコは手の力を強めた。


 ハーマイオニーは睨みつけてきたが、もがくのをやめた。


「なあ、悪かったよ」
 ドラコは穏やかに口を開いた。
「きみのことを、あんなふうに思ってはいない――今はもう。分かってるだろう」


「あなたのことなんて、なんにも分からないわ、マルフォイ。いつも言うことが違うんだもの。もっとひどいときには、そもそもなんにも言ってくれない。もう、かなりうんざりしてるの」
 彼女の中にあった闘志は、薄れつつあるようだった。彼女は、わずかに気落ちした表情を見せた。
「わたし、あなたとは、ロンとよりもしょっちゅう喧嘩してる」


 瞬間、熱い怒りの感情が込み上げた。
「そうかよ。ぼくにくっついてるのがそんなに嫌なら、あいつのところへ行けばいい」
 そう言うと、ドラコは彼女から手を放した。彼女はよろめいてうしろに下がった。


 彼女の目に危険な輝きが宿った。彼女は怒りで膨れ上がっていくように見えた。
「くっついてなんか、ない!」
 一歩、近づくと指を突きつけてくる。
「わたしたちが一緒に過ごすのは、この部屋の中だけよ」


「じゃあ、これで終わりか?」
 ドラコは、彼女のほうに歩み寄りながら噛みつくように言った。


「もちろん、これで終わりよ。穢れた血と関わってあなたの評判に傷がついたら困るでしょ」


「ぼくの評判は関係ないだろ!」
 ドラコは頭痛がし始めていた。これ以上、大声を出したら、絶対に誰かに聞こえてしまう。


「あなたの評判は関係ないですって? もちろんある……」


 ハーマイオニーの声は、あまりにも大きく甲高くなってきており、ドラコの想像の中では、ドアが開いてまた閉じる音が聞こえるほどだった。そして、フィルチがどすどすと階段を上ってくるのだ。ハーマイオニーを静かにさせなければならないと気付いたドラコはとっさに、ふつうの感覚なら非常に無謀と思われるような行動を取った。ハーマイオニーの怒りの言葉を途中でさえぎって、ドラコは彼女にキスをしたのだ。


 あまりにもびっくりしたのか、ハーマイオニーは数秒間、何もしなかった。彼女をさらに抱き寄せるには、充分な時間だった。そしてその後ようやく彼女が見せた反応は、ドラコを押しのけることではなく、さらにドラコを自分のほうに引き寄せ、彼の首のうしろに自分の手を置くことだった。


 ドラコは、この驚くべき情勢の変化をいぶかしんでためらったりはしなかった。自分の身体の隅々が覚醒していくような感覚で、頭がいっぱいだった。たった数回のたわいのないキスによって湧き出たエンドルフィンが、なぜこれほどまでに顕著な作用をもたらすのだろう。心の片隅では、ほかのどんなものよりもハーマイオニーが欲しいと考えている自分に、驚いていた。ハーマイオニーの唇から自分の唇をずらすと、彼女の顎に沿って滑らせていく。彼女が頭をそらせたので、その唇は彼女の耳のすぐ下の、絹のように柔らかい肌にたどり着いた。彼女の髪の香りを吸い込む。かすかなヴァニラの匂い。ドラコは彼女を抱き寄せたまま唇を離し、彼女の顔をじっと見つめた。彼女の目が開いて、視線がかち合った。


「今は、くっついてる」
 ドラコはかすれた声でささやいた。


 ハーマイオニーは目を閉じた。
「今は、そうね」
 息を弾ませながら同意する。


 ドラコは、もう一度ハーマイオニーにキスをした。情熱的に、彼女の唇を探し当てる。彼女の指に力が込められ、彼の淡い色をした髪をつかんだ。彼はハーマイオニーを抱き寄せたまま、散在する書籍の山を避けてよろめきつつ部屋を横切った。窓際のベンチにたどり着くと、ドラコは腰を下ろしながら、彼女も一緒に座らせた。片方の腕を彼女の背中に回し、もう片方を彼女の顔に添える。ハーマイオニーの手は、ドラコの首を離れて胸の上をさまよい、彼のローブの中に入り込んでいた。ひんやりとした指先が、彼の肌の上を、焼け付くような感触を残しながら進んでいく。寮を出たとき、ドラコは横着してシャツを身につけていなかった。パジャマのズボンの上に、かろうじてローブを羽織るのに時間を割いただけだったのだ。彼女の指先が肌に触れた瞬間、ドラコは先ほどの自分の性急さを大いにありがたく思った。


 ハーマイオニーは椅子の中でさらにうしろにもたれかかりながら、ドラコを引き寄せた。ドラコにもまったく異存はない。引き寄せられながら、彼女の喉のあたりの小さなくぼみに唇を寄せた。それから身体を起こして、彼女の顔を見る。頬が紅潮して、目がうるんでいた。いきなり接触がなくなったことは、彼女にとって、ほとんど悲しくさえ感じられたようだった。彼女は、深く息を吸った。彼は、彼女と目を合わせたまま、片手をそっと上げて、彼女の乱れた巻き毛の一房をうしろに撫でつけた。彼の指先がこめかみに触れると、彼女はドラコに寄り添ったまま身体を震わせた。ドラコは、唾を飲み込んだ。突然、口の中がすっかり干上がって感じられた。彼女の顔に沿って、手のひらを下ろしていく。ドラコの意図を悟ったらしいハーマイオニーは目を見開いたが、ローブの留め金に彼の指がかかっても、それを止めようとはしなかった。


 黒い布をうしろに押しやって脱がせていく。引きちぎってしまいたいという気持ちに逆らって、懸命にゆっくりとした動作を心がけた。ハーマイオニーもローブの下にパジャマを着ていると知って、ドラコの顔には心持ち面白がるような表情がよぎった。パジャマはしなやかなフランネル素材で、一面に小さな星がプリントされている。ハーマイオニーはドラコの表情に目を留めて、顔をしかめた。ドラコは、彼女が何かを言おうとしているのを感じ取って、その前にふたたび彼女の唇をふさいだ。そして今一度、ハーマイオニーは彼の腕の中で力を抜いた。ドラコのローブの下で、ハーマイオニーが両手を彼の肩に置き、彼を引き寄せた。


 彼女と触れ合っていると、酔ったような気分だった。ドラコはもっと早く先に進みたい、もっと強く口づけたいという気持ちを必死に抑えた。もう、彼女に引っぱたかれて走り去られるようなことはしたくない。気が付くと、彼の手はハーマイオニーの脇腹を滑り下りて、彼女のパジャマのシャツの裾のあたりに置かれていた。シャツは少しめくれ上がって、彼女の臍のすぐ上の肌が露出している。彼の指がその肌に直接触れると、彼女は身体を固くした。シャツの裾のところで少しのあいだためらってから、彼は指先を暖かい布地の裏に潜り込ませた。その指をさらに上に持っていくと、彼女はそっと弱々しい声をもらした。突然、ドラコのローブから彼女の手が引き抜かれ、それ以上進む前にドラコの手を押し留めた。


 ドラコの手を押さえて、彼女はその両目に、許してほしいと懇願するような表情を浮かべた。ドラコはまだ手に力を込めたまま姿勢を正し、大きく息を吸って、自分を落ち着かせようとした。ハーマイオニーの目に、光が宿る。涙が込み上げる予兆だ。彼女が今にも立ち上がりそうな素振りを見せると同時に、ドラコは彼女の手から自分の手を引き抜いて、彼女を自分にもたれかからせた。彼女の肩を包み込むように腕を回して、頭のてっぺんにそっとキスを落とす。


 抱き寄せられると彼女は全身を硬直させたが、やがて深呼吸をして頭を彼の胸につけた。彼は無言のまま、彼女の呼吸音に耳を傾けた。今までの経験から、何も言わずに、どうしようもなく馬鹿なことを口走ってしまうのを回避したほうがいいということが分かっていた。ハーマイオニーはさらにじっと動かなくなった。そしてドラコは、彼女が眠り込んだことを悟った。さらにしばらくのあいだ、彼はそのままでいた。彼女が無防備に寄り添ってきていることを、享受しながら。自分をここまで信頼してくれる人間がそばにいるのは、初めてのことかもしれなかった。


 ドラコは微笑んで、自分もまぶたを下ろした。眠れるとは到底思えなかったが、この瞬間が、いつまでも続いてくれればいいのにと強く願っていた。やがて頭が段々と重くなってくるような気がし始めて、知らず知らずのうちに、抗うこともできないままに、ドラコは深く幸福な、夢のない眠りの中に引き込まれていた。