Their Room
(by aleximoon)
Translation by Nessa F.
第 21 章 これもまた夢
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ハーマイオニーは足を交差させてベッドの足元の床に座り込み、ラテン語の辞書を乱暴に開いた。その動作に伴い、いきなりビリッと音がして、気がつくと手の中の破れたページを見下ろしていた。
「もう、やだ」
本を下に置くと、ハーマイオニーは杖を出して、手早く破れたページを修復した。
うしろにもたれかかると、目を閉じて、手紙のことをむりやり忘れようと努める。マルフォイ一族に関するすべてのことを記憶から消し去ってしまいたい。特に、ドラコを。いつから彼が自分の思考の中心を占めるようになってしまったのかは、はっきりとしなかったが、今ではもう、彼を頭の中から追い出すことは不可能に思われた。
とにかく、どうしてすべてが嘘っぱちだと言うことが彼に見て取れないのか、理解ができない。本当のはずがないでしょう? あまりにも、タイミングが良すぎる。なのにドラコは、何も考えずそれを受け入れているようだった。ハーマイオニーには、それがどうしても分からなかった。そしてまた、どうして先ほどあの部屋を立ち去ったとき、今まで二人が築いてきた何もかもが消え失せてしまったように――二人を引き合わせて、それまで常に二人を分け隔てていた境界線をぼやかしつつあった何もかもが消え失せてしまったように感じられたのかも、分からなかった。部屋を出て行ったときは、二人が見知らぬ者同士であるような気分だった。
「いいえ、見知らぬ者じゃない」
ハーマイオニーはつぶやくように言った。
「敵同士」
路地は薄暗かったが、通りに埋め込まれた玉石が月光を反射して、ハーマイオニーが身を隠している暗闇に包まれた聖域の奥深くに送り込んで来ているようだった。人の声が聞こえたので、ハーマイオニーは耳を澄ませて聞き取ろうとした。耳障りな大勢の笑い声が、ほかの声を掻き消した。ハーマイオニーは路地から身を乗り出して、何が起こったのかを見て取ろうとした。廃屋の前に、数人の男たちがたたずんでいた。地面の上に、ドラコが倒れていた。かなり弱っているようだ。唇は血にまみれ、いつもは白く滑らかな頬に、いくつもの傷跡がついている。ドラコの前には、彼の父親が立っていた。さりげなく、息子に杖を向けている。ハーマイオニーは息を呑んで、よろよろと前方に足を踏み出し、通りに出た。
「ドラコ」
叫びつつも、自分には彼を助けるすべはないと言うことは分かっていた。しかしそれでも、自分を押し留めることはできそうになかった。
ドラコが、こちらに目を向けた。
「それでは、何もかもが水泡に帰するさだめなのか?」
「何?」
ドラコの言っていることが理解できなくて、ハーマイオニーはささやき声で訊き返した。周囲にいるほかの暗い人影たちは誰も、彼女がいることに気付いていないようだった。
「わたしの研究は、すべて水泡に帰するさだめなのか?」
ドラコがもう一度言った。
凍りつくような微風がローブを吹き抜けて、ハーマイオニーは身を震わせた。でも、着ているのはローブじゃない。クリスマスにお母さんがくれたフランネルのパジャマだ。ふたたび身震いしたとき、目が覚めた。
冷たい風がグリフィンドール塔の周囲を吹き荒れており、女子寮に隙間風が入ってきていたのだった。夢を見ているあいだに、絶えず動き回っていたハーマイオニーの身体から掛け布団が滑り落ちて、床の上に折り重なっていた。前かがみになると、ハーマイオニーはそれを拾い上げて自分の肩にかけた。ベッドの上で上半身だけを起こすと、ベッドサイドのテーブルから杖を取る。
「ルーモス」
杖の先に突然、青白い光の球体が現れて、一瞬、まぶしさで目が見えなくなった。夢の中の暗闇のあとでは、杖から発せられた光を見ていると元気付けられる思いだった。
「ハーマイオニー……」
隣のベッドから、もごもごと声が聞こえた。いつも嫌になるほど眠りの浅いラベンダーは、毛布を押しのけて、ぼんやりとハーマイオニーに目をやった。
「どうしたの? まだ……」
自分のテーブルに置かれた小さな時計をちらりと見る。
「午前三時よ」
「ごめんなさい」
ハーマイオニーはささやいた。
「悪い夢を見ただけなの。今、灯りを消すわ」
ラベンダーは身体を起こして、自分の杖に灯りを点けた。
「夢? ほんとに? どんな夢? とあるスリザリン生の夢だったりして?」
「違うわ!」
ハーマイオニーは激しすぎる勢いで返答してしまってから、赤くなった。彼女はいつも、嘘をつくのがあまり上手くなかった。
「ねえ、説明してみたら? わたし、夢のことならなんでも知ってるのよ」
ラベンダーは誇らしげな笑顔になった。
「トレローニー先生によると、夢は潜在意識の密かな働きを覗くための窓なの」
ハーマイオニーは疑わしげに片方の眉を上げた。
「もういいわよ。たしかに大部分はわたしの考えよ。でも夢がすごく重要だっていうのは本当」
ハーマイオニーは自分の杖の灯りを消して、ふたたび横になった。目を閉じて、眠りにつこうとする。しかし、無駄だった。頭の中で、繰り返しドラコの声が聞こえていた。
「ラベンダー」
横向きに転がってもう一度杖に灯りを点けながら、ハーマイオニーは言った。
「夢の中で、ある人が何かを繰り返して言ってたの。すごく重要なことみたいに」
やはり横になっていたラベンダーは、片肘をついて身体を起こした。
「そうね、あなたにとって、何か意味のあること?」
「い……いいえ、違うと思う」
「絶対? 以前にどこかで、聞いたことのある言葉じゃなかった? それとも、あなたのことだから、本で読んだとか? あなたにこんなこと言うなんて嘘みたいだけど、よく考えてみて、ハーマイオニー」
ラベンダーは毛布を身体にぴったりと巻き付けなおすと、さらに付け加えた。
「時には、わたしたちが見失っていることを、夢が思い出させてくれることがあるの。そしてほとんどの夢は、ある程度は馴染みのあるものに基づいているのよ」
ハーマイオニーは目をつむって、意識を集中させようとした。もちろん、聞き覚えはある。でも、どこで聞いたかなんて、分かったものじゃない。そうよね? 落胆して、床を見下ろす。ラテン語の辞書が、図書館から持ってきた古い日誌の一冊の隣に、開いたまま置いてあった。仕舞う気にもなれないほど、苛々していたのだ。本を粗雑に扱うなんて、自分らしくもない。それを言うなら、片付けを怠ること自体がそうだけど。いきなり、ハーマイオニーはふたたび身体を起こした。毛布を跳ね飛ばしてベッドから這い出し、積み上げた本の傍らに膝をつく。一番上の本を手に取るなり、ものすごい勢いでページを繰り始めた。
ラベンダーは身を乗り出して、興味を引かれたようすで見守っていた。
「何か思いついたの?」
「たしかじゃないの」
ハーマイオニーはささやいて、最初の本を無造作に脇に置き、次の本をめくり始めた。ずいぶんと前、オリアリーの正体を初めて知ったとき、ドラコが読み上げていた本だ。素早く目を走らせて、ドラコがしるしを付けた箇所を探した。魔術の本に興味の大半が奪われてしまったため、結局この本は最後まで目を通していなかった。指先で暗号をたどっていくうちに、探していた箇所にたどりつく。ドラコはそこに、小さな紙片を挟んでいた。
わたしの研究が水泡に帰するさだめではないことを祈るばかりだ。
「ドラコが言ってたのは、これだわ」
ラベンダーが注意深く見守っていることも忘れて、ハーマイオニーはそっとささやいた。
「ドラコ?」
ラベンダーは目を丸くして聞き返した。噂は誰もが知っていたけれど、これは想像していたよりも面白いことになっているようだ。
しかしハーマイオニーは、もはやラベンダーの言葉を聞いていなかった。立ち上がると、クローゼットに向かう。大急ぎで服装を整えると、荷物をまとめ始めた。
「ハーマイオニー、まさか図書館に行くんじゃないでしょうね?」
ラベンダーは、信じられないという顔で尋ねた。
パーバティがうなるような声をあげて起き上がった。
「あなたたち、喋るなら静かに喋ってくれない? 今が午前三時だというのは、本当なの?」
不快感よりも眠気が打ち勝ったような声だった。
「ハーマイオニーはドラコ・マルフォイの夢を見ていたのよ。それで、今からこっそり図書館に行くんですって」
ラベンダーは、ハーマイオニーがブーツを履くのを見ながら、事もなげに言った。
「まあ! それほんと?」
パーバティはわくわくした口調になった。
ハーマイオニーは、ルームメイトたちを睨みつけることすらせず、いそいそとドアに向かった。
「捕まらないようにね!」
ラベンダーが静かに声をかけてくるのを聞きながら、外に出てドアを閉める。
図書館に忍び込みながらも、どうしようもなく頭の中にドラコの声が響き続けていた。夢の中で彼が言ったことと、前に彼が本から読み上げた言葉は、あまりにも似通っている。何か意味があるのに違いない。しかし、さらに何かが引っかかっていた。これはドラコの言葉ではない、オリアリーの言葉なのだ。そして、この言葉は重要なのだ。
(第 22 章につづく)
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