2004/3/20

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 20 章 パンジーからの報せ

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 母とは、決して近しい間柄ではなかった。しかしそれでもやはり、大事には思っていた。なんと言っても、母親なのだ。ただ一人の。たしかに、ドラコの母は屋敷にいるよりも、友人たちのところに行ったりショッピングをしていたりすることのほうが多かった。クラブに所属して、パンジーの母親と一緒に楽しそうに遊び回っていたものだ。しかし、ルシウスの伴侶として、彼女は多くのことを耐え忍ばなければならなかったのだ。それに改めて考えてみると、ドラコは自分が最も育てやすい部類に入る息子であったという気は決してしなかった。母の病気が、本当であって欲しくはなかった。


 校内は、昼下がりの授業開始を前に、生徒たちのざわめく声で満ちていた。ドラコはもともと、この午後を、仮病を使って談話室でうだうだと過ごすつもりでいた。しかし今、本当におかしいくらい気分が悪くなってきている。そして、ハーマイオニーは見つからない。


「いったい、どこにいるんだよ?」
 ドラコは押し殺した声でつぶやいた。


 今なら、変身術の教室に向かう廊下にいつ現れてもおかしくなかったが、これまでのところ、彼女の姿は見ていなかった。グリフィンドール生たちが、警戒するような視線を向けながら、ドラコを押しのけて進んでいく。しかしドラコは一顧だにしていなかった。彼女が、廊下の向こう側の端に現れたのだ。ポッター、ウィーズリーと一緒に歩いている。


 ドラコは前に出て彼らと対面した。
「話がしたいんだ」
 早口で言う。


 ハーマイオニーは驚いてドラコを凝視した。ポッターとウィーズリーは二人とも睨みつけてきた。


「あんまり、いい考えだとは思えないわ、マルフォイ」
 彼女は静かな声で、周囲を見回しながら言った。辺りを歩き回っていたグリフィンドール生たちが足を止めて、興味津々といった視線を向けてきていた。


「今すぐ、話がしたいんだ」
 ドラコは、断固として言った。その声音には、そこはかとない狼狽のようなものが、にじみ出し始めていた。


「あっちへ行けよ、マルフォイ。彼女はおまえに話すことなんか何もないんだ」
 ポッターが冷淡に言った。


 周囲を見渡すまでもなく、ドラコには自分が今、敵の領地にいるということが分かっていた。グリフィンドール生に囲まれているのだ。それでも、彼女が必要だった。
「おまえに話しかけたんじゃないぞ、ポッター」
 ドラコは冷ややかにささやいた。


「あっちへ行って、ドラコ」
 ハーマイオニーはドラコの横をすり抜けようとしたが、ドラコは彼女の腕をつかんで引き戻した。


 ポッターとウィーズリーが雄叫びをあげた。そのほかのグリフィンドール生たちも、憤ってわめき立てていた。


「頼む」
 ドラコはささやいた。
「おねがいだ。きみに話したいことがあるんだ」


 ハーマイオニーの目が丸くなった。一瞬、ドラコは彼女がそのまま立ち去っていくだろうと思った。永遠とも思えた、しかし実際にはただ一呼吸置いただけの時間を経て、とうとう彼女は、首を縦に振った。


「いいわ」
 彼女はささやいた。ドラコの激しさと、自分自身が降参したという事実に、驚いているような表情だった。


 二人のようすを見ていた周囲の者たちから、怒涛のようなざわめきが聞こえた。ハーマイオニーがやはり気を変えて教室に駆け込んでいくのではないかと怖くなって、ドラコは彼女の腕を掴んでいた手に力を込めた。ポッターとウィーズリーが睨みつけてきていたが、ドラコがハーマイオニーを引っ張って二人の横を通り過ぎ、変身術教室に続く廊下を離れて行っても、それを止めようとはしなかった。もちろん、見物人を押しのけて行くドラコたちのほうを、皆が凝視していた。ドラコが空き教室を見つけた頃には、ハーマイオニーは頭に血が上って真っ赤な顔になっていた。


「ちゃんとした理由があっての行動なんでしょうね」
 背後でドアが閉まって二人きりになると、ハーマイオニーは怒りに満ちた声で噛みつくように言った。


 彼女を目の前にしてしまうと、ドラコは、何を言えばいいのかよく分からなくなった。険しい朽葉色の目を覗き込んだとたん、なぜ彼女に話をすることがあんなにも重要に思えたのかが、おぼつかなくなってきた。


「それで? わたし、本当は授業に出なくちゃいけないのよ。分かってるでしょ。今日はディヴォヴェオの呪文を習うのよ。これ、絶対に試験に出ると思うの」
 ハーマイオニーは机の上に座って腕を組み、ドラコをにらんだ。


 ドラコは顔をそらして、奥の壁の大部分を占める大きな窓を見た。今も、しとしとと雨が降っており、まだ外の気温はとても低いにもかかわらず、その湿気で窓ガラスの端から湯気が立ち上っていた。嫌な雨だ。


「それで?」
 最初から希薄だったハーマイオニーの忍耐は、そろそろ尽きかけていた。


「母が、病気かもしれないんだ」
 ドラコはそっと言った。


 ハーマイオニーは組んでいた腕をほどき、ドラコを見つめた。
「えっ? どうして分かったの?」


 ドラコは振り返って、彼女と向き合った。
「パンジーだ。口を滑らせたんだ」
 あざけるように言う。
「楽しいゲームか何かのように思ってるんだろう」


 ハーマイオニーが床に下りて近づいてきた。
「でも、パンジーがそう言ったからって、本当だとは限らないわ。嘘をついてるのかも。大体、もしあなたのお母さんが病気なんだったら、ダンブルドア先生が教えてくださるはずよ」


「もちろん、そうだろうさ」
 ドラコは皮肉を込めて言った。
「ダンブルドアは、開けっぴろげで率直な物言いをすることで有名だものな」


「先生は、教えてくださるわ。わたしには分かるの」
 彼女は静かに言って、手を伸ばし、ドラコの腕に触れようとした。


 ドラコは、ちょうどその手が届かないところまで、うしろに下がった。
「教えてくれよ、グレンジャー。素晴らしい校長先生は、尊いポッター様が病室送りになったとき、何がいけなかったのかを説明してくれたか?」


「そんな言い方、ずるいわ」
 ハーマイオニーはぴしゃりと言って、手を引っ込めた。
「ハリーは関係ないでしょ」


「何もかも、ハリーときみの馬鹿げた理想に関係しているんだ」
 なぜ自分がこんなことを言っているのかさえ、ドラコには分からなかった。どんな形であろうと、とにかく吐き出したくてたまらなかった感情を、もう止めることができなくなっていた。


「何か、わたしに用だったの、マルフォイ?」
 ハーマイオニーの声は低く、事務的だった。


「いいや。きみに用なんかないよ」
 ドラコはささやいた。


「分かった」
 ハーマイオニーはうしろを向いて、ドアを開けた。


 ドラコはそれに背を向けて、窓の外を見つめた。午後の風景は、彼の感情をそのまま映し出しているような暗い灰色の霧に紛れて、見えなくなっていた。いきなり、ものすごい疲れが襲ってきた。あのまま談話室に留まって暖炉のそばにいればよかったと思った。


 彼女が振り返るのも、近づいてくるのも、聞こえなかった。しかしまったく突然に、二本のやさしい腕が、背後からドラコを抱きかかえた。ドラコは反射的に身体をこわばらせたが、肩甲骨にハーマイオニーの頬が押し当てられたのを感じると、安堵のため息をもらした。


「きっと、大丈夫だから」
 彼女が、そっとつぶやいた。