2004/3/20

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 20 章 パンジーからの報せ

(page 2/3)

 その後の数日間は、長く憂鬱だった。時間の刻みが、どんどんと間隔を広げていくように思われた。空は底が抜けたようになって、雨が永遠にやまないのではないかと思うほど延々と降り続けた。別に雨が降ったからと言って、地下牢にはなんの影響もないのだが。地下牢はいつだってどちらかというとひんやりとして隙間風が吹いている。スリザリン寮の石壁はじめじめとしており、屋敷しもべ妖精がどんなに頑張っても、常にかすかな白カビの臭いが空気中に漂っているようだった。


 これらのことはいずれも、ドラコの不機嫌を癒してはくれなかった。彼は背もたれの高い椅子に座り、暖炉のほうを向いてくよくよとしていた。午前中の早いうちは、通りすがりの一年生たちの鞄から宿題を召喚することで気晴らしをしていたが、それも一時間もすると、もう面白いとは思えなくなった。クラッブとゴイルは箒に乗りに行きたいと言っていた。こんな天候のときに空を飛びたがるほど愚鈍なのは、あいつらくらいだ。心の片隅で、ドラコは南からの強風によってあの二人が吹き飛ばされてしまえばいいのにと思ったが、そんな幸運が起こり得るとも思えなかった。


 今、本当にやりたいのは、どこか暖かく乾いた場所で、ハーマイオニー・グレンジャーと一緒に過ごすことだ。ただ単に、静かな場所で一緒に座って本を読んだり、魔法薬学の宿題について意見を交わしたりするだけでいいんだ――いや、ちくしょう、いっそ彼女に睨みつけられているのでもまわない。それが彼女のやりたいことだと言うなら。ドラコは苦々しく暗い表情で暖炉を見た。彼女に避けられるのは、いつだって嫌なものだ。それに、いったいどうして彼女はこんなに巧みにドラコを避けることができるのだろうか。さっぱり分からない。同じ授業を取っている、同じ課題に取り組んでいる、おまけにドラコは、彼女が一人きりでいるところをつかまえたくて、普段の行動半径以外のところまで足を運んでいるのだ。それなのに、あの忌々しいグリフィンドール生は学校中のありとあらゆる通路を知り尽くしているらしく、毎度のようにその知識を利用して、どこかの廊下を静かにすり抜けたかと思うと、もとの方角に戻って人ごみの中に紛れ込んでしまうのだった。あるいは、それだけではまだ充分ではないとでも言うように、彼女は常に自分の周りをほかのグリフィンドール生で固めていた。そのなかには、彼女が好いてもいない相手さえいた。あのラベンダー・ブラウンという少女は我慢がならないと彼女が考えていることを、ドラコは事実として知っている。なのに先日、ようやく図書館で彼女に追いついたとたん、彼女はブラウンの横に着席して、占い学について話を始めたのだ。ドラコは嘲るように笑い声をあげた。占い学なんか、大嫌いなくせに。


「どうかしたの、ドラコ?」
 耳元で、とろりと甘ったるいささやき声がした。


 ドラコは驚きを表に出さなかった。座ったまま身じろぎもせず、誰かが自分のほうに忍び寄って来ていることには気付いていたというふりをする。
「なんの用だ、パンジー?」


 金髪のスリザリン生は、ドラコの隣の椅子に座った。ゆっくりと脚を組み、ローブの皺を伸ばす。青い目は、ドラコの視線を捕えると、いたずらっぽく光った。


「ただ、気を落とさないでねって言いたかっただけ。さっき聞いたところなの」
 パンジーは身を乗り出して、ひんやりとした手をドラコの手の上に置いた。


 ドラコは、反応しなかった。このまま待っていれば、パンジーはなんのことだか言い始めるに違いないと分かっていた。


 パンジーの微笑はゆるがなかった。ドラコの手を握る力を強める。
「もし相談相手が欲しかったら……」


 狂おしいような一瞬、ドラコはパンジーがハーマイオニーのことをほのめかしているのではないかと思った。しかし、それはあり得ない。
「なんの話だよ?」
 ドラコは不機嫌に尋ねた。


「あら? 知らないの?」
 パンジーの顔から微笑みが消えたが、その目は楽しげに輝いていた。この会話を楽しんでいるのだ。
「ああ、もちろん知るはずないわよね。忘れるなんてわたし、馬鹿だったわ。あなた、お父様からの手紙をみんな燃やしてしまうんですもの」


 ドラコは身を固くして、彼女に鋭い視線を向けた。ルシウスの手紙を破棄するときには、いつも辺りに誰もいないことを確認していたはずだ。パンジーは、ドラコのことを密かに探っているのに違いない。


「ああ、ドラコ。わたしの口から言うべきなのかどうか分からないんだけど、あなたのお母様、ご病気なのよ」
 そう言いながら、パンジーは込み上げる笑いを堪えていた。


「嘘だ」
 ドラコは簡潔に言った。彼女を素手で締め上げて知っていることをすべて白状しろと迫りたい気持ちを必死に抑えていた。


「まあ、ドラコ」
 傷ついた表情を作って、パンジーはそっとささやいた。
「わたし、あなたには絶対に嘘なんかつかないわ。ほら、わたしの母とあなたのお母様は、毎年一緒にパリのシャン通りに行くでしょ。でも今年は行けなかったの。あなたのお父様からわたしの母に、ナルシッサは非常に具合が悪くて、聖マンゴ病院で専門医に診てもらっているという報せがあったの」


 ドラコは、何も言わなかった。自分の母とパーキンソン夫人が、毎年春になると一週間、パリへ買い物に出かけることは、よく知っている。もう何年も続いている習慣だ。母は、このショッピングを諦めるくらいなら死んだほうがマシというほど熱心だった。パンジーはまだ、隣に座っている。彼女の手が、ドラコの手の上にやさしく被せられている。その唇の端には、かすかな微笑みが浮かびかけている。パンジーは、この状況を楽しんでいる。ドラコが動揺するところを見るのが、嬉しいのだ。ドラコはいつも、パンジーのことを浅薄で愚かだと考えていた。どちらかと言えば多少は陰険だが、それはスリザリン生なら当然だ。しかし今初めて、ドラコはこの少女の中に、それだけでは済まない何かを見出していた。なぜだか今まで見落としていた、抜け目のない残忍性。


「何かわたしにできることはないかしら?」
 パンジーは静かに問いかけた。いたわるようなやさしい声。これまで、パンジーからは一度も聞いたことのないような声音だ。


「いや」
 ドラコはいきなり立ち上がった。相談したい相手は、決まっていた。たとえ、まずその相手を、魔法で失神させなくてはならないかもしれなくても。


「でもドラコ……」
 パンジーの声は、ドラコが談話室を出て行くと、立ち消えた。彼の姿が完全に見えなくなるまで待ってから、彼女は椅子に座りなおした。その唇からは、勝ち誇ったようなクスクス笑いがもれ出ていた。








※シャン通り(Rue De Champs)
パリにお買い物に行くなら、Rue De Champs Elysees
(シャンゼリゼ通り。高級店が並んでいる)と言ってほしいところ
なんだけどなあ……とこっそり原文にツッコミ。