Their Room
(by aleximoon)
Translation by Nessa F.
第 19 章 ふたたび医務室へ
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「相手を失神させる魔法の一種だったんじゃないかと思うんだ」
天井を見上げるハーマイオニーに向かって、ドラコは言った。
ハーマイオニーは横たわった体勢のまま、ドラコに視線を向けた。
「なるほど、練習もなしだったにしては、すごく上手だったわね」
「きみを失神させかけたのは、悪かったよ。でもぼくは、あれを光を出すだけの呪文だと考えていたんだ。ルーモスみたいに。まさか、危ないものだとは思わなかった。それに、きみがちょうどドアを開けるなんて、知るはずあるか?」
ドラコは座ったまま姿勢を正して、ベッドの上のハーマイオニーをちらりと見た。
ハーマイオニーは、少しだけ毛布を引き上げた。病室の備え付けのガウンから、妙に肌が透けるように思えて。
「わざとじゃなかったのは、分かってる。でもね、今度からは、呪文を試してみるときは校舎の外に出ましょう」
ドラコは自分が腰掛けていたベッドから滑り降りて、ハーマイオニーの枕元に来た。
「本気か? あんなことがあったあとで、まだ試してみる気でいるのか? もっとひどいことになる可能性だってあるんだぞ。ぼくは、あの呪文の効用についての箇所を、かなり正確に訳せたつもりでいたんだ」
「そうね」
ハーマイオニーは静かに考え込みながら言った。
「たしかに、光は出たわ」
「まあな」
ドラコも同意した。
ハーマイオニーはマダム・ポンフリーの事務室へと続くドアをちらりと見た。もちろん、ハーマイオニーは大丈夫だ。マダムには、ハーマイオニーがちょっと転んだのだと言ってあった。信じてもらえたかどうかは定かではなかったが、この校医はいつも、傷そのものは気にしても、その傷を生じさせた原因については、あまり関心がないようだった。
ドラコはハーマイオニーのベッドの端に座り、笑いかけてきた。この表情を向けられると、ハーマイオニーはいつも、とても落ち着かない気分になる。ずり下がって遠ざかろうとしたが、小さなベッドには、これ以上のスペースがなかった。
「あなたがまだここにいることが知れたら、マダム・ポンフリーにすごく怒られるわよ」
ハーマイオニーは早口で言った。室内の暗さと、自分が着ている病室用ガウンの薄さが、気になっていた。
「お節介校医なんかどうでもいい。どっちみち、あの事務室の壁はほとんどなんの音も通さないさ。三年生のとき、クラッブと一緒に、あのマヌケなグリフィンドール生を――カメラを持ち歩いているチビのことだが――部屋中追い掛け回すように、湯たんぽ数個に魔法をかけたことがあるんだ。湯たんぽは壁から外れるときにガシャンガシャン音を立てたり、キャビネットにぶつかって倒したりしていたけど、マダム・ポンフリーにはまったく聞こえてなかった。本当に面白かったなあ」
ドラコは笑い声をあげた。
ハーマイオニーは感心しないというふうにドラコを睨みつけたが、本気で怒ることができなかった。誰にも言うつもりはないし、特にドラコには絶対に言えないことだが、彼女自身もときたま、コリンに呪いをかけてやりたいという誘惑にかられることがあるのだ。コリンはいつだってそこいらじゅうを駆けずりまわって、みんなの邪魔をしながら、ハリーの写真を撮っていた。一度なんか、ラベンダーが使っていた紫色のインクを丸ごと一瓶、ハーマイオニーの呪文学の宿題の上にぶちまけたのだ。
片方の手を上げて、ハーマイオニーは自分の額にできた小さなたんこぶにそっと触れた。切り傷のほうは、マダム・ポンフリーがすぐにふさいでくれたし、全体としては、気分は悪くなかった。本当は病棟で一夜を過ごす必要があるとは思えなかったのだが、校医はそのほうがいいと言い張ったのだった。室内には、ハーマイオニーとドラコ以外、誰もいなかった。ドラコはハーマイオニーを見つめていた。こんな表情で見られると、ハーマイオニーはいつも、膝から力が抜けていってしまうような気持ちになる。
「ドラコ」
ハーマイオニーは話しかけようとしたが、彼が頭を垂れてキスをしてきたので、口をつぐんだ。彼の片手が、ハーマイオニーの顔をそっと包み込んでいた。ドラコからやさしさが感じられるたびに、ハーマイオニーは何度でも驚かずにはいられなかった。ハーマイオニーの呼吸が速くなっていくなか、ドラコはさらに身体をかがめ、もう一方の手を伸ばして、ハーマイオニーの手を取ろうとしていた。ドラコの指先がハーマイオニーの腕の上をたどって鳥肌を生じさせる。やがてその手はハーマイオニーの手を見つけてその上に被せられた。
「ハーマイオニーから離れろ!」
その怒声からほとんど間髪を容れず、赤い髪をした人影がドラコを床に殴り倒した。ハーマイオニーが恐ろしい思いで見守るうちに、ロンはドラコの顎に真正面からパンチを入れた。
「ロン、やめて!」
叫びながら、ハーマイオニーは自分の身体に巻きついている病室の毛布からもがき出ようとした。
しかしロンはハーマイオニーには注意を向けず、ドラコを打ち据え続けていた。ドラコはあまりにも唖然としていて何も反撃できないらしく、ただ怒り狂ったウィーズリーの手から逃れようとあがくばかりだった。
「ロン!」
ハーマイオニーはベッドから滑り降りて、もう一度ドラコを殴りつけようとしていたロンの腕をつかんだ。
「ロン、やめて!」
「やめる?」
ロンは手を止めて、困惑した顔でハーマイオニーを見た。
「でも、こいつはきみを襲っていたんだぞ!」
ハーマイオニーは真っ赤になりつつも、ベッドの足側のほうにハリーが立っていることに気付いた。ハリーの顔には、用心深そうな表情が浮かんでいた。
「いいえ、ロン。わたしは傷つけられてはいないわ」
からからに乾ききってしまった口から、ハーマイオニーはやっとの思いでささやき声を絞り出した。
「なんだって?」
ロンは怒りと呆れのあいだで引き裂かれているような表情になり、小声で問いかけた。
「わ……わたし……」
ロンの向こうにいるドラコのほうを見る。ドラコは、自分の唇から滴り落ちている血にもかまわず、ハーマイオニーに強いまなざしを向けていた。
そのとき突然、病室の暗闇の中に一条の光が差し込んだ。マダム・ポンフリーが、事務室のドアのところに、光を受けながら立ちはだかっていた。うんざりしたような怒りの表情だ。
「いったい、どういうことですか? 喧嘩? 校内で喧嘩をすることは禁じられていますよ!」
ドラコから身を引いたロンが、足を引きずっていることに、ハーマイオニーは気付いた。
「ミス・グレンジャー、ベッドにお戻りなさい。あとの三人には、処罰を受けていただくわ」
抗う者は、誰もいなかった。校医はすさまじく激怒していた。
「そこのあなた、足をどうしたの?」
ロンに向かって尋ねる。
「今日の試合でどうやってクアッフルを打ち返したかをディーンにやって見せようとしていて、足首をひねりました」
ロンはもごもごと答えた。
「分かったわ。事務室にいらっしゃい。それから、あなた」
校医はドラコに顔を向けた。
「その唇の切れ方はひどいわ。あちらの部屋で待っていなさい」
ドラコはハーマイオニーに視線を投げかけると、普段は備品の保管に使われているらしい小さな部屋に入っていった。
「そしてミスター・ポッター。あなたの訪問があってこそ医務室ね。さて、どうしました?」
マダム・ポンフリーはきびきびと言った。
「どうもしていません。ロンがここまで来るのを手伝っただけです」
校医はうなずくと、ドアを指差した。
「外へ」
このひとことで、ハリーは回れ右をしてそそくさと退室した。校医はハーマイオニーを睨んでから、ベッドの周りのカーテンを閉じた。
ハーマイオニーは横たわって、天井を見つめた。もう一生、このまま病室にこもっていたい。明日ロンとハリーに会ったら、何を言われるんだろう? もっと厄介なのは、ドラコだ。廊下に二人でいるところをパンジーに見られたときの、彼の反応を覚えている。あのときは、何をしていたわけでもないのに。だったら、今回は? なんとか眠りにつけるようになった頃には、非常に長い時間が経っていた。
(第 20 章につづく)
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