2004/3/6

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 19 章 ふたたび医務室へ

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 グリフィンドール塔に満ち溢れた勝利の歓喜が、まだまったく落ち着く気配も見せないうちに、ハーマイオニーは書籍類をまとめて持ち、図書館に向かおうとしていた。あれから一時間ののちに、ハリーはとうとうあの運命の急降下をして、観客のほとんどを恐怖で飛び上がらせたのだ。しかしハリーは地面に激突する寸前で体勢を立て直し、その手にはスニッチが握られていたのだった。チョウと握手をしているハリーの顔が真っ赤なのを見たジニーは、憤怒のあまり我を忘れんばかりだった。そしてハーマイオニーも、同じような気持ちだった。マルフォイときたら、どこまで図々しいんだろう。自分がひとこと言いさえすれば、ハーマイオニーがほかの用事を全部投げ打って彼に従うだろうと、本気で考えているなんて。


「ハーマイオニー? どこかに行くの?」


 片手を肖像画の穴の裏側に添えて、扉を押し開けようとした体勢のまま、ハーマイオニーは立ち止まった。
「ちょっとのあいだだけよ、ハリー」
 肩越しに振り返って、真紅のローブをまとった友人を見ながら、言う。


「またマルフォイ?」
 ハリーは、声音に混じりこんだ非難めいた調子を、抑えようと努力していた。


「マルフォイのことだけじゃないの。あの文献は、本当に重要なのよ。わたしにとって、大事なことなの」
 このまま肖像画の穴を走り抜けて、この不愉快な会話を放棄したいという欲求と戦いつつ、ハーマイオニーは答えた。


 ハリーは胸の前で腕を組んだ。いつもならハーマイオニーがやる仕草だ。
「でも、マルフォイのことも大事なんだ?」


 ハーマイオニーは赤面して床を見下ろした。懸命に、自分がドラコに対して感じている気持ちを正確に表現できる言葉を見つけようとする。彼に何かをぶつけてやりたくてたまらなくなるのは、しょっちゅうだった。それなのに、次の瞬間には、ただ彼のそばにいたい、彼と話をしたいということばかり考えてしまうのだ。
「ええ」
 とうとう、ハーマイオニーはささやくような声で言った。
「ええ、たぶん、そう」


 ハリーは何かを言いかけたが、ハーマイオニーの言葉を聞いてとっさに彼がどんな反応をしたのかは、分からずじまいだった。フレッドとジョージのウィーズリー兄弟が肖像画の穴から入ってきたのだ。台所から調達してきたお菓子類をどっさり抱えている。入り口に大勢の人が集まってきて、ハーマイオニーの目からハリーの姿を隠した。行くなら今だと判断して、ハーマイオニーは身をひるがえし、ほかの生徒たちを掻き分けて廊下に出た。


 アーチ型の窓を通り過ぎて行くとき、そこから星がまたたいているのが見えた。ホグワーツの正確な場所は知らないが、かなり高いところにあるのだろうとハーマイオニーは確信していた。家の窓からは、ここまで星々が近くに見えたことはなかったから。ここでは、ほんの少しがんばって身を乗り出し、手を伸ばせば、空から直に星を一つ摘み取れるのではないかと思えるときがあった。別に、しょっちゅう大空から星を取るなどという空想じみたことに憧れているわけではない。しかし、こんな夜には、考えずにいることは難しかった。氷のように冷たい風が、遠くに見える禁じられた森を吹き抜け、古木たちのてっぺんを揺らしている。ふんわりと地面に降り積もった雪は、ただ星々からの光をそのまま反射して、空へと照らし返していた。ハーマイオニーはマントをしっかりと身体に巻き付けなおして、図書館へと向かっていった。


 高く積み上げられた本やそびえ立つ書棚の狭間には、まだ数人の生徒たちが居残っていたが、ひとけのない部屋の奥から、狭いらせん階段を律儀に上っていくハーマイオニーの姿には、誰も注意を払ってはいないようだった。実際、ハーマイオニーが例の部屋を目指して狭い通路を静かに進んでいるあいだに、残っていたわずかな生徒たちは出口付近にいるマダム・ピンスのほうに歩いていった。


 ハーマイオニーは古い銅製のドアノブに片手を置いていったん足を止め、大きく息を吸った。図書館の大きな扉が閉じて階下からのひそやかな話し声も聞こえなくなると同時に、ドアを引き開ける。


 ちょうど唱えられ終わったところだった呪文は聞こえなかったが、魔法の力でうしろに突き飛ばされて手すりにぶつかったという事実には、気付かないでいるほうが無理だった。くらくらしながら、ハーマイオニーはしばらくのあいだ、そのまま横たわっていた。襲ってきたばかりのまぶしい光が、まだ目の奥でちかちかしていた。頭を振ってそれを追い出そうとしたが、かえって眩暈がひどくなっただけだった。


「ハーマイオニー?」
 心配そうな声が、視界を焼き尽くしたような光の向こう側から耳に届いた。
「ハーマイオニー、大丈夫か?」


 目をしばたいたハーマイオニーは、光が薄れゆくにつれて、うろたえたドラコの顔を認識できるようになった。
「あなた、何やったの?」


「大丈夫か、立てるか? いきなりあんなふうにドアを開けるなんて、何考えてんだよ!」
 ドラコの顔は、いつもにも増して青白かった。


 ハーマイオニーはぎゅっと目を閉じて、まだ自分の周囲から消えてくれないように思える、光を追いやろうとした。頭の中に鋭い痛みが感じられ、ふらふらして気分が悪かった。
「何を、やってたの?」
 食いしばった歯のあいだから、ハーマイオニーは尋ねた。


「きみを待っているあいだに退屈してきて、さっき言ってた呪文をどれか試してみようと思ったんだ」
 ドラコはハーマイオニーの隣に膝をついて、身体を起こすのを手伝った。


「実験対象はわたしってわけ?」
 ハーマイオニーは噛みつくように言い、切り傷ができた額に手をやった。傷からは血のしずくが細く流れて、頬まで伝ってきていた。


「まあ、そこまでガミガミ言えるなら、重傷ってことはなさそうだな」
 ドラコは言いながら、ようやくハーマイオニーが立ち上がるのに手を貸した。


 自力で立っていられたのは、ほんの一瞬だった。すぐに気が遠くなって倒れかけた。ドラコはハーマイオニーを受け止めて、やすやすとすくい上げるように抱きかかえた。


「決まりだな。医務室に連れて行く」
 ハーマイオニーの身体を揺すり上げながら、ドラコはきっぱりと言った。


「必要ないわ」
 同じくらいきっぱりと言いながら、ハーマイオニーは身体に回されたドラコの腕から逃れようとしたが、無駄だった。


「馬鹿言うなよ。自分で歩けもしないくせに。それにほら、血まで出てる。きみはしょっちゅう、こうだな。グリフィンドール生の伝統か」
 ドラコは手を放すことを拒否した。


「ああもう、黙りなさいよ、マルフォイ」
 ハーマイオニーは、怒りに満ちた声でぶつぶつと言った。