Their Room
(by aleximoon)
Translation by Nessa F.
第 19 章 ふたたび医務室へ
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「ああ、ハリー、気を付けて!」
必死に叫んだハーマイオニーの声は、周囲の耳も割れんばかりの声援によってかき消された。
ハリーの乗った箒は、突然高度を下げてレイブンクローのビーターの一人の下に潜り込んだが、その後また上昇し、彼を目指して飛んできていたブラッジャーを、かろうじて避けた。
ハーマイオニーは安堵のため息をついて、ジニーの横の席にふたたび腰を下ろした。しかし、ホッとしたのも束の間、すぐにレイブンクローのチェイサーから素早いパスが繰り出され、ハーマイオニーとジニーはまたしても立ち上がり、今度はロンに向かって悲鳴をあげることとなった。
「ほら、すぐそこよ!」
実際には、大声で警告する必要はなかった。ロンは難なくブラッジャーを受け止め、淡々と打ち返された暴れ球はくるくる回りながら遠ざかっていった。
「すごく長い試合になりそう」
もう一度座りながら、ジニーが言った。
「ここ三十年近くのあいだにホグワーツで行なわれたなかでは、一番長い試合の一つだと思うわ」
ハーマイオニーは腕時計を見ながら応えた。暗い影となった木々の向こうに、太陽が沈み始めている。そもそもの試合開始は、早朝だったのに。
「ハリーなら楽勝のはずよ。もう二回もスニッチの姿を見てるもの。チョウに恥をかかせたくないと思ってるんだわ」
ジニーは悲観的にぶつぶつ言った。
ハーマイオニーは、腫れ物に触るようにジニーのほうをちらりと見た。
「ジニー、ハリーはわざと負けたりなんかしないと思う」
実際、ハーマイオニーは、たとえチョウが相手だとしてもハリーが意図的に勝利を放棄することなど絶対にないと確信していた。
「きっと、ただチョウにも勝負に出るチャンスを与えてあげようと考えているだけよ」
もっともらしく見解を述べてみる。
ジニーはそれに感銘を受けたようには見えず、ちょうど正面を通り過ぎていったレイブンクローのシーカーを睨みつけた。
「大体、あんな人のどこがいいのかしら」
小声でつぶやくと、ハーマイオニーのほうをちらりと見て、付け加える。
「別に、どうでもいいんだけどね」
ハーマイオニーは、おざなりにうなずいた。かなり前から、ジニーはもうハリーを偶像視することからは卒業したのだと主張していたが、どの程度卒業できたのかは疑わしいと、ハーマイオニーは常々思っていた。見るからに、ジニーは今でもハリーに夢中だったし、かわいそうなハリーはただただ、何も気付いていなかった。ハーマイオニーにしても、本当のところ友人たちの恋愛事情を気にしている余裕はなかったのだけれど。勉強や数占いの課題で忙しくて。それから、もちろん、ドラコのことだってある。いきなり、フレッドがチェイサーと衝突しそうになって危機一髪で逃れたのを目の当たりにして、ハーマイオニーとジニーは恐怖のあまり息を詰まらせた。
「また、あなたのほうを見てるわね」
ふたたび座りなおすと、ジニーがささやきかけてきた。
「え? 誰が?」
「マルフォイよ、もちろん。まさか、気付いてなかったの?」
ジニーは信じられないという顔でハーマイオニーを見て、苛立たしげにため息をついた。
「あなたって、どうしようもない人だわね。ほら、あそこにいる」
ジニーの視線を追っていくと、隣接する区画の向こう側にドラコが座っているのが目に入った。スリザリンの少年は、あからさまにハーマイオニーのほうを見ていた。
「どういうつもりかしら?」
ジニーは、ほとんど畏れているともとれるような声音で尋ねた。
「知らないわ」
ハーマイオニーは静かに返事をしながら、ドラコをじっと見つめ返した。彼は唐突に立ち上がると、階段を下り始めた。一番下にたどり着くと、命令するような表情でもう一度、ハーマイオニーに視線を投げかける。
「すぐ戻るわ、ジニー」
「ちょっと、試合はどうするの?」
ジニーはハーマイオニーの腕をつかんだ。
「すぐに戻るから、ジン」
ハーマイオニーはきっぱりと言って、腕にかかるジニーの手を押しのけた。
非難めいたジニーの視線を背中に受けながら、ドラコの姿を追う。彼は、高いところにしつらえられている観客席の下の空間に入って、無造作なようすで柱にもたれかかっていた。近づいていったハーマイオニーのところからは、彼の表情が心底の微笑みなのか、それとも冷笑なのか、判別がつかなかった。ハーマイオニーはまっすぐに彼の前に行き、相手が口を開くのを待った。しかし話をする代わりに、ドラコはハーマイオニーのほつれ髪をうしろに撫でつけ、身を乗り出してキスをしようとした。
「何を考えてるの?」
驚いたハーマイオニーは、うしろに下がりながら尋ねた。
「わたしたちの頭の上に、全校生徒がいるのよ。気でも狂ったの?」
ドラコの表情が冷笑のそれであることは、今や疑いようもなかった。
「心配ないさ。きみのお仲間のいたいけなグリフィンドール生たちは、みんな試合に目が釘付けだ」
「じゃあ、あなたのお仲間のいたいけなスリザリン一味は? みんな、どのへんをコソコソほっつき歩いてるの?」
ハーマイオニーはドラコの口真似をして言った。
ドラコはニヤニヤと笑った。
「きっと、レイブンクローの応援でもしているんだろ」
「なんの用、ドラコ?」
ハーマイオニーは苛立ちをつのらせてため息をついた。
「ああ」
ドラコはハーマイオニーのほうに近づいてきた。
「昨晩、ぼくが翻訳した箇所には魔法薬の調合法は全然なかった。でもまじないの言葉がいくつかあった。魔法の呪文だと思うが、確信は持てない」
「ほんとに?」
ハーマイオニーは興奮して聞き返した。これまでのところ、オリアリーの本では魔法薬の作り方しか見つかっていなかったのだ。オリアリーが独自の魔法薬を作っていたというのも、充分にわくわくする発見ではあったが、独自の呪文となると、これはただごとではない。
「図書館に行って、検討してみるべきだと思う」
ドラコは結論を言った。
「今? 今は駄目よ。試合の真っ最中じゃない」
ドラコは目の灰色を濃くして、しかめ面になった。
「どうせ、少々時間がかかろうときみの聖ポッター殿がスニッチを獲るのは確実なんだろう。わざわざここに留まって見てたって、ほとんど意味がない」
「わたし、ここでロンとハリーを応援しなくちゃ」
ハーマイオニーは鋭い口調で言った。
「きみがいなくなったって、分かりやしないさ。もしかしたら、きみがいなくても気にもしないんじゃないか」
ドラコは冷たく言い返した。
ハーマイオニーはカッとなってドラコを睨んだ。二人とも段々と大声になってきていたので、彼女は周囲を見回して、まだ自分たちが二人きりであることを確かめた。それからドラコのほうに向き直ると、静かに言った。
「わたしは席に戻って、ジニーと一緒に試合を見届けるわ。そのあと、図書館に行く。その横柄な顔に呪いをかけたくなるようなことを、あなたがこれ以上言わなければね」
ドラコの視線がさらに険しくなった。
「それまで、ぼくはどうすればいいんだよ、グレンジャー?」
「さあね」
ハーマイオニーはドラコに背中を向けた。
「ネズミ捕り器の改良でもしてれば?」
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