2004/2/28

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 18 章 アエクィトゥスの騎士

(page 3/3)

「ようやく手伝いに来る気になったようで嬉しいわ」


 ドラコはドアを引っ張って後ろ手で閉め、ハーマイオニーの言葉を無視した。彼女は振り向いて睨んできた。あの、やたらと気に入っているらしい椅子に座っている。


「用があったんだよ、グレンジャー」
 ドラコは素っ気なく返答して机の反対側に回り、着席した。


 彼女はわずかに身を固くしたようだったが、それ以上は何も言わなかった。ドラコは手近な本を引き寄せ、それに没頭しようとした。なんだか彼女といると、いつも言うべき言葉を間違えてしまうみたいだ。


 ドラコは、取りかかった作業に完全に集中した。目の前にある巻き癖のついた羊皮紙に目を釘付けにしていれば、彼女のほうをだらだらと見てしまったりすることはない。最初のうち、時間が経つのは遅かった。二人のあいだの沈黙が、室内でおそろしく顕著に感じられた。しかし作業が進んでいくにつれ、段々と気分は楽になった。沈黙の不自然さが、解消されていくように思われた。


「どうもきみが正しかったみたいだ」
 突然、ドラコは言った。文献の半ばまで行ったところで、関心を引かれるものを見つけたのだ。


 ハーマイオニーは興味を抱いて身を乗り出した。ドラコは本を自分の前に置いて、読み上げ始めた。


「"我々の果敢な抵抗にもかかわらず、闇の勢力は魔法省を掌中に収めてしまった。わたしは、職を外された同志たちのことが心配だ。今回の騒動に最も近いところにいた者たちが、粛清を免れたことを、祈るしかない。魔法省を頭から信じていた者たちは、自ら列をなして、あの虐殺に身を投じた。しかし、その他の者たちはどうなった? わたしは、本当に今や、ただひとり取り残されてしまっているのだろうか? わたしの研究が水泡に帰するさだめではないことを祈るばかりだ"」


 ここでドラコは読むのを止めて、ハーマイオニーを見た。
「彼の "研究" ってなんだろう?」


「はっきりとは言えないけど」
 ハーマイオニーは静かな声で考え込みながら言った。
「こっちと何か関係があるのかも」
 彼女は、自分が取り組んでいた文献を差し出した。
「最初は、何が書いてあるのか理解できなかったの。なんだか分からないものの名前が並んでいるだけで。でもしばらくすると、知ってるものも出てき始めたわ。ほら、ニガヨモギとか、ヨルアザミとか。それにこっち。翻訳は怪しいんだけど、十中八九、これはヨモギをラテン語で言ったものだと思うの」


「魔法薬の材料?」
 ドラコは尋ねた。


「わたし、これは魔術の本だと思う」
 ハーマイオニーはそっと言った。
「たぶん、ほかの本の多くも、そうだわ」


 ドラコは本をハーマイオニーから受け取って、自分でも読み始めた。
「ここに書いてある術はどれも、見覚えのないものだ。魔法薬も。現代でも使われている成分もいくらかあるが、それ以外のやつについてはどう考える?」


 ハーマイオニーはため息をついて、椅子の背にもたれた。
「とにかく分からないのは、こんな奇妙な術で、彼は何をやっていたのかってこと。この組み合わせのうち半分は、なんの作用ももたらすはずがないわ。それから、こっちでは同じ材料のリストを、何度も何度も書いてる。そのつど、ちょっとずつ何かを加えて。どういうこと?」
 当惑した顔で、彼女はぶつぶつと言った。


 ドラコは引き続き、その本を検証していった。そのあいだ、ハーマイオニーは唇を噛んで、意識を集中させていた。これは何か重要なものだ、特別な何かだ、とドラコは感じずにはいられなかった。しかし、なんだろう?
「ぼくが思うに」
 ドラコはゆっくりと言った。頭の中で、ある考えがまとまり始めていた。
「彼は、独自の魔法を研究していたんだ。新しい術を考案して。さっきの日誌で、研究のことが書かれてあった。それが、騎士団の中での彼の役割だったんじゃないだろうか。だって考えてみれば、老いぼれた浮浪者みたいな数占い学者が、闇の魔法使いと決闘をするなんて、想像つくか?」


 ハーマイオニーは目を見開き、興奮した面持ちで前を向いて座り直した。
「校長先生がおっしゃったのは、このことだったんだと思う? 先生は、オリアリーが独自の魔術の本を書いていたことを、ご存知だったのかしら?」
 頭に浮かんだ問いを、声にする。


 ドラコは眉をひそめて本を見た。
「そんな重要なものを、たかが生徒二人に任せたりするかどうかは、疑わしいな」


「でもね、ハリーによれば、校長先生はわたしたちに何ができるか、試してみるのがお好きらしいわ」
 ハーマイオニーは誇らしげに言った。それがポッターのために感じている誇りなのか、それとも自分自身に対する誇りなのかは、ドラコには判断できなかった。


「へえ、それが本当なら、あのいかれた爺さんはぼくが思っていたよりさらに、ぶっとんでるよ」


「ドラコ」
 ハーマイオニーは即座に注意をしたが、その声音は明るかった。


 ドラコは満足げな笑みをもらした。ハーマイオニーよりも前に何かを考えつけたのが嬉しかった。別に競争しているわけではないのだが、これまでは自分のほうが友人たちの誰よりも頭の回転が早くて当たり前だったのだ。もちろん、クラッブとゴイルに比べたら、酢漬けのイモリのほうがまだ賢いのだが。一方、パンジーは自分を頭の鈍い人間だと周囲には思わせたがっていたものの、精神自体の中に、どこかたちの悪いところがあった。そしてあの精神と来たら。パンジーのことを思い出すと、ドラコは少しだけ顔をしかめた。今頃、大広間で誰も彼もにドラコとハーマイオニーのことを言いふらしているのではないだろうか? 別に言いふらされるほどのことはしていない。あの廊下では、キスしているのを見つかったりしたわけじゃない。しかし、この状況は同じくらい悪いのではないか、下手をするともっと悪いのではないか、とドラコには思えた。キスしているところを目撃されたのであれば、あとからあれはポッターを陥れるための駆け引きだったのだと言い繕うことができたかもしれない。しかし、パンジーが見たのは、ハーマイオニーの評判を落とすような場面ではなかった。単に、二人きりで廊下にいただけだ。そしてドラコは、あまりにも激しい感情をあらわにしてハーマイオニーをかばってしまった。パンジーの前であんな態度を見せたことが、かつてなかったのはたしかだ。何についてであれ、あのときほど強い感情を抱いたり、自分を抑えきれないと感じたりしたことが今までにもあったかどうか、ドラコには分からなかった。


「ドラコ?」


 顔を上げると、ハーマイオニーの心配そうな目と視線がぶつかった。
「なんだ?」
 ドラコは鋭く尋ねた。間違ったことをしているのを咎められたような気持ちだった。


「な……なんでもないの。ただ、さっきのあなた……」
 彼女は少しだけ黙り込んで、言おうとしていたことを考え直しているようだった。
「遠く感じられた。一瞬、すごく遠いところに行っちゃったみたいに思えたの」


 理由は自覚できないまま、気が付くとドラコは微笑んでいた。机の上から身を乗り出して、ハーマイオニーの手を取る。彼の手に比べるとずっと小さな手だったが、二人の手はぴったりと合うように思われた。自分の手で彼女の手を下から包み込み、もう片方の手で、彼女の手のひらに刻まれた繊細な線をたどっていく。彼女は、わずかに身をこわばらせた。真っ赤になっている、とドラコは気付いた。ハーマイオニーは大きく息を吸うと、今度はそれをゆっくりと吐いた。ドラコはニヤリと笑った。
「ご覧になって、これが」
 陽気な気取った声で話し始める。トレローニー教授にそっくりな喋り方だった。
「生命線ですわ。あらまあ、あなたはとても長生きなさいますわね。残念だこと。でもあたくしの予知によると、行く手には厄介ごとが待ち受けていますわよ。あら、これは何かしら? まあ、正体不明の美形ですって。ブロンドの悪党。まあまあ、なんという男」
 ハーマイオニーはクスクスと笑い始めたが、ドラコが先を続けることができるよう、手はそのままにしていた。
「それから、こちらが感情線。あなたの隠された心の動きを示していますわ」
 突然、ドラコは言葉を切った。ハーマイオニーは手を引っ込めた。


 彼女は、面白がる気持ちと不安な気持ちのあいだで揺れているように見えた。沈黙の下りた数瞬のあいだ、ドラコは、まったく何を言っていいのか分からずにいた。何かとんでもなく馬鹿なことを口走ってしまうくらいなら、口を開かずにいるほうがマシだ。


 ハーマイオニーがいきなり立ち上がった。
「わ……わたし、もう行かなくちゃ。ハリーとロンの変身術の宿題を見てあげるって約束したの」


 ハーマイオニーは自分の持ち物をまとめはじめた。ドラコも立ち上がって、自分の荷物をまとめた。彼女のうしろについて戸口を抜け、一緒に図書館を出る。二人とも無言のままだったが、静寂は心地よかった。図書館のドアの前で彼女は立ち止まって、ドラコのほうを振り向いた。
「ドラコ」
 しかし言いかけた言葉は、さえぎられた。


「ハーマイオニー!」


 ドラコとハーマイオニーが振り返ると、まだ練習用のローブを身につけたままのハリーとロンが、こちらに向かってきていた。彼らは数フィート離れたところで立ち止まり、嫌悪の目をドラコに向けた。


「マルフォイ」
 ポッターが、冷ややかに言った。


 ハーマイオニーが硬直する気配が分かった。状況が悪化するのを食い止めるために何を言うべきかを考えつこうとしている彼女から、心配そうな小声がもれていた。ドラコから友人たちへ、それからまたドラコのほうへと視線をさまよわせ、目に懇願するような表情を浮かべている。


「ポッター、ウィーズリー」
 ドラコは鷹揚に応答してハーマイオニーにうなずきかけてから、背中を向けて立ち去った。あとには、びっくりしているポッターとウィーズリー、そして非常に安堵しているハーマイオニーが残された。