2004/2/28

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 18 章 アエクィトゥスの騎士

(page 1/3)

「彼は、なんだったって?」
 ドラコは、ハーマイオニーの言葉を途中でさえぎって訊き返した。


 ハーマイオニーは大きく息を吸うと、たった今言ったことを繰り返した。
「わたし、彼はアエクィトゥスの騎士だったんじゃないかと思うの」


 そう言うと彼女は、鮮やかな微笑をドラコに向けた。自分にとって当たり前のことなら、ドラコにとってもまったく自明のことに違いないと思っているようだ。ドラコの顔が、しかめ面になっていった。言われたことを理解できないというのは、ドラコにとって、あまりないことだったのだ。ハーマイオニーはドラコの表情に気付いたらしく、開けっぴろげな歓喜の表情を抑えた。そして今度は、彼女の得意技である教師のような喋り方をし始めた。しかし不思議なことではあったが、ドラコは自分が以前ほどには、それを煩わしく思っていないことに気付いた。


「本当のところを言えば、彼らについて知られていることは、それほどないの」
 ハーマイオニーは、ゆっくりと講義を開始した。
「わたしの知識では、彼らは十四世紀末あるいは十五世紀早々に、極秘密裡に結成された魔法使いによる騎士団。十五世紀初頭に、とても強力な数人の魔法使いが当時まだ黎明期にあった魔法省を乗っ取ったことがあったの」


「なんだって? そんなの聞いたことないぞ。老いぼれビンスはゴブリン革命や人食い鬼の残虐行為の話を延々とするばかりで、面白い話はちっともしないんだからな」
 ドラコはふたたびしかめ面になった。このちょっとした面白いエピソードを今まで教わらずにいたことで、ムッとしていた。


「そうね」
 ハーマイオニーの声が耳に入って、ドラコは注意を引き戻された。
「この学校の魔法史の授業で、この事件が取り扱われる可能性は低いわね。魔法省は、自分たちの暗い過去を秘密のままにしておきたがっているから。屋敷しもべ妖精たちに対する扱いと同じよ」


 ドラコはうめき声をあげた。
「ハーマイオニー」


「だって、あの人たちは屋敷しもべ妖精が存在すること自体を無視してしまえば、彼らを奴隷として働かせていても、支障はないとでも思っているみたいなんだもの」


「ハーマイオニー」


「これもまた、魔法省のお偉方が大っぴらにすることを嫌がっている、汚れた洗濯物みたいなものよ。あの人たちは、汚れた洗濯物のことなんて、なんにも分かってなんかないわけだけど」


「ハーマイオニー!」
 ドラコは苛立ちを募らせて、鋭い口調でさえぎった。


「何?」
 自分が本題から離れてしまっていたことに気付くと、ハーマイオニーは頬を染めた。
「まあとにかく、話を戻すと、魔法省の上層部が、本当にひどい人たちで占められてしまったの。恐ろしい、闇の魔法使いたち」


「本当かよ? ルシウスがぼくにその話を大げさに言い立てたことが一度もないのは、驚きだな。いつだって、成功を収めた闇の魔法使いの話を言い聞かされてきたもんだ。きっとルシウスは、ぼくにそういう人物を手本として育ってほしかったんだな」
 ドラコは机の上に足を投げ出してハーマイオニーのほうを向き、凶悪そうな笑顔を作ってみせたが、彼女はそれを無視した。


 ドラコの言ったことなど一言も聞かなかったようなふりをして、ハーマイオニーは先を続けた。
「こういった魔法使いが魔法省を支配していたあいだ、アエクィトゥスの騎士たちは全力を尽くして、魔法省の邪魔をしていたのよ。わたしが調べることのできたかぎりでは――あまり詳しくは分からなかったんだけど――どの資料にも大体、彼らは現代の闇祓いに近い存在だったと書いてあった。でもわたしは、どうもそれ以上の何かがあったんじゃないかと思うの。ほんとに、このしるしを見た瞬間に思い出さなかったなんてどうかしてた」


「で、きみが今言ったことは全部、このほとんど判別できないようなちっぽけないたずら描きを根拠にしているのか? こんなの、あのモウロク爺さんが夜な夜な一杯やっていたアブサンで酔っ払っていたある晩、ふと描き殴っただけかもしれない」
 ドラコは、思いっきり横柄な声でけだるく言った。別にハーマイオニーを怒らせたいわけではないのだ。ただ時折、彼女をひやかしてみたくなるのだった。


 しかしハーマイオニーは、挑発に乗って来なかった。
「いいえ、もちろんそんなことない。この絵は、単なる手がかりにすぎないわ。それ以外のことは、講座で習ったの」


「講座? しかしきみは今さっき、ビンスはこの手のことを教えないと言ったじゃないか」


「ええ、でも」
 ハーマイオニーは表情を固くして目をそらした。
「ホグワーツで習ったとは言ってないでしょ」


「きみが二つの学校を掛け持ちするほどの暇人だったとは気付かなくて悪かったよ」


「夏休み中は、自由に使える時間がたくさんあるから」
 彼女は、ドラコのほうを見ないまま、もごもごと言った。本当にこの話をしたくないのだということは明らかだ。もちろん、ドラコはますます興味を引かれた。


「夏休み中も自発的に学校に行くようなやつは、きみくらいだよ。本気で学校の外の生活ってものがないんだな」
 彼女が真っ赤になったので、ドラコは自分が痛いところを突いたと悟った。


「講座を一個だけよ。それに、そんなに長期じゃなかったわ。家を出る必要さえなかったの。何もかもフクロウ便で届いたから」
 ハーマイオニーは怒った声で言い返した。


「で、いったいそれは、なんの講座だったんだよ? 明らかにさほど優秀ではなかったと思われる大昔にくたばった闇祓いだの、所詮はどうやったって勝てやしなかった闇の勢力だの以外では」
 どうしてもこういう言い方になってしまうのだった。彼女と喧嘩をすることは、本当に習慣となってしまった娯楽なのだ。


「魔法省の失策に関する講座よ」
 ドラコは驚いて彼女を見た。
「前年度、セドリック・ディゴリーが殺されたときの対応を見ていて、魔法省が過去に犯したあやまちには、ほかにどんなものがあったのか興味を持ったの」


「そんな講座のある学校を魔法省が認可するなんて、信じられない」


「厳密には、正式な学校じゃないの」
 ハーマイオニーは、静かに言った。


 突然、ドラコの脳裏ですべてがつながった。
「きみが言ってるのは、聖ステファン校のことだな、そうだろう? ブリストー近辺の、壁に開いた穴みたいなところだ。ルシウスに聞いたことがある。うちの校長のさらに上を行くほどの、頭のおかしい、いかれたやつらが運営していると」


 ハーマイオニーは目に見えて気色ばんだ。一瞬、言葉も出ないほどの憤りようだった。
「ダンブルドア校長は、史上最高の魔法使いの一人よ。それにグレイソン教授はおかしくなんかないわ。ただ、変わっているだけよ。グレイソン先生と、先生の講座は、すごくお薦めなんだから」


 ドラコは、ちょっと調子に乗りすぎかけていることを自覚しつつも、口をつぐむことができなかった。
「ああ、そうか。誰のお薦めだよ? 聖マンゴ病院からの脱走者か?」


「それは、あなたにはまったく関係のないことよ。これ以上何か言ったら、何がなんでも全身金縛りの術をかけてやるわ。屋敷しもべ妖精に見つけてもらうまでここに置き去りよ」
 ハーマイオニーはこの言葉を、引き結んだ唇のあいだから、ゆっくりと発した。ドラコは、単語の一つ一つの合間に、ハーマイオニーが息を殺して数を数えているのが聞こえるような気がした。


「分かった、分かったよ。忘れてくれ」
 ドラコは両手を上げて、降参した。
「しかし話を切り上げる前に、これだけ確認させてほしい。きみは、ファッジに対する名誉毀損となる文章を発表したかどでここ数年のあいだに何度も指名手配されてた犯罪者が講師を務める、魔法省の不興を買うこと必至の講座を、事実上は学校とさえ見なされていないところを通じて受けていたんだな?」
 ハーマイオニーは、険悪な表情を向けてきた。ドラコが身を隠す前に、自分の杖のあるところまでたどり着けるだろうか、と考えているに違いない。


「グレンジャー」
 ドラコはニヤリと笑い、賞賛を含んだ声音で言った。
「きみが、そんな反逆児だったとは夢にも思わなかった」


「もう、黙りなさいよ、マルフォイ」
 ハーマイオニーは応えた。そしてドラコは、彼女が微笑んだのを見て、胸を撫で下ろした。