2004/2/21

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 17 章 校長先生あらわる

(page 2/2)

「お邪魔をしてすまんが、どうも風邪気味のようでな」
 微笑んだダンブルドアは、先ほどと同じように咳をしてみせた。


 ドラコはハーマイオニーのほうを振り向いたが、彼女はまるで石になったように硬直して立ち尽くしていた。手で口を覆い、顔は灰のように白くなっていた。


「ダンブルドア先生」
 ドラコが素早くハーマイオニーの前に出た。
「ハーマイオニーは悪くありません。ぼくのほうからキスしました」


「わしの青春時代はもう遠いむかしじゃがのう、ミスター・マルフォイ。決してそこまで、もうろくしてはおらんよ。ほんの少し前まで、きみたちは二人とも、同じだけの熱意を持っているように見受けられた」


 ハーマイオニーは、押し殺したすすり泣きのような声をもらした。完全に、動くことも声を出すこともできなくなっていた。不道徳なおこないをしている現場を、教職員に見つかってしまったのだ。それもただの教職員じゃない。校長先生だ。


「さて、さて、ミス・グレンジャー」
 ダンブルドアはドラコの横から回り込んでやさしくハーマイオニーの腕を取り、椅子に座らせた。
「あんまり悩まんようにしなさい。ベクトル先生にしてみれば、最も優秀な生徒たち二人が勉強から気をそらすなど思いも寄らぬことかもしれんが、わしはよく承知しておるよ。学生とは……まあ、なんというかとどのつまりは学生だと言うことじゃ」


 ドラコは校長をまじまじと見てから、ハーマイオニーのほうに向いた。ハーマイオニーはまだ怯えを伴うショック状態にあったが、それでもドラコの言いたいことを見てとって、頭を上下に動かした。
(ええ、そうね。ダンブルドア先生は本格的におかしくなっちゃったんだわ)


「今日わしがここに来たのはじゃな、先ほどの昼食のあとにベクトル先生にばったり会っての。きみたち二人の作業の素晴らしい進み具合について聞かされたんじゃ。そこで、これは自分の目でたしかめてみようと思ってのう」


 ハーマイオニーは唾を呑み込もうとしたが、喉が完全にふさがれてしまっているかんじだった。両手はあまりにも固く握り合わせていたので、ドラコがそれに気付いて、校長が背中を向けているときに引き剥がしてくれなければ、きっと自分の爪で皮膚を貫いてしまったことだろう。


 校長はせっせとメモの束や翻訳文の断片の書かれた紙をめくって目を通していた。その顔にはまだ、愉快そうな表情があった。
「非常に興味深い」
 すっかり考え込んでしまった先生は、ささやくようにひとりごちた。


「先生?」
 ハーマイオニーは、ようやくささやき声を出すことができた。


「これは、わしが最初に考えておったよりもさらに役に立つかもしれん」
 先生は二人に向かってと言うよりは自分に向かって、考え込んだまま言った。


 ハーマイオニーがドラコのほうを見て、二人はもう一度、目を合わせた。ハーマイオニーは肩をすくめた。ダンブルドア教授はその後も数分間にわたって、二人の作業の成果を検討し続けた。特に、あの古い日誌に興味を抱いたようすだった。古色蒼然としたページを繰りながら、時たま押し殺した声で何かをつぶやいている。やがてとうとう先生は、熱心に調べていた翻訳の鍵を記してある紙を下に置いて、二人のほうを向いた。


「きみたちは二人とも、素晴らしい成果を生み出してくれた。ベクトル先生ともども、大変に感謝しておるよ。しかし、仕事はまだ終わっておらぬな」
 校長は深い紫色のローブのポケットから、何かを取り出した。鎖の先にぶら下がる、金属でできた奇妙な円形の小さな物体に目を注ぐ。物体の片側に埋め込まれた小さな石の内部で、さまざまな色彩が渦巻いて素早く回転していた。
「おお、もう四時かね? そろそろごきげんようと言ったほうがよさそうじゃな」
 そう言うと、校長は二人に微笑みかけてから部屋を出て行った。


 校長が入ってきたとき以来たぶん初めて、ハーマイオニーは長々と疲れきったようなため息を吐き出し、椅子に身体を沈み込ませた。目をつむって、これは現実に起こったことじゃなくて、単なる自分の妄想でありますようにと、強く強く念じる。きっとお昼に、何か変なものを食べてしまったんだ。屋敷しもべ妖精が "変な" ものを食事に出したりするはずはないんだけど。もう一度目を開くと、向かい側にドラコが座って、こちらを見つめていた。その顔には、心配そうな表情があった。


「わたし、なんだか吐き気がする」
 ようやく、ハーマイオニーはささやいた。


「まあでも、そんなにひどいことにはならなかったじゃないか。校長は別に騒ぎ立てもしなかったし、減点もされてない。処罰さえなしだ。もしマクゴナガルに見つかってたら、どんなに恐ろしいことになっていたか。スネイプだったとしても、かなり大変なことになっていたぞ。いや、実際にそういう経験があるわけじゃないが」
 ハーマイオニーが威圧するように睨みつけると、ドラコは慌てて最後の一言を言い足した。


「そんなにひどいことにはならなかった? ひどいことじゃない? 正気で言ってるの?」
 ハーマイオニーはいきなり立ち上がって、部屋の中を行ったり来たりし始めた。
「校長先生に見られちゃったのよ。校長先生よ!」
 そう言うと、今度は窓際のベンチに座り込む。


 ドラコはすぐさまその隣に移動した。まだ目には気遣うような表情を浮かべていた。
「大丈夫だ。保証するよ、ハーマイオニー」
 ハーマイオニーはドラコを見上げた。
「校長は、とっくにぼくたちのことを知ってたんだ」


「どういうことよ、とっくに知ってたって?」
 ハーマイオニーの声音には、物騒な響きがあった。


「どうやって知ったのかは分からないが、知ってたのはたしかだ。あのいかれた爺さんはスパイを抱えているに違いない」
 ドラコはむきになって付け加えた。


「先生のことをそういうふうに言わないで!」
 ハーマイオニーは不機嫌に言った。
「校長先生なのよ! もちろん、ものすごく強力な魔法使いでもあるし」


 ドラコはハーマイオニーから顔をそらして、窓の外を見た。ハーマイオニーもそちらを見つめた。窓ガラスにはまだ分厚く霜が張っていたが、暖かい太陽の熱で、氷は溶け始めていた。なんとなく、ガラスの向こうに森が見えるような気がした。森も深く積もった雪に覆われていた。恥ずかしさの中から、何か別の、引っかかるような気持ちが湧いてきていた。何かを、見落としている。何か、重要なこと。いったいなんだろうと、ハーマイオニーは窓を睨みつけたまま、考えをまとめようとした。


「どういう意味で言ってたのかしら?」
 やがて、ハーマイオニーはドラコに問いかけた。


「なんだって? どういう意味で言ってたって、誰が?」


「ダンブルドア先生。なんのことだったんだろう? どうして、わたしたちの作業が役に立つと思っていらっしゃるのかしら?」
 ハーマイオニーは、数表や書物が散乱している机の上を見た。


「さあ」
 ドラコは、あくびを噛み殺しているようだった。権威ある人物との対面も、まったく精神的なプレッシャーにはならなかったらしい。
「きっと、レタス食い虫の繁殖と数球面に関する情報が何かに使えるんだろう。それとも、きみの友人のあの半巨人が使うのかもな。ああいった、汚らしいナメクジ系の生き物が好きみたいだから」


「真面目に言ってるのよ、ドラコ」
 ハーマイオニーは言った。立ち上がって机のそばに行き、古い日誌の一冊を手に取って、表紙をじっと見る。
「この日誌が、重要なのよ。そうに違いないわ」
 ドラコは呆れ顔をしてみせたが、ハーマイオニーは困惑した顔のまま続けた。
「まだ、解読してないものがたくさんあるわ。あなたが翻訳したのは、この本の数ページだけでしょ。ほかに何が書いてあるのかは、誰にも分からないのよ」


 ドラコはため息をついた。
「きみ、ここで徹夜する気だな。そうだろう?」


 ハーマイオニーは下を向いたままうなずいた。机の前に座り、手はせわしなく本のページをめくっている。


「分かったよ。じゃあ、台所に行って何か食料を調達して来る」


 ドラコが部屋を出て行くときも、ハーマイオニーはほとんどページから目を上げもしなかった。まずは、すでにドラコが翻訳した部分を読んでみることにする。彼が何かを見落としている可能性もあるので。隠されていた真実を示唆するような、なんらかの手がかりがあるかもしれない。これまでのところ、書物の内容は個人的な思索や書き付け以上のものには思えなかった。ハーマイオニーはドラコが書いたメモを読み始めた。数ページ分の翻訳が終わっていたが、読み続けるうちに、どうやら一ページ分が抜けているらしいことが判明した。ハーマイオニーはため息をついて、机の上に散らばっている紙片の束の中を探し始めた。段々、苛立ちが募ってきた頃になって、机の下に、ページが抜け落ちた証拠となる一枚の羊皮紙が見つかった。ハーマイオニーはひざまづいてそれを拾い上げた。見てみると、ほかのページと色も整然とした書体も一致している。勝ち誇ったように立ち上がったハーマイオニーは、うっかり日誌の一冊を机の端から突き落としてしまった。


 日誌は暖炉のすぐそばに、開かれた状態で落ちた。しゃがんで拾い上げる。ページの上には同じような数字の羅列が続いていたが、それだけではなかった。書物を持ち上げたときに、反射した暖炉からの光がいきなり揺らいで見えて、そのとき初めて、ハーマイオニーはページ下の隅にインクで小さな絵が描き込まれていることに気付いたのだった。机に戻ると、細かい書き文字を解読するのに使っていた小さな虫眼鏡を探し出す。書物の上にかがみ込んで、その絵を注意深く調べた。何かの紋章のようだ。古びて不鮮明になっていたが、とぐろを巻いたドラゴンが翼を広げているらしき意匠が見て取れた。額に皺を寄せ、顔をしかめて、ハーマイオニーは考え込んだ。この絵には、見覚えがある。絶対に、どこかで見たことがある。


 ハーマイオニーは羊皮紙を一枚取り出して、できるだけ見たとおりに、絵を模写した。見ていた本にしおりを挟むやいなや、部屋を出て書棚を見ていく。『古代数占い学』にも、『魔法界のむかし』にも、『魔法使いの図像学』にも、目当ての情報はなかった。しばらく探し回ると、ハーマイオニーは机の一つの前に腰を下ろしてぼんやりと壁を見つめ、どうしてあの小さなドラゴンに見覚えがあるのかを、意志の力で思い出そうとした。座って考え込んでいると、ハップルパフ所属の七年生数人が傍らを通り過ぎていった。


「そうなんだ、お袋はぼくが闇祓いになることには、あんまり賛成してない。でも去年亡くなったセドのことを考えると、それしか道はないという気がするんだ」
 薄茶色の髪をした少年が言っていた。


「まあ、でもそれって、とっても危険なんじゃないの?」
 グループの中の別の生徒が、息を呑んだようすで問いかけた。彼らは角を曲がって、見えなくなった。


 すぐに彼らの声もまったく聞こえなくなって、ハーマイオニーはその場に座ったまま一人残された。突然、その目がキラリと光った。素早く立ち上がり、連絡通路を駆け抜ける。該当する書棚は、ものの一分で見つかった。なんと言っても、ハーマイオニーは図書館を熟知しているのだ。本の題名を読み取りながら懸命に探していくと、やがて目的のものを発見した。『魔法界における法執行機関 : 過去・現在・未来』。ハーマイオニーは、本に読みふけりながら部屋に戻っていった。いつもの椅子に座った彼女は、ドアを開けたままだということにすら、気付いていなかった。すぐあとにドラコが戻ってきた。バッグには台所からもらってきた食べ物が詰まっている。彼は開けっぱなしのドアをいぶかしげに見てから、室内に入った。


「ハーマイオニー?」
 机に歩み寄りながら、彼は声をかけた。


 彼女は顔を上げてドラコを見た。興奮で目が輝いていた。
「ドラコ、わたし、面白いものを見つけたわ」