2004/2/21

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 17 章 校長先生あらわる

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 ドラコが絡むといつもそうであるように、立ったまま抱きしめられたハーマイオニーは、突然時間が止まってしまったような気がしていた。頭を彼の胸に押し付けて、気が付くと意識の片隅で目的もなく彼の心臓の鼓動を数えていた。呼吸に合わせて彼の胸は上下していたが、そのくせハーマイオニーの感覚では、二人がこんなふうにしていたのは、ただ一秒ほどであるとしか思えなかった。ドラコの手にハーマイオニーの髪が巻きついていた。彼がカールした髪の一房一房を順繰りにそっとたぐっているのが感じられた。彼の指先が、段々とハーマイオニーの頭を覆う豊かな巻き毛の奥へと進んでくる。さらに強く抱き寄せられた。まるでハーマイオニーの存在を、でき得るかぎり感じ取ろうとしているかのようだった。もう離したくないとでもいうように。突如として、ハーマイオニーは怖くなった。理屈に合わない怖さ。自分でも制御できない怖さ。ドラコの腕からもがいて逃れると、全速力でその横をすり抜けた。ドラコは手を伸ばしてきたが、不意を突かれたために、反応が遅れた。ハーマイオニーはすでに戸口を出て、階段に向かって走っているところだった。


「ハーマイオニー」
 彼に呼ばれても、ハーマイオニーは止まらなかった。




 大広間に着くまで、足を止めることはなかった。ちょうど昼食が始まる時間だった。肺のあたりがずきずきして、足も痛かった。こんなに走ったのは生まれて初めてかもしれない。階段を上って、下りて、長い回廊を抜け、何も知らない幸せな生徒たちをよけながら。


 ハーマイオニーは大広間に入り、グリフィンドールのテーブルに向かって歩いていった。ロンとハリーはすでに来ていた。二人の隣の空席を切なく見つめてから、テーブルの一番端に行って独りで着席する。かつては自分の指定席だった場所にシェーマスが腰を下ろしたのを、意識しないように努めた。そしてもう何度もしているように、気が付くと、あの日のことを苦痛とともにすべて思い返していた。


 どん底の一日だった。ドラコの意地悪な言葉だけではまだ足りないとでも言うように、ロンの責め立てるような顔、ハリーの裏切られたという表情が、ケーキの上の砂糖衣みたいに上乗せされていた。もちろん、彼らはドラコの言葉を信じてはいなかった。二人とも、マルフォイのほのめかしが本当のことであるはずがないと判断したのだ。二人は談話室に戻ったハーマイオニーを追いかけてきた。そこでの口論は、非常に嫌な結果に終わった。ハーマイオニーは、どうしても彼らに嘘がつけなかった。世界中の何よりも大事な友人たち。何かを言わずに済ませたり、些細な事柄についてごまかしたりしたことはあっても、嘘だけは決してつけない。もっともハリーとロンが、ハーマイオニーの正直さを喜んでくれたわけではなかったけれど。二人にとっては、ハーマイオニーは重罪人だった。そして今は、彼らの許しが与えられることを待ちながら罰を受けているところなのだ。


 ハーマイオニーはしょげ返ったままパンにバターを塗り、苛々した表情で皿を見下ろした。あの二人、ハリーとロンが何を期待しているのかは、分かっている。彼のことが大嫌いだと、ハーマイオニーに言わせたいのだ。ドラコなんてどうでもいい、ロンは正しかった、わたしはどうかしていたに違いない、と。でも、それはできない。ドラコなんか大嫌いだと、二人に言うことはできない。理由は単純。だって、それは嘘だから。本当のところを言えば、ハーマイオニーは段々、自分の気持ちはむしろ嫌いの反対なのかもしれないと思うようになっていた。別に愛してるなんて言わない。そんな対象にするには、ドラコはあまりにも馬鹿だ。しかし、自分が彼に好意を持っているという事実を、ハーマイオニーは受け入れ始めていた。彼がいつもの、嫌なやつでいるときでさえ。そのことこそが、ハーマイオニーにとっては、何よりも怖かった。


「ハーマイオニー?」


 物思いを破られて、ハーマイオニーは顔を上げた。隣の席にハリーが座っており、またちょうど向かい側にロンが腰を下ろしたところだった。一瞬、安堵の気持ちが押し寄せて、輝かしいほどの喜びが込み上げた。しかしロンの顔を一度、じっと見ただけで、彼の意地悪な言葉がすべてよみがえって、ハーマイオニーの顔に浮かびかけていたかもしれない微笑みは消え去った。ハーマイオニーは暗い表情で眉をひそめた。


「あら、ロン。わたしのことを言うのに、もっと嫌味な表現を思いついた? 試してみたいの? わたしが泣くかどうかたしかめたい?」
 先日、ロンがハーマイオニーをののしった言葉を思い返して、つっけんどんに言う。


「ハーマイオニー」
 ハリーが取りなすように言った。
「ぼくたちは、きみが心配なだけだよ。きみだって分かってるだろ。ロンとぼくはただ、きみがいったいどうして、彼の今までの仕打ちをなかったことにできてしまうのか、どうしても理解できずにいるんだ。彼はずっと、ぼくたちみんなに対してひどい態度を取ってきたじゃないか」


「ハリー、分かってるの。ほんとよ。忘れたわけじゃないの」
 ハーマイオニーは声を鎮めた。
「ただ、今までのことが、もうわたしにはそれほど重要ではなくなったみたいなの」


「彼が好きなのかい? 本当に? マルフォイだよ? 実の母親にさえ好かれるようなやつじゃない」
 ハリーは当惑した顔をしていた。


「分からないの、ハリー。あなたが聞きたい答えじゃないでしょうけど、ただ単に、分からないの」


 ロンが軽く咳払いをした。忍び笑いをごまかしたのではないかとハーマイオニーは思った。冷たく睨みつけると、彼は赤面した。


「それで、あなたはどうなの、ロン? 何か言いたいことは?」
 鋭い口調で、ハーマイオニーは尋ねた。


 ロンは何やら理解不能なことをもごもごとつぶやき、目をそらした。気詰まりな沈黙のなか、ハーマイオニーはロンがなんと言ったのかを推測しようとしていた。そのとき大きなため息が聞こえて、ジニーが兄の隣に座った。ジニーはちょうど昼食を取りにきたところで、まだ肩に授業用のバッグをかけたままだった。


「聞いて、ハーマイオニー。説明させて。わたし、ウィーズリー語が喋れるのよ」
 ジニーは一瞬だけ兄を観察してから、ふたたびハーマイオニーのほうを向いた。
「とってもはきはきと喋るわたしの兄は、先日はあなたにひどいことを言ってすまなかったと言おうとしています。まだ何かある、ロン?」


 ロンは妹を睨んだが、その耳がピンク色に染まりつつあることに、ハーマイオニーは気付かずにはいられなかった。隣の席からは、ハリーが笑いを堪えようとしている気配が伝わってきた。


「本当なの、ロン?」
 ハーマイオニーは問いかけた。
「本当に、すまなかったと思ってるの?」


 またしても、ロンはもごもごと何か言い、ハリーとハーマイオニーは二人とも、それを聞いて首をかしげた。ジニーが咳払いをして、通訳を始めた。


「ロンが言うには、あなたも反省すべきだって。あの馬鹿マルフォイと親しくなったことを。それから、あなたに知っておいてほしいそうなんだけど、隠れ穴にいるときには彼は魔法常夜灯を点けっぱなしでないと眠れな……」


「そこまでにしとけよ、ジン。ひでえな、ぼくはおまえの "ティーン・ウィザード人形" のコレクションについて他人に言ってまわったりしたことないぞ」
 ロンが口を挟んだ。


 ジニーが赤くなって、ハーマイオニーとハリーは噴き出した。そして本当に突然のことだったが、何もかもがしかるべき状態に戻っていた。これ以上は何も言わずにおこうという、暗黙の了解が三人のあいだに成立しており、ハーマイオニーはそれをとてもありがたく思った。その後は食事が終わるまで、最新式の魔法常夜灯の機能についてお喋りしていた。ハーマイオニーは、そんなものどこで買ったの、とロンに尋ねることさえできるほど大胆になっていた。


 昼食時間は、もっと長くてもいいのにと思うくらい早く終わったように感じられた。三人は授業に向かったが、ハーマイオニーは、何かを中途半端なままにしているという気持ちを消せずにいた。ハリーとロンのうしろについて次の教室に向かっていたが、どうしても頭にこびりついて離れない何かがあった。最悪なのは、意識を裏側からちくちくと侵食してくるそれがなんなのか、ハーマイオニーにははっきりと分かっているということだった。ドラコと、図書館。まだ彼への怒りは解けているはずがない。まだ彼がハリーとロンに言ったことで、憤っていないとおかしい。なのに、怒りはなかった。謝罪もされないうちに、ハーマイオニーは彼を許してしまっていた。彼の指先が頬に触れた瞬間から、彼の顔を本当に見たその瞬間から、許してしまっていたのだと、ハーマイオニーは気付いた。


 ハーマイオニーは立ち止まった。ロンとハリーは熱心にクィディッチについて語り合っていて、気付いていない。まだ彼があそこにいると考える理由はなかったが、意識の理性を超えた部分で、ドラコはまだ図書館にいる、という予感が抑えられずにいた。理性で判断を下す前に、ハーマイオニーは身をひるがえして最寄りの階段に向かっていた。廊下を全速力で駆け戻りながら、自分が今、何をしているのかということをなるべく考えないようにしていた。彼のことを、考えないように。頭の中を彼でいっぱいにしてしまったら、自分は怖気づいてしまうだろうと分かっていた。でも、ドラコのことを思わずにいるのは、とても難しかった。なんと言っても、これから彼のところに行くつもりなのだから。脳裏に、彼のさまざまな姿が現れ続けていた。どんなときだって、彼には戸惑わされてきた。傷ついて苛立っているドラコ。つっかかってくるドラコ。そしてさらにどう受け止めていいのか分からない、ハーマイオニーに好意を持っているようなドラコ。ハリーやロンとの友情が修復されたと思える今、ハーマイオニーの心を乱すものは残りわずかだった。ものすごく気が遠くなりそうだった。心のどこかでは、このままきびすを返してハリーとロンに追いつき、教室に入って自分の席に着いて、ドラコのことを頭から追い出して終わりにしてしまえたらと思っていた。しかしまったく唐突に、ハーマイオニーには分かってしまったのだ。自分の人生の中に彼がいてほしい、彼を失えば、自分は今の自分ではなくなってしまう、と。


 二人の部屋には、さっき走り去ったときにかかったよりも短い時間でたどり着いたような気がした。勢いよくドアを開けて、室内を見渡す。誰もいなかった。ハーマイオニーは中に入ってドアを閉め、意気消沈して周囲を見回した。彼はここにはいない。暗くため息をつく。そもそも、何を期待していたんだろう?


 今からでも教室に行ってスプラウト先生に遅刻を謝ろうと心を決めたちょうどそのとき、ドアが開いた。ドラコが、大きな本を読みながら入ってきた。顔を上げてハーマイオニーを見ると彼はびっくりした顔になった。その表情は、即座に気難しいものに変わった。


「戻ってきたのか、グレンジャー?」
 彼は陰険な声で物憂げに言った。
「どうした、ポッターとウィーズリーは……」


 しかしそれ以上、彼が何かを言う前に。彼が何か侮蔑の言葉を思いついてしまう前に。自分がスプラウト先生のことをもう一度思い出してしまう前に。ハーマイオニーは彼の首に両腕を巻きつけ、思いっきりキスをした。ドラコは驚きのあまり、手に持っていた本を床に落とした。しかし唖然としていたのはほんの一瞬だった。ハーマイオニーが怖気づいて離れていく前に、ドラコは片腕を彼女の身体に回し、もう片方の手をうしろに伸ばして手探りでドアを閉じた。その後すぐに唇を離して、ハーマイオニーの顔を見つめる。二人のあいだの距離はとても近く、ハーマイオニーの頬にまだ彼の乱れた呼吸が感じられた。


「戻ってきたのか」
 彼はもう一度言った。ただ今回は、その声音には悪意はみじんもなく、一抹の畏敬の念さえ感じられた。


「わたし、あの、つまりわたしたち――そう、わたし、数表をもう少しまとめたくて」
 ハーマイオニーは口ごもりつつもどうにか応えたが、頬には鮮やかな赤みが差してきていた。


 ドラコは明らかにハーマイオニーの赤くなった顔に気付いていた。彼はいたずらっぽい笑顔になった。
「数占いをやりに来たって?」


 ハーマイオニーのほうに身体をかがめたドラコは、唇で彼女の耳をかすめた。ハーマイオニーは突然、頭がふわふわし始めて、倒れないようにドラコの腕につかまった。彼は軽やかに笑い声をあげて、もう一度キスしてきた。唇が触れ合うと、ハーマイオニーは幸せな吐息をもらした。突然押し寄せた感情の波に、二人は呑み込まれた。あまりにも夢中だったため、背後でドアが開いたことにも、自分たちが室内に二人きりではなくなったことにも、気付いていなかった。誰かが古びてかさかさの紙の束をめくっているような音が聞こえるまでは。はじかれたように、二人は離れた。


「こ……校長先生」
 ドラコが弱々しい声であえぐように言った。