2004/2/14

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 16 章 何もかもゲーム

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 ドラコは、再三にわたってハーマイオニーに視線を投げかけたが、彼女は最初に着席したときと同じ姿勢でまっすぐに前を見つめて、ドラコの存在を認識することを拒否していた。新学期の一日目。ドラコは数占いの授業を心待ちにしていた。たしかに数占いは、魔法薬学の次に好きな科目ではあったが、もっと重要なのは、この授業でなら、ハーマイオニーはドラコを避けてはいられないということだ。にもかかわらず、ドラコを著しくムッとさせたことには、彼女はまさにここでもドラコを避けることに成功しているようだった。


 ベクトル教授は淡々と講義を進めていった。きっと非常に面白い内容なのだろうが、ドラコは注意を向けることができずにいた。ここ数ヶ月が、なかったことにされたようなかんじだ。新学期の初日というよりは、この学年が始まった最初の日みたいだ。ハーマイオニーは、可能な限りドラコから離れた場所に座っていた。彼女の持ち物はすべて、机の端にきちんと積み重ねて置かれている。わずかに巻き癖のついた羊皮紙の上を羽根ペンが行ったり来たりしていた。ドラコには、彼女の意図が分かっていた。気を散らされる可能性のあるものをすべて頭から締め出して、完全に先生の言うことだけに意識を集中させているのだ。しかし、そんな必然性はまったくなかった。ハーマイオニーがドラコと同じくらい、いや多項式に関してならドラコよりずっと、数占いに精通しているだろうということを、ドラコは認めるにやぶさかではない。彼女がこんなにも一心不乱に授業を聴いている理由はただ一つ。ドラコのことを考えたくないからだ。これは非常に自己中心的な解釈ではあった。マルフォイ家の一員であるドラコの中に存在する、世界は実に自分を中心に回っているという信念は、先祖伝来の特質だ。ただこの場合に限って言えば、ドラコの認識は正しかった。


 ドラコは、教授の机の上に傾き加減に積み上げられた書籍の山のてっぺんに、危なっかしくちょこんと置いてある砂時計を見た。授業が終わる時間まで、あと少し。なのにハーマイオニーは、こちらを見もしないままだ。彼女の横顔を睨んだドラコは、自分の数占いの教科書を床に突き落とした。いきなりの騒音で、教室中の目がドラコに注がれた。ドラコが引き付けようとしていた目も。ここ数日間で初めて、ドラコは彼女の焦茶色の目を覗き込んでいた。しかしドラコを見ているその目は、決して嬉しそうなものではなかった。ハーマイオニーはこちらを睨みつけていた。ドラコがよく知っている表情。かつて、彼女がいつもドラコに対して向けていたのと同じ。その瞳に満ちているのは、嫌悪感。それから何かもっと深い感情――悲哀と、裏切られたという気持ち。そして彼女はベクトル教授のほうに視線を戻し、その後は授業が終わるまで、二度とドラコのほうを見なかった。


 砂時計の底に紫色の砂の最後の数粒が滑り落ちて生徒たちが持ち物をまとめ始めるなか、ドラコはむっつりとした表情で座っていた。ハーマイオニーがいそいそと段を下りていくのを見ていたときに、あるアイディアが浮かんだ。ドラコははじかれたように立ち上がり、一度に二段ずつを駆け下りてハーマイオニーのあとを追った。彼女の腕をつかみ、生徒たちでごった返している廊下に出て行かれる前に、教室に引き戻す。彼女は振り返って、もう少しで口から怒りの言葉を吐き出しそうにしていたが、ドラコが予想したとおり、先生の目の前では、何も言うことができずにいた。


「ベクトル先生」
 ドラコはハーマイオニーを引っ張って、先生が立っているところまで行った。


「ミスター・マルフォイ、ミス・グレンジャー。課題の進み具合はどう? 何か面白い発見はあった?」
 ベクトル教授は、晴れやかな笑顔を向けてきた。


「ええ、先生。ハーマイオニーとぼくは、クリスマス休暇のほとんどを、オリアリーの古い日誌の解読に費やしていたんです。これは最初にラテン語で書いてから暗号化されていました」
 ドラコは先生に微笑み返して、ハーマイオニーの腕をつかむ手に力を込めた。


「本当に嬉しいわ。正直言うとね、あなたがたにもちょっと難しい課題だったんじゃないかと思っていたのよ。とても大変なことを要求している自覚はあったの」


「いえ、そんなことは、先生」
 ドラコは、自分に備わった "マルフォイ的魅力" を最大限に発揮してみせた。
「前回、進捗状況のレポートを出したときに、実際の成果を一度見にいらっしゃるというようなことをおっしゃっていましたよね。どうでしょう、先生。次に授業がなければ、今からおいでになりませんか?」
 さらに微笑を深める。


「それは素晴らしい考えね、ミスター・マルフォイ、ミス・グレンジャー」


 ベクトル教授がドラコのあとに続いて教室を出てきたので、ドラコはにんまりと笑った。ハーマイオニーが数歩遅れてうしろからついて来たのを確認すると、その笑みは勝ち誇ったようなものになった。図書館へは、わりとすんなりと到着した。先生と一緒に歩いていたので、ほかの生徒たちが大きく左右に道をあけてドラコたちを通したのだ。ベクトル教授はドラコが書き記した翻訳文を見て大いに感銘を受けた。またハーマイオニーが発見したいくつもの手がかりを検証したときには、輝かんばかりの笑顔を彼女に向けていた。そして先生が部屋を出て行くと、残されたのはドラコとハーマイオニーの二人だけだった。


「ハーマイオニー?」
 ドラコはそっと呼びかけた。彼女は考え事に没頭しているようすで、窓の外を凝視していた。


 ドラコの声を聞いて初めて、ハーマイオニーは二人きりになったことに気付いたらしかった。そのままドアに向かって歩き出したが、ドラコが戸口に立ちふさがったので、足を止めた。


「駄目だ。行かせない」
 断固として、ドラコは言った。


「止めてみれば」
 ハーマイオニーは冷たくつぶやいた。


「それは、挑発していると取っていいのか、グレンジャー?」


「あなたは、本当にこれを面白がっているのね。そうでしょ? このゲームが楽しくてたまらないのね。いかにもあなたらしいわ」
 彼女は胸の前で腕を組み、ドラコを睨みつけた。


「どういう意味だよ?」
 ドラコは彼女の真似をして胸の前で腕を組んだ。


「どういう意味かなんて、分かりきってるくせに」
 ハーマイオニーはカッとなって言った。
「あなたはとにかく、他人を振り回して遊ぶのが大好きなのよ。分かってるくせに。ハリーはまだわたしに腹を立てているし、ロンは……ロンはもうわたしの存在すら認めてないわ」


 ドラコは彼女から少しだけ、左側に遠ざかった。ドアへの動線が塞がれたままであることを確信してから、ふたたび口を開いた。
「ぼくのせいで、ポッターとウィーズリーが気を悪くしているって? ああ、そりゃ大変だ、もうぼくは生きていけないかもしれないな?」


「一番悲しいのは、わたしにはあなたに対して腹を立てる権利さえ実はないんだってことなの。あなたがそんなふうなのは、あなたにも変えようのないことだもの。冷たくて、残酷で」
 ハーマイオニーの声がふたたび震えた。それが怒りのためなのか、それとも悲嘆のためなのかは、ドラコには確証が持てなかった。
「ハリーとロンのほうが正しかった。何もかもゲームだったんでしょ」
 彼女は言葉を切って、ドラコから目をそらした。


 ドラコは黙ってハーマイオニーに歩み寄った。彼女は心を乱されたまま目をぬぐっていたので、その顔を縁取る茶色い巻き毛にドラコが手を通すまで、彼が近づいてきたことに気付いていなかった。驚いて、彼女はうしろに下がろうとしたが、ドラコはそれを見越していた。そのときすでに、ドラコの腕が彼女のウェストに回されて、身動きを封じていた。ハーマイオニーは、もがくことさえしなかった。これまでの経験から、そんなことをしても無駄だと分かっていたのだ。ドラコのほうが、ずっと力が強い。今、彼女は大きな目でドラコを見上げていた。彼が何をするつもりなのかと怯えながら。


 ドラコは頭を傾けて、ハーマイオニーの額にそっとキスを落とした。


「自分でもこれがなんなのかは分からない。でもゲームのつもりだったことは、一度もないんだ」
 ハーマイオニーの髪の中に静かにささやきかけると、彼女を完全に抱き寄せた。