2004/2/14

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 16 章 何もかもゲーム

(page 1/3)

 城が薄闇に包まれていくなか、ドラコはのっそりと図書館に入った。徐々に近づいてきていた雪嵐が今にも吹き荒れ始めそうな空模様だったので、夕食時に校長から、嵐が過ぎるまで生徒たちは屋内に留まるようにという勧告があった。ドラコは、グリフィンドールのテーブルのところにハーマイオニーがいることを願っていた。あのうっとうしい友人たちにまつわりつかれているのを見るのは嫌だったが、少なくとも姿を見ることはできるだろう、と。朝のうちに図書館の外であの出来事があってから、ドラコはハーマイオニーを見つけることができずにいた。


 彼女は、ほとんどあっという間に消えてしまった。一年生のときに『ホグワーツの歴史』を読んでいなかったら、彼女は単に学校の外に姿あらわしで逃れてしまったのだというのに、マルフォイ家の財産をすべて賭けてもいいと思ってしまうところだ。しかしそんなことは不可能だ。校内のどこかにはいるはずだった。クラッブとゴイルが早めの昼食を求めてふらふらとドラコのそばを離れて行ってしまってから、ドラコはハーマイオニーのあとを追おうとした。しかし変身術の教室に続く廊下の付近で、そこからどこへ行ったのか分からなくなってしまった。その後の数時間は、学校内を捜し歩いて過ごした。すべての場所を見てまわることはできるはずもないが、ハーマイオニーの思考パターンを少し考えてみれば、そして彼女がグリフィンドール生であることを考慮するならば、地下牢は全部、除外していいだろうということは容易に分かる。また、天文台の塔にいる可能性も非常に低い。以前、玄関ホールですれ違ったときに彼女がポッターに向かって、あそこは吹きっさらしのひどいところだと言っているのを聞いたことがある。占い学およびトレローニー教授に対する反感の大きさから、彼女があちらの塔を避けて通るだろうことも推測できる。それから、あの少女が教授たち全般に抱いている敬意はあまりにも強いので、教職員の個室が並ぶあたりに近寄ることもないだろう。そこでドラコは、それ以外の場所を探すことにした。しかし彼女がいる気配は、どこにもなかった。ささやき声や息遣いも聞こえない。どこへ行っても、何も見つからなかった。


 ただし、数占い教室の前の廊下で、いくぶん心配そうな表情をしたポッターとウィーズリーを見かけはした。ドラコは手近なアルコーヴの影に隠れて、彼らがこちらに気付かず通り過ぎていくのを見送った。二人の少年は、会話に没頭していた。


「いったい、どこにいるんだろう?」
 ウィーズリーがおろおろとした声で尋ねた。


「さあ、ジニーが女子トイレを全部見て回ってくれたから、トイレじゃないことははっきりしたよね」
 ポッターが答えた。
「それから、フレッドとジョージは、大広間近辺を確認してくれるって言ってた」


「ジニーは、たとえ彼女を見つけたって、ぼくたちには言うもんか。それにフレッドとジョージがああ言ったのは、彼女を探す手伝いをするよりも昼飯を食いに行きたかったからってだけよ」
 ウィーズリーはぶつぶつとぼやいた。


「もう一度、図書館を見てみようか? ハーマイオニーがどんなだか、知ってるだろ?」


「訂正。以前は、ハーマイオニーがどんなだかは、ぼくたちにも分かってた。でもあの馬鹿野郎のろくでなしに関わるようになって以来……。だってさ、彼女、あいつをかばったんだぜ! まったく、そうかい、マルフォイはそんなに悪いやつじゃないってか。そうかよ、じゃあぜひパーティを開いて、ぼくたちみんなが思ってたほどには邪悪なやつじゃなかったことに対して、血まみれのメダルで表彰してやろうじゃないか」


「ロン……」


「分かってる。分かってるんだ。ハーマイオニーに、あんなことを言っちゃいけなかった。でもさ、彼女がいつも、間違った受け止め方をするのもいけないよ」
 ウィーズリーは暗い顔で床を見下ろした。


「ぼくが思うに、きみが間違った言い方をしてるときもあるよ」
 ポッターが穏やかに言った。


 ドラコは、何も気付いていない少年たちに襲いかからずにおくために、歯を食いしばらなければならなかった。隠れ場所から飛び出し、二人のグリフィンドール生に背後から呪いをかけたいという誘惑は非常に強かった。しかし、ドラコは馬鹿ではない。ポッターは優秀な呪文の使い手だし、一度ならず闇の帝王に立ち向かったことがあるのだ。それにウィーズリーは、痛烈なパンチを繰り出すことができる。そしてまた、意識の裏側からは、彼女の「やめて」という声が、ありありと聞こえるような気さえしていた。ドラコは、彼らが通り過ぎていくに任せた。そのあいだ、あまりにも強く杖を握り締めていたので、ポキッと半分に折れてしまわなかったのが不思議なくらいだった。ウィーズリーが言ったことの意味に気付いたのは、ずっとあとになってから、彼女が姿を見せなかった夕食のときになってからだった。彼女は、ドラコをかばったのだ。ドラコの味方をしたのだ。


 心の一部分では、ポッターとウィーズリーが夕食を取りながら、どんなに意気消沈した顔をしているかを見て、満足していた。明らかに、あいつらも彼女を見つけることができなかったのだ。本来なら、もう少し余計にほくそえんだかもしれない。自分自身もこれほどまでに心配してさえいなかったら。


 夕食が終わると、ドラコはようやく、自分には彼女を見つけることはできないと判断を下した。どこにいるのか知らないが、とにかくいい隠れ場所があったのだろう。そしてほかにやることもなかったので、図書館にやってきたのだった。


 例の部屋のドアを開けるなり、足が止まった。暗くてひんやりとした、空っぽの部屋に入るつもりでいたのだ。ところが実際には暖炉で火が燃えさかり、そのぬくもりが部屋を満たしていた。さらに驚いたことには、とあるグリフィンドール生がテーブルの前に座っていた。その周囲には書物が山積みになっている。


 ドラコの背後で、ドアがカチっと音を立てて閉まった。ハーマイオニーは顔を上げて、ドラコを見た。読み取りがたい表情がその顔にさっとよぎったが、すぐにそれは消え、どちらかと言えばプロフェッショナルな微笑みに取って代わられた。


「いつになったら来るんだろうと思い始めてたのよ。わたしが来てから、もう何時間も経ってる」
 大きく息を吸ってから、彼女は言葉を続けた。
「分かったような気がするの。いくつか鍵が見つかったわ」
 間髪を容れず羊皮紙の束を掲げる。
「当然、このうちのどれかが正しいかどうかを確認するのは、比較に使う翻訳文みたいなものがないと無理。これはあなたの担当よ、もちろん。なのに全然、来ないんだもの。でも今はここにいるわけだから、まずはこれからやってみたらどうかしら。わたし、これが一番、見込みが高いと思うの」


 ハーマイオニーは羊皮紙の束をパラパラとめくって、目当てのものを探し出した。それをドラコに差し出した彼女の顔には、先ほどと同じ、ドラコにはよく理解できないほのかな微笑が浮かんでいる。頭の中でいくつもの疑問が渦巻いていたので、ドラコは最初に湧き起こった問いを口に出した。


「どこにいたんだ?」


「午後からは、ハグリッドとお茶を飲んでたわ」
 ハーマイオニーはすました顔で言った。


「こんな天候のなかを、誰にも言わずに出て行ったのか。あの……あの半巨人とお茶を飲みに?」
 ハーマイオニーが見つかったことによる安堵の気持ちは、急速に怒りに置き換えられつつあった。


「わたしが外に出たときは、まだそんなにひどい天気じゃなかったの。それに、帰りはハグリッドが城まで送ってくれたし」
 彼女は冷静に喋っていたが、頬には抑えきれない赤みが差してきていた。


「へえ、じゃあ友人たちのことなんか気にもかけずに、好き勝手にやってたってわけか!」
 ドラコはきつい口調で言った。


「あらごめんなさい。次からは署名入りの許可証をもらうようにするわ。これでいい?」
 冷静な声音が、ほんのわずかだけ揺らいだ。


「子供をなだめるみたいな言い方をするなよ、グレンジャー」


「じゃあ、そんな子供っぽいこと言うのをやめれば、マルフォイ」


 ドラコは彼女を見下ろして睨みつけた。背筋を伸ばし、腕組みをして座っているハーマイオニーは、どこをどう見ても非難がましい寮母のようだ。彼女はひるむことなく目を合わせてきた。抵抗するように顎をつんと上げて。知らず知らずのうちに、湧き起こった衝動を抑える余裕もなく、ドラコの手は彼女の顎に触れ、それから頬を包み込んでいた。ハーマイオニーは目を見開いたが、怒りの表情のまま、目をそらすことを拒否していた。気が付くとキスをしていたという事実は、二人ともを驚愕させたようだった。いつそんな気になったのか、ドラコには思い出せなかった。でも今、キスしている。唇を触れ合わせたまま、ハーマイオニーを引き上げて立たせた。彼女が身をすり寄せてくると、彼は両手を下ろして彼女のウェストのあたりのローブをしっかりとつかんだ。至福に我を忘れたのは、ほんの束の間だった。突然、ハーマイオニーが身体を離そうともがき始めたのだ。ドラコは残念に思いつつ手を放した。


「やめてよ!」
 ドラコが手を放すと同時に、彼女は言った。


 見上げてくる茶色の目には涙が溜まっており、最初のプロフェッショナルな口調は、完全に失われていた。


「こんなこと、もうやめて!」
 彼女の声が震えた。
「もう、キスしないで。もう、ある瞬間は嫌なやつなのに次の瞬間には、こんな……こんなふうになったり、しないで」
 一滴の涙が頬を流れ落ちて、ハーマイオニーは乱暴に目をこすった。
「ほら、ただとにかく、この作業をして。分かった?」


 彼女はもう一度、羊皮紙の束を差し出し、今度はドラコもそれを受け取った。今のハーマイオニーは、彼と目を合わせないように、床を見下ろしていた。羊皮紙が手から離れたとたん、彼女はくるりと背を向けて、自分の本を片付け始めた。


「行くのか?」
 ようやく声を出せるようになったドラコは尋ねた。


 ハーマイオニーはうなずいたが、顔を上げなかった。肩が震えていた。ドラコは黙ってそこに立ち尽くしていた。どうすればいいのか、分からなかった。


「どっちみち、今日のところは、自分でできるだけのことは全部やっちゃったの」
 彼女の声は上ずってわなないていた。


 ドラコは、手に持った紙の束を見下ろした。小さな文字で、びっしりと走り書きがある。突然ドラコは、自分の手がわずかに震えていることに気付いた。即座に彼はハーマイオニーに背を向け、机の反対側に回った。思ったよりも少しだけ乱暴に鞄をテーブルの上にどさりと置く。いきなり聞こえた音で、ハーマイオニーが顔を上げて、二人の目が合った。暖かい茶色の瞳には、さっきまで隠そうとしていた自己不信と悲嘆の感情が満ちていた。ハーマイオニーはさっと目をそらし、ドアに向かった。


「あいつら、きみを探していた。きみの友人たち。ポッターとウィーズリー」


 彼女は立ち止まった。耳を傾けている。


「ぼくは、ただ……そう、あいつらが心配していたことを、知らせて置こうと思っただけだ」
 ドラコはじっと彼女を見つめた。


「ありがとう」
 そう言って、彼女は戸口を出た。


 がらんとした室内の空間に向かってドラコが口を開いたのは、ドアが閉まって数分が経ってからだった。


「たぶん、ぼくも心配していたんだ」