Their Room
(by aleximoon)
Translation by Nessa F.
第 15 章 待ち伏せ、そしてハグリッドとお茶
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何も目に入っていないまま、ハーマイオニーは階段を駆け下りた。廊下から廊下へと渡ってゆき、ロンやハリーとのあいだの距離をできるだけ稼ごうとしていた。ほかの生徒たちから投げかけられる、いぶかしげな視線など念頭になかった。変身術の教室前の廊下でネビルを追い越したときすら、気付いていなかった。
図書館の方向に足が向いたのは、ひたすらに本能のなせるわざだった。たとえどんな問題にぶつかっていても、本を読めばとにかく何かいいことがあるという信念が、ハーマイオニーの中に根深く染みついていたせいだ。気が付くと、図書館に続く柱廊の端に立っていた。
すぐ右側の扉が開いた。男子トイレのドアだ。中から出てきたのは、淡い色の髪をしてスリザリン寮の制服を着た少年。ハーマイオニーは、驚きと安堵をないまぜにして、ドラコの顔を見上げた。ドラコの姿を見ると、なぜかは分からないけれど気持ちが落ち着いた。ドラコの灰色の目は、ハーマイオニーの涙でぐしゃぐしゃの顔を見ると怒ったように光った。彼は何かを言いかけたようだったが、そのときまたドアが開いて、ドラコのうしろに続いてクラッブとゴイルが出てきた。
ハーマイオニーは袖口で目をぬぐったが、紅潮した頬や赤くなった目をごまかすことはできなかった。意地の悪いニヤニヤ笑いが、クラッブとゴイルの顔にまったく同じように浮かんだ。
「おい、見ろよ。穢れた血は泣いていたらしいぞ」
ゴイルの笑みが広がった。
「どうした、グレンジャー? ポッターとウィーズリーに愛想を尽かされたか?」
クラッブが笑い声を上げた。
ハーマイオニーは、喉に詰まったかたまりを飲み下し、ドラコのほうを見た。ドラコは顔をそらして、遠くのほうの壁に沿ったところにある何かに目の焦点を合わせていた。彼は何も言うつもりがないのだ、とハーマイオニーは気付いた。ただそこに立ったまま、彼とハーマイオニーのあいだには何もないと、今でもまだ敵同士だというふりをするつもりなのだ。それとも、本当に今でもまだ、敵同士なのだろうか?
この日、二度目だった――自分にとって大切だと思う相手の姿を見ていることが、つらくてたまらなくなったのは。ハーマイオニーは彼の顔から視線を引き剥がし、床を凝視した。クラッブとゴイルが、脅しつけるように足を前に踏み出したので、ハーマイオニーはうしろに下がった。今日はもう、図書館で何かを解明することなどあり得ない。四方から壁が押し寄せてきて閉じ込められるような気分だった。ドラコを最初に見たときに嬉しくて止まった涙が、あとほんの一瞬で、頬をつたい下りてくるに違いなかった。ハーマイオニーは三人組に背を向け、廊下を走り去った。
自分がどこに向かっているのかも、ほとんど分からなかった。ただ外に出たかった。空気が新鮮で、息が苦しくないところへ。一度も止まることなく走りつづけ、やがて湖のほとりにたどり着いた。ここでハーマイオニーは倒れた大木の幹の上に崩れるように座り込み、息を整えようとした。
雪は深く積もり、湖面は薄い氷で覆われていた。朝早くには明るかった空が、今では段々と暗くなってきていた。冬の嵐が近づいてきている。風が強くなって、ハーマイオニーは身震いをした。あれやこれやで混乱していたため、どういうわけだか、またしてもマントを持たずに出てきてしまったのだ。グリフィンドールの談話室に折りたたんだまま置いてあるはずだ。膝を立てて顎に付け、なるべく体温を逃がさないように腕で膝を抱え込んでみたが、ものすごく効果があるとは言いがたかった。
「ハーマイオニー?」
とどろき渡るような声が聞こえて、ハーマイオニーは丸太の上からずり落ちそうになった。
「ハグリッド」
小さな声で、応える。まだ声に震えが残っていた。
「ハリーとロンが、おまえさんを探しとったぞ。どこぞで見んかったかと尋ねられた。おっそろしく心配しとる」
ハーマイオニーはハグリッドから目をそらして、もうこれ以上は泣くまいとして涙を堪えた。寮に戻って彼らに顔を合わせるなんて、できない。ロンに、みんなの前で、あんなことを言われて。結局のところロンのほうが正しかったと分かっていて、戻っていくなんて、できっこない。
突如として肩に重量感を覚えて、気が付くとハーマイオニーは、ハグリッドのモールスキン地のコートに包み込まれていた。驚いてハグリッドのほうを振り向く。
「おいで。お茶でも飲もうや。どう見たって、おまえさんにはお茶が必要だからな」
ハグリッドは軽々とハーマイオニーを抱き上げて地面に下ろした。それから回れ右をして、小屋のほうに向かっていった。ハーマイオニーは、それに続くしかなかった。
湯気の立つお茶を二杯飲み干すころには、ハーマイオニーはもとの自分を取り戻し始めていた。ハグリッドは何があったのかは聞かないほうがいいと判断したらしく、次の授業での計画について説明をしはじめた。あと数日で迎えることになる新学期を、彼はハーマイオニーと同じくらい、心待ちにしていた。どうにかして入手した陸鮫のつがいについて、熱心に語り続けている。ハーマイオニーは、いったいどこで、あるいはなんのつもりで、そんなものを手に入れたのかとは、尋ねないでおくほうが賢明だと思った。陸鮫は非常に危険な獣で、イギリス諸島原産ではなかった。肉食で残忍な攻撃性を持つ生き物としてよく知られている。しかしそれでも、とにかくハーマイオニーはこの大男に向かって、知らず知らずのうちに微笑みかけてしまっていた。
「ハグリッド」
突然、思いついて、ハーマイオニーは尋ねた。
「あなたとダンブルドア先生は、あのあとマンティコアを捕まえたの?」
「おお。一週間ほど前にな。やっつけちまわんといかんかった」
そう答えたハグリッドの顔が曇った。
「あれがマルフォイに襲いかかっていったのは、おかしなことだったなあ。ルシウスの息子だっちゅうのになあ」
「あら、ドラコはルシウスとは違うわ!」
ハーマイオニーはムッとして、反射的に喧嘩腰で言った。
「ドラコと呼んどるのか?」
ハーマイオニーは赤面したが、ハグリッドは面白そうに目をきらめかせただけだった。
「たしかにな、ロンはおまえさんが、あのスリザリンの坊主のせいでいかれちまっとるというようなことは、言っとったよ。でもおれはロンとハリーに言ったさ。おまえさんの肩の上には賢い頭が乗っとるから、自分のことくらい自分で面倒みるだろうとな」
ハグリッドはハーマイオニーのカップにお茶のお代わりを注いだ。
ハーマイオニーはハグリッドに向かって微笑んだが、その後静かにため息をついた。
「分からないの、ハグリッド。あの二人のほうが正しいのかもしれない。とにかくドラコって時々、本当に信じられないやつなの。わたしが嫌いだと思うタイプの全部に当てはまってる。なのに……」
「あのろくでなしの馬鹿坊主はたぶん、誰かにやさしくしてもらったときの真っ当な反応の仕方っちゅうもんを知らんのさ。そんでハーマイオニー、おまえさんは、やさしい子だからなあ」
ハーマイオニーは、自分がまた泣き出しそうになっているのではないことを強く願った。しかし、いくら堪えようとしてもやっぱり駄目で、ハグリッドがハンカチを貸してくれた。腰に巻いたらスカート代わりに使えそうなくらい大きなハンカチだった。
「おれがおまえさんなら、あいつらみんな、ちったあ大目に見てやるがなあ。男っちゅうもんは感情が絡むと、どうもおかしなことをやっちまう。おれに言わせりゃあ、なにをどうすればいいのか、さっぱり分からんようになっちまうだよ。ええかね、おれたち男は、いくつになっても、そんなもんだ」
ハグリッドが豪快に笑い声を上げると、一呼吸置いて、ハーマイオニーもそれに続いた。
「ありがとう、ハグリッド」
ハーマイオニーはそっとささやいた。その唇は、かすかな微笑みを形づくりかけていた。
(第 16 章につづく)
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