2004/2/7

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 15 章 待ち伏せ、そしてハグリッドとお茶

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 夜が明けると、晴れ晴れとすがすがしく、輝かしい朝だった。湿り気を帯びた雪が日光に照らされて、見渡すかぎりがまぶしくきらめいている。グリフィンドール塔の内外にまたしても嵐が巻き起ころうとしている予兆など、どこにもなかった。ハーマイオニーは穏やかで幸福な気持ちとともに目を覚ました。お腹の中から、きらきらした期待感が湧き起こって、ひらひらと飛び回っているかんじだ。それが、あの書物を読み解くための一歩をようやく踏み出せそうだという展望によるものなのか、それともドラコが待っているだろうという事実によるものなのかは、自分でも分からなかった。


 急いで着替えると、椅子の背もたれにかけてあった黒い制服のローブを引き寄せ、床からリュックを拾い上げて、談話室に降りていった。階段を下りながら、鼻歌を歌っていた。ちょっと考えれば、その旋律が昨晩ドラコと一緒に踊ったときの曲だと思い出しただろう。しかし、このときのハーマイオニーはとても気持ちが浮き立っていたので、あまりそんなことを深く考えてはいなかった。


 もう少しで一番下の踊り場にたどり着くというときになって、一つ上の階で四年生の女子寮のドアがばたんと開いた。慌てたように素早く駆け下りてくる足音が聞こえた。


「ハーマイオニー?」
 階段の上から、ジニーの声が響いた。


 ハーマイオニーは談話室の入り口に向かって歩きながら、肩越しに振り向いて返事をした。
「ちょっと急いでるのよ、ジン。お昼ご飯のときに会いましょう」


「駄目よ、待って、ハーマイオニー。あなた分かってないのよ」


 しかしジニーの頼み込む声を聞き流して、ハーマイオニーはアーチの下をくぐり、談話室に入った。近くのテーブルのところにロンとハリーが座っているのに気付いて、ぴたりと足を止める。二人の表情は読み取り難かったが、ハリーのしゃちほこばった座り方を見れば、何事であろうと、彼らが決意を固めているということは明らかだった。二人にじっと見つめられたハーマイオニーの脳裏に、自然とある一つの言葉がひらめいた。待ち伏せ。


「ハーマイオニー!」
 突然、ジニーがうしろから姿を現わして踊り場に降り立った。激しく息を切らしているようすだ。ジニーの目が、ハリーとロンを捕えた。
「わたし、気を付けてって言おうとしてたのに」
 ジニーはささやいた。


「な、なんなの、いったい?」
 ハーマイオニーは恐る恐る問いかけた。先ほどまでの軽やかな気分が、沈んでいった。


「そこに座って、ハーマイオニー」
 ハリーが断固とした口調で言った。


 ハーマイオニーはハリーからロンへと視線を移し、次にもう一度ジニーのほうを見てから、テーブルに着いた。ジニーがその隣に腰掛けると、ロンはそちらにむっつりとした表情を向けたが、無言のままだった。ハリーとロンは互いに顔を見合わせた。どこから話を始めるべきか迷っているのだ。とうとうロンがしびれを切らして、苦々しい表情でほとんど吐き捨てるように言った。


「いったい全体、あのマルフォイの阿呆と一緒に何をやってるんだよ?」


 ハーマイオニーはショックのあまりぽかんと口を開けて、ロンを見つめ返した。どうして、分かってしまったんだろう? ドラコに対して奇妙な気持ちになったり、奇妙なことを考えたりしていることは、傍目にもそんなに明らかだったんだろうか?


「ぼくたちは、きみが彼と一緒にパーティを抜け出すのを見たんだ」
 ハリーが慌てて口を挟んだ。ロンが今にも、何かもうひとこと、不愉快な物言いをしそうに見えたのだ。


「なんだ」
 ハーマイオニーはホッとして言った。
「それだけ? ドラコとわたしは、ただ単に図書館に行こうとしてただけよ」


 いきなりロンの顔に血が上って、その瞬間、ハーマイオニーは自分の返答の仕方が間違っていたことに気付いた。


「ドラコ? いつから、あいつのことドラコなんて呼ぶようになったんだ?」
 ロンの声は低く、危ないかんじだった。


「わたし……だって、ずっとマルフォイって呼んでるより簡単だし」
 ハーマイオニーはつぶやき声で答えた。


「ハーマイオニー、いったいどういうこと?」
 冷静な声音で、ハリーが尋ねてきた。


「どういうことって? 聞かなくたって分かるさ、ハリー。あのクソ馬鹿野郎が、ハーマイオニーを惑わせてるんだ!」


「もう、黙りなさいよ、ロン!」
 カッとなったハーマイオニーは、つっけんどんに言った。


 今度はロンのほうが、ぽかんと口を開けてハーマイオニーを見つめた。

「ねえ、彼は極悪人じゃないのよ」
 ハーマイオニーは苛立たしげに言った。
「あなたたちは、彼にチャンスをあげることすらしなかったじゃない。たしかに、ほんとのところチャンスをあげようにも、あげようがなかったというのは認めるわ。でも、ひどい状況に置かれたわたしが、そのなかで精一杯いいほうに考えてみたら結局そんなにひどくもないって気付いただけのことよ。それであなたたちに怒られる筋合いはないでしょ」


「きみには分かってないんだ!」
 ロンが睨みつけてきた。


「ロン……」
 ハリーが口を挟もうとしたが、ロンはそれを無視して続けた。


「やつはマルフォイだぞ! スリザリン生だ。邪悪なやつなんだ。どうして、それを忘れてしまえるんだ? 賭けてもいい、あいつはもうとっくにデスイーターとしての将来が決定しているに違いないよ。どうしてあんなやつを、かばおうと思えるんだよ?」


 わめき散らし始めた時点で、ロンは立ち上がっていた。ハーマイオニーもすぐさま、上から怒鳴りつけられるのが嫌で立ち上がっていた。ハリーとジニーは二人とも、敵意をぶつけあうロンとハーマイオニーから、じりじりと遠ざかっていった。


「彼はデスイーターじゃない!」
 ハーマイオニーは叫び返した。
「それに、これからだって、デスイーターにはならないわ!」


「へえ、大したもんだ。なんだい、やつがホグスミードでお婆さんに手を貸して道路を横断させているところでも目撃したか? そのとき、やつがきみにそう言ったのか?」
 ロンの顔はもう真っ赤になっており、談話室にいた者たち全員が、足を止めて視線を向けていた。


「ロン」
 ハリーはふたたび、友人がこれ以上エスカレートする前に止めようとした。


「わたし、彼を信じてるもの!」
 ハーマイオニーは金切り声を上げた。ロンと同じくらい、顔が赤くなっていた。


「信用できるもんか。やつは、嫌らしいスリザリン生だ!」
 ロンはハリーの手を振り払った。
「きみはどうしようもない脳足りんだよ、ハーマイオニー!」


「ロン!」
 ジニーとハリーが同時に息を呑んだ。


 突然、ロンは黙り込んだ。少し息を切らして目を大きく見開いている。徐々に、自分が何を言ったのかを自覚し始めているようだった。談話室全体が、しんとしていた。ロンは周囲を見回した。すべての視線が、彼に注がれている。彼はもう一度前を向いて、ハーマイオニーを見た。ハーマイオニーの顔色は、異様なほどに真っ白だった。


「ハーマイオニー」
 ロンは口を開いた。


 ハーマイオニーは後ずさりをしてテーブルから離れた。目に込み上げてきた涙で視界が銀色に曇って、何も見えなくなってきていた。鞄を肩に引っ張り上げて、もう一歩、うしろに下がった。


「ハーマイオニー、本気で言ったんじゃないんだ」
 ロンがささやいた。


 ハーマイオニーはロンに向かって首を振った。大粒の涙が一滴、頬を滑り落ちていくのが分かった。いきなり、ハーマイオニーは身をひるがえして、談話室の反対側まで走った。肖像画の穴を、ものすごい勢いで駆け抜ける。出たあとの通路を閉じることもせず、肖像画がぶらぶら揺れるに任せて。ロンが必死に呼びかけてきていたが、走るのをやめはしなかった。