Their Room
(by aleximoon)
Translation by Nessa F.
第 15 章 待ち伏せ、そしてハグリッドとお茶
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ハーマイオニーはあくびをして、枕を頬の下に引き戻そうと手を伸ばした。まだ半分眠ったままだったが、頭の下にある硬い物体が本であることは認識できた。
(ベッドに入る前に本を片付けておくべきだったわ)
眠たげに考える。
もうしばらくそんなふうに、睡眠と覚醒の狭間で揺れ動いていたが、やがて極めて重要なことを思い出した。昨晩は、そもそもベッドに入っていないのだ。その衝撃の事実で、ぱっちりと目が覚めた。
まだ例の部屋の中だった。自分専用にしている大きな柔らかい椅子に座ったまま、翻訳しようとしていた本を枕にして眠っていたのだ。ハーマイオニーは目をこすった。室内はかなり暗かった。暖炉にはもともと火をおこしていなかったし、ロウソクはずいぶんと前に燃え尽きてしまっていた。空気がひんやりとしている。ハーマイオニーはまとっていたマントを身体にしっかりと巻きつけなおして、冷気をやりすごそうとした。しかし、大急ぎで図書館に向かっていたので、自分のマントはディーンに預けたままパーティ会場に残してきてしまったはずだ。このマントは濃い灰色で、ドラコがパーティで着ていたドレス・ローブにしっくりと似合いそうなものだった。
ハーマイオニーはマントの襟の折り返しを引き寄せて心持ち頭を傾け、生地のやわらかい感触を頬で確かめた。かすかに、何かエキゾティックなスパイスの香りがする。パチョリだろうか。ドラコ本人はと見れば、やはり暗がりの中、向かい側に座ったままで、手に頭をもたせかけていた。薄闇の中でも淡く光るようにさえ見える、くしゃくしゃになった色の薄い髪が、顔を隠すように落ちかかっていた。
ふたたびあくびをして、少なくとも彼をここに引っ張ってくる前に、いったん寮に戻って着替えておけばよかったと思った。椅子に座ったまま眠りこけたあと、暗くて寒い部屋の中で目覚めるだけでも充分つらいのに、さらにその上、新品のドレス・ローブを着たままなのだ。
おぼつかなげに立ち上がると、窓際に行ってみる。外は真っ暗だ。真夜中でなかったとしても、ガラスの向こうに何かを見て取れたとは思えないけれど。窓には、細かい霜がびっしりとついていた。
机に戻って、ドラコの肩に軽く触れた。彼が身動きしなかったので、かがみ込んでそっとささやきかけた。
「マル……ドラコ、起きて」
反応はなかった。ハーマイオニーは、彼の寝姿を睨んだ。深く眠るたちなのに違いない。さらに近くまで顔を寄せて、腕にかけた手に力を込めた。
「ドラコ」
腕を揺さぶる。
「起きてよ」
彼は起きた。驚きの唸り声をあげて机から飛びのき、ハーマイオニーにつかみかかってきた。何が起こったのか把握することすらできないでいるうちに、気が付くとハーマイオニーは机の上に押し倒され、目を丸くしてドラコを見上げていた。彼は痛いほどきつくハーマイオニーの腕をつかんでいた。彼の魔法の杖が喉に突きつけられていることが、はっきりと意識されていた。
「マルフォイ! 何、寝ぼけてるの?」
怒りと恐怖を半々に感じながら、ハーマイオニーは鋭く言った。
暗い灰色の目は、ハーマイオニーを認識すると明るくなった。そして、彼はハーマイオニーの腕から手を放した。
「ハーマイオニー。ぼくの寮室で何をやっている?」
驚きが鎮まったドラコのは、誘惑するようにニヤリと笑った。
「どいてよ、ドラコ。わたし、あなたの寮室にいるんじゃないわ。それに、あなたもよ」
ハーマイオニーは不機嫌に言った。
ドラコがうしろに下がると、ハーマイオニーは身体を起こした。まだ机に寄りかかったままだった。腕がかすかに痛みを訴え始めており、彼女は顔をしかめた。
「怪我をさせたか?」
ドラコは顔から笑みを消して、ふたたび近付いてきた。
「いいえ、大丈夫。血がまた流れるようになれば、まったくどうってことないわ」
気難しい声音のまま、ハーマイオニーは答えた。
「見せてみろ」
返答を待つことなく、ドラコはハーマイオニーの腕を取って、ローブのフレアー袖を慎重に押し上げた。暗闇の中では、鮮やかな緋色は暗い栗色に見え、まぶしいような腕の白さとのあいだに鮮やかなコントラストを生じていた。暗がりの中でさえ、ドラコがつかんでいた部分は見て取れた。指の跡が小さな赤い斑点となって残っている。
「まったく。グレンジャー、きみときたら、どうしてこんなに簡単に痣ができてしまうんだ? 全然面白くないじゃないか」
ハーマイオニーはドラコを睨みつけたが、ドラコはただ愉快そうに微笑んだだけだった。彼はまだハーマイオニーの腕から手を放していなかった。彼が親指の先で、痣の上をそっとたどっていることに気付いて、ハーマイオニーの目から力が抜けた。彼が視線を下ろして覗き込んでくると、ハーマイオニーは唾を飲んだ。突然、二人のあいだの距離の近さを意識してうしろに下がろうとしたが、どっしりした木の机に寄りかかったままだったので、そんなことはまったく不可能だった。
ドラコもまた、この距離の近さに気付いたらしく、すぐにハーマイオニーの腕を放し、袖がもとのように滑り落ちるに任せた。彼は背中を向けて、予備のロウソクを出すために箱の中を引っかき回し始めた。ハーマイオニーは安堵のため息をついた。心臓の鼓動が収まってもとの速さに戻ってきていた。
「わたしたち、眠り込んじゃったんだわ」
息を弾ませたまま、ハーマイオニーは言った。
「分かりきったことを言うのが得意なんだな」
ドラコの優越感に満ちたニヤニヤ笑いは暗闇の中では見えなかったが、ハーマイオニーには、はっきりと感じ取れた。ほとんど聞き取ることができると思えるほどだった。
「なるほど、あなたって美容のための睡眠時間が確保できないと、かなり嫌味になるみたいね」
ハーマイオニーは棘のある声で言った。
ちょうどロウソクが灯って、ドラコの困惑したような顔が目に入ったが、すぐにまたそれは影に隠れて見えなくなった。ドラコはロウソクを机の上に置き、自分が取り組んでいた大きな書物を見下ろした。
「これ、思ったよりも大変ね」
彼にというよりはむしろ自分自身に向かって、ハーマイオニーはつぶやいた。
「忌々しい暗号だ。何も、独自の数占い体系なんか作らなくてもいいようなものを」
ドラコは本を睨んだ。
「暗号? わたしが言ってるのは、ラテン語のほうよ。数占いの部分はまだ簡単よ。対応し合う数字の組がずっと続いてるだけじゃない」
ハーマイオニーはしょげかえってドラコの隣に座った。
「セルトゥム・エスト、クィア・インポーシビレ(まさかと思うようなことだからこそ、本当なんだよな)」
ハーマイオニーは眉を上げた。
「ラテン語が喋れるの?」
「喋れるし、読めるし、書ける」
ドラコの声音には、わずかとは言いがたい誇らしげな調子があった。
「嘘でしょ」
「古典の素養があるんだ」
ドラコはむっとしたように言った。
「なんだよ、ぼくがホグワーツに入るまではなんの教育も受けてなかったと思っていたのか?」
「だって、魔法使いや魔女は普通……」
「マルフォイ家と聞いて普通の魔法使いや魔女を連想するか?」
ドラコは尋ねた。
「物心ついた頃から、家庭教師を付けられてきたさ。いずれぼくが入学するときに備えて、確固とした基礎を学ばせておく必要があるというのが常にルシウスの考えだった。ああ、それに闇の魔法の呪文は、大体がラテン語だしな」
ふと思いついたように、最後の一言を付け加える。
「覚えておくわ」
面白がるべきか不快に思うべきかを決めかねつつ、ハーマイオニーは言った。
「ハーマイオニー、きみはこの件について、まったく正しい見方ができていないようだ」
ドラコは辛抱強く言った。
「まあ、本当に? ものすごい時間を費やして取り組んできたのに、全然成果が出せないってだけですものね。目の前に答えがあるって分かっているのに、どうしても読めないなんて」
少々息切れしてきて、ハーマイオニーはここで言葉を切った。
「こら、落ち着けよ、ハーマイオニー。きみは今、合理的な思考ができなくなっている」
ドラコは、ハーマイオニーがまた感情を爆発させることを恐れているように、ゆっくりと喋っていたが、それでもこの状況を非常に愉快に思っていることが見て取れた。
「あら、わたしが合理的に考えてないんですって、マルフォイ?」
ハーマイオニーは辛辣に応じた。
「ああ、そうだよ、グレンジャー」
同じくらいの辛辣さを込めて、ドラコは言い返してきた。
「きみは奇跡の暗号解読者、ぼくは語学の天才だ」
ハーマイオニーは呆れた表情で目をぐるっとさせただけだった。
「おいおい、グレンジャー。この二つを足して考えてみろよ」
ハーマイオニーがまともな思考をするには疲れすぎているのに違いないと判断して、ドラコは返答を待たずに言葉を続けた。
「きみが暗号を解読して、それをぼくが翻訳すればいいんだ。共同でやれば、なんの問題もない。チームワークだよ、グレンジャー」
ハーマイオニーはため息をついた。頭痛がするし、寒さで身体がじんじんする。もちろん、ドラコの言うことは正しかった。ドラコのほうが正しいのって、面白くない。
「いいわ! 一緒にやりましょ」
ようやく、ハーマイオニーは同意した。
「でも、始めるのは明日になるまで待ったほうがいいわね」
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