Their Room
(by aleximoon)
Translation by Nessa F.
第 14 章 クリスマスのダンス
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去年のクリスマスにも、ドラコは飾り付けの施された校庭を見物して回るためにパンジーと一緒にパーティ会場を抜け出していた。大して見物をしたわけではなかったが。少なくとも、通常の意味での見物ではなかった。しかし今年の校庭は、去年とはまた違っていた。すべてのものが氷でできているように見えた。広々とした芝生があったはずのところに、氷の迷路ができていた。厚い壁が、氷のレンガで舗装した小道に沿ってそびえている。澄み渡った雲のない空から、雪片が優美に舞い降りていた。大きめの空き地に出ると、氷でできた噴水池があった。絶え間なく噴き出す水は、落ちていく途中で凍りつき、小さな氷柱となっていたが、池の水面に到達すると、ほぼ瞬時にしてまた溶けていく。照明は見当たらなかったが、場所全体にバラ色の光が満ちていた。いや、バラ色だろうか? 角を曲がったとたん、光は青、緑、そして黄色と色合いを変化させていった。光は氷そのものから発せられているようだった。用心深く壁の一つに手を触れてみると、冷たくなかった。
この真冬の不思議の国を、ドラコはかなり長いあいだ歩き回ったが、グレンジャーの姿はどこにも見つからなかった。もちろん、ほかの生徒たちはちらほらと見かけていた。誰とははっきりと分からない人影が、どこか向こうのほうの通路の中で立ったまま寄り添って、情熱的に抱き合っている。
美しい旋律が段々と大きく聞こえるようになってきた。パーティ会場の入り口に近づいたのか、それとも音楽のボリュームが大きくなったのか。少し苛立ってきたドラコは、凝った彫り細工のあるベンチに腰を下ろした。氷でできているにもかかわらず、それは冷たくはなかった。何かが動いたのが目について顔を上げると、正面の氷の壁の向こう側にぼんやりと、赤い衣装の人影が見えた。ドラコはすぐに立ち上がり、速やかにふたたび通路をたどり始めた。一番最初の曲がり角で左に折れると、もと来た方向に歩いていく。まもなく、円形の中庭に出た。壁際にベンチが並んでいる。そのうちの一つにグレンジャーが座って、小さな雪片が空からひらひらと落ちてくるのを見上げていた。茶色い巻き毛は半分だけ結い上げられて、残りは肩のあたりに軽やかなウェーブとなって垂れ下がっていた。その下ろした髪に、舞い降りてきた雪片が引っかかっている。
「雪の結晶は、どれも同じものがないのよ。あの小さな中に、それぞれがほかとは違った不思議な美しさを持っているの」
グレンジャーの声は小さかった。まるで、単にここからでは手を伸ばしても届かないというだけでなく、ものすごく遠いところにいるみたいだ。
「実際にはな」
近くの別のベンチに無造作に腰掛けながら、ドラコは言った。
「反射鏡の呪文を使って複製してやればいいんだ。小さい頃よくやったよ。まったく同一形の雪を見たマグルたちは本当にパニックして……」
威圧するように睨みつけられて、ドラコは言葉を切った。思い出を懐かしむようにその顔に浮かんでいた皮肉な笑みも消えた。
「なんの用、マルフォイ?」
「ぼくは……用があるなんて誰が言ったよ?」
ドラコはぶっきらぼうに言った。
グレンジャーは無言で目をそらした。その姿は、妙に小さく見えた。一面の白い氷のただなかにぽつんと置かれた、小さな緋色の点。ドラコの内側で、何かが和らいでいった。
「昼間に言ったことは、すまなかった」
グレンジャーは驚いて顔を上げた。
「どうして謝るの?」
「言ってはいけないことだった」
ドラコはいったん言葉を切って、もう一度彼女の顔を見た。
「それに、本心じゃなかった」
ようやく彼女はドラコと目を合わせ、そして、微笑んだ。気が付くとドラコはふたたびニヤリと笑っていた。満足げに息を吐く。これでいいんだ。また音楽が鳴り始めていた。氷の上をゆったりと流れてくる、かすかな旋律。ドラコは立ち上がってグレンジャーのほうを向き、片手を差し出した。彼女は問いかけるように見上げてきた。
「何?」
ドラコは呆れたように目をぐるっと動かして見せ、それから答えた。
「ダンスの申し込みだ、グレンジャー」
「なんですって?」
「ダンスと言ったんだ、グレンジャー。ダンス・パーティで皆がやることだ。踊るんだよ」
わずかに面白がっているような調子をその声に忍び込ませながら、ドラコは言った。
グレンジャーは眉をひそめた。
「冗談でしょ」
「きみとトーマスのダンスを見ていて、少なくとも一回くらいは、きみだってまともなパートナーと踊る権利があるだろうと思ったんだ。言ったろ、あいつじゃひょろ長過ぎるって」
ドラコは根気よく応じた。
「ひょろ長くなんかないってば」
グレンジャーはぴしゃりと言い返してきたが、単にグリフィンドール生としてのプライドで言っているだけだということが、ドラコには分かった。
「グレンジャー?」
ドラコはまだ、彼女のほうに手を差し出したままだった。
絶対ろくなことにならないんだから……とでも言いたげな表情で、グレンジャーはそろそろと自分の手を出して、ドラコの手の上に置いた。ドラコは一瞬だけ、自分の手の中の彼女の手がどんなに小さく華奢に見えるかに気付いて驚いたが、すぐにその手を握ってそっと引き、彼女を立ち上がらせた。
グレンジャーは落ち着かなさそうな視線を向けて、ぎこちなく一方の手をドラコの肩に置いた。ドラコはグレンジャーの不安げなようすにニヤリと笑って、彼女のウェストに腕を回し、背中と腰のあいだのくびれたあたりに手を置いてほんのわずかだけ力をかけた。この接触に彼女は目を見開いて、文句を言いかけたように見えたが、その時点でドラコはすでに彼女を自分の身体の動きと一緒に引っ張って、ダンスを始めてしまっていた。
やがて不安はどこかにやってしまったらしく、グレンジャーはドラコが引き寄せて踊っても抵抗しなくなった。しばらくすると完全に気を許したようで、ふと気付くと彼女は、夢見るようなうっとりとした表情で微笑んでいた。半ば目を閉じて、遠くから聞こえてくる音楽に合わせてゆっくりと動いている。音楽がさらにゆるやかなテンポのものになっていくと、彼女はドラコの肩にそっと頭を載せた。二人はもう、ほとんど動いていなかった。周囲ではまだ雪が舞っており、氷の上からは柔らかな光がきらきらと発せられていたが、ドラコはもう、そのどちらも意識していなかった。ドラコの目には、彼女しか入っていなかった。たくさんの敵たちのうちの一人。そしておそらくは、唯一の友人。時間の流れの中からひとこまだけ切り取られた、この完璧な一瞬。自分が純血で、彼女が穢れた血だという事実には、なんの意味もなかった。ルシウスに狙われていることも、あと一年か二年のうちには闇の帝王が自分たち全員を殺そうとするだろうことも、どうでもいい。今はただ、夢に出てきた少女が現に目の前にいて、自分が彼女にキスしようとしているということだけが重要だった。
ドラコは彼女のほうに頭を傾けて、唇を合わせようとした。彼女が口づけに応じてくれるのを感じたくてたまらなかった。もう目で見て彼女を探す必要はないのだと気付いて、ドラコは目を閉じた。
「マルフォイ。わたしたち、どうしちゃったんだろう?」
グレンジャーが、そっとささやいた。
ドラコはハッと我に返った。グレンジャーは、疑問をありありとその顔に浮かべて、ドラコを見上げていた。ドラコは、あの完璧な一瞬が指のあいだからすり抜けていくのを感じた。ふたたび現実がのしかかってきていた。こんなふうに彼女を求めてしまうなんて、あってはならないことだ。そうじゃないというふりはできない。
「どうして、きみはいつもぼくのことをマルフォイと呼ぶんだろう?」
手を放してうしろに下がりながら、ドラコは尋ねた。
「な……なんですって?」
グレンジャーは困惑の表情になった。
いきなり話題を変えられて、グレンジャーはかなりびっくりしていた。ドラコは思いっきり不遜な笑顔をむりやりに作った。
「きみはいつも、ぼくをマルフォイと呼ぶ。ぼくはいつも、きみをグレンジャーと呼ぶ。なぜだ?」
「さ……さあ」
今の彼女は、とてもまごついた顔をしていた。
「とりあえず、お互いちゃんと紹介されたことってないわよね?」
グレンジャーは、なんだか自棄になってこの馬鹿げた主張に飛びついたように見えた。
「たしかに。初めて会ったときには、決して礼儀正しく挨拶をしたわけではなかったものな?」
ドラコはふたたび、この場の主導権が自分に移ったと感じ始めていた。
「そんなことなら、修正するのは簡単だよな。ドラコ・アクィリス・マルフォイと申します。どうぞよろしく」
そう言って、軽く一礼する。
グレンジャーは唖然とした顔で、口をパクパクさせた。何か気が利いた返事を考えようとしているのに違いない。しかし思いつかなかったらしく、そのまま赤面して、彼女は二人の足元を見下ろし、それから応えた。
「ハーマイオニー・アン・グレンジャー。頭文字のことでからかったりしないでね」
ドラコは笑みを浮かべた。今このとき、二人は友人同士らしい雰囲気だった。
「アクィリス? それ、ラテン語じゃない?」
突然ハーマイオニーが質問をして、ドラコの注意を引き戻した。
「ああ、そうだ。ドラコもな」
「ドラコがラテン語だってことは知ってる。ドラゴンっていう意味でしょ。でもアクィリスって?」
眉間に皺を寄せて考え込みながら、彼女は歩き回り始めた。
「アクィリスの意味は……黒?」
彼女の頭の回転の速さがなぜだか誇らしくて、ドラコは笑顔を向けた。そして、うなずく。
「あなた、黒いドラゴンっていう名前なの?」
いきなり、彼女の顔に笑みが広がった。
「一族に伝わる名だ!」
憤慨した声でドラコは言った。
「ええ、そうなんでしょうね」
彼女はあいづちを打ちながら、我慢できずにクスクス笑いをもらしていた。
「お互い、まともに自己紹介をしなかった理由がはっきりしたな」
ドラコは怒りっぽく言い返した。しかしその目に怒りはなく、ハーマイオニーにもそれが分かっていた。
「もう笑わないわ。約束する」
笑い声のあいまに、息も絶え絶えになりながら彼女は言葉を搾り出した。
非難がましい表情でドラコが睨んでいるうちに笑いやめると、彼女はまた考え込み始めたようだった。
「マル……ドラコ?」
静かな声で言う。
名前を呼ばれたドラコは、思わず微笑みそうになったのを抑えた。
「なんだ?」
「もしあなたが十六世紀の魔法使いで、すごく重要なことを文書に記しておくとしたら、どんな言語で書く?」
彼女はかたずを呑むようにささやいた。
「そうだな」
ドラコは考えをまとめようとしながら口を開いた。
「高度な教育を受けていたかどうかによって変わってくると思う。つまり、当時の魔法使いのほとんどは文字を書くことはできたが、本当の知識階級は通常、すでに使われていない古い言語を好んでいたようだからな。たとえばギリシャ語とか……」
ドラコの言葉は、段々と小さくなって途切れた。彼女と目を合わせる。
「まさか、きみが言いたいのは……?」
「そうよ! それで説明がつくでしょ!」
彼女は嬉しそうに叫んだ。
「彼はあの本を、数占いの暗号に変換する前に、ラテン語で書いていたんだわ!」
ハーマイオニーは前方に飛び上がってドラコに抱きつき、興奮のおもむくまま彼の頬にキスをした。ドラコが反応もできずにいるうちに、がばっと彼の腕をつかんで身をひるがえす。ドラコを後ろ手で引っ張りながら、ハーマイオニーは氷の通路を走って戻っていった。
「なんだ? どこへ行く気だ?」
まだハーマイオニーの熱烈な感情表現のショックから醒めやらぬまま、ドラコはなんとか質問を繰り出した。
「もちろん、図書館よ。今すぐ翻訳を始めなくちゃ!」
肩越しに振り返って、彼女は答えた。
「でも、パーティは?」
「こんなときに、よくパーティのことなんか考えられるわね?」
ハーマイオニーはぴたりと立ち止まってくるりと回り、ドラコに顔を向けた。
「あの本に何が書いてあるのかが解明できる、一歩手前まで来てるのよ。オリアリーがあれほどの手間をかけて書き残したのが、いったいどんな重要なことなのか、知りたいと思わないの?」
ドラコの手を放して、睨みつけてくる。
「来るの? 来ないの?」
ドラコは、真紅の衣装をまとったグリフィンドール生をじっと見つめた。興奮のあまり今にも爆発しそうに見える。そしてドラコ自身もまた、同じ興奮を感じていることを認めざるを得なかった。
「もちろん行くさ……ハーマイオニー」
(第 15 章につづく)
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