2004/1/31

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 14 章 クリスマスのダンス

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「ドラコ! こんなところにいたのね。わたしのこと忘れちゃったんじゃないかって考え始めてたのよ」


 スリザリン寮談話室の反対側から、パンジーが駆け寄ってくるのが見えた。身にまとっている青色のローブがちらちらと光って、ついそちらに目を取られてしまう。


「忘れるわけないだろ、パンジー。パーティが始まるのは七時だ。十五分前に待ち合わせようって言ったじゃないか」
 ドラコはゆっくりと平静な、幼児に向かって説明するような口調で応えた。


 パンジーは嫌なかんじに顔をしかめたが、言おうとしていたことを呑み込んだようだった。そして表情を和らげて微笑んだ。


「まあいいわ。今はここにいるんだから。今日のわたし、すごく素敵だと思わない?」
 パンジーはドラコの前で胸を張った。タイトな青いローブがぴったりと張り付いた身体の曲線は、たしかに魅力的ではあるとドラコも認めざるを得なかった。


「ん……」
 ドラコは返答した。
「そろそろ行くか?」


 パンジーは笑みを深めて、ドラコが差し出した腕につかまった。二人は地下牢の階段をゆったりと上って、大広間の向かい側の踊り場に出た。ドアは大きく開け放たれており、すでにほかの者たちが二人の前を横切って輝かしい広間に集まり始めていた。パンジーは顔を合わせた相手のほぼ全員に対して微笑みかけていた。友好的なふるまいというよりは、単なるプライドと自負心によるものだ。それが気に障ったことは今まで一度もなかったのに、ふとドラコはパンジーの虚勢の張り方に、いくぶん嫌らしいものを感じていた。彼女の青いローブはやたらと肌の露出の多いデザインだ。以前なら自分の立ち位置からの眺めを楽しんだはずだったが、今夜のドラコの目には、この衣装はほとんど下品に映った。つい、ある一人の茶色い髪をしたグリフィンドール生を思い浮かべずにはいられなかった。彼女なら、肉体的な魅力をこんなふうにあからさまに見せびらかすようなことは、決してしないだろう。


 二人はクラッブとゴイル、そして彼らのパートナーたちと一緒に、小さなテーブルに着いた。クラッブとゴイルの両名は、スリザリン所属のとある二年生たちを説得して同伴させることになんとか成功したのだった。彼女たちの側から見れば、完全に自発的な承諾ではなかったのかもしれない、とドラコは思った。二人の少女は、両側の場所ふさぎな乱暴者たちを怖がっているようすで、身を寄せ合って縮こまっていた。


 夕食は速やかに終わって、とうとう社交の時間になった。パンジーがふたたびぴったりとくっついてきて、ドラコはダンス・フロアに引っ張り出された。パンジーはすぐに両腕をドラコの首に回し、身体を密着させた。音楽に合わせて、身体をリズミカルにすり寄せてくる。ずっと前ならば、これで非常に気分が浮き立ったに違いなかった。しかし今、ドラコはパンジーのことを、自分が本当に欲しいものの薄い影のようにしか思えなかった。


(ぼくが欲しいのは、グレンジャー?)
 ショックとともに、ドラコは自問した。
(この気持ちはつまり、そういうことなのか? グレンジャー?)


 パンジーが苛立ったように腕組みをした。
「いったい、どうしちゃったの、ドラコ?」


 ドラコはパンジーに目を向けたが、彼女を見てはいなかった。自分の脳裏に突如として浮上したこの問題について、めまぐるしく考えをめぐらせていた。グレンジャーにキスはした。一度ならず。しかしドラコは、自分が本気で彼女を求めているのかもしれないとは、考えたことがなかったのだ。彼女には、ひどくこちらの感情を乱すような引力がある。そのことには、はっきり気付いていた。それでも、自分が本気かもしれないという可能性を検討してみたことは、今まで一度もなかったのだ。


「ドラコ……」
 パンジーが哀れっぽい声で言った。それから、突然何かを思いついたようすで、身を寄せて耳元にそっとささやきかけてきた。
「何に気を取られてたのか知らないけど、あとでわたしが、もっと興味深いものを見せてあげる」
 ドラコの身体に添えられたパンジーの手に力が込められた。彼女の意味するところについては、疑いの余地がなかった。


「せっかくだけど要らないよ、パンジー」
 そう応じたドラコの声音には、かすかに不快感がにじみ出ていた。


 パンジーはドラコを激しく睨みつけてから、くるりと身をひるがえしてすごい勢いで去っていった。しかしそのうしろ姿はもうドラコの眼中にはなかった。すでに、さんざめく生徒たちを見渡し、グレンジャーの姿を探していた。


 人ごみの中をもっとよく確認できるよう、部屋の片側に移動する。こんなにも混雑した空間の中から特定の一人を見つけ出すのは、至難の業だった。全学年が出席を許されているため、会場は非常にやかましくなっている。バンドの歌声を聞き分けることも難しいくらいだ。このバンドは泣き妖怪(バンシー)そっくりの女性のグループで、不思議と耳には快く響く甲高い声を張り上げ、泣き叫ぶように歌っていた。グレンジャーを発見するまでには、数分かかった。彼女は例の少年と踊っていた。昼間と同じような感情が湧き起こって、ドラコは二人を睨みつけた。トーマスの踊り方は不器用だった。それに比べると一緒に踊っているグレンジャーのほうは非常に優雅なので、二人のようすを的確に比喩で表現するとしたら、まるで "蝶と象" といったかんじだ。


 グレンジャーは、グラドラグスで彼女がうっとりと眺めていたのをドラコも覚えている、あの赤いローブを着ていた。ローブは彼女が動くのにつれて、滑らかにひるがえった。赤い色が、茶色い髪から驚くほど様々な色合いを引き出していることに、ドラコは気付いた。トーマスと踊る彼女は充分に幸せそうだったが、それでもドラコは、彼女にはもっとふさわしい相手がいるはずだと思った。


 二人は次の曲が始まるとダンスをやめて、大広間の一角のグリフィンドール生たちで固められたところにあるテーブルに着席した。彼女が友人たちと並んで座るのを、ドラコは冷たい目で見つめた。ポッターとウィーズリーはパートナーなしで出席していたが、パーティーを楽しんではいるようだった。ポッター、ウィーズリー、トーマス、そしてトーマスのアイルランド出身の友人は、四人だけで熱心に何かを語り合っている。ウィーズリーが突然、勢いよく立ち上がって手で急降下のジェスチャーをしたので、彼らの話題がクィディッチであることが分かった。やれやれ。ドラコもクィディッチはほかの誰にも負けないくらい好きだが、社交的な行事でパートナーをないがしろにするのは、いただけない。グレンジャーははっきりと退屈した表情になってきていた。トーマスのふるまいに批判の目を向けていたドラコの念頭からはしかし、今頃極度に取り乱しているであろうパンジー・パーキンソンのことはすっかり抜け落ちていた。


 グレンジャーは少年のほうに身をかがめて、何かをささやいた。少年が微笑みながらうなずくと、彼女はテーブルを離れた。飲み物のテーブルのところに行き、スパイスの効いたパンプキン・ジュースでグラスを満たす。これをゆっくりと飲みながら、彼女は特に目的もないようすで、踊っている人々の周囲をぶらぶらと歩き続けた。それから、何かが目に留まったらしく、外に向かって開いているドアのほうに歩み寄っていった。


 歓喜の表情で校庭のほうを見ているグレンジャーを、ドラコは見つめた。グレンジャーが絡むと自分の思考の流れがおかしくなることは自覚している。今まではそれについて、深く考えたことはなかった。風邪のように、いつのまにか通り過ぎていってしまう現象なのだろうと。しかし、自分はグレンジャーが欲しいのかもしれないと思いついてしまった今、さらに不穏な考えが浮かんできていた。もしも、本気で好きになってしまったのだったら? この奇妙な気持ちが、単なる欲望以上のものだったら? もしそうなら、どうすればいい?


 グレンジャーがトーマスと友人たちのほうを振り返った。少年たちはまだ自分たちだけのお喋りに興じていて、周囲でダンス・パーティが行われているのだということを、半ば忘れてしまっているように見えた。


(ルシウスに植え付けられた、穢れた血と純血に関する思想を、ぼくは本当にすべて否定することができるか? ぼくがハーマイオニー・グレンジャーに対して感じている気持ちは、はたして本物か?)
 無言のまま、ドラコは自分に問いかけた。答えを知ることは、ほとんど恐ろしくさえあった。


 グレンジャーはもう一度だけ自分のパートナーに視線を向けたあと、開いていたドアから外へ出た。真紅の布地が最後にちらりと視界をかすめて見えなくなった時点で、ドラコは決断を下していた。


「そうだな」
 つぶやくように、言う。
「それを知りたければ、確かめる方法は一つだ。それにルシウスの言うことを素直に聞いていたのは、ずいぶんとむかしの話だ」


 ドラコはくるくる回るカップルたちを避けながらダンス・フロアを悠然と横切り、戸口を抜けて外の冷気の中へと出て行った。しかし出てみると、実際にはそれほど寒くはなかった。戸外を過ごしやすい気温に保っておく、何らかの魔法が働いているのに違いない。マントを着る必要さえなかった。涼しい風が吹いてドラコがまとっているスモーク・グレイのドレス・ローブをはためかせたが、身体が冷えるほどではない。