2004/1/31

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 14 章 クリスマスのダンス

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 クリスマス当日には、雪はふんわりと風に流れるだけの小雪になっていた。昨晩の激しい吹雪は収まっている。一時間も経てば太陽がいよいよ姿を現し、ホグワーツは素晴らしい一日の始まりを迎えるだろう。今は城中がしんとしており、聞こえる音と言えば、屋敷しもべ妖精たちがすでに慌ただしく立ち働いている台所からのものだけだった。全校生徒が、まだぐっすりと眠っている。ただし、ドラコ・マルフォイを除いては。


 ドラコは四柱ベッドの上に横たわり、枕で耳を塞ごうと無駄な努力をしていた。普段ならむしろ聞いていると眠気を誘われるほどにすっかり慣れてしまっているゴイルの大きな鼾の音が、今朝は起きるつもりの時間よりもずっと早くに、ドラコの眠りを妨げてくれてしまった。ドラコは数時間余計に朝寝をする機会があれば絶対にそれを逃さないタイプだったが、どうやら今朝はそういうわけには行かなさそうだということが、徐々にはっきりしてきていた。恨みがましいうめき声をもらして、ドラコは枕を脇に退けて上半身を起こした。視界をさえぎる深緑のカーテンを寄せると、ポケットを探って杖を出す。屋敷しもべ妖精がまだ火をおこしに来ておらず、室内が暗かったので、狙いを定めるのは少し難しかった。それでもようやく、ゴイルの大きな図体に目の焦点を合わせることができた。いつも面倒がってベッドのカーテンを閉めずにいたのが、ゴイルの運の尽きだ。


「ペトリフィカス・トタルス!」
 ドラコはささやいた。


 ゴイルから何か反応があるかとしばらく待ってみたが、なんの物音もしなかった。自己満足のため息とともに、ドラコは銀と緑の寝具に身体を横たえなおした。これでまた眠ることができる。うまく行けば、非常に乱暴に中断された夢の続きだって見ることができるだろう。眠気が押し寄せてきて、ドラコは現実世界と隔離されていくのを感じた。意識が薄れていって、頭の中でぼんやりと図書館の光景が点滅し始めた。行き着く先は、分かっていた。そこで誰が待っているのかも。彼女が、さっき起こされる前と同じような衣装で、あるいはいっそそんなものなしで、待っていてくれればいいのだけれど。


 突然、首を締められたような声が聞こえて、すぐあとに低いぜいぜいと言う音が長く響いた。ドラコはうなり声をあげて、もう一度起き上がった。


「全身金縛りにされても鼾がかけるのはゴイルだけだ」
 ぶつぶつと、ぼやく。


 ベッドから降りると、ドラコは威嚇するような足取りで、実はゴイルである意識のない物体に向かっていった。いきなり、スリザリンの五年生男子寮として使われている石壁の地下牢が、揺らめく炎の光に満たされた。一瞬、気を取られたドラコは、ほんの数瞬前までひんやりとしていた暖炉の中でにぎやかに音を立てて燃えている火を見やった。屋敷しもべ妖精たちが、朝の巡回を開始したのだ。ドラコは足を止め、敗北感にため息をついた。もはや、何をしても意味がない。


 声を殺して反対呪文を唱えると、ドラコはゴイルに背を向けて、初めて自分のベッドの足元を見た。華やかにラッピングされたプレゼントが山積みになって、開封を待っている。一瞬、ドラコは意外に思った。ルシウスはドラコを殺したいと思いこそすれ、プレゼントを寄越すことなどあり得ないはずだ。しかし次の瞬間、思い至った。おそらくルシウスは、息子の造反をまだ誰にも打ち明けていないのだ。我が子を無視したままでクリスマスを過ごしてしまったら、周囲から変に思われてしまうだろう。


 用心深く、ドラコは杖の先で包みの一つをつついた。触っても大丈夫そうだったので、自宅から送られてきた包みをすべて抱えあげて、暖炉に投げ込む。父親の手が触れたかもしれないものは開けずにおくのが一番だと、最後に受け取った手紙で痛感していた。あのひどい臭いの粉の正体は割り出せずじまいだったが、その後数日間、ドラコの指先は赤く腫れ上がったままだったのだ。ドラコの推測では、意図されていた本来の被害はもっとすごいもののはずだった。しかし結局のところ、ドラコはルシウスの息子なのだ。


 暖炉の前に立って、ドラコはプレゼントが燃えていくのを眺めた。ベッドに戻ると、ぐっと少なくなった残りのプレゼントを検証する。ルシウスの言うとおりにしていれば、物事はずっと簡単だった。ダンブルドアは、ここホグワーツにいれば絶対に安全だと断言していたが、ルシウスを誰よりもよく知っている者として、ドラコはこれで一件落着となったかどうかは大いに疑わしいと考えていた。父、そしてその向こうにいるヴォルデモートに従わずにいるすべての理由は、そのために死の危険が迫っていることを考えると、取るに足らないものだ。すべての理由は、闇の帝王の前には無意味だ。ただ一つの理由を除いて。ドラコが自らの腕に闇の印を受け入れたそのときから、嫌悪以外の表情を向けてくることは決してなくなるだろう、ある少女の茶色い瞳を除いては。




 学校中が、今晩に予定されている催しのために、過剰に浮き足立っていた。少なくとも、ドラコの感覚では、そうだった。マルフォイ家の一員として育ったドラコは屋敷での社交的行事にすっかり慣れてしまっており、ささやかなダンス・パーティごときではほとんど心を動かされることはなかった。しかし低学年の生徒たちにとっては、出席を許可された初めてのダンス・パーティなのだ。そう思えば、朝食時の大広間での大騒ぎは大目に見てやることができた。図書館での喧騒も無視することができた。マダム・ピンスですら、生徒たちの気持ちの高揚を抑え込むのを諦めてしまっていたのだ。しかし、戸外で一丸となって、積雪の中で何やら非常に騒々しい遊びをしているグリフィンドール生の群れは、看過することができなかった。


 ドラコは玄関口に立ったまま、半目になった。こんな寒い日でも室内に留まる分別さえないような、粗野なグリフィンドール生の集団に邪魔されることなく静かなひとときを過ごしたいと願っても、無駄なことなのだろうか。そして当然のごとく、あそこにいるのはグリフィンドール塔のスター、ポッターその人だ。それからウィーズリーも。しかしグレンジャーは、彼らと一緒ではなかった。そこここに雪の小山ができた校庭を見回していくと、ようやく彼女の姿が見つかった。あの少年と並んで歩いている。魔法薬学で見かけた、彼女のダンス・パーティでのパートナー。ドラコは顔をしかめた。ディーン・トーマスには、いい印象がなかった。グレンジャーは、もっとマシな相手だって選べたはずなのに。


 寸分違わぬ容貌をした二人のウィーズリーが、隠れていた木のうしろからいきなり雄たけびをあげたかと思うと、そこいらじゅうに雪つぶてが飛びかい始めた。


 ドラコは階段を下りて、学校を取り巻く一面の雪景色の端に立ち、誰にも気付かれないまま、双子が雪合戦の火蓋を切って落としたあとの混乱状態を眺め続けた。雪つぶては四方八方に飛んでいたが、ドラコのほうに来るものはなかった。なんだか雪片そのものが、ドラコの顔に浮かぶ断固とした非難と嫌悪の表情に怖気づいているかのようだった。


 グレンジャーと例の少年はある時点までは被害を免れていたが、ウィーズリーが手で大きく雪をすくって少女を追いかけ始めた。彼女は身をひるがえして、まっすぐに学校の入り口を目指して走り出した。全速力で駆けつつ、うしろから追いついてきた赤毛の少年のほうをうかがっていたグレンジャーは、行く手にドラコがいることに気付かず、ぶつかってきた。びっくりして悲鳴をあげた彼女は、ドラコの目の前で勢いよく後方に倒れ、地面に尻餅をついた。最初、ドラコはとっさに、これまでにも何度もしてきたように、グレンジャーを支えようとしたのだった。しかしそのとき、グレンジャーのほうに向かって走ってくるトーマス、そしてウィーズリーの姿が見えた。グレンジャーがあいつらと一緒にいたいと言うのなら、あいつらのどちらかが支えてやればいいんだ。ドラコは睨みつけるように彼女を見下ろした。ボサボサの茶色い髪と可憐な顔を見ていると、ますます腹が立つだけだった。思わず、変わり映えのしない侮蔑の言葉が口から飛び出していた。


「気を付けろよ、穢れた血」
 そう吐き捨てた瞬間は、今の自分がグリフィンドール生の一群の真っ只中にいるただ一人のスリザリン生なのだということも念頭になかった。


 グレンジャーはまだ目を閉じていたが、ドラコの言葉を聞いたとたんに目を見開いて、ショックの表情で見上げてきた。その場にいたグリフィンドール生全員が、やりかけていたことを中断して、明らかな嫌悪感を込めてドラコに視線を向けるなか、急速に静寂が広がっていった。


 先に駆け寄ってきたのはウィーズリーだった。ほとんどすぐうしろにトーマスが続いた。しかしウィーズリーはグレンジャーの横をすり抜け、ドラコに向かってこぶしを振るった。ドラコは巧みにそれを避け、ふたたびグレンジャーに視線を戻した。ちょうどトーマスがグレンジャーを助け起こしていた。しかし、そちらに一瞬、気を取られたのがいけなかった。ほかの二人のウィーズリー兄弟が加勢しにきたのだ。気が付くと、ドラコは石壁に身体を強く押し付けられていた。弟が正確に狙いを定めることができるようにと双子がドラコを押し上げたので、片足が宙に浮いた。


「ロン! やめて!」
 その他の友人たちが発している、怒りに満ちたざわめきを切り裂くようにして、グレンジャーの声が響いた。
「フレッド、ジョージ、手を放して」


「なんだって?」
 双子が声を揃えて叫んだ。


「ハーマイオニー」
 ロンがきつい口調で言った。
「今やつが言ったことが聞こえなかったのか?」


 グレンジャーが近づいてきてロンの隣に立ち、今にもドラコを殴ろうとしていた腕に手を置いて、静かな声で言った。


「聞いたわ、ロン。ただわたし、もうどうでもいいの。彼が何を言おうと、まったくどうでもいいの」


 ドラコは驚いて彼女の顔を見た。目が合ったのはほんの一瞬だったが、それで充分だった。グレンジャーは怒っていない。ただ脱力して、傷ついている。即座に罪悪感が込み上げた。彼女の目を見たときから、自分があれほどまでに腹を立てていた理由が、よく分からなくなってきていた。


 気の進まないようすで、双子がドラコを地面に降ろした。ウィーズリー三兄弟はドラコに背を向けて、仲間たちが待っているところに戻っていった。


「グレンジャー、ぼくは……」
 なんとか弁解がしたくて、ドラコは口を開いたが、グレンジャーにさえぎられた。


「どこかへ行って、マルフォイ」
 悲しげな、打ちのめされた声で、彼女は言った。
「あなたがここにいても誰も喜ばないわ」