2004/1/24

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.



第 13 章 ジニーとの買い物

(page 1/3)

 ハーマイオニーは待ち遠しげに、ベッド横のテーブルに置いた時計を見た。最後に確認したときから、まだ五分しか経っていない。つまり、今の時刻は午前五時三十五分。がっかりしてため息をつきながら、ハーマイオニーは寝返りを打って仰向けになり、ベッドを覆う真紅の天蓋をじっと見た。少なくともあと一時間は待たないと、図書館は開きさえしてくれない。本当は昨晩、スネイプに言われたことなど気にせずこっそり忍び込むつもりでいたのだ。ただハリーとロンが、最近のハーマイオニーはあそこにこもり過ぎていると言って、透明マントを使わせてくれなかった。そして代わりに、何時間も強引にチェスに付き合わされたのだ。


 目をつむって、なんとかもう一度眠ろうとしたが、駄目だった。これまでも、熟睡はできていなかった。眠っているあいだにも、暗い灰色の目や数占いの文献が、頭の中をぐるぐる回っていた。それにしても、数占いについて考えるのはハーマイオニーにとって非常によくあることだったが、夢にドラコ・マルフォイが出てくるというのは、常軌を逸している。


 ついに、これからもう一度眠るのは無理だと判断して、ハーマイオニーはベッドから這い出し、スリッパを履いた。ブルーのスリッパは、なんだか年配の独身女性が履きそうなイメージだとハーマイオニーは思っていたが、それでもいつも、このスリッパは驚くほど快適だった。とりわけ、女子用バスルームへと続く板石の廊下が、裸足だと直に氷の上を歩いているように感じられるほど冷え切っている、こんな冬の早朝には。


 当然のことながら朝のバスルームにはまだ誰もいなかったので、部屋の隅にある小さなバスタブを確保することができた。プライバシーを保つための真紅と金のカーテンを片側に寄せ、鉤爪型の脚がついた大きな洗面台の横にタオルを置く。屋敷しもべ妖精たちが火をおこしてから、まだあまり時間が経っていなかったので、室内はけっこう寒かった。ハーマイオニーは壁際の小さな棚から紫色のバブルバスのボトルを選び出すと、数滴をバスタブに垂らした。すぐに紫色のふわふわした泡がぶくぶくと立ち上って、空気中がラベンダーの香りで満たされた。


 深々とお湯に身体を沈めて、ハーマイオニーは目を閉じた。意識がぼんやりとし始めていた。


 気が付くと、見たことのない部屋の中にいた。片隅に、紺色のシルクのカバーがかかった大きなベッドがある。暖炉ではあかあかと火が燃えさかり、その反対側の壁に大きなドアがあった。そのドアが突然開いて、マルフォイが入ってきた。微笑みながら、こちらに近づいてくる。


「マルフォイ? こんなところで何してるの?」


 しかしマルフォイは答えを返さず、ハーマイオニーを抱き上げて深く口付けた。ハーマイオニーは自分がキスに溺れそうになっていくのを感じたが、なんとか踏みとどまって力を振り絞り、マルフォイを押しのけた。彼は素直に手を放し、愛しげな表情で微笑んで見下ろしてきた。


「焦らすつもりか? ハーマイオニー。それにマルフォイなんて呼ばれなければならないような、いけないことをぼくはしたか?」
 その顔には心からの微笑が浮かんでいた。彼はそっとハーマイオニーの頬を撫でた。


「どうなってるの、マルフォイ?」
 ハーマイオニーは不安になって尋ねた。


 返答はなかった。頬に添えられていた手が下がって、ハーマイオニーのローブの留め金を探った。布が肩から落ちて足首のまわりに寄せられ、ハーマイオニーは静かに息を呑んだ。マルフォイはハーマイオニーの両肩に手を置き、引き寄せた。その手はゆっくりとハーマイオニーの身体に沿って滑り降りていく。そして、彼の唇がハーマイオニーの唇に押しあてられた。


 ハッとして、ハーマイオニーは目を覚ました。バスタブの縁から、泡だったお湯が滝のように流れ出していく。バスタブから這い出した。息を切らせながら、まるで、なんらかの形でその陶磁製のタブに責任があるとでも言うように、じっと睨みつける。


「そこにいるの、ハーマイオニー?」


 ハーマイオニーはあえぎそうになったのをこらえて、素早くバスローブをまとってカーテンを開き、広いバスルームを見渡した。向こう側の端に、眠そうな目をしたジニー・ウィーズリーが立って、太い三つ編みにした赤毛をほどいているところだった。


「ジ……ジニー、どうしたの、こんな早い時間に?」
 ハーマイオニーは真っ赤になりながら尋ねた。


 ジニーは口を手で覆って、大きなあくびをした。


「ロンとハリーが、今日は早めにホグスミードに行きたいって。だからわたしたちみんな、朝ご飯が終わったらすぐに出発するのよ」


 ジニーは赤毛を最後までほどき終わると、ハーマイオニーを注視した。
「大丈夫、ハーマイオニー? 顔が赤いわ」


「ええ、なんでもない。お風呂に長く入りすぎちゃっただけだと思う」
 ハーマイオニーは慌てて言い、ジニーに向かって微笑もうとした。


 ウィーズリー家の末っ子は腕を組んで、ハーマイオニーをざっと観察した。


「あなたとマルフォイのあいだには、何が起こっているの?」


 ハーマイオニーはそそくさとうしろを向いて、わざと友人のほうを見ないようにしながら、自分の持ち物をまとめ始めた。


「別に何も。例の数占いの課題を一緒にやらないといけなくなっただけよ。言ったでしょ、ジン」


 ジニーは細い目になった。
「ロンとハリーなら、それでごまかせるかもしれないけど。わたしは、あの人たちのどっちよりも、もうちょっとよく見てるのよ」


 ハーマイオニーの内側で、何かがパチンと割れた。ひそやかなすすり泣きの声をもらし、壁際に並ぶ小さなベンチの一つに、どさりと座り込む。両手で顔を覆い、自分を力づけるように、深く息を吸った。


「わたしにも、何が起こっているのか分からないの」
 ハーマイオニーはうめいた。


 ジニーは隣に腰を下ろし、片方の腕をやさしくハーマイオニーの肩に回した。


「じゃあ、何かが起こってはいるのね」
 やがて、ジニーはささやいた。


 ハーマイオニーはジニーの抱擁から逃れ、頭を反らして壁に付けた。


「ええ」
 のろのろと、答える。
「何かが起こってるの。でも、なんなのかは分からない」


「そのこと、話したい?」
 はっきりと気遣いの浮かぶ顔で、ジニーは静かに尋ねた。


 ハーマイオニーは首を振った。
「いいえ。彼のことを考えても、頭が痛くなるだけ。ハリーにもロンにも言わないでいてくれる?」


「もちろん、言わないわ。あの人たちが注意力散漫で、自分では見抜けなかったのが悪いのよ」
 ジニーはにっこりと笑って言った。


「ありがと、ジン。わたし、そろそろ着替えたほうがよさそうね。朝ご飯のときにまた会うかしら?」


「ええ。万が一わたしが遅れたら、置いてけぼりにしないでってハリーとロンに伝えて。あの人たち、今朝はずいぶん急ぐみたいなの」


 そう言うとジニー・ウィーズリーは、たった数分前までハーマイオニーが発作的に眠りこけていたバスタブのある、仕切られた片隅へと歩いていき、後ろ手でカーテンを閉めた。ハーマイオニーは腕にタオルをかけて静かにバスルームをあとにし、そっと歩いて部屋に戻った。さっきの夢は、頭の中で多少薄れてきており、ハーマイオニーは結局、あれは前の晩の夕食時にペパーミントの焼き菓子をたくさん食べ過ぎたことによる後遺症に過ぎないのだと思っておくことにした。それでも、部屋にたどり着いて今日着る制服のローブを探し始めたハーマイオニーの心に、ジニーとの会話が重くのしかかっていた。ジニーが、ハリーやロンには何も言わずにいてくれるだろうことは分かっている。しかし、ジニーが気付いたのなら、そのうちあの二人だって、気付いてしまうのではないだろうか? ハーマイオニーがドラコ・マルフォイを好きかもしれない、などということに思い至ったあの二人がどんな反応を示すかと考えると、身体が震えた。


「別に好きなわけじゃないけどね」
 黒いローブを頭からかぶりつつ、きっぱりと自分に向かって念を押す。


 ドラコ・マルフォイは自分と自分の友人たちを困らせることしかしない、甘やかされて育ったわがままなろくでなしに過ぎないのだと、ハーマイオニーはあらためて自分に言い聞かせた。しかし、額にかぶさる髪をうしろにやって小さな飾り気のないヘアクリップで留めながらも、時たま彼から発せられているように思える寂しげな雰囲気や、普段は何を考えているのか分からない冷たい灰色の目に浮かんでいたはずの暖かさを、無視できずにいるのだった。ハーマイオニーは本の入ったバッグを持って、階段を下っていった。


 談話室にたどり着くと、ロンとハリーがすでに降りてきていた。ハーマイオニーが入っていくと、二人は微笑みかけてきた。


「おい、なんでそんなもん持ってるんだよ?」
 ロンがハーマイオニーのバッグを指差して尋ねた。


「わたし、朝ご飯のあとで図書館に行くつもりなの」


「駄目駄目」
 ハリーがそう言うと、ロンも力強くうなずいた。
「きみも朝食をとったらぼくたちと一緒にホグスミードへ行くんだ」


「ねえ、ほんとにわたし、図書館に用があるんだってば。大発見になるかもしれないの。ホグズミードをぶらぶらしている場合じゃないのよ」
 ハーマイオニーは応えた。


 ロンとハリー二人ともが、その顔に決意をみなぎらせたのを見て、ハーマイオニーはこのままでは不利になるだけだと悟った。彼らの横をすり抜けて逃げようとしたが、友人たちのほうが素早かった。ロンがハーマイオニーの腕をつかまえて引き寄せ、ぎゅっと羽交い絞めにすると、ハリーがハーマイオニーのポケットから杖を抜き取る。ハーマイオニーは必死でハリーを蹴飛ばそうとしたが、ハリーはただ、満面に笑みを浮かべてうしろに飛びのいただけだった。ロンが手を放すと、ハーマイオニーはハリーに向かって突進しようとした。しかしまだ動けもしないでいるうちに、ロンが彼女のバッグをつかんで肩から引きずりおろした。カッとなって振り向くと、ハーマイオニーはロン、それからもう一度ハリー、という順で睨みつけた。


「とっても面白いことしてくれるじゃないの。さあ、杖を返してちょうだい、ハリー」


「ハーマイオニー、きみは勉強ばっかりしすぎだよ。不健康だ」
 ハリーはやさしく言った。


「そうだよ。それに、あのマルフォイの馬鹿と一緒に過ごす時間が長すぎるのも、本当に不健康だ」
 ロンが嫌悪感をあらわにして吐き捨てるように言った。


 マルフォイの名を聞いて、ハーマイオニーは自分の顔が赤くなるのを感じ、驚くほどの激しさで友人たちを睨んだ。


「ねえ、ハーマイオニー」
 ハリーが静かに言った。
「きみの生きがいが学業で、マダム・ピンスが許すなら図書館で寝泊りしたいほどなんだってことは、ぼくたちだって分かってる。でも、起きてるあいだの時間をすべてあそこで過ごそうとしているのを見ると、心配になっちゃうんだ」


 ハーマイオニーはため息をついて床を見下ろした。友人たちをないがしろにしているという自覚はあった。ここしばらくは、自由になる時間のほとんどを図書館でマルフォイと一緒に作業して過ごしている。もちろん、マルフォイは別に関係ないのだけれど。


「一日くらい休んでホグスミードに行くのも、悪くはないと思うわ」
 とうとうハーマイオニーは同意して、友人たちを心からホッとさせた。


「そうそう、ちょっとはマルフォイと離れている時間もあったほうがいいわ」
 背後から声がかかった。


 振り向くと、女子寮へ続く階段のふもとにジニーが立っているのが目に入った。ジニーが微笑みかけてくると、ハーマイオニーはゆっくりと顔に血が上ってきそうになったのを、意志の力で抑え込んだ。あとでジニーにカナリア・クリームを盛ってやるんだから、とひそかに決意する。


「よし、これで決まりなら、朝飯食いに行こうぜ。腹ペコだよ!」
 ロンが安心したようにニッと笑った。


 本が入ったハーマイオニーのバッグを、ロンが暖炉のすぐそばの椅子の上に放り投げたので、ハーマイオニーは肝を冷やした。しかし口出しする暇もないうちにジニーが前に出てハーマイオニーの腕を取った。赤毛の少女は輝くような笑顔を向け、ハーマイオニーを引っ張って肖像画の穴を抜けた。