Their Room
(by aleximoon)
Translation by Nessa F.
第 12 章 ダンス・パーティ談義
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グレンジャーは席を立って、ふたたび戸棚の中をごそごそとし始め、小さな皿に盛られたロック・ケーキを見つけた。彼女が顔をしかめて戸棚のドアを閉めると、小さな羊皮紙の切れ端がひらひらと床の上に落ちた。眉をひそめて、彼女は皿をテーブルの上に置いてから、その紙片を拾い上げた。ドラコはグレンジャーが着席すると、そのうしろから彼女の肩越しに紙を眺めた。乱雑な走り書きを見ても、最初はほとんど読み取れなかった。小さい羊皮紙は、端から端まで細かい落書きやマークで一杯だった。それが買い物リストであることに気付くまでには、しばらくかかった。
「あのとんまがでっち上げた暗号に違いない」
ドラコは言った。
グレンジャーはいぶかしげにドラコの顔を見た。
「ほら、速記ってあるだろ? ルシウスも自分だけにしか分からない速記法を使っているんだ。何かを手っ取り早く書き留めておくためのものだ。ただルシウスの場合はもちろん、個人的な速記法なら、それを知らない人間にはなかなか何が書いてあるのか判読できないという事実のほうを重視していたがな」
ドラコは愉快そうな表情で椅子の背にもたれた。ドラコはルシウスの特殊暗号なんか、筆記体で書くことを覚えるよりも先に解読できていたのだ。
グレンジャーはドラコが喋っているあいだは顔を上げてこちらを見ていたが、その後ふたたび紙片に視線を戻した。そして目を見開いた。何か小さな声で独り言をつぶやいているようだった。いきなり、彼女は立ち上がった。座っていた椅子がうしろに倒れるほどの勢いだった。もう少しでヤカンをひっくり返してしまうところだ。
「それよ!」
紙片をドラコの目の前で振り回しながら、グレンジャーは叫んだ。
「だから、何が書いてあるのかまったく分からなかったのよ!」
「なんだって?」
ドラコは驚いて訊き返した。
「それが答えよ! 暗号だわ!」
グレンジャーは歓喜のあまり、ほとんど飛び上がらんばかりだった。
「なんだ? 何が暗号なんだよ? グレンジャー、いったいなんの話だ?」
グレンジャーがすぐ目の前で跳ね回っているのを下から見上げるのは落ち着かなかったので、ドラコは立ち上がった。
「あの本。オリアリーの。ほら、全部数字で書かれているのがあったでしょ? あれは暗号なのよ!」
グレンジャーは今や本当に、あからさまな喜びに身を任せてぴょんぴょん飛び跳ねていた。
そのときやっと、ドラコにも彼女の言っていることが理解できた。そしてそれは、うなずける話だった。もちろん、あれらの本は、なんらかの暗号で書かれているのに違いない。どうしてもっと早くに自分で気付けなかったのかと、ドラコは少し落ち込んだ。そうこうしているうちに、グレンジャーはドアに走り寄っていた。ノブに手をかけて、こちらを振り返る。
「何してるの! 図書館に行かなくちゃ!」
グレンジャーが何をしようとしているのかを悟ったドラコは、とっさに部屋を横切って走った。グレンジャーの手首をつかんで、彼女がドアを開く前に引き戻す。グレンジャーはうしろによろめいて、ドラコのほうに倒れかかってきた。ドラコの腕が勝手に動いて、彼女の身体に回された。彼女はドラコにぶつかって身を固くしたが、すぐに力を抜いた。ドラコは彼女が体勢を立て直すのに手を貸したが、そのあとも腕を解かなかった。心臓の音が激しくなっていくのを感じながら引き寄せる。グレンジャーが顔を上に反らせたので、ドラコはさらに強く抱き寄せて、自分の頭を下げていった。
「ハーマイオニー! いったい、何やっとる?」
ハグリッドの声が、小屋じゅうにとどろいた。
少しのあいだ沈黙が流れて、ドラコはハグリッドの浅黒い顔をただ見上げていた。おそらく、まさにこのとき初めて、半分巨人であるというのがどういうことなのかを、実感しながら。大きな黒いブーツが自分の頭を踏み潰しているイメージが脳裏に浮かんだ。突然、グレンジャーがドラコから身を離したのでドラコは白昼夢から抜け出て我に返った。あまりにも勢いよくドラコの腕から抜け出したので、ドラコはバランスを崩しそうになった。
「ハグリッド、帰ってきてくれてよかった!」
気を昂ぶらせたグレンジャーの声は、普段よりも数オクターブは高かった。
ハグリッドは大きな図体に似合わぬ俊敏さで動いた。大きな手でドラコのローブの襟首を引っつかみ、床から吊り上げる。
「おまえさん、いったいどういうつもりだ? えっ?」
低く、脅しつけてくるような声だった。
「ハグリッド、違うの。おねがい。勘違いよ!」
グレンジャーが、甲高くなった声で懇願するのが聞こえた。
「マンティコアがいたの。わたしたちを追いかけてきて。城まで戻る余裕がなかったの」
ハグリッドが手を放したので、ドラコは板張りの床の上に落とされた。ぜいぜいと呼吸を整えながら顔を上げると、ハグリッドはグレンジャーのほうに向いたところだった。
「たしかか、ハーマイオニー?」
グレンジャーがうなずくと、ハグリッドは二人の横をすり抜けて暖炉の前にかがみ込んだ。押し殺した声でいくつかの単語をつぶやくと、突如として爆発するような発光があり、炎が透明になった。渦巻く煙の向こう側に、校長室が見えた。
「ダンブルドア先生? 聞こえてらっしゃいますかね?」
ハグリッドは炎に向かって呼びかけた。
「なんじゃね、ハグリッド?」
炎の中にダンブルドアの顔が現れた。
「先生のおっしゃるとおりだった。やつは戻ってきやがりました。ハーマイオニーとマルフォイをおれの小屋に追い込んだです」
「すぐにそちらに行くよ、ハグリッド。待っていておくれ」
校長の顔が消えた。
ドラコは立ち上がって、問いかけるような表情でグレンジャーをちらりと見た。グレンジャーは曖昧に肩をすくめた。二人はそこに突っ立ったまま、ただハグリッドを見つめていた。半巨人はベッドの足元に置いてあった大きなトランクの中を漁っていた。やがて大きな石弓と、布包みを取り出す。古ぼけたキルトの上で布を開くと、中から現れたのは数本の太矢だった。先端部分が何でできているかを見たドラコは、驚きに目を見開いた。
「嘘でしょ。まさか、ドラゴンの歯?」
グレンジャーがささやいた。
ドラコはひそかに微笑んだ。彼女は本当に勘が鋭い。もちろん、偉そうな知ったかぶりやだというのには目をつむらなければならないが。
「ああ」
太矢を一本ずつ確認しながら、ハグリッドは答えた。矢は全部で七本あるようだった。
ハグリッドがそんなものを所持していたと知ってドラコは驚嘆していた。ドラゴンの歯は非常に入手が困難であるため、極めて貴重なのだ。成獣の歯は、ダイヤモンドにも匹敵するほどの硬度があり、どんなものでも貫くことができる。ルシウスは刃の先にほんのちっぽけなドラゴンの歯が付いただけの小さなナイフを大いに自慢していた。それがここにいるうすのろは、矢筒をいっぱいにするほどの歯を抱え込んでいるのだ。
「じゃあ、殺してしまうつもり?」
グレンジャーが弱々しく尋ねた。
「ああ。見つけられたらだがな」
ハグリッドは答えた。
「おまえさんが、大半の魔法生物の権利にこだわりがあるのは知っとるがな、こいつはやっつけてしまわんといかん。おれも辛いが。でないと、いつまでもおまえらを諦めんだろうから」
「でないといつまでもぼくらを諦めないって、どういうことだ?」
ドラコは問いかけた。
「つまりじゃな、ミスター・マルフォイ」
素早く背後を振り向くと、戸口に校長が立っていた。一歩下がったところにスネイプもいる。
「マンティコアは凶暴なことで有名じゃが、多くの人々が気付いていない特徴もある。マンティコアは、いったん狙った獲物はめったに逃さないんじゃよ」
「それはつまり……」
グレンジャーが何か言いかけたが、校長はさらに言葉を継いだ。
「そうなんじゃ、ミス・グレンジャー。わしはなんとなく直感で、あのマンティコアは中断された食事を続けるためにこの付近に居残っているのではないかと思っておった。さてセブルス、二人を城まで連れ帰ってくれるかの? ハグリッド、わしらはマンティコアのほうをなんとかしにゆこう」
何も言い返せずにいるうちに、気が付くとドラコはスネイプ教授、グレンジャーと一緒に城へと戻る道を歩いていた。スネイプ教授はどちらに対しても無言だった。保護者の役割を押し付けられて憤っているような態度だった。大きなドアから中へ入ると、スネイプ教授は足を止めた。
「さあ、ミス・グレンジャー。このまま自分の寮の談話室へ行きたまえ。ドラコ、きみもだ」
「でも先生、マルフォイとわたしは図書館に行くつもりだったんです」
グレンジャーは早口で言った。まだその目に興奮が残っているのが、ドラコには分かった。
「きみとミスター・マルフォイは、今日のところは充分に長い時間を共に過ごしたと思わんかね? まったく、人聞きの悪いことだ」
スネイプ教授は無情に言い捨てた。
「グレンジャーのせいじゃありません、先生」
思わず、ドラコの口から弁護の言葉が飛び出した。
スネイプはくるりと振り向いてドラコを見た。グレンジャーもショックを受けているようだった。ドラコは顔が赤くなりそうなのを懸命に抑え込み、それ以上は何も言わず、身をひるがえして地下牢に向かった。
(第 13 章につづく)
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