2004/1/17

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 12 章 ダンス・パーティ談義

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 ドラコは投げやりな態度で放牧場のフェンスにもたれて、グリフィンドール生とスリザリン生が入り乱れているようすをぼんやりと眺めていた。気がつくと視線はグレンジャーのほうに流れていた。彼女はポッター、ウィーズリーと一緒に、ハグリッドの小屋の正面の広い空き地のはずれに立っていた。彼らは半巨人のほうにはまったく注意を払わず、ひそひそ声で語り合っていた。時々、三人のうちの誰かが不安そうに肩越しに背後をちらちらと見て、誰も立ち聞きしていないことをたしかめている。グレンジャーがうしろを振り向くと、茶色い巻き毛が太陽の光に透けた。いつもの濃い茶色が明るい金褐色に見えて、ドラコは驚いた。別にグレンジャーの髪が予想外にさまざまな色をしていたって、なんの興味もないのだけれど。グレンジャーはドラコが見ていることに気付いたらしく、こちらに視線を向けてきた。一瞬、彼女は微笑みかけてきそうになったが、ドラコが冷笑を浮かべてみせると、気を変えたようだった。


 大きな声が響き渡ったので、ドラコはグレンジャーから目を離して、ハグリッドが何やらまた新しい怪物を連れてきたらしい放牧場の中央を見た。


「こいつぁベゼキラっちゅうもんだ。おっと、気をつけてな、フィネガン。近寄らねえほうがええ」


 ドラコは鼻で笑った。この生き物は、ちょっと大きめのライオンと大して変わるところがなかった。ただ普通のライオンと違うのは、このハグリッドの新しい "ペット" が、燦然と輝いていることだ。豊かなたてがみが光の中できらめいて、見ていると目が痛くなりそうなほどだった。


 ベゼキラはちょうど睡眠中だったが、少なくとも体長は七フィート、そして立ち上がればおそらく、頭の位置は地面から五フィート以上にはなると思われた。図体ばかり大きい間抜け教師はベゼキラの魔法の能力を並べ立てていたが、ドラコにとってはほとんどどうでもよかった。冬休みに入る前の、最後の授業日だった。今の関心事は、寒さを逃れることと、あの "驚異の三人組" の動向を見守ることだけだ。


 耳をつんざくような咆哮で、ドラコはハッと我に返った。大きな黒いボアハウンドが、脇を走り抜けていった。ハグリッドが犬だと主張している獣は、楽々とフェンスを飛び越え、眠っているライオンに向かって脅しつけるように唸った。対する猫科の獣はけだるく片目を開き、大義そうに伸びをした。ぼんやりと興味を抱いたようすで、周囲を観察している。犬は低い唸り声をあげながら、巨大な猫に近づいていった。猫は気持ちよさげにあくびをして、犬の長い鼻先を横から引っ叩いた。


 犬はものすごい悲鳴をあげて放牧場を突っ切り、もといたところに戻っていった。しかしベゼキラはこのささやかなゲームに飽き足らず、大きな犬を追いかけて素早くフェンスを越えた。


 ドラコは興味津々で、この大きな猫が周囲の生徒たちを値踏みするさまを眺めた。


「さあ、おまえさんたち、慌てるんじゃねえぞ。逃げ回るこたぁねえだ」
 ハグリッドが声をひそめて言った。


 しかし多くの動物がそうであるように、ベゼキラは恐怖心を嗅ぎ取ることができる。ベゼキラは大きな金色の目をロングボトムに向けて、シャーッという声をたてた。間抜けなグリフィンドール生はヒステリックなキーキー声をあげて身をひるがえし、城の方向に走り始めた。


 猫がすぐさま追いかけっこを始めて、嬉しそうにロングボトムの踵にじゃれついているのを見て、ドラコは思わずニヤニヤとした。いつも英雄ぶっているポッター、それにウィーズリーが、杖を構えてロングボトムのほうに駆けていく。ハグリッドもまた、懸命に彼らのあとを追っていた。湧き返るような大騒ぎになったので、ドラコはますます笑みを深くした。グリフィンドール生一同が恐怖の表情で見守る一方で、スリザリン生たちは笑いすぎでどうにかなりそうだった。


 ロングボトムが丘の向こうに姿を消したので、ほかの生徒たちもそちらに向かった。面白い見ものを逃したくなかったので、ドラコは寄りかかっていたフェンスを背後に押しやるようにして身を引き離した。クラッブとゴイルに合流しようとしたとき、ふいに足が止まった。奇妙な感覚に襲われたのだ。なんだったのかはよく分からなかったが、ドラコはそのまま動かずに、また同じ感覚がやって来ないかと待ち受けた。案の定、またしても妙な感覚がやってきた。誰かに呼ばれているようなかんじだ。肩越しに振り返ってみたが、ほとんどの生徒はすでに空き地を離れており、まだ残っている生徒の中にも、ドラコに注意を向けている者はいなかった。あの感覚がふたたび襲ってきた。今度はさっきより強く、急き立てるような意思が感じられた。ドラコはきびすを返して、ハグリッドの小屋のほうへと戻っていった。どこか馴染みのある、しかし心が乱されるような感覚だった。小屋の横を通り過ぎ、あたりを見渡す。小屋の裏側から森へ入ったところに、小さな納屋があった。ゆっくりと近づいていく。そしていきなり、立ち止まった。何かがこちらを見ている。しかし、木々以外には何も見えなかった。結局あの不思議な感覚の正体は分からないままでかまわないと判断し、城に戻って美味しい昼食を取るのが今後の行動としては妥当だと思ったちょうどそのとき、耳に届いた声があった。


「じっとしててよ、ファング! じっとしてくれないと手当てしてあげられないわ」


 ドラコはため息をついた。
(なんだって彼女は、ぼくが行く先々に現れるんだ?)


 納屋の角を曲がると、グレンジャーが必死の形相で大きな犬の首輪をつかんでおこうとしていた。犬はしきりに逃げ出そうとしていた。すでに小屋のほうに駆け出していないただ一つの理由は、グレンジャーがどうやったものだか犬の首輪にロープを結んで、反対側の端を背の低い若木のまわりに何度も巻きつけてあることだった。そのため、若木は犬がもがくのに引っ張られて、てっぺんがほとんど地面につきそうになっていた。


「何をやってるんだ、グレンジャー?」
 ドラコは冷ややかな声で問いかけた。


 グレンジャーはびっくりして顔を上げた。手には小さな壜を持っている。傷口用の膏薬だ、とドラコは気付いた。ドラコもクィディッチでさまざまな怪我をするたびにマダム・ポンフリーにあれを塗られているのだ。どうやらグレンジャーは、犬の鼻先にできた深い裂傷に薬を付けようとしているらしい。


「見て分からないの、マルフォイ」
 グレンジャーはむっとした顔でつんけんと言った。


 そう言いながら、グレンジャーがさりげなく大きな犬の身体の向こう側に移動したことに、ドラコは気付いた。ここ最近の彼女は、いつもこんなふうだ。二人のあいだに何か実体のある物が置かれるように気を配っている。そのほうがいい、とドラコは思った。近づきすぎると、いつも妙な気分になるから。落ち着かない。


 納屋を取り囲む狭い空き地の外の一方から、枝が折れるような音が聞こえた。ドラコは耳を澄ませてさらに何か物音を聞き取ろうとしたが、その後はずっと静かだった。静かすぎるほど。


「グレンジャー。ここを離れたほうがいいと思う」
 杖を取り出しながら、ドラコは低い声で言った。


「どうして? どっちにしてもあなたと一緒にどこかに行ったりはしないわ」


 ドラコは半目になった。胸の前で腕を組んだグレンジャーにやたらと非難めいた表情を向けられると、段々と強くなってきていた嫌な予感が念頭から消えてしまった。しかし、今度はさっきよりずっと近いところでふたたび枝の折れる音がして、危険が迫ってきていることを思い出させた。大きく歩を進めて、ドラコはグレンジャーの手首をつかみ、犬から引き離した。


「あちら側に何かいるんだ、グレンジャー。逃げないと」
 グレンジャーが手を振りほどこうともがくのを抑えながら、荒々しく告げる。


 グレンジャーは、明らかに信用していない顔で見返してきた。それから、犬のほうを見下ろす。ボアハウンドは自由になろうともがくのを一向にやめていなかった。大きな目で懇願するようにハーマイオニーを見上げてから、犬はその両耳をぺしゃりと頭につけて、森の奥に向かって唸り声をあげた。


 グレンジャーは目を丸くして暗い森のほうに視線をさまよわせ、何か動くものがないかと探した。突如として、ドラコのなかにふわりと暖かい気持ちが込み上げた。長いあいだ一度も感じたことのなかったほどの、ゆったりとした気分。グレンジャーの手首を放すと、彼女は振り向いて、問いかけるようにドラコの顔を見た。大きな茶色い目が、心に焼きつくように思われた。


(そうだな)
 どこか遠いところで、ドラコは考えていた。
(このまま、ただずっとこの目を見ていられたらいいのに)


 ものすごい眠気が押し寄せて、ドラコはその場に座り込んで眠ってしまいたくてたまらなくなった。


「マルフォイ?」
 グレンジャーの鋭い声で、ドラコはハッと現実に引き戻された。


 周囲を見回す。頭の中を、濃霧が通り過ぎていったような気分だった。突然、ドラコは自分たちに向かってきているものの正体を悟った。


「マンティコアだ、グレンジャー」
 ドラコはささやいた。


「なんですって!? そんなはずないわ!」
 グレンジャーは言った。


 しかし反論に時間を割く気はなかった。あの奇妙な感情の噴出は、前にも経験したことがある。まさに、あの忌むべき生き物を檻から出したときに。ドラコはグレンジャーの腕をつかんで引っ張り、来た道を帰ろうと急いだ。走り出したい気持ちを抑え込みながら。なるべくなら、餌食として追い詰められたようにふるまうことは避けたかった。


「でもファングが」


「犬なんか放っておけ!」
 ドラコはきつい声で言いながら足を速めた。


「駄目よ!」
 グレンジャーは泣きそうな声で言い、腕をひねってドラコの手から抜け出した。


 ドラコは、彼女がさっきの場所へ走って戻っていくのを眺めた。どうしてさっさとグレンジャーを置き去りにしなかったんだろう。そんなに死にたいのなら、勝手にさせておけばいいじゃないか。しかし、そういうわけにはいかなかった。苛立ちのあまりうめき声をあげ、ドラコは彼女のあとを追って走り出した。








※ベゼキラ (Bezekira) は、テーブルトーク RPG「AD&D」に
出てくるモンスターだそうです。
白状すると翻訳者は RPG には詳しくないので、「このカタカナ表記は
不適切」、「日本語の定訳が別に存在する」などの問題がありましたら
ご教示をよろしくお願いします。