2003/12/27

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 10 章 余波

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 ドラコは、自分の魔法薬に必要なイモ虫の卵を几帳面に数えた。スネイプ教授はその他の材料を板書するのに忙しく、ポッターとウィーズリーのほうから聞こえてくる低いつぶやき声には、気付いていないようだ。ドラコは歯を食いしばって、乳鉢に入れた卵をすりつぶし始めた。ポッターとウィーズリーがそんなに面白がっているのがなんであれ、絶対にそちらに目をやったりはしないつもりだ。この二人のほうを見るということは、彼女の姿を見るということでもあるのだ。


「穢れた血」
 ドラコは声をひそめてささやいた。


 あの夜から一週間近くが経っていたが、ドラコはあれ以来ずっと、内心で苛立っていた。自分が取った行動の報いを受けることを、ドラコは覚悟していた。スリザリン生のあいだでは村八分になり、廊下ではひそひそと後ろ指をさされ、ポッターとウィーズリーからはすさまじい怒りの視線を浴びせられるに違いない、と。しかし、あの夜のクィディッチ場での出来事による影響は、今のところ何もなかった。グレンジャーが徹底的にドラコを避けていることと、ドラコが説明しがたい空虚さを感じていることを除けば。この空虚さをドラコは、きっと試合で精神が昂ぶっているせいだろうと、おざなりに看過していた。グレンジャーに無視されていると思ったことは前にもあったが、今回は特別だった。図書館で顔を合わせることもなければ、例の部屋で見かけることもまったくない。今でもドラコと同じペースで作業を続けてはいたが、いったいいつ、それをやっているのかは、見当もつかなかった。あの試合の翌日、ドラコは一日中、図書館のあの部屋で待ちつづけた。理由の半分はグリフィンドール生たちから向けられる優越感に満ちた視線を避けるためだったが、もう半分の理由は、グレンジャーと対峙するためだった。会いたいわけではない、あの不祥事についてグレンジャーに口止めをするためだ、と彼は自分に言い聞かせていた。しかしグレンジャーは、現れなかった。数占いの授業では、グレンジャーは同じ机を共有してはいても、できるだけドラコから離れたところに座った。彼女の石のような沈黙は、今までに投げつけられてきたどんな非難の言葉よりも、腹立たしかった。さらに悪いのは、彼女がまるで、ドラコがそこに存在もしていないかのようにふるまうことだった。マルフォイ家の者を無視するなんて、よくもそんなことを。


 教室を立ち去ろうとすると、クラッブとゴイルが両脇を固めてきた。神童ポッターとウィーズリーは、バッグの留め金が嵌まらなくてもたもたしているグレンジャーを待っている。彼女はしょっちゅう、あの留め金で苦労しているようだ。立ち止まって嵌めてやりたいという不可解な気持ちが湧き起こったが、そこへ突然、トーマス――別の忌々しいグリフィンドール生――がグレンジャーの肩越しに覗き込んで、留め金を嵌めた。グレンジャーが少年に対して輝くような笑顔を向けたのを見て、ドラコは一瞬、カッとなった。そのまま彼らの横をすり抜けて追い越し、廊下に出る。クラッブとゴイルが必死に追いかけて来た。


「ミスター・マルフォイ?」


 素早く振り向くと、目の前にいるのはホグワーツ校長だった。クラッブとゴイルは後ずさって年老いた教授から距離を取り、ドラコのほうに不安げな視線を向けた。


「ちょっと話をせんかね?」
 ダンブルドア教授は愛想よく微笑んでから、身をひるがえして歩み去っていった。ドラコはその後に続くしかなかった。


 ダンブルドア教授はすれ違う生徒たちに笑いかけたりうなずいたりしながら、回廊から回廊へと機嫌よく進んでいった。いったい、あとどれだけ歩き続けることになるのだろうとドラコがいぶかしみ始めた頃になって、ようやくダンブルドアは足を止めた。見回してみたが、ガーゴイルの石像以外には、何もないところだ。校長はドアのほうを向いて、低い声で何かの言葉を発したが、ドラコには今ひとつ聞き取れなかった。ガーゴイルはその石でできた足を伸ばして、のんびりと脇に退いた。ドラコの目が見開かれたが、彼が驚いたということを示すしるしはこれだけだった。それに気付いた校長はひそかに笑みをもらし、ドラコを校長室に導き入れた。


 ドラコは平然とした態度でダンブルドアの机の前に立った。校長に見つめられると、非常に落ち着かなかった。その顔に浮かぶ表情は、何事かを期待しているようだった。校長はドラコのほうから口火を切るのを待っているのだと気付いて、ドラコはハッとした。


「お話があるということでしたが、ダンブルドア先生?」
 ドラコは一生懸命、声ににじみ出てきそうになった嘲るようなけだるい調子を押さえ込んだ。ダンブルドア教授は、いかれた爺さんかもしれないが、強力な魔法使いでもあるのだ。


「実はじゃな、ミスター・マルフォイ。わしは、きみのほうから何かわしに話があるのではないかと考えておった」
 ダンブルドアは、青い目をキラキラと輝かせながらドラコの顔を見た。


 ドラコは落ち着かない気持ちで、目をそらした。たしかにグレンジャーには、特に口止めはしていない。しかしどういうわけだか、ドラコは彼女が何も言わないだろうと思っていたのだ。


 ダンブルドアはドラコが口を開くのを数分のあいだ待っていたが、とうとう小さくため息をついて、机の中から一通の手紙を取り出した。


「お父上が、きみを手元に置きたいと望んでおられる。ホグスミードからロンドン行きの列車に乗るようにとのことじゃ。どうやら、わしのもとにいては、きみの身の安全が保証されないとお考えらしい」
 そこで言葉を切って、ダンブルドアはドラコの反応を待った。その明るい瞳の輝きが、一瞬だけ翳った。


 ドラコとっさに飛び上がって、嫌です、ルシウスのもとには戻りたくありません……と叫びたい衝動にかられた。きっと殺されるか、あるいはもっと悪い状況に引きずり込まれるに違いないと説明したかった。すべてをダンブルドアに話したいと思った。しかし実際に口から出た言葉はただ――
「分かりました。いつ発つことになっていますか?」


「ミスター・マルフォイ、わしが耳にした噂では、ホグスミードにデスイーターが現れたと言う。きみが最後にあそこを訪れたとき、彼らはそこにいたのではないかな? どうじゃね?」
 ダンブルドア教授はふたたび言葉を切って、ドラコの反応を待った。


 ドラコはこぶしを固めて、床を睨みつけた。屋敷に戻らねばならないことで生じていた恐怖の感情が突然、すべて怒りに変わった。グレンジャーは誰にも言わないだろうと信用していたのだ。思わず、マグル好きと評判の人物の前に座っているということも忘れ、ドラコはほとんどの魔法使いが聞くなり激昂するだろう言葉をささやいた。


「穢れた血め」


 ダンブルドアは眉を上げてドラコを見た。
「その愉快な形容詞は、ミス・グレンジャーのことを言っておるのであろうと思うのじゃが?」


 ドラコは、まだ床を睨み続けていた。裏切られた気持ちだった。他人を、それもポッターの仲間の一人を本気で信用するなんて、自分が無分別だったのだ。あいつらは今頃、グリフィンドール寮の談話室で顔をつき合わせて、グレンジャーが一部始終を話すのに耳を傾けていることだろう。


「言っておくがね、ミスター・マルフォイ。ミス・グレンジャーは、きみの秘密については一切、口外しておらぬよ」


 顔を上げると、ダンブルドアのキラキラした目と視線がかち合った。そして、気付いた――校長が言っているのは、ホグスミードでのことについてだけではない。顔が赤くなっていくのが自分でも分かって、ドラコはいきなり立ち上がった。


「お話はこれだけですか、校長先生?」
 もうこれ以上、この老人と一緒に座ってはいたくなかった。その目に浮かぶ、いかにも事情を承知しているといったふうな輝きに、とてもうんざりしてきていた。


「そうじゃな、ミスター・マルフォイ。これだけじゃ」
 そう言ってドラコを見送ったダンブルドア教授の目からは、愉快そうなようすは消え失せていた。部屋を出て行く少年の後姿を見つめるその顔には、哀れみの表情が浮かんでいた。