2003/12/20

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 9 章 クィディッチ場での出来事

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「ハーマイオニー」
 ロンがささやきかけてきた。ハーマイオニーはまっすぐ前を向いて、黒板に何かを書きつけているスネイプを見つめた。


「なあ、ハーマイオニー。ごめんって言っただろ」
 ロンは懇願していたが、ハーマイオニーはまだ頑としてそちらを見ずにいた。


「お願いだよ、ハーマイオニー……」
 ロンがもう一度言うのを聞いて、ハーマイオニーは敢えて視界の片隅でちらりとそちらを見た。そしてたちまち、見るんじゃなかったと思った。ロンは、あの大きな青い瞳でハーマイオニーをじっと見つめていた。哀れを誘う、仔犬のような目だ。ロンはハーマイオニーのほうに向かって眉を上げ、少しだけ笑みを浮かべた。


「分かった、分かったわよ。謝罪を受け入れるわ。だからもう、そんな目で見ないで、ロン」
 ハーマイオニーはロンに微笑み返した。


 隣に座っていたハリーが、目に見えてリラックスした。彼は、ロンとハーマイオニーが互いに口を利かないでいる状態が苦手なのだ。ハーマイオニーはスネイプに注意を戻し、魔法薬に必要となる材料を書き写し始めた。今日の課題は肥大薬だった。これは標準的な肥らせ魔法ほど簡単には調整できない。スネイプがこれを課題にしたのは、まさにそれが理由かもしれなかった。


「黄金虫の目玉はいくつ要るんだっけ?」
 机の上に盛った中から勘定しつつ、ハリーが尋ねた。


 ハーマイオニーは、リストにざっと目を通した。
「黄金虫の目玉は五つよ」


「たくさん出し過ぎた」
 ロンは自分の机の上の山盛りになった目玉を見て考え込み、横目でハリーを見た。ハリーは顔を上げて、その目玉を一つ、教室の反対側に指先で弾き飛ばし、クラッブの後頭部に当てた。クラッブが振り向いたときには、ハリーもロンも熱心にクサカゲロウを刻んでいた。クラッブが混乱した表情で机に向き直ると、ハリーとロンは声を殺して笑い始めた。


「見ていたぞ、ミスター・ウィーズリー。グリフィンドール十点減点。ああ、それから、その魔法薬はそろそろ、試してみてもよさそうだな」
 スネイプ教授が、のしかかるように二人のうしろに立った。
「さあ、ウィーズリー。自分の魔法薬を飲みたまえ」


 ロンはぶくぶくと中身が泡立っている自分の大鍋を疑わしげに見下ろしてから、小さなビーカーがいっぱいになるまで魔法薬を汲み上げ、一気に飲んだ。その途端ポンポン、という小さな音がして、ロンの両耳が通常の四倍の大きさに膨れ上がった。スリザリン生全員が、残酷な笑い声で沸き立った。ロンの顔は見事な真っ赤になった。スネイプは教室の一番前まで歩いていって、黒板に宿題の内容を記した。


「いいざまだな、ウィーズリー」
 教室の隅から、マルフォイがけだるい声で言った。
「その耳は、とある穢れた血の歯を思い出させるなあ」


 ハーマイオニーは怒って顔を赤くしたが、ロンがマルフォイのほうへ飛び出して行こうとするのを、ローブの背中をつかんで引き止めた。


「ロン、相手にする価値もないわ。マルフォイを攻撃したら、スネイプに処罰を食らってしまうでしょ」
なだめるように、ハーマイオニーは言った。


「ハーマイオニーの言うとおりだ、ロン。スネイプなら、きみが明日の試合に出場できないようにすることだってやりかねない」
 ハリーもそう付け加えながら、ロンの反対側の隣に移動してその腕をしっかりとつかんだ。
「いいかい、とにかく、試合のときまで待つんだ」


 ロンは振り返って二人を見た。そして、うなずいた。
「そうだな、試合で思い知らせてやる」




 ハーマイオニーは観客席で、ジニーとネビルのあいだに座っていた。すぐ前の列にはシェーマスとディーンがいる。冷たい風が吹いてきて、ハーマイオニーはマントをしっかりと身体に巻きつけなおした。森の上空に濃い灰色の雲が低く垂れ込めていて、もうすぐ雪が降りそうなかんじだ。さらにしばらく雲のようすを見ていたハーマイオニーは、ここ最近いくらか馴染んできた、とある目の色にそっくりだと思った。


「わあっ! ハーマイオニー、始まったわよ!」
 ジニーが甲高い声で叫んで、ハーマイオニーの腕をつかんだ。


 両チームが一気に空へと舞い上がり、マダム・フーチの吹き鳴らす笛を合図に、それぞれのボールが解放された。試合は、非常に速いペースで進んでいった。ハリーがほかの選手よりもはるか上のほうに滞空してスニッチに目を光らせる一方で、マルフォイは下のほうであちらこちらに移動していた。突然、ハリーが下方に突っ込んだ。ジニーはハーマイオニーの腕をつかんでいる手の力を強め、さらに興奮の悲鳴をあげた。しかし、ハリーは手に何も持たないままで体勢を立て直した。ロンはスリザリン側から繰り出されるショットを次から次へとブロックしていた。ハーマイオニーとジニーは、シーズン最初のグリフィンドールの試合でのロンの活躍に、喜びのあまり我を忘れそうだった。


 双子の片方にもう少しでブラッジャーがぶつかりそうになったとき、ジニーはハーマイオニーの手にすがりついた。ブラッジャーは打ち返されて、くるくる回りながら遠ざかっていった。ハーマイオニーが見ていると、ボールは突然、次の標的を定め、マルフォイへの最短コースを取った。ハーマイオニーは大きく目を見開いて、ブラッジャーがマルフォイの頭を目指してまっすぐに飛んでいくのを見つめた。彼はまだ気付いていない。マルフォイとハリーは二人とも、スリザリンのゴール・ポスト付近の地面すれすれのところで金色の光がひらめいたのを確認して、そちらのほうへ同時に急降下していた。観客は総立ちになった。二人のシーカーがものすごい勢いで高度を下げながら飛んでいく一方で、恐ろしいブラッジャーも、何も知らずにいるマルフォイに追いつきつつあった。ハーマイオニーはジニーの手をぎゅっと握り締めて唇を噛んだ。もう、ハリーは目に入っていない。意識のすべてが、マルフォイに向かっていた。マルフォイとブラッジャーは、とても近い。あいだにある距離はたったの十フィート、それから、五フィート。ブラッジャーが今にもマルフォイの後頭部にぶつかろうとしたとき、彼は突然それに気付いて方向転換した。ハーマイオニーの口から小さな悲鳴がもれた。次の瞬間、ハリーがスニッチを捕まえていた。試合終了。グリフィンドールは百八十点を獲得して勝利した。スリザリンの点数はゼロだ。ブラッジャーが元の箱に押し込められ、マルフォイがゆっくりと地面に下って箒から降りるのを、ハーマイオニーは見つめ続けた。ふと気が付くと、まだジニーの手を握ったままだった。年下の少女は、ショックを受けたような表情を向けてきていた。明らかに、ハーマイオニーがハリーの無事を祈って怯えていたのではないということを見てとっている。顔が赤くなるのが自分でも分かった。慌てて顔をそむける。


「さあ、行きましょ、ジニー。お祝いを言って来なくちゃ」
 返答を待ちもせず、ハーマイオニーは階段を下り始めた。


「ハーマイオニー」
 ジニーが呼びかけてきたが、ハーマイオニーはただ歩く速度を早めただけだった。


 全グリフィンドール生が、自分たちの寮チームのメンバーがテントから出てくるのを待ち受けているようだった。選手たちは即座に大勢の生徒たちに胴上げされ、皆は騒々しい行列をなして選手たちを担いだまま校舎へと戻っていった。ハーマイオニーとジニーもそれに加わり、一緒に城に向かった。きっと誰かが台所に下りて行って、屋敷しもべ妖精たちから食べ物を調達するだろう。全寮生が、何時間も夜更かししてお祝いを繰り広げるに違いなかった。しかしハーマイオニーは、一緒に祝う気にはなれなかった。寮チームが、そしてハリーが勝利を収めたことは嬉しい。しかしみぞおちのあたりに、どうしても消えないものがわだかまっていた。マルフォイに同情する気持ち。今回は、本当に勝利まであと一歩だったのだ。


 すでに皆が観客席を離れて、学校に戻っていくところだった。ハーマイオニーは大きな扉の前で足を止め、フィールドのほうを振り返った。思ったとおり、段々と暗さを増していくなかにぽつんと立ち尽くしている、人影が一つ。ハーマイオニーは人の流れの外に出て、ほかのグリフィンドール生たちがみんなで嬉しそうに談笑しながら階段を上っていくのをよそに、その人影を見つめ続けた。ほとんど全員が扉の向こうへ行ってしまうまで待ってから、身をひるがえしてフィールドのほうへと戻っていく。マルフォイはクィディッチ場の脇に出たところに立っていた。日が沈んでしまった今はもうとても暗く、ハーマイオニーはその姿をほとんど見ることができなかった。マルフォイはこちらに背中を向けて、禁じられた森の上空の暗闇を凝視していた。


「マルフォイ?」
 ハーマイオニーは、彼に近づいて傍らに立ち、そっと声をかけた。


 マルフォイはこちらを見なかった。
「何か用か、グレンジャー?」
 苦い声で尋ねる。


「わたし……わたし、ただ……」
 しかしハーマイオニーの声は次第に小さくなって立ち消えた。どうしてここに戻ってきてしまったのか、正確なところは自分でも分からなかった。


「当ててみせようか」
 マルフォイがハーマイオニーの顔を見た。
「どういうわけだか、きみはその頭の中で、きみとぼくが友人同士だという錯覚を起こした。そして壊滅的な敗北を喫したぼくを慰めてやらなければと思った。どうだ、正解か? グレンジャー」
 腹立たしげに目を光らせて、マルフォイは脅しつけるようにハーマイオニーのほうに一歩、足を踏み出した。


 突然、ハーマイオニーは自分が今、安全で暖かい室内にいるのならよいのにと思った。周囲で吹きすさぶ風よりもよほど冷たい目をしたマルフォイと一緒に、戸外にいるのではなく。


「そのとおりよ。わたし、どうかしてたんだわ」
 ハーマイオニーはきびすを返そうとした。しかしそのとき、マルフォイはいきなり彼女の腕をつかんだ。


「マル……」
 口から出かけた言葉は、マルフォイの唇が強く押し付けられたために遮られた。ハーマイオニーは硬直した。しかしマルフォイはさらに彼女を引き寄せ、さらにきつく口づけただけだった。痛いほどに。思わず、苦痛を訴える小さなすすり泣きのような声がもれた。その途端、マルフォイの触れ方がとても穏やかになった。ハーマイオニーの背中に片方の腕を回して、しっかりと口づけてくる。その唇は、意外にも暖かかった。あまりにも衝撃が大きくて、ハーマイオニーは彼を押しのけることができずにいた。意識の裏側で、小さく警報が鳴っていた。これはマルフォイなのだと、自分の敵なのだと、叫ぶように警告している。しかし突然、そんなことはどうでもよくなった。ハーマイオニーは両腕を上げて彼の首に回し、自分からもキスをした。彼は驚愕のあまり、一瞬ハーマイオニーから手を離しそうになった。しかしすぐにその驚きを乗り越えてキスを深めた。さらに抱き寄せられると、ハーマイオニーは自分の周りで世界がぐるぐると回転しているような気持ちになった。みぞおちのあたりから、あの奇妙な震えがふたたび湧き起こってきていた。全身の力が抜けてしまったようなかんじだったので、マルフォイの力強い腕が身体に回されて支えてくれているのが、ありがたかった。キスをやめても、マルフォイはそのまま離れなかった。手を放すことを恐れてでもいるように、さらに強くしがみついてきた。ハーマイオニーの首もとの曲線を覆う、柔らかくカールした髪にマルフォイは顔をうずめた。ハーマイオニーは、とても暖かく守られているような安心感を覚えた。今のこの一瞬が、永遠に続いてもかまわない。微笑みながら、目を閉じた。そしてそのとき、マルフォイが低くかすれた声をもらした。


「なんてことをしてくれるんだよ、穢れた血」


 ハーマイオニーは身をこわばらせた。周囲の世界が崩壊していく。ここにいるのは、マルフォイなのだ。身体の奥深くから段々と、鋭い痛みを伴う怒りの感情が膨れ上がってくるのが分かった。精一杯の力でマルフォイを押しやって身を引き剥がす。マルフォイは虚をつかれてうしろによろめいた。


「グレンジャー」
 マルフォイはつかまえようとして手を伸ばしてきたが、ハーマイオニーは杖を出して彼のほうに向けた。


「近寄らないで、マルフォイ」
 非難を込めてささやく。わずかに手が震えるのを抑えることはできなかった。マルフォイは一歩こちらに足を踏み出した。ハーマイオニーは、自分の愚かさが信じられなかった。どうして、彼にあんなことをさせてしまったのだろう? どうして、それを心地よく思ってしまったりしたのだろう? 目に涙が込み上げてくるのを感じながら、ハーマイオニーはくるりとうしろを向いて、城へと駆け戻った。