2003/12/13

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 8 章 父からの手紙

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「マルフォイ?」


 驚いて、ドラコは目を開いた。路地の入り口のところに立っていたのは、グレンジャーだった。グレンジャーは駆け寄ってきて、ドラコの傍らに膝をついた。


「大丈夫? 何があったの?」
 心配そうな声だった。ドラコは、こっそり笑みを浮かべずにはいられなかった。彼女は、心配をしているのだ。


「行けって言っただろう! 余計なお世話だ」
 心配されて嬉しく思った気持ちを隠して、ドラコはつっけんどんに言った。グレンジャーは片方の手をドラコの肩に置き、もう片方でローブ越しに軽くドラコの胸に触れた。


「マルフォイ……」
 言いかけたグレンジャーの口に、いきなりドラコは指を押し当てて黙らせた。耳を澄ませて、物音を聞き取ろうとする。誰かがこちらにやって来ていた。グレンジャーのほうに目を向ける。ここで連中が彼女を見つけたら、どんなことが起こるかは分かっていた。壁に手をついて、なんとか立ち上がる。一緒に立ち上がって何かを言いかけたグレンジャーを、ドラコは乱暴に引き寄せた。さらに暗い陰になったところまで引っ張っていって、手で彼女の口を覆う。


「後生だから、今は何も言うな」
 ドラコはグレンジャーの耳元にささやいた。抵抗されるものと思ったが、グレンジャーは即座にじっと静かになった。ドラコはグレンジャーを抱き寄せた。グレンジャーにもたれかかっていないと、立っていられそうになかったからというのが大きな理由ではあったが、どこかで少しだけ、ただ抱き寄せていたかった。足音が近づいてきていた。断固とした足音だ。ドラコたちのいる場所から、ルシウスが立ち止まって路地を覗き込むのが見えた。


「この辺りのどこかにいるに違いない。ゴイル、見て来い」
 大きく頑丈そうな人影に向かって、ルシウスは指示を出した。人影は路地を下って、ドラコたちのほうへ向かってきた。
「息子を一人にしておくのではなかった。母親の血だな。あいつも強情だった」


 グレンジャーが身を震わせるのを感じて、ドラコはさらにしっかりと彼女を抱きしめた。二人は硬直したまま、ゴイルが段々と近づいてくるのを見ていた。グレンジャーが手を下に伸ばして杖を出そうとしているのが分かった。しかしそのとき、ゴイルは足を止めた。ルシウスのもとに、誰か別の人間がやって来ていた。


「われわれがここに来ていることがダンブルドアに知られたようだ。ホグスミードを出なければ」
 来たばかりの人影が言った。
「心配するな、ルシウス。ご子息の居場所は分かっているんだ。ホグワーツ以外、どこにも行きようがないんだから」


 ルシウスはうなずき、少々落胆した様子でほかの二人のほうを向いた。三人ははじけるような音と共に、姿くらましの術で去って行った。


 しばらくのあいだ、ドラコはそのままじっと立っていた。これが罠で、敵が手を広げて待ち受けているのではないかと思うと、動く気になれなかった。それでもようやくグレンジャーから手を放すと、彼女は一歩下がって、ドラコから離れた。ドラコは壁にもたれかかった。疲れきって動けなかった。グレンジャーのほうを見ると、非常に怯えているようだ。きびすを返して向こうへ走り去って行くだろうと思ったが、彼女はいきなりドラコの首に腕を回してぎゅっと抱きついてきた。


「大丈夫なの、マルフォイ? あの人たち、あなたをどうしようと言うの?」
 グレンジャーはそっと問いかけながら、ドラコの目を覗き込める程度に身体を離した。ドラコにしてみると、まだ充分に離れているとは言いがたい。突然、グレンジャーがどれほど自分にくっついているかに気付いて、ドラコは落ち着きをなくしていた。


「ぼくは大丈夫だ、グレンジャー」
 ぶっきらぼうに答えて、相手をそっと押しのける。グレンジャーは何も言わず、ただドラコの腕を取って自分の肩に回させ、壁から引き離した。


「さあ、マルフォイ。学校に戻るのを手伝うわ」
 ドラコが寄りかかると、グレンジャーは言った。


「人に見られるじゃないか」
 路地の中をグレンジャーに引っ張られながら、ドラコは言った。
「それに、穢れた血の助けなど不要だ」
 きつい口調で付け足す。


 グレンジャーはすぐさま手を離した。ドラコは地面の上にどさりと倒れた。グレンジャーは振り返ってこちらを見た。目が光っていた。


「聞いて、マルフォイ。もう今頃はほとんどみんな、城に戻ってしまってる。もうすぐパーティが始まる時間だもの。だから、あなたが穢れた血の手を借りているところは、誰にも見られやしないわ。お願いだからほんの数分だけ、馬鹿なこと言うのをやめてくれない?」
 そう言って手を差し出す。ドラコは渋々とその手を受け入れた。


 グレンジャーはバッグの中を漁って、買ったばかりの菓子類の袋を探し出した。少しのあいだ中身を選り分けてから、大きなチョコレート・バーを出す。


「ほら、これをちょっと食べてごらんなさい」
 チョコレートを半分に割って、グレンジャーは片方を手渡した。


「おいおい、ルシウスは吸魂鬼(ディメンター)じゃないぞ」
 いぶかしげにチョコレートを見ながら、ドラコは言った。


「分かってるわよ。でも糖分が多いでしょ。ちょっと食べておいたほうが、元気が出るわ」
 グレンジャーは淡々と応じて、ハニーデュークスのキャンディが入った袋をバッグに戻した。


 二人はゆっくりと村を出て、学校に向かった。たしかにさっきよりも気分はよくなったと、ドラコは認めざるを得なかった。太陽が沈み始め、柔らかく赤い光が名残惜しそうに地面の上を照らしていた。グレンジャーに寄りかからなくても歩けるようになって、ドラコはホッとした。あんなに寄り添っているのは、落ち着かないから。グレンジャーは何が起こったのかということについて、一切質問をしなかった。沈黙は、心地よかった。


 城の窓のうち多くのものから灯りが漏れていた。大広間へと向かう道中、いくつものカボチャのランプの前を通り過ぎることになった。パーティに参加する前に、大きなドアの前で足を止めると、向こう側から大勢の生徒たちが騒ぐ声が耳に届いた。ドラコは身体の向きを変えて、同じく立ち止まっていたグレンジャーのほうを見た。


「なあ、グレンジャー」
 静かな声で、ドラコは言った。
「きみは、思ったほど嫌なやつじゃないな」


 グレンジャーはほとんど分からないほどかすかな微笑を浮かべて答えた。
「ありがとう、と言うべきなのかしら。あなたも、ものすごくひどくはないわね」
 そう言って大広間に足を踏み入れ、ポッターとウィーズリーのところへ歩いていく。後に残されたドラコは、広間の外に立ち尽くしていた。結局のところ、そう悪い一日でもなかったな、と考えながら。