2003/12/13

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 8 章 父からの手紙

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 ドラコは、人ごみをすり抜けてルシウスが指定してきた場所に向かいながら、マントを肩の周りにしっかりと巻きつけ直した。指示に従って裏道から裏道へと歩いていくうちに、おそらくはホグスミードで最も寂れた地域であろうと思われるところに入った。目の前の廃屋は、周囲にあるほかの多くの廃屋の中の一つに過ぎない。大きく息を吸って、ドアをノックする。


「いらっしゃい、マルフォイの若様」
 ニタニタと作り笑いを浮かべた見知らぬ男が一礼して、ドラコを屋内に招き入れた。
「お父上は、廊下をまっすぐ行ったところの客間で待っておられますよ」


 ドラコはゆっくりと歩いて、廊下の突き当たりの部屋を目指した。目に入ったすべてのものを頭に刻み込んでいく。壁紙の古びて剥げかけた模様、数少ない家具を覆い尽くしている、一インチほどにも積もった埃。ルシウスの普段の生活水準には遠く及ばない場所であることはたしかだ。左手側の扉の前を通り過ぎるとき、室内から数人の男性が低い声で何かを語り合っているのが聞こえた。突然、嫌な予感が込み上げてきた。この会合は、絶対によい結果にはならない。まだ辿り着かないうちに突き当たりのドアが開いて、気が付くとドラコは、氷のように冷たい顔つきをした父親の前に立っていた。


「入りなさい、ドラコ」
 ルシウスは低い声で言った。この声を聞くたび、ドラコは身震いをしたものだ。


 しかし今、ドラコは感情を表に出すことなく、しっかりとした足取りで室内に足を踏み入れ、周囲を見回した。ここは、これまでに見てきたこの家のほかの部分とは、まったく様子が違う。暖かく清潔で、家具も古びてはいるが使い心地はよさそうだ。ルシウスは手振りで着席を促したが、ドラコはただ首を振り、すでに答えの分かりきっている問いを発した。


「用件はなんでしょうか、ルシウス?」
 冷静な声音で、相手の目に視線を合わせるよう心がけながら尋ねる。


「父親が息子を気にかけてはいけないのか?」
 ルシウスの声音には、誠意のこもった言葉に聞こえるようにしようという努力の跡はまったく見られなかった。ルシウスは、ドラコの母親をも怖がらせていた、あの低い声のままで続けた。
「おまえが致命的な過ちを犯そうとする寸前なのではないかと、わたしは恐れている。そう、本当に、致命的な過ちだ。ドラコ」


 ドラコはその言葉に何の反応も見せなかった。冷静さと沈黙を維持しなければならない。


 ルシウスはため息をつき、杖を取り出した。
「ドラコ、我が息子よ。わたしは本当に、この話し合いを簡潔に、おまえを苦しめることなく行ないたいのだ。おまえは我々の大義のために、非常に望ましい条件を備えている。それにおまえがホグワーツの生徒だということも、闇の帝王のご計画にとっては極めて重要だ」


「クラッブとゴイルだってホグワーツの生徒です、ルシウス。彼らなら、喜んであなたがたの仲間になるでしょう」
 恐れによるわずかな震えが背筋を這い上ってくるなか、ドラコは自分の平静さが揺らいでいくのを感じた。


「闇の帝王は、クラッブやゴイルなどなんとも思ってはおられん。おまえを求めていらっしゃるのだ! おまえがどちらの側にくみするかを決めかねているなどという理由で、あの御方の計画を遅らせることなど、わたしは許すつもりはない。おまえがわたしに対してどれほどの恩義があるのかということを思い出させてやる必要があるというなら、そうしようではないか」
 ルシウスは立ち上がって、正面からドラコを見据えた。軽く杖を握っている。


 ドラコは頭を高く上げて、恐怖を顔に出さないようにしようとした。ほんの一瞬、杖に目を向ける。そしてすぐに、それが間違いだったことを悟った。ルシウスは冷酷な笑みを浮かべて、変わらぬ低い声で、呪文をささやいた。今まで何度も耳にしてきた、しかし自分に向けられたことは一度もなかった、呪文。


「クルーシオ」


 苦痛は甚大だった。白熱した光が身体を通り抜け、その隅々までを焼き、血管を干上がらせる。頭が、苦悶のあまり悲鳴をあげているようだ。ドラコは前にのめって膝をついたが、断固として声を上げることはしなかった。耳の中がガンガンする。ルシウスは何度も繰り返して呪文を唱えていたが、ドラコにはまったく聞こえなかった。意識にあったのはただ、身体のどこもかしこもが痛みを訴えており、身体中の毛という毛が皮膚の上で焦げついて肉を焼きつつあること。熱のために干上がった身体の一部が千切れてごっそりとなくなったような感触を覚えた。ドラコは必死で耐えた。悲鳴をあげてはならない。音を立ててはならない。ルシウスを勝たせてはならない。しかしとうとう、低いうめき声が漏れ、やがてゆっくりと大きくなって痛々しい敗北の悲鳴となっていった。そして突然、苦痛が消え失せた。


「目を開けるがいい、息子よ」


 目を開けて、父親の顔を見上げた。父の手にはまだ杖が握られており、さりげない様子でドラコに向けられていた。痛みがなくなって初めて、ドラコは悶え苦しんでいたあいだに流してしまった涙を、自分の頬の上に感じることができた。深く息を吸って落ち着きを取り戻そうとしたが、あまりにも弱っていて、ほとんど動くこともできなかった。


「ドラコ。おまえは、我々に協力するだろう」
 それは、要請ではなかった。これ以上、ルシウスは息子と議論をするつもりはないのだ。そしてドラコは、自分が頭を縦に動かすのを感じた。


「はい」
 ドラコはささやいたが、ルシウスはまだじっとこちらを見つめたまま、杖を向け続けていた。
「はい、父上」
 搾り出した声は、喉の中で痛々しく乾いていた。


 床の上にうずくまり、膝を曲げて顎に押し当てたまま、ドラコは動かなかった。ルシウスは背中を見せて、振り返りもせずに部屋を出て行った。ふたたび目を閉じる。父の勝ちだった。敗北だ。あまりにも苦痛が激しくてどうしようもなかった。そして今、ドラコの運命は決まってしまったのだ。身体の内側から怒りが込み上げたが、それでも力を使い果たしていたため、動くことができなかった。本当は分かっていたのだ――抵抗しても意味はない、と。ヴォルデモートはあまりにも強力だ。少なくともこれで、ドラコは勝利を収める側につくことになる。ポッターやその仲間たちのようなやつらを我慢する必要もなくなる。ルシウスの冷たい瞳を思い返して、ドラコはルシウスを憎んだ。この世の何よりも、ルシウスが憎かった。しかしそのとき、別の顔が思い浮かんだ。憎しみの対象ではない顔。ドラコが何かを言ったときに、笑いのために周囲に皺が寄っていた、暖かい茶色の目。自分がデスイーターではないと告げたときに、それを信じた、誰か。


 ドラコは一番近いところにあった椅子の肘掛をつかんで、自分の身体を引き起こした。立ち上がって、ふらつきながら周囲を見回す。一方の壁に、窓があった。そちらに向かってよろよろと進んだが、テーブルにぶつかってしまった。悪態をついて身体を起こしているときに、廊下で足音が聞こえた。窓を引き開けると、冷たい風が吹き込んで髪をかき乱した。這い上って外に出るは弱りすぎているという自覚があったので、ドラコは単にそこから自分の身体を落とした。ふたたび立ち上がると、家の壁に寄りかかる。それから、ひとけのない通りを抜けて、できるだけ早く歩き始めた。いくつ目かの角を曲がると、何人かの陽気な声が近づいてくるのが分かった。ドラコは細い路地に身を潜めて、彼らが通り過ぎるのを待った。


 ポッター、ウィーズリー、そしてグレンジャーが、通りをぶらぶらと歩いていた。たった数本の道を隔てたところに待ち受けている危険のことも知らず。ポッターが唐突に立ち止まって路地のほうに顔を向けた。


「そんな暗いとこで何やってるんだよ、マルフォイ?」
 冷たい声で、ポッターが尋ねてきた。ポッターとウィーズリーがグレンジャーの前に出て、可憐な少女の姿をドラコの目から隠したとき、ドラコはなんとなく嫌な気分になった。


「ぶらぶらしているだけだ、ポッター。ほかに何かしているように見えるか?」
 鋭い口調で言い返して、ドラコは三人が立ち去るように祈った。
「まったく、気をつけたほうがいいぞ、ポッター。友人をトラブルに巻き込む前にな」
 ルシウスとその仲間たちは、こんなかなり寂れた通りで伝説のハリー・ポッターに遭遇すれば、非常な興味を抱くに違いない。ポッターがどうなろうと知ったことではないのだが。ただグレンジャーは何も悪いことをしていない。好きこのんで穢れた血に生まれたわけではないのだ。


 しかしポッターには、ほのめかしは通じないようだった。ドラコには、ポッターが二つの大きな欲求のあいだで迷っているのが見て取れた。一つは、ドラコの頭をぶん殴りたいという切実な欲求。もう一つは、むしろ全般的にドラコとの関わりを避けたいという欲求。


「どうした、ポッター」
 ドラコは唸るような声で言った。ウィーズリーの背後から、グレンジャーの顔が覗いていた。心配そうな表情だ。ドラコはさらに暗い影の中に自分の身を沈めた。
「愚かな穢れた血のガールフレンドと一緒に、ここにいるウィーズリーが家を買いに行く手伝いでもしたらどうだ? あの辺になかなかいいのがあったぞ。なかには、ちゃんと屋根のついたものまでな。ウィーズリーの経済状態になら、ぴったりだろう、そう思わないか?」


 ウィーズリーは前に飛び出そうとしたが、ポッターがその腕をつかんで、ドラコには聞こえない声で何かをつぶやいた。三人ともが、ドラコに険悪な視線を投げかけ、来た道を進んでいった。ドラコは疲れきったような吐息を漏らし、壁にもたれかかった。力が抜けて膝が曲がり、泥だらけの道に座り込んだ。足音が聞こえた。こちらに走ってくる。勝負はついた。ルシウスの手を逃れることは、できなかったのだ。