2003/12/13

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 8 章 父からの手紙

(page 2/4)

 これから行われる試合を見に行こうとすごい勢いで芝生のほうへ出て行く生徒たちでごったがえしているなかを、ドラコは掻き分けながら進まねばならなかった。試合を見ないでおくことに、罪悪感に近いものを覚えはしたものの、やはり図書館に行くつもりだった。自分たちのチームがハップルパフと戦うときに備えて、セドリック・ディゴリーの代わりに入った選手のプレイを知っておくべきだということは分かっていた。しかし、ハップルパフ・チームがどれだけ頑張ったとしても、たやすく負かすことができるだろうということに、ドラコはあまり疑いを持っていなかった。ドラコは自分のクィディッチの能力にかなりプライドを持っており、どういうわけだか毎回ポッターに出し抜かれてしまうことに、いつも憤慨していた。自分とすれ違って外へ出て行く大勢のグリフィンドール生を観察するために、少しのあいだ足を止める。集団の中には、ポッターとウィーズリーもいる。グレンジャーが一緒でないことを確認して、ドラコは満足感を覚えた。


 ドラコがたどり着いたとき、図書館には誰もいなかった。マダム・ピンスですら、見当たらない。完全な静寂を楽しみながら、ドラコは書棚のあいだをぶらぶらと歩いた。例の準備室のドアがわずかに開いているのを見て、ドラコは我が意を得たりといった気分になった。グレンジャーはドラコと同じくらい、この部屋の管理については慎重だ。いったん去ってから、もう一度戻ってきて鍵を確認しているとしても驚かないほどの用心深さだ。室内にいるときでなければ、ドアを開けたままになど、絶対にするはずがない。たとえほかの誰にもこれらの古文書の中にある美しさが見て取れなかったとしても、ドラコとグレンジャーは、二人ともオリアリーの文書が非常に貴重なものであることを理解しているのだ。


 ドアをそろりと開けて、ドラコはこっそりと室内に入った。グレンジャーは、どうもやたらと気に入っているらしい、あのふにゃふにゃした椅子に腰掛け、机に向かっていた。周囲に数冊の本が置かれているが、みんな閉じたままだ。うしろから近づいて行くと、手紙を読んでいる最中であることが分かった。背後に立って、肩越しに覗き込む。素早く目を走らせたドラコは、多少の驚きとともに、その手紙の署名が「ヴィクトール」となっていることを見てとった。


(まさか、ヴィクトール・クラムか?)


 ドラコはずっと、クラムは対抗試合中にポッターを混乱させるための手段としてグレンジャーを利用していたのだと思っていたのだ。
(出っ歯の知ったかぶりやにかまって、どうしようというんだ? いや、実際には今はもう出っ歯ではないが。物知りだというのが長所の一つだって? だからどうだっていうんだ。クラムのような有名人が関心を持ち続ける理由にはなるはずがない)
 手紙を見下ろしているうちに、なんとなくうっすらとした怒りの気持ちが湧いてくるようだった。


「へえ、手紙かい? 何か面白いことでも書いてあったか?」
 ドラコは、グレンジャーの耳元にささやいた。口を近づけたために、癖っ毛がふわふわと揺れた。


 グレンジャーはぱっと振り向いてドラコを見据えた。目は少し怯えたように、見開いている。
「マルフォイ! ノックするってことを知らないの!?」
 ほとんど悲鳴のような声だった。


「なんでノックなんか。鍵を持っているのに」
 ドラコはグレンジャーの隣に座った。近くに寄ると相手が落ち着きをなくすことを承知していてのふるまいだった。


「もしまたこんなことをしたら、あなたに呪いをかけるわ。なんの呪いにするかは分からないけど、絶対やるわ」
 怒りに満ちた目の輝きを見たドラコは、本気であることをほとんど疑わなかった。


 話題を変えたほうがよいと判断して、グレンジャーの手から手紙をかすめ取る。
「じゃあきみ、まだかの有名なヴィクトール・クラムと付き合っていたんだ?」


「違うわ。あなたの知ったことではないけどね、マルフォイ」


 ドラコは妙な安堵を感じた。憧れの有名人が穢れた血と結びついていないと分かってホッとしたからに違いない。
「へえ、それならウィーズリーにもチャンスがめぐって来たってわけか」
 グレンジャーが睨みつけてくる視線を受け止めながら、ドラコはニヤニヤと笑った。
「そうだな、ヴィクトールがフリーだと知って、さぞかしウィーズリーは喜ぶことだろうさ」
 これは非常に馬鹿げた物言いではあったが、しかしそれを言うなら、去年のウィーズリーのふるまいもまた、かなり馬鹿げたものではなかったか。ドラコはポッターもその仲間たちも大嫌いではあったが、彼らの動向をチェックしておくことは怠っていなかった。


 ドラコはグレンジャーの段々と赤くなっていく顔を見つめて、怒りの爆発を待ち受けた。しかし、実際に彼女が口を開いたとき、そこから出てきたのは、耳に痛い言葉の集中砲火などではなく、笑い声だった。鈴の音のように清らかで混じり気のないその笑い声は部屋中に響きわたった。もしかしたら、ひとけのない図書館のほうにも漏れ出ていたかもしれない。ドラコは唖然として黙ったまま、その顔を見た。ドラコは、グレンジャーを笑わせたのだ。嘲るようなものではなく、機嫌よく楽しそうな笑い声。またしても、ハーマイオニー・グレンジャーが敵ではなく友人であったならどんなかんじだろう、という思いが浮かんだ。そしてマルフォイ家の人間として受けてきた教育が彼を我に返らせる直前のほんの一瞬。それは、それほどおぞましい考えではないように思えたのだった。


「それって……」
 グレンジャーは、もう一度笑い崩れてから、ようやくなんとか喋れる状態になった。
「今まで聞いたなかで一番、とんでもないジョークだわ。ロンには絶対、聞かせちゃ駄目よ!」


「あいつに聞かれたってかまうもんか。かわいそうなウィーズリーちゃんが、ぼくに対して何をできるというんだ? それに、自分の目の前にあるものの価値も分からないほどの馬鹿なのは、あいつの自業自得だろ」
 ドラコはごく自然にニヤリとグレンジャーに笑い返したが、グレンジャーはいきなり硬直した。


「そ……それ、どういう意味なの? マルフォイ」
 グレンジャーは血の気の失せたように見える顔で、ローブの裾をひねくり回していた。


「何が、どういう意味なのかって? グレンジャー」
 ドラコは、相手の言葉を聞いていなかった。突然、グレンジャーのほっそりした足首の白い色が目に入って、そちらに気を取られていたのだ。ようやくその繊細な光景から目を引き剥がして、視線を合わせ、グレンジャーがなんの話をしているのかを理解した。そして、自分でもどういう意味で言った言葉だったのか分からないことに気付いた。ドラコは口を開いたままただ相手を見つめ返し、立ち上がった。


「どういう意味だと思う? 穢れた血」
 鋭いささやき声で言い返し、相手がわずかにひるんだようすを見ると、満足感が湧き起こった。たった数瞬前、そこにあったはずのささやかな和やかさは、もう見る影もない。突然ここにやってきたことに、なんらかの正当性を与えようと、ドラコはテーブルの上にあった本をひったくり、部屋を出た。目を大きく見開いたまま床に視線を向けているグレンジャーを後に残して。