2003/11/29

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 6 章 ふたりの小部屋

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 グレンジャーはもはや自分を抑えることができず、開いている箱に駆け寄って膝をついた。目は興奮のあまり大きく開かれていた。「素晴らしいわ!」と独り言をつぶやく声が、ドラコの耳に届いた。


 ドラコはドアのほうを振り返った。ここからは、ほぼ図書館全体を見下ろすことができた。さらに見ていると、ベクトル先生がすごい勢いで出て行くのが目に入った。ドラコはドアを閉めて部屋の中に入り、グレンジャーの横に立った。彼女は畏敬の念に打たれたような表情をありありと浮かべて古い巻物を手に取っていた。


「初めて産んだ赤ん坊じゃあるまいし、グレンジャー。おっと、今のは怖い考えだったな。きみの顔にウィーズリーの髪の毛か」
 ドラコは渋面を作ってみせたが、顔を上げたグレンジャーは、微笑んでいた。溢れそうなほどの歓喜に満ちた表情だった。


「見なさいよ、マルフォイ。すごいわ」
 彼女は巻物をドラコに向かって差し出した。その瞬間、ドラコはもしもグレンジャーが自分の友人だったらこういうかんじなのか、ということを実感した。ドラコに見せようと巻物を差し出しているグレンジャーの顔は、輝かんばかりだった。


「要らないよ。それはもう、きみの手が触れて汚染されてしまっている」
 ドラコは唸るような声で言った。グレンジャーにこんな目を向けられるのは、落ち着かなかった。彼女の顔に浮かんでいた喜びに、心持ち陰が射したようだった。ドラコが見たくてたまらなかった巻物をグレンジャーは下に置いた。そしてその後しばらくは、まったく口を利かなかった。


 グレンジャーはさらに別の木箱をいくつか引き開けて中身を掻きまわしていた。ドラコも同じことをしていた。やがて彼は、手始めとして暗赤色の表紙のついた数冊の古書を調べてみることにした。グレンジャーは机の上に巻物を積み上げていた。二人は黙々とメモを取り、要点をまとめていった。先に沈黙を破ったのは、グレンジャーのほうだった。


「ねえ、わたしたち、これからはかなり頻繁に、ここで一緒に過ごすことになるわ。わたし、あなたを避けるためだけに、こんなチャンスを棒に振る気はないのよ」
 そう言いながら、今まで目を通していた羊皮紙をもとのように巻いていく。これにはレタス食い虫(フォバーワーム)の繁殖周期と数字の「9」を対比させた場合についての情報が大量に記載されていた。


「何が言いたいんだ、穢れた血?」
 ドラコは顔も上げずに尋ねた。


「休戦協定のようなものが必要だと思うの」
 この言葉に意表をつかれて顔を上げると、グレンジャーと目が合った。一瞬ドラコは、いったいどうして、この目にはこんなにさまざまな色合いの茶色が含まれているのだろうかと考えた。


「休戦協定?」
 鸚鵡返しに言いながら、ドラコは自分が今考えたことを反芻して、穢れた血の目に何種類の茶色が混じっていようとどうでもいい、という結論に達した。


「そう、休戦協定。白旗。武装解除」
 グレンジャーは別の巻物を広げて、即座にメモを取り始めた。
「共同作業をするのなら、そのほうがスムーズに行くでしょ」


「共同作業? ドラコ・マルフォイが穢れた血のグレンジャーと共同で作業するだって? 頭おかしいんじゃないか?」
 そうは言ったものの、ドラコにもグレンジャーの言葉が正しいということは分かっていた。ひっきりなしにいがみあっていないほうが、作業の効率はずっとよくなるだろう。


 グレンジャーは手を止めて、ドラコがこの案について熟考するようすをじっと見た。
「わたし、あなたが呪いをかけてくるんじゃないかって、常に神経を尖らせているのは嫌なの。あなたのほうを見てばかりいたら、集中できない」


「へえ、きみ、ぼくのほうを見てばかりいるんだ? ぼくのことが気になっているとは、知らなかったな」
 ドラコは、会心の作り笑いをしてみせたが、グレンジャーは呆れ顔になっただけだった。
「いいだろう。休戦協定だ。この部屋の中にいるあいだは、きみに対して呪いをかけることはしないと誓う。これでどうだ?」


 グレンジャーはこれを吟味しているようだったが、やがてうなずいた。


「もちろん、この部屋の外に出れば休戦協定は無効だ」
 ドラコは、反論があることを予想しつつも、きっぱりと宣言した。しかしグレンジャーは、あっさりとうなずいて同意を示した。


「まさに、わたしもそのつもりよ、マルフォイ」


「さて、せっかくすっかり牧歌的な間柄になったことだし、一つ質問があるんだ、グレンジャー」
 ドラコは取り組んでいた本を閉じて下に置いた。
「あの夜、本当のところは、何があった?」


「わ……わたし、窓からあなたたちを見て、後を追ったの。ハグリッドに報せようと思って。あれが攻撃してきたとき、わたしは……」
 グレンジャーはここで言葉を切って、ドラコから目をそらした。
「わたしは、あれを失神させて、それから、なんとかあなたの目を覚まさせて城まで連れ帰った」


「きみは、どこにいた? ぼくたちはきみを見ていない」
 ドラコは、グレンジャーを凝視し始めていた。一挙一動を見守り、彼女の視線がドラコの目を避けて室内をさまよっているさま、彼女が絶え間なく髪の毛をいじり続けているさま、椅子の上で落ち着かなさげにもぞもぞとしているさまを注視する。これらすべての要素が、ある重要な事実を指し示していた――彼女は、何かを隠している。


「わたし、見えなくなってたの」
 グレンジャーはつぶやくように言った。


「どうやって? 隠れ術の呪文は非常に高度なものだ。たとえ知ったかぶりやのグレンジャーにとってでもな。きみが隠れ術を会得している可能性は、きみが透明マントを所有している可能性とほとんど同じくらい低い」
 ドラコは冷ややかに笑ったが、グレンジャーが断固としてこちらを見ないようにしていることに気付いた。
「きみ、透明マントを持っているのか?」


「い……いいえ。持ってないわ」
 そう答えたグレンジャーが嘘をついてはいないことが、ドラコには見てとれた。ただし、完全な真実を述べているというわけでもないようだ。そこまで考えたとき、思い至った。彼女は透明マントを持っていない。しかし、誰か別のやつが持っているのだ。ウィーズリーに透明マントを買う金があるとは思えない。と、いうことは……。


「ポッターか。ポッターのマントなんだな」
 ドラコはずばりと言って、それから内心、ほくそえんだ。これはまったく、興味深い情報だ。
「しかし、どうしてぼくを助けた?」


「あんな死に方をしていい人間は誰もいないわ」
 彼女はつぶやいて、ふたたび巻物を読み始めた。


 ドラコは机の上から手を伸ばして、グレンジャーの手から巻物を取り上げた。彼女は怒りの表情で顔を上げ、ドラコと目を合わせた。
「たとえ、ぼくでもか、グレンジャー?」


「ええ、たとえ、あなたでも。マルフォイ」
 茶色の目がキラリと光って、それを見たドラコは、この少女を怒らせすぎると危険かもしれないと感じた。グレンジャーは机の上に身を乗り出してドラコの手から巻物を取ろうとしたが、そのときドラコは手を前に伸ばして、彼女の腕をつかんだ。
「放しなさいよ、マルフォイ!」
 そう叫んで、グレンジャーは手を振りほどこうとした。


「なぜ、誰にも本当のことを言わなかった? なぜ、ぼくのしたことを告げ口しなかった?」
 ドラコは、グレンジャーのほうに身を傾けた。この問いは、あの出来事があって以来ずっと、ドラコの頭の中に重くのしかかっていたのだった。どんな形であれ、グレンジャーに弱みを握られるのは嫌だった。彼女がいったい、何を思ってドラコをかばったのかを、知っておく必要があった。


「ただ、言いたくなかったの。それだけよ。さあ、手を放して」
 グレンジャーはさらに必死になってもがいたが、ドラコは放さなかった。今ここで手を放したら、ドアに向かって突進していくに決まっている。ドラコは、自分が病室でのときよりも弱い力でグレンジャーの腕をつかんでいることに気付いた。心のほんの片隅で、傷つけたくないという気持ちが働いていた。


「信じられないね。きみと、きみの愉快な仲間たちはぼくをホグワーツから追い出すためなら、なんだって差し出してもいいと思っているはずじゃないか。どうして、きみはそうしなかった?」
 ドラコはさらに身を乗り出して、二人の顔が数インチしか離れていないところまで距離を縮めた。相手の目をじっと覗き込んで、答えを探そうとする。そして、見て取った――罪悪感。
「きみは、罪悪感があるのか?」
 驚いて、ドラコは尋ねた。いったい全体どういうわけで、彼女は罪悪感を抱いてなどいるのだろうか。


 グレンジャーは生気を失って、最初に現れたときの非常に疲れたようすに戻った。腕をつかんでいるドラコに抵抗することも止めて、じっと静止している。
「わたし……わたしは、あなたを置いて逃げようとしたの」
 ドラコは目を見開いた。
「わたし、あなたをあのまま死なせてもかまわないと思った。背中を向けて、逃げようとした。でも、わたし本当は、そんな人間じゃないはずなの。あのとき、あなたが死んでもいいと思ってしまったわたしは、わたしじゃなくなってた。誰であろうと、あんなふうに見殺しにしてはいけないのよ」
 声は徐々に小さくなって低いつぶやき声となり、やがて立ち消えた。


 グレンジャーがドラコを見ながら浮かべている表情に、ドラコは衝撃を受けた。目で赦しを求めている。あと二言、三言、何かを口にすれば、泣き崩れてしまいそうだ。これは、ドラコがよく知っているあの穢れた血のグレンジャーではなかった。突然、彼女は二人の距離の近さに気付いたらしく、びくっと身を引いた。ドラコが手を放すと、グレンジャーは座り込んだ。ドラコもそのまま着席して、相手を見つめた。今この瞬間は、どう対応していいのか分からなかった。悪口を言い合っているときのほうが、よっぽど気が楽だ。しかし沈黙が重苦しくなり過ぎる前に、彼女は荷物をまとめ始めた。小さな銀の鍵をポケットに滑り込ませ、ドアに向かう。戸口から走り出ていく前の最後の瞬間に、彼女はちらりとドラコのほうを見た。ドラコが立ち上がって通路に出ると、癖っ毛の頭が中央扉を通って去っていくのが見えた。


「なるほど」
 ドラコはささやき声でひとりごちた。
「これはまったく、興味深い話だったな」