2003/11/22

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 5 章 ハグリッドの小言

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 それ以降は、特に何事もなく授業は進んでいった。ハーマイオニーもドラコもじっと黙ったまま座ってノートを取っていた。窓は開いていたが、今日は入ってくるそよ風もなかった。室内は息が詰まりそうなほど蒸し暑くなっていた。おそらく、気温が下がっていく前の最後の暑い日々が今なのだろうとハーマイオニーは思った。暑さをしのぐために、彼女はローブの袖を押し上げてから、ノートを取り続けた。視界の片隅で、マルフォイはハーマイオニーの腕の白い肌に黒々と残っている斑点に目を留めた。自分の手の跡だ、と彼は気付いた。マルフォイは自分の中に捕らえどころのない感情がさっとよぎるのを感じた。一瞬、それは後悔なのだろうかと思ったが、あまりにも素早く通り過ぎていったので、確信は持てなかった。


 授業は、ずいぶんと早く終わったように感じられた。ベクトル先生が宿題の数表を配布した。ハーマイオニーは教室から出て行こうとしていたが、先生が自分たちには表を渡してくれていないことに気が付いた。


「あの、ベクトル先生?」
 ハーマイオニーは段を下りて先生の机のところに行った。
「わたしたちに表をくださるのを、忘れていらっしゃいますよ」


「実はね、ミス・グレンジャー。あなたとミスター・マルフォイには、別の課題を用意しているの」
 先生は暖かい微笑を浮かべた。


 マルフォイもやってきて、ハーマイオニーの隣に立った。ハーマイオニーは、マルフォイの立ち位置が、こちらの居心地が悪くなるくらい近いことに気付いた。腕が触れ合いそうなほどだ。険しい表情で彼女はマルフォイを睨みつけ、距離をあけたが、マルフォイはまったく気付いたようすがなかった。


「あなたがたの表を拝見しました。一週間早く提出しているわね、気付いていた?」
 ベクトル先生は二人の顔を見た。ハーマイオニーはマルフォイのほうをちらりと見た。目が合うとマルフォイは肩をすくめてみせた。


「いいえ、先生」
 ハーマイオニーが先に返事をした。
「今日が期限なんだと思ってました。わたしたち、例の出来事のせいで混乱しちゃったんですね」


「問題はそこじゃないの、ミス・グレンジャー」
 ベクトル先生は積み重ねた羊皮紙の束をめくって、見覚えのある何枚かを引き出した。ハーマイオニーとマルフォイがやったものだ。


「何か間違いがありましたか、先生?」
 マルフォイが淡々と尋ねた。ハーマイオニーが怖くて訊けずにいた質問だ。


「その反対よ、ミスター・マルフォイ。完璧な出来でした。あなたがたは二人とも、この授業では物足りないんじゃないかしら。そういうわけで問題は、今後あなたがたに何をしてもらえばいいのか、ということなの」


 今度はマルフォイがハーマイオニーに目を合わせてきた。ハーマイオニーは肩をすくめてみせ、それからベクトル先生のほうに注意を戻した。


「先日ダンブルドア先生とお話していたら、図書館の閲覧禁止セクションに最近新しく加わった蔵書のことを教えてくださってね。何世紀か前に、ある年老いた魔法使いが記した時代物の数表や手稿のコレクションなのよ。ほとんどのものは、おそろしく退屈な内容だと思うけれど、ものによっては役に立つかもしれないわ」
 先生はハーマイオニー、それからマルフォイに、まっすぐに目を合わせた。二人の当惑した表情を少しばかり楽しんでいるようすだ。
「校長先生は、古い数表に目を通して、何か興味深い情報がないかどうか確認してほしいとおっしゃるの。正直、わたしはそんなに長い時間、図書館にこもっているわけにはいかないのよ。でも、あなたがた二人にはぴったりかもしれないと思ってね。授業で取り扱うどの課題よりも、ずっとやりがいがあるはずよ。言っておきますけれど、きっととても難しい仕事になるわ。でも二人とも、素晴らしく優秀な生徒ですもの。もうダンブルドア先生には相談してあります。校長先生も、あなたがたに表の調査をしてもらえるなら、いいんじゃないかとおっしゃっいました」
 ベクトル先生はにっこりして、二人の返事を待った。


 ハーマイオニーは呆然としていた。先生は、責任重大な仕事を任せてくれようとしているのだ。図書館の閲覧禁止セクションで、ほぼ誰の監督も受けずに作業をすることになる。いくつもの大きな箱に入った埃まみれの古い数表の山が、開かれ調査されるのを待ち受けていると考えると、ハーマイオニーの胸は期待にふくらんでいった。


「正確にはどういう作業をすることになりますか、先生?」
 マルフォイが素早く問いかけた。その銀色の両目に輝きが宿っていることに、ハーマイオニーは気付いた。彼もまた、興味を引かれているのだ。


「そうね、表は分類して概要をまとめる必要があるわね。数占いは、数百年前には今とはまったく異なる魔法だったの。手始めとしては、両者の違いを調べてみると、とても面白いはずよ」
 先生はにっこりと笑って、ハーマイオニーが笑顔を返すと、嬉しそうにしていた。マルフォイはただ単にうなずいただけだ。


「そういうわけで、今晩の夕食後、八時に図書館で会いましょう。そのとき、何をしてもらいたいのか詳しくお話しするわ」
 ベクトル先生は羊皮紙をもとの束に戻して身体の向きを変え、教室を出て行った。


 ハーマイオニーはいそいそと段を上がって自分の席に戻った。ものすごく気持ちが高揚していた。これは、素晴らしいチャンスだ。ハーマイオニーは数占いが大好きだった。このような機会を与えられて勉強に専念できるなんて、わくわくする。そのとき意識の裏側で、ある一つの顔が浮かんだ。マルフォイ。これはみんな、マルフォイと一緒にやらなくてはいけないのだ。そのことに思い至って、ハーマイオニーは唐突に立ち止まった。マルフォイは自分の荷物を取りに行くためにうしろから歩いてきていたが、ハーマイオニーが立ち止まることは予想していなかった。彼が追突したので、ハーマイオニーは前方に転んだ。床がぐんぐんと目前に迫ってきて今にも顔面からぶつかりそうになったとき、ハーマイオニーはウェストのあたりにマルフォイの腕が回されるのを感じた。勢いよく倒れかかっていたのをいきなり止められたので、一瞬息ができなかった。マルフォイは彼女を抱き起こして立たせたがすぐに手を放しはしなかった。ハーマイオニーの状態を確認しているようだった。目が合った。


「ありがと」
 そうつぶやくと、ハーマイオニーは慌てて目をそらした。


 マルフォイは手を放して、乱暴にハーマイオニーの横をかすめて前に出た。自分のバッグをつかみ取り、さっさとまた段を下りて教室を出て行く。ハーマイオニーはその場に立ったままだった。みぞおちのあたりから、不思議なふわふわした感覚が湧きおこってきていた。足もとの石の床を見下ろして考え込む。今のマルフォイのふるまいは、ほとんど紳士的と言っていいくらいのものだった。まあ、少なくともマルフォイにしては上出来だ。


「ハーマイオニー?」


 驚いて顔を上げると、ハリーとロンが段を上って近づいてきていた。


「昼食に行こうとしてたらフレッドとジョージに会ったんだ。きみがさっき、荷物を持つのに悪戦苦闘してたって言ってたから」
 ハリーはニッと笑って机の上からハーマイオニーのバッグを取り、楽々と肩にかけた。ロンはそのうしろで、占い学のトレローニー先生についてぶつぶつと悪態をついており、その言葉を耳にしたハーマイオニーは思わず息を呑んだ。


「ロン!」


 ロンは弱々しい笑顔を向けてきた。
「ごめん、ハーマイオニー。とにかく、トレローニー先生が出した宿題の量が信じられないほど多くてさ。理由もなしにだよ!」


「いや、実際にはね、ロン。宿題が倍になったのは、きみがシェーマスに、トレローニー先生は聖マンゴ病院に入るべきだと言ってたのが、先生の耳に入ったせいじゃないかな」
 ハリーがニヤリと笑って反応した。


「まあ……そうだね、それもあるかもしれないけどさ」
 ロンも笑顔で応えた。
「おい、腹ペコだよ。昼飯食いに行こうぜ」


「ハーマイオニー、ぼくたち、休み時間中にハグリッドのところに行こうと思うんだ」
 ハリーが言った。


「いいわね。わたしも、あのマンティコアのことを色々聞きたいし」
 ハーマイオニーはきっぱりと言って、三人は廊下を歩いていった。


 昼食のあいだじゅう、ハーマイオニーは今度の数占いの課題について喋り続けた。ハリーもロンも、精一杯なんとなくは興味があるふりをしようと努力していた。半分ほど食べ終わった頃に、ハーマイオニーは自分に注がれる視線を感じた。さりげなく首を回して見渡してみると、突然、シルバー・ブロンドの髪が目に入り、彼女のシナモン色の目は灰色の目とかち合っていた。マルフォイが、こちらを睨みつけていた。


「命を救ってあげたら、余計に嫌われちゃったのね」
 そっとつぶやいて、ハーマイオニーは食事に戻った。