2003/11/15

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 4 章 カーテンを隔てて

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「死ななかっただけでも、この子たちは幸運だったのですよ、ミネルバ」
 暗闇の向こうから、静かな声が聞こえた。

 ドラコは朦朧としながら目を開き、そして、開かなければよかったと思った。目を開いてしまうと完全に意識が覚醒して怒涛のような痛みが襲ってきたため、ドラコは身をすくませた。ぎゅっと目を閉じた彼は大きく息を吸って、意志の力で痛みを散らした。ルシウスによって、ドラコは苦痛による影響を無視する訓練を受けていた。何度か深呼吸を繰り返すと、痛みは意識から充分に乖離されて、ふたたび目を開くことができた。


 室内は暗く、窓から月光が何本かの筋になって入ってきていた。最初は、いつも寝ている四柱ベッドのカーテンはどうしたんだったか、と思ったが、それからここが病棟だということに思い至った。


「校長先生はご存知なのかしら?」
 さっきの静かな声がまたささやいた。マダム・ポンフリーの声だということが分かった。


「もちろんですよ、ポッピー」
 別の声――マクゴナガル教授だ――が、答えた。
「校長はハグリッドと一緒に、あの地獄から来たような生き物を捕まえに行きました。ミス・グレンジャーとミスター・マルフォイがあんなところで何をやっていたのか、非常な興味をお持ちになるでしょうね」


「そもそも、どうしてあんな恐ろしいものをここに連れてきたんでしょう? ハグリッドが怪物好きだということは知っているけど、これはちょっと行き過ぎだわ」
 マダム・ポンフリーの声音には、少々苛立ちが混じっていた。


「この件に関しては、あまり選択肢がなかったのですよ、ポッピー。きちんと処分することが可能になるまで、どこかに安全に捕えておく必要があったの。あんなおぞましい生き物に対処できるのは、ハグリッドくらいですからね」
 マクゴナガル先生が、そっと答えた。


 マクゴナガル先生の声はどんどん押し殺した小さな声になっていったので、ドラコにはほとんど何を言っているのか分からなかった。しかしあの獣についての言及があったとき、病棟に来る羽目になった元凶の出来事が脳裏によみがえり始めた。小屋へ行ったこと、マンティコア、攻撃、そして、ほかにも何か。暖かい茶色の目が、ドラコには今ひとつ正体のわからない、何らかの感情をたたえていた。もしもドラコの父親がルシウス・マルフォイ以外の誰かであったなら、その瞳に浮かぶのが心配という感情であったことを、ドラコは難なく突き止められたかもしれない。


「あの穢れた血」
 ドラコはささやいた。彼女もあそこにいたのだ。しかし、なぜ? ドラコは記憶をたどった。彼女がどんなふうに……彼女は、いったい何をしたのだ? 苦痛が、ふたたび記憶を混乱させ始めていた。
「ぼくを助けたんだ」
 思い出したドラコは、声に出して言った。身体の中を一瞬、奇妙な暖かさが走り抜けていったが、単なる痛みの副作用だろうと、彼はそれを念頭から追い払った。


 会話していた声が止まって、突然灯りがつき、その光がベッドのところまで届いた。マダム・ポンフリーが室内に駆け込んできて、すぐ後にマクゴナガル先生が続いた。


「まだ寝ていなければ、ミスター・マルフォイ」
 校医はそばに寄ってきて、静かに言った。
「静かにしてくださいね。ミス・グレンジャーが起きるといけないから」


 ドラコは注意深く頭を回して、隣のベッドを見た。動くとかなりの痛みがあったが、長年の経験により、ドラコはそれを校医の探るような目には悟らせないようにすることができた。なるほど、グレンジャーのボサボサ髪が枕の上に広がって、死人のように白い顔を縁取っている。


「グレンジャーはどうしたんですか?」
 ひび割れた唇から出した声は、耳障りだった。ドラコの記憶にあるかぎりでは、グレンジャーは怪我をしていなかったはずだ。


「ミス・グレンジャーは手首の骨が折れています。それから、肋骨も何箇所か。そのうち一本が、肺に突き刺さったの」
 マダム・ポンフリーは、感情を出さないように努力しているような声音で言った。


「大丈夫なんですか?」
 ドラコの口からそのような質問が飛び出したことに、ドラコ本人も、マダム・ポンフリーやマクゴナガル教授と同じくらい驚愕していた。大人たちは顔を見合わせた。校医の眉がわずかに上がった。


「ええ、あなたもミス・グレンジャーも、元気になりますよ」
 校医は言った。
「ただし、二人とも何日かは病室で過ごしてもらわないといけないわ。あの毒素にやられたら死んでもおかしくなかったんですからね。でもあのマンティコアはまだ若かったので、命を奪うほどには毒が強くなかったの」


「わたくしが知りたいことはですね、ミスター・マルフォイ」
 マクゴナガル先生が、険悪な表情で睨みつけてきていた。
「ハグリッドの小屋で、あなたはいったい、何をしていたのかしら?」


「ぼくは……」
 ドラコはマクゴナガル教授の顔を見て、それからもう一度、グレンジャーのほうにちらりと視線を向けた。
「グレン……いやハーマイオニーとぼくは、今度の魔法生物飼育学の授業について、ハグリッドにいくつか質問があったんです」


 マクゴナガル教授は、怒りの表情で目を細くした。
「まあ、本当に? あなたとミス・グレンジャーが授業中そんなに親しくしていた記憶は、ありませんわ。それを言うなら、授業以外でもそうですけれどね」


 ドラコはがっくりと気落ちしたが、それを顔に出しはしなかった。少しだけ前より頭を高く上げてマクゴナガルの顎のすぐ下あたりに目の焦点を合わせ、退校処分になったらルシウスに何を言われるかということを、考えないように努めた。一瞬、いっそマンティコアが遠慮なく自分をやっつけてくれてもよかったのにという思いが頭をかすめた。絶対そのほうが、マルフォイ屋敷で待ち受けている運命に従うよりは、あっさり楽に死ねたに違いない。


「マクゴナガル先生」
 右側から聞こえてきたしゃがれ声で、ドラコは我に返った。グレンジャーが目を覚まして、マクゴナガル教授のほうを見ていた。


「マルフォイとわたしは、数占いの授業でペアを組んでいるんです。それで図書館にいるとき魔法生物飼育学について話していて、いくつかの点についてハグリッドの意見を聞いてみることになったんです。外に出るにはもう遅いというのは分かってたんですけど、それほど長い時間はかからないと思って」
 グレンジャーは顔をしかめて、目を閉じた。ドラコは、自分の耳が信じられない思いだった。いったい、どういうつもりだ? 彼女の言葉ひとつで簡単にドラコを退学に追い込むことが可能なのに、どうしてそうしないのだろう? 見返りに何を要求されるのだろうか?


 マクゴナガル先生は疑わしげにグレンジャーを見つめた。おそらく、ドラコと同じようなことを考えているのだろう。そしてさらに質問を繰り出そうと口を開いたが、マダム・ポンフリーによって、脇に押しやられた。


「質問はもういいでしょう、ミネルバ。二人とも睡眠が必要だわ」
 そう言うと、マダム・ポンフリーはてきぱきとドラコの顎に手を添えて、持っていた水薬の一部をドラコの口に注いだ。残りの水薬を持ってグレンジャーのそばに行くマダム・ポンフリーを見ているうちに、まぶたがどんどん重くなっていった。グレンジャーが頭の向きを変えてこちらを見た。一瞬だけ目が合って、ドラコは二人のあいだに不思議な感情が行き交うのを感じたが、その直後には眠りに落ちていた。








※マダム・ポンフリーの役職は、原作和訳版で「校医」と訳されて
あったのでそれに準拠していますが、原書では "matron"(看護婦長)、
Lexicon では "school nurse"(学校付きの看護婦)などと言われているので
もしかしたら本当は「医師」の資格はないのかもしれません。
このファンフィクでも一貫して "nurse" として言及されています。
でもばんばん自分で生徒の治療してるから、実質的には「校医」だわねえ?
魔法界の医療システムが謎。