2003/11/9

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 3 章 森へ

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 ハーマイオニーはむっつりとした顔で、グリフィンドール寮談話室の奥のテーブルの前に座っていた。まだ、マルフォイに会ってきたことによる気持ちの高ぶりを鎮めようとしているところだった。
「あの、わがまま者のろくでなし」
 そうつぶやき、発作的な怒りにかられて羊皮紙をぐしゃりと握りつぶす。それが変身術の宿題だと気付いたときには、もう遅かった。
「しまった」
 ぶつぶつと言いながら、ハーマイオニーは羊皮紙を伸ばそうとした。しかし、すでにもう頑固な皺がついてしまっていた。深々とうめき声をあげて、彼女は新しい一枚を取り出し、最初から清書しなおす用意をし始めた。


「マルフォイの馬鹿」
 声を抑えつつも、ハーマイオニーはつぶやいた。図書館から戻ってきて以来、あの冷酷な嘲笑が頭から離れない。


 数分間、宿題を書き写しているうちに、段々とマルフォイから意識が逸れて、ハーマイオニーは楽しく勉強に没頭することができるようになった。涼しいそよ風が近くの窓からテーブルの上に吹き込んで、紙の束が床にふわりと飛ばされた。窓を閉めにいったとき、目に留まったものがあった。三つの人影が湖の周りを動いている。木々や岩の陰に身を隠しながら、禁じられた森の方向、ハグリッドの小屋のほうに向かっていた。ハーマイオニーは興味を引かれて、誰だろうと思いながら人影をじっと見た。先頭の人影が立ち止まり、もっと大柄なほかの二人を待っている。段々と辺りが暗くなっていくなかで、ハーマイオニーは目を凝らしてなんらかの特徴をつかもうとした。一瞬、白金の髪が目を刺激して注意を引いた。それを見るなり、血が煮えくりかえるような気がし始めた。


「マルフォイ」
 こぶしを固めて、ハーマイオニーはささやいた。


 あの先頭にいるのがマルフォイなら、ほかの二人の正体も明らかだ。クラッブとゴイル。ハーマイオニーは反射的にハリーとロンを呼びに行こうとした。しかし次の瞬間、あの二人はクィディッチの練習に出ていることを思い出した。ロンはグリフィンドール・チームのキーパーの座を射止めて、本当に喜んでいた。最近はハリーと一緒に、しょっちゅう練習している。室内を見回して、ほかに助けになってくれそうな人はいないかと探したが、談話室にはネビル・ロングボトムと数人の一年生以外には、誰もいなかった。


「まあいいわ。わたしが一人で止めなくちゃ」
 ハーマイオニーはつぶやいた。


 こっそりと男子の寮室に上っていくと、誰もいなかった。ハリーのトランクを開けて透明マントを引っ張り出す。
「ハグリッドに知らせないと。これ以上、わたしが受ける授業をマルフォイのせいで滅茶苦茶にされてたまるもんですか!」


 ハーマイオニーは談話室に駆け戻り、肖像画の穴に行って扉を押し開けた。暗いアルコーヴの陰で、マントを身に着ける。できるだけ音を立てないように走っていき、まもなく玄関口にたどり着いて校庭に出た。透明になっていたので、見つからないように森のほうへ迂回しなくても、まっすぐに芝生を突っ切ることができる。深呼吸して、ハーマイオニーはしっかりとマントを身体に巻きつけ、走り始めた。


 マルフォイよりも数分だけ先んじてハグリッドの小屋に到着したものの、ハグリッドの姿はどこにも見えなかった。ドアをノックしても、応答がない。ホグズミードへ行っているに違いない、とハーマイオニーは悟った。そのとき、いきなり物音が聞こえた。マルフォイ、クラッブ、ゴイルが、木々の狭間から小屋のほうをうかがっているのが目に入った。パニックして、ハーマイオニーは隠れるところを探した。彼女は今、小屋の外壁に身を押し付けていて、近くには茂みもない。マルフォイがこそこそと慎重に隠れ場所から出てきた。ハーマイオニーは逃げ場所がないかと必死で周囲を見回した。マルフォイがまっすぐに視線を向けてきた。それから、ほかにそらした。こちらに気付いたようすはなかった。ハーマイオニーはすっかり衝撃を受けて、彼を凝視した。
「馬鹿だったわ!」
 低い声でささやき、手のひらで自分の額を叩く。マルフォイが気付かなくて当たり前だ。こっちは透明なんだから。しかしマルフォイはふと足を止め、もう一度こちらを見やった。物音が聞こえたのだろう。近づいてくる。ハーマイオニーがゆっくりと身体を沈めて地面に座るのと同時に、マルフォイは前に乗り出して、窓から小屋の中を覗いた。マルフォイのほうを見上げたハーマイオニーは、心臓が止まる思いだった。ハーマイオニーの頭上わずか一フィートのところに、彼は手をついていた。しかしこちらの存在には気付かないまま、マルフォイは壁から離れた。クラッブとゴイルの隠れているところを振り返って、彼は呼びかけた。


「あの酔っ払いのとんまは留守だ。例の野蛮な獣も連れて行ったらしいぞ」


 マルフォイの言葉どおりであることに、ハーマイオニーも気付いた。ファングの姿がどこにもない。クラッブとゴイルは、ためらいがちに開けた場所に出てきた。マルフォイが放牧用の囲いのほうに向かうと、ハーマイオニーは安堵のため息をついた。囲いの中が空ではないことに気付いたのは、そのときだった。


「へえ、見てみろよ」
 そう言ったマルフォイの声には、呆然とした響きがあった。
「あの半巨人、こんなことをして言い逃れがきくとでも思っているのか。そうだな、怪物をペットにすると、どんなことが起こるのか、教えてやらないといけないな」
 完全に感情を排除した声だった。クラッブとゴイルは、不安そうにマルフォイの背後に立った。怪物にはこれ以上近寄りたくなかったのだ。


 あえぎそうになったのをこらえながら、ハーマイオニーは囲いの中にぽつんと置かれた檻を見上げた。檻の中にいたのは、マンティコアだった。今まで見たことはなかったが、当然、ハーマイオニーはマンティコアについては本で読んですっかり把握していた。非常に珍しい生物だが、諸説を総合するに、それはありがたいことだ。なぜなら、マンティコアは、大変に危険な存在だからだ。目にするのは初めてだったけれど、説明文に書いてあったのと寸分違わぬ姿だった。人間の頭にライオンの胴体、サソリの尾。
(これはきっと女の子ね)
 ハーマイオニーは考えた。なぜならこのマンティコアは、女性の顔をしていたからだ。ハーマイオニーたちと比べてもそう年上ではなさそうな、若い女性の顔だった。鉤爪や、背後で振り回されているサソリの尾を気にしなければ、この生き物はほとんど美しいと言ってもいいくらいだった。檻の格子の向こうから、アーモンド形の目が見つめてくる。まったく、身動きをしていなかった。衝撃と共に、ハーマイオニーは自分の姿もマンティコアの目には見えているのだと悟った。透明マントを貫いて見ることができるのだ。あるいは、最初に空き地に入ったときに、その足音を聞かれていたのかもしれない。ハグリッドがマンティコアを手に入れたという事実に、ハーマイオニーは驚嘆していた。ヒッポグリフやドラゴンとはわけが違う。マンティコアは、高度な知性と不思議な魔力を持っているだけでなく、闇の勢力との関わりがあることでも知られているのだ。マンティコアと目が合うと、身体の奥から寒気が湧き起こって、ハーマイオニーはこの獣のそばに寄らなければという強い欲求を感じた。息を呑んで目をそらし、地面を見下ろす。


 クラッブとゴイルは、用心深く顔を見合わせていた。とうとう、クラッブが腹をくくったらしく、マルフォイに話しかけた。
「怪物をペットにすると、何が起こるっていうんだ、ドラコ?」


 マルフォイは、二人のほうを振り返りもしなかった。囲いのところに行った瞬間から、彼の視線の先はマンティコアの目から離れたことがなかった。
「時々、その怪物が逃げ出したりするんだ」
 マルフォイはささやいた。








※マンティコア (manticore)
 Google のイメージ検索によるとこんなかんじ