2003/11/2

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.


第 2 章 図書館

(page 2/2)

 ドラコは少しのあいだ、図書館のドアの前に突っ立っていた。木製の板をつぶさに見てから、次に視線を下におろして、ホグワーツのほとんどの場所で床の素材となっている石板のようすを検討する。嫌々ながら、ドラコは自分が本当は図書館のドアにそれほどの興味を抱いているわけではないということを認めた。一抹の恥ずかしさが込み上げた。マルフォイたる者、立ち往生などしてはならない。とりわけ、あの我慢のならない穢れた血に関わることでなど。意図したよりもずっと勢いよくドアを開けてしまったため、図書館の中にいた者たちがみんな目を上げて、ドラコのほうを見た。分厚い木のドアが石の壁にぶつかって大きな音を立て、マダム・ピンスの顔に怒りの表情が浮かんだ。


 さまざまな書棚を通り過ぎた端のほうの奥まった場所で、ドラコはグレンジャーを発見した。ドラコに見つからなければいいと思って選んだ席であることは明白だ。グレンジャーの顔には、はっきりとした不快感があらわれていた。ドラコはそちらに不機嫌な視線を向け、小さなテーブルに備え付けられた椅子を引いて腰を下ろした。


「遅刻」
 グレンジャーは、すでに着手していた数表に視線を戻しながら言った。


「きみがぼくたちの逢瀬の場所としてこんな隔離されたようなところを選んでなかったら、時間どおりだったさ」
 ドラコは口の端にかすかなニヤニヤ笑いを浮かべつつ、冷静に応じた。


「わたしたちが一緒に勉強してるとこ、ほかの人たちに見られて平気なの?」
 グレンジャーは非難するようにささやいた。


「どうしてぼくが他人の目を気にするんだよ。穢れた血なのは、きみだろ。ぼくじゃない」
 ドラコはテーブルの上にきちんと重ねて置いてあった表をざっとめくってみてから、作業を開始した。


 グレンジャーは何かを言いかけたが考えなおしたらしく、やりかけの表に注意を戻した。その後はかなりのあいだ沈黙が続き、ドラコは数表に没頭した。数占いで苦労したことはなかった。長い表や延々と続く数字を解読していくと、いつも不思議と心が落ち着いた。これらのものが体現している秩序が気に入っているのだろうと、ドラコは自己分析していた。魔法の世界には、チャンスや偶然に支配されるものが非常に多い。けれども数占いには、法則や構造が存在した。表を最後まで埋めて、ドラコは得意げな笑みを浮かべた。他人が難しいと感じることをうまくやれるのは、いつだって気分のいいものだ。表から顔をあげると、ドラコの灰色の目は茶色の目とかち合った。グレンジャーがまだ向かい側に座っており、もう一方の数占い表の束が、その前に置かれていた。グレンジャーは胸の前で腕を組み、ドラコのほうをじっと見て観察していた。


「ぼくが驚異的な美形だということは分かっているが、もうちょっとマシな時間のつぶし方はないのか?」
 笑みを引っ込めて、ドラコはグレンジャーを睨みつけた。観察されていたことを不快に思い、その視線に自分が気付かなかったことで驚き、相手のほうが先に表を仕上げていたことで、いささか気を悪くしていた。


「あなたって、いつもそんなに自惚れやなの? それって天然? それとも実はわざと?」
 茶色い目は、まだドラコの目からそらされておらず、その視線に晒され続けてドラコは少しばかり困惑し始めていた。


「実を言うとその気になれば、なかなかの紳士としても振舞えるんだ。もちろん、そんなことは滅多にないけどね」
 ドラコは皮肉っぽく微笑み返した。笑みを向けると相手が落ち着きをなくしたようなそぶりを見せるのが、面白かった。知ったかぶりやのグレンジャーを不安にさせられるというのは、気分がよかった。ドラコはそのまま笑顔を向け続けた。今や、強制的に目を合わせているのは、こちらのほうだった。グレンジャーの深い茶色の瞳が大きく見開かれると、ドラコはみぞおちのあたりに不思議な疼きを感じた。驚いて、ドラコは瞬きをし、グレンジャーが目をそらすための時間を与えた。


「終わったの?」
 グレンジャーが尋ねて、ドラコの表のほうに手を伸ばした。その声はほんのわずかながら、いつもと違って聞こえ、さらにかすかながら、表を取り上げる手も震えていた。


 ルシウスによって、ドラコは他人を観察するよう訓練されていた。ルシウスはいつも、どこに着目するかが分かっていれば、自白薬など必要ないと主張していた。大半の人々は心の底にある感情や恐れを隠すことができない、とドラコはいつも言われてきた。しかし今、ドラコは目の前の少女を観察していて、何を考えているのかさっぱり読めないことに気付いた。また少し手を止めてから、ドラコはグレンジャーが埋めた表をチェックし始めた。なんらかの間違いがないかと探し、ちょっとした凡ミスでもないかと祈るような気持ちで。しかし、何もなかった。一つもマークを付けずに表を返したドラコは、自分自身の表がマークなしで戻ってきたのを見ても、驚きはしなかった。


「滅茶苦茶にはなっていなかったぞ、グレンジャー。おめでとう」


「ああ、黙りなさいよ、マルフォイ」
 グレンジャーは言い返して、数占いの本を鞄に押し込んだ。
「これからずっと、一緒に組むことになるのよ。もうちょっと、不愉快な言動を抑えようと努力してみてもいいと思うわ」


「きみは髪をとかす努力をしてみてもいいとぼくは思っているが、期待はしていないよ」
ドラコは気取った態度で、自分の持ち物をまとめ始めた。


「もう、崖から身投げしてほしいわ、マルフォイ」
 グレンジャーはつんけんと言った。言いながら、バッグの留め金をはめようと必死に格闘している。


 無意識のうちにドラコはテーブルの上から手を伸ばしてバッグのストラップを片側に寄せ、やすやすと留め金をはめた。グレンジャーは、びっくりしてドラコを見ていた。ドラコ自身も、どちらかというと驚いていた。それ以上は何も言わず、ドラコは身をひるがえしてそこから立ち去った。


 図書館の大きなドアを開けて外に出ると、向かい側の壁にクラッブとゴイルがもたれていた。二人は、落ち着かないようすで通り過ぎていく一年生の二人づれに向かって流し目を送っているところだったが、ドラコに気付くとすぐに注意を向けてきた。


「おまえたち、ここで何をしている?」
 ドラコは尋ねた。


「ああ、おれたちは、ドラコを探しにきたんだ」
 クラッブが言った。


「ああ、どう考えてもそうだろうな。おまえたちが図書館の場所を知っていたこと自体が驚きではあるがな。それにしても、用事は何だ?」
 ドラコは応じた。


「森の番人のところに、何かでっかい木箱が届いたって、七年生のやつから聞いたんだ。魔法使いが集団で持ってきたらしい。薬草学の授業のとき、湖のところで運搬しているのを見たそうだ」
 ゴイルは、普段よりも情報提供力が高くなっていた。


「おれたち、こっそり出て行ってあの木箱の中身が何なのか見てみたら、面白いんじゃないかと思ったんだ。面白いと思わないか、ドラコ?」
 クラッブが尋ねた。


「そうだな。実際、非常に面白そうだと思うよ」
 またしても自分に注がれる視線を感じて振り返ると、グレンジャーが戸口のところから見つめてきていた。何か聞かれただろうか。クラッブとゴイルがグレンジャーに気付くまでには、もう少し時間がかかったが、気付いた時点で、二人は脅しつけるようにそちらに向かって足を踏み出した。グレンジャーはそのまま身体の向きを変え、頭を高くそびやかして去っていった。